風雲の如く   作:楠乃

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 相も変わらずグロ注意。
 でも個人的に言えば、特に描写を頑張った所がそのグロい所なので是非とも読んで欲しい所()







紅魔館・秋の陣 その2   『風声鶴唳』

 

 

 

 脆く視えすぎて、怖すぎて、────何も感じなくなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────……ッづ!? ぐぅ……」

 

 やれやれ……衝撃を操る程度の能力さえ上手く発動してない。

 

 危なかった。完全に意識が飛んでた。

 発狂する前に樹木にぶつかってなかったら、そのまま彼女と一緒に踊っていた所かもしれない。ああ、いや、その前にスキマに幽閉が先かな?

 

 

 

「……くそっ…………っと」

 

 ブンブンと頭を振って、少しばかり頭を覚醒させて、また一歩踏み出して跳び始める。いつもの衝撃反射すら切れてやがる。

 こんな短距離で意識が飛ぶぐらいに強いとは、姉よりも妹のほうが厄介なんじゃないか? ……いや、そもそも発狂するより先に、意識が跳んでいるのに行動を続けていたからまだ元に戻れた、と考えるべきなのかな。

 狂気に触れているとは聴いていたけど、ここまで強いとは驚き……私を驚かすとはやりおるな。

 

 とは言え、どうしてここまでフランに恨まれているのか、ちょいと頭を動かしても分かんないんだよねぇ……そんな恨まれるような事をした覚えがないし、寧ろ姉よりかは良好的な関係だったような気もするんだけどね……いや、違う意味で言えば姉の方が寧ろ仲が良いのか?

 いやぁ、誰かと誰かの仲の良さを比べちゃアカンでしょ。

 

 

 

「………………♪」

 

 ……まぁ、喧嘩を売ってきたなら買う、って言うのは、さっきも考えた事だ。

 

 遊びにおいでよって言うなら、遊んであげようじゃないの。いつでも受けてきた事だしね。

 

「……────〜ふ〜ふ〜ん♪」

 

 

 

 ふふん、駄目だね!

 

 やっぱり、躁状態は、簡単に抑えられるものじゃない。

 恨まれるのも結構。昔からやってた事だし、やられてた事だ。

 

「……────れれ〜んで〜ん♪」

 

 何が楽しいって、鬼が問答無用で勝負を仕掛けてきてくれるんだもん。

 楽しい以外の何物でもないよね!

 

「──でででれ〜ん♪」

 

 

 

 まぁ、未だに頭の中に酷いノイズが掛かっているのは確かだ。

 彼女の怨み辛みが、ちゃんとした言葉になって私に溜まっていくのも、時間の問題だろう。

 

 だからと言って、そんな鬱にはなりたくない。

 なってしまったら悲しむ存在が居る……まぁ、居ても鬱になっちゃうのはいつもの事だけど。

 

 それなら、逆に私の方こそ吹っ切れないとね。

 苦しんでるのは多分、そっちの事だろう。勘だけど。

 

 

 

 さぁ、行こうか!

 我が意思の逝くままに!

 

「デーンデデデデーンデデデデーンデデデーンデデーンデデデーンデデデーンデデデーンデーンデーン♪」

 

 まぁ、些か異常な程にテンションが高い気はするけどね!!

 これも彼女に合わせた結果だ。仕方ないね!!

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の前に着いた。

 流石に人が居る前で歌うのは止める。別に能力使えば聴こえないようにも出来るけど。

 

 どうやら近くに住んでいたからか、何かがおかしいと気付いている様子の、妖精達がチラホラと見える。

 ……まぁ、妖精達が狂気に波に流されて無いようで安心したよ。

 この安心出来る考え方がいつまで続くか見物だけどねぇ……。

 

 場の危険度に合わせて影響される、って話だったと思うけど……影響されてないって事は、何かそういう結界でも張ってあるのかな?

 いや、それだったら狂気の波を抑える結界とかでも張ってくれよ、とそんな事を考えながら良く見てみると本当に結界が張ってあった。

 

 割と強力な奴で、このまま進んで触れてしまったら満身創痍になりそうだ。

 あの七曜の魔女お手製らしい、属性数が非常に多い。迎撃用なのか、内から外へ出さないようにするための物なのか……まぁ、どっちも兼ねた結界を張れる腕前か。

 それだけの結界を張ってあっても、個人を狙った呪いは防げなかった、と。

 

 まぁ、そんな非常に強固で頑強な結界も、スキマを使って通り抜ける。

 

 予想通り、グラリと視界が歪む。

 

 頬が引き攣る。右耳を毟りたくなる。何もかもを消してしまいたい。

 

 

 

 ────けど、まだ、抑えれる。

 

 慌てて閉めようとしたかのように少しだけ開いた状態のままの扉の、その上からスキマで登場して振り返ってみる。

 私が入っても慌てるだけで入ろうとはしない妖精達の中には、いくつか見知った顔がある。考えて見れば当然か。近くに住んでいるんだもんね。

 

 妖精達の大半が紅魔館で見たメイド服を着ていて、普通に予想してみれば、今も聴こえる崩壊の音に慌てて飛び出したか、もう少し捻って考えてみれば、何処かのメイド長が避難命令を出したか、それとも館の主が退避命令を出したか……まぁ、どっちでもいいか。

 

 ニヤリと抑えきれずに笑いつつ、屋敷へ潜ろうとした所で声が掛かる。

 

「詩菜」

「やぁチルノ。声を掛けてくるとは思わなかったよ」

 

 もう一度振り返れば、腕を組みながらじっとこちらを見る青い妖精が居る。右隣には緑色の妖精、左上には黄色い妖精が……連れのお二人は随分と心配そうな顔だね?

 結界に触れないよう、それでいて必死に声を届かせようとギリギリまで門扉に近付こうとしているネリアを見て……少し頭が冷えた。

 

「しっ、詩菜さん!!」

「瞳、真っ赤になってるよ」

「大丈夫、パパっと沈めてくる」

「あっそ……ま、それなら良いけど」

 

 良いの!? とツッコミが両側から入ってるのを無視して、いつぞや私のように瞳が真っ赤になった、蒼い瞳の彼女は、何でもないように物事を言ってくる。

 

「前みたいに死に掛けないでよ?」

「うーん、善処するよ」

「ふん。さっさと、いつものように、卑怯に終わらせてきなさい」

「フッフ〜ン、了解!」

 

 そう返事をして、扉を勢い良く開けて中に入り、勢い良く長い廊下を突き進む。

 後ろから溜息が聞こえてきたけど、まぁ、気にしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相も変わらず、入った屋敷の中は紅いままで、何も変わっていない。

 名の通りとは言え、流石にここの主の性格も知ってしまい、更に親しくなっているのであまり物言いは出来ないけれど、それでもやっぱり何もかもを紅色に染めてしまうと気分が悪くなりそうだ。

 いやまぁ、私だって一応は紅かったり緋色だったりするけど、それでもここまで一辺倒にはしないよ。多分。

 

 

 

 たまに屋敷全体が少しばかし揺れ、砂埃が多少舞っている中を私はとび跳ねて進んでいく。

 どうにも気配というか、悪意を感じる方へ向かって進んでいる訳だけど、原点はいつぞや争い事になった所のようだ。あの、お嬢様と客人が逢う為の部屋の、一つ下の、大きなホール。

 最後に訪れたのは天子が異変を起こした時で、あの時も図書館やら食堂やらを彷徨いて、結局は何とか地下に居たフランの所に辿り着く事が出来たんだっけかな。

 

 ま、別に今回は迷う必要性も迷う理由もないけどね。何と言っても分かり易すぎる目印がある。

 

 

 

 

 

 ──ッ、侵入者!? こんな時に……ッ!? ごほっ! けほっ!

 ──くっ! 美鈴、奇襲をかけるわ……能力で場所をっ、痛ッ……!

 ──……いえ、私一人で大丈夫です。咲夜さんは二人の護衛を。その傷ではまだ動けません。

 ──そんな事を言える相手じゃ、ッこの結界に入ってくるだけでも相当なゴホッ!!

 ──大丈夫ですよ……彼ならば、助けに──彼女ならば、追い返します。

 ──……美鈴さん?

 

 

 

 

 

 

 ふふん♪ それにしても酷い血の匂いだ。

 

 しばらく進んでいると、壁へもたれかかって座っているパチュリーと、それを看病しているらしき小悪魔と、壁に寄り掛かりながらも必死で立ち上がってナイフを構えている咲夜と、

 

 

 

 私へ対して、明らかに攻撃姿勢を取っている美鈴が、見えてきた。

 

 

 

 私の能力を使わずにでも声が届く範囲まで近付いた所でとび跳ねるのを止めて、敵意を向けている彼女達と相対する。

 本来なら目的地は彼女の向こうに見える、瓦礫で塞がれた扉の奥だけど……ね。

 

 通させてくれないのなら、少しばかりお話をしなければならないだろう。

 

「紅魔館へ……何か御用ですか? 詩菜さん────今は少し、こちらにも事情がありまして……出来れば、そのままお引取りを」

「ふぅん? 本当に理由はそれだけ?」

「……少なくとも、狂気にあてられた、今の貴女に構っている暇はありません!」

 

 そうやって飛んできた虹色の弾幕は全て躱す。

 流れるように動く拳や脚から放たれる弾幕はいつ見ても綺麗で、だからこそ眼の前を通り過ぎて躱していくと少しばかり、いや、寧ろ非常にテンションが上ってしまう。

 

 確かに、狂気にあてられているのはその通りだ。

 元凶に近いとはいえ、まだ完全に乗っちゃあいけない。自重自重っと。

 

 鏃のような弾幕をグルリと身体を浮かして横回転しながら避けて、そのまま着地して説得を開始する。戦うのも別に良いけど、まだだ。

 

「よっと! まぁまぁ、待ちなよ。今の私が狂気に満ちているのは否定しないけど、目的は暴れる事じゃないから、さ?」

「……今の貴女に、それを信じれる証拠が出せますか?」

「おや、今の私に私を信じれる要素があると思う? ────いや、待った。今のは無し」

「はぁ……?」

 

 いかん、挑発に挑発を重ねてしまいそうだ。幻想郷が出来る前からの、悪い癖。

 

 波に乗るのは、もう少し後だ。

 

「えっとね………………うん、そもそも私は此処に呼ばれたから来たのさ。多分、あの瓦礫の向こうで遊んでる姉妹の、妹の方にね。だからここに居る」

「……それで、貴女は何をしに来たんですか? 目的はまだ、話してもらってないですよ」

「ん、目的としては妹ちゃんに呼ばれたから遊びに来た、って感じだけど、まぁ、それで納得はしてもらえないよね?」

「当然です」

「んじゃ、『約束』しよう」

 

 ピクリ、と美鈴が動く。

 

 美鈴との間での不文律というか、寧ろ切り札というか、彼女相手だとどうにもこの『約束』に頼り切っているような気もする。

 あまり良い事じゃない。けどまぁ……こういう時こそ切り札は使うべきだとも、思う。

 

 一度目は、村の防衛。対価は護衛対象の評価と品々。

 二度目は、主への非攻撃と私の秘密。対価は私への様々な攻撃。

 

 

 

「彼女の狂気と姉妹喧嘩について、解決出来るよう努力する────コレじゃ足りないかしら?」

「………………ハハッ」

 

 おどけて────と言うか、発狂しかけているんだからおどけても何も、狂気じみているであろう笑顔で両手を広げる私に、美鈴は何を感じたのか、不敵な笑みで笑い掛けてきた。

 

「いやぁ、足りませんね」

「あらそう? それじゃもっと対価が必要? 寧ろ、踏み倒して突破しちゃった方が楽かな?」

「美、鈴ッ!!」

 

 後ろで赤く滲んでいる腹を抑えつつ、必死で名前を叫ぶメイドが居る。

 その更に後ろで、立ち上がろうとしている主人を必死で抑えている、小さな悪魔がいる。

 それらのもっと後ろで、弾幕の出る音と、大きな爆発音と衝撃が、屋敷全体に広がっている。

 

「教えてよ、私は一体どんな対価を払えば良い?」

「『解決出来るよう努力する』では足りませんね……ここを通りたいのならば、

 

 貴女にはこの問題を、『解決していただかなくてはなりません』」

 

 

 

「……おやぁ、寧ろそれはアレだね?」

 

 こういう風に事態が動くとなると、私としちゃあニヤリと笑うしかない。

 いやまぁ、今の状態の私なら、ニヤリというか、気違いじみた悪魔の笑みなんだろうけどさ。

 

「ともすると、美鈴が私にお願いしているかのようだね?」

「さぁ? どうでしょうねッ!?」

 

 ズジジャリッ、っと音が重なって鳴ったと思った時には、美鈴は私の眼の前に居て腰を落としていた。

 あくまで私は、衝撃を操作して、高速機動を可能としている。その衝撃を発する前に攻撃されてしまえば、私にはどうしようもない。まぁ、それでもやりようは実はあったりするけど。

 

 慌てて上体を動かし、顎を狙った左脚の蹴りを躱す。勢い良く頭を横に曲げて首の骨を折るような攻撃は、流石に私の能力でも防御しきれないかもだから、結構危なかった。速攻とは美鈴にしては珍しい。

 たたらを踏んで後退した左足が、床へ付いて、私が新たに衝撃を操るその前に、勢い良く回転した美鈴の拳が私の顔面へと、触れた。

 殴り飛ばす、ではなく、撫でるように、拳が私の顔に寄り添った。

 

 直後に、内側から爆発した感触が脳を揺さぶる。

 

 

 

 

 

 

 意識が、ほんの一瞬、飛んだ。

 

 その隙を狂気に明け渡すまいと、即座に衝撃が私を呼び戻す。

 

 衝撃を与えるよりかは、気を凝縮して捩じ込むような、弾幕と格闘を混ぜたような、拳だったんだろう。

 内部から破裂するような衝撃を取り扱った記憶があんまりないもので、操る暇もなく、そのまま顔面が爆発したらしい。痛い。

 痛い、けど、まだ喋れる。

 

「ッ、随分と速くなったね? この前やった時はもっと遅かったような気がしたけど!!」

「くっ! 貴女が幻想郷に来たと知って、私も猛特訓しましたからね!!」

 

 顔が爆ぜるような感覚がしたけれども、まぁ、痛みよりかは驚きの方が勝ってしまい、美鈴に声を掛けてしまう。

 あぁ、コレ多分左目蒸発してるかもな。鼻ももしかしたら無いかも?

 

 そんな状態でも、楽しむような声色が隠せないのは、やっぱり私が発狂しているからであって、んん、どうにもならんねぇ、これ。

 

 吹き飛んだ顔から飛び離れようとする肉片を左手で抑えつつ、即座に追撃に来た美鈴の二連撃を右手で往なし、弾き飛ばす。そのまま弾かれた彼女に追い付いて手刀を振るい、弾幕やら防ごうとする防御の手やらのほとんどを打ち落とす。

 さっきまでの速攻で出していたスピードでないなら、更に私も臨戦態勢なら、追撃も簡単だ。

 美鈴を追撃不能にするほど骨を折ることはできなかったけど、ヒビが入った音が両腕から聴こえた所で、また大きく蹴り飛ばす。まぁ、私も右手も勿論無事じゃすまないけど。指の何本かが千切れかけているけど。

 そして元の場所まで吹き飛ばし、踏み止まった彼女の前で急停止する。

 

 

 

 まぁ、特訓した言われても、半年やそこらで私のスピードに追い付かれても困る。

 そんな気を使って攻防してるからって、衝撃を与える事に関して右に出られても困る。

 初めのあの速攻は、まぁ、驚いたけど。

 

 天狗とかや鬼とかならまだしも。いや、天狗でも追い付ける奴はそれほど居ないし、鬼でも力で勝ってくるのは早々居ないか。

 

 

 

「ハイ、終わり」

「────っ!!」

 

 血みどろの右拳を無防備な顔を晒した美鈴の眼の前で止め、

 

 止まった私に縋り付くように、停めたメイドが右太腿をナイフで刺し、

 

 喘息で呼吸もままならなそうな魔女に、水のレーザーで左肩を貫通させられて、

 

 その魔女に対して肩を貸しつつ、代わりに詠唱でもしているのか眼を閉じながら、物凄い量の汗をかきながらブツブツ呟く小悪魔にはちょっと笑ってしまったけど。

 

 う、左肩を見事に撃ち抜いてくれたようだ。力が入らなくなって挙げていた左腕をぶらりと垂らしてしまう。サラサラと焼き切れた髪が飛んで行くのが視界の端に映った。

 ま〜たやられた。また髪が焼き切られた。どうしてこう藍も彩目も、私のお気にのロングヘアーを斬ったり焼いたりするのかね?

 いやまぁ、美鈴を心配して、って事なのは、発狂してても分かるんだけどさ?

 

 

 

 良いねぇ。ふふ、美鈴も良い家族を持ってるじゃ、ん

 

 ■■籠■ヂ、( )グ■■■俯■(   )( )

 

 

 

 

 

 

 ──さん! 詩菜さん!?」

 

 

 

「ッ────……く、ごめん、助かった……」

 

 美鈴が、私の拳を握って気を操作しなかったら、多分、完全にイッてた。

 助かった。間違いなく、私自身じゃ制御出来ないレベルだった。

 

 拳にしていた右手も、力が入らなくなっていた筈の左手も、何故かキツく握りしめられていて、爪が伸びて皮膚に刺さってるのが血の泥濘む感触で分かる。ああ、やだやだ。

 ……本当、どうにかしないとね。

 

 急に体内の気が正常になったからか、一気に汗が吹き出して、呼吸が落ち着かなくなった。グラリと視界が回って、つい膝を着いてしまった。

 荒い呼吸なんて、いつ以来だ……?

 

 慌てて美鈴が肩を掴んで、私のオーラやら気やらを動かしているのが何となく分かる。分かるけど、まだ目を開けられない。

 

 必死に目蓋を開くと、心配してる美鈴の顔がぼんやりと霞んでいて、ふと三船村を思い出す。

 あの頃、心配した相手は村人だったのに、今じゃあ私が相手なんだもんね。時代は変わるもんだ……。

 

 ん? ピントが全然合わない。回復し始めている筈なのに……って事は視界も上手く働いてないのかコレ?

 

 ……ってか、左目またなくなってるんだっけ。忘れてた。

 いや、理性と狂気のバランスが取れた正常な状態になったから、ちゃんとした認識をしつつある、って所なのかな。

 

 痛……さっき彩目にやられた所も、何か痛み出してる気がする……?

 

「……やれやれ全く、とんだとばっちりだよ。咲夜、ナイフ抜くよ?」

「え……?」

「よっ」

「ぐっ、美鈴が抜くんかい……」

 

 自分の爪ごと握り締めたままで拳を開く力が入らなかったから、代わりにナイフを抜いてくれるのはありがたいけどさ……。

 とか、そんな冗談を混ぜたツッコミも無視して、美鈴は酷く焦った表情で心配してくる。

 

「詩菜さん……今は私の能力でも回復促進させてますから良いですけど……これ以上、妹様に近付けば、戻れなくなりますよ?」

 

 じうじうと音が鳴りそうな勢いで、左肩と右太腿の穴が痛みながら治っていく。美鈴に握られた肩と脇腹から、何か温かいものが流れてくるのが分かる。

 脂汗が左目に垂れて激痛が走る。呼吸する度に骨が軋んでいるような気がする。

 まぁ、これぐらいはいつもの事だ。というか紅魔館へ来る度に眼がやられてるような気もする。いや、それなりに来る回数も多いから分母は多いだろうけど。

 

 とか何とか考えて、気分を変えるのも、私の癖の一つ。

 

 大きく息を吸って、吐いて、そこで左目に手が翳されたのに気付く。

 どうやら小悪魔からも回復魔法らしきもので援助してくれるらしい。

 

 あまり無事でもない右目でパチュリーに何とか焦点を合わせれば、先程よりもずっと落ち着いて呼吸している。喘息は何とか治まったのかしらね?

 いや、早々治まるものでもないらしく、喋りたいから無理して落ち着こうとしているみたいだ。

 

「……今の私達じゃ、妹様を止める事は、出来ないもの。身体的な面で言えば、今居るこの面子の中なら……貴女が確かに、彼女を止めるのに向いている、わ」

「パチュリー様、ですが……」

 

「詩菜……貴女の精神面を除けば、ね」

「……んな事は分かってるよ。分かっちゃあいるんだよ」

 

 でも、だとしても、壊れちゃえと叫んでるのは、誰でもない彼女であって、

 その悪意が向いているのは、今も変わらず私なんだ。

 発狂してようが、してなかろうが、

 呼んでいるのは、私だ。

 

「呼ばれているんだから、行かなくっちゃあいけないもんでしょ」

 

 完治とまでは言えないけれど、何とか傷は塞がった。呼吸も取り敢えず落ち着いた。爪も元に長さに戻って、拳も十分に動くようになった。

 結局左目はまたしばらく使い物にはならなくなったけど……咲夜が何処から取り出したのか包帯を顔に巻いてくれた。右目で何とかするしか無い。懐かしいなこの視界。

 ていうか私よりも自分に巻いたら? と言うとそれもそうだ、と納得して巻き始めたぞこの子。天然か。

 

 同じ刃物で貫かれた右太腿にはまだ違和感がある。左肩の方もまた貫通されたけど、違和感はあまりない。同じ筋を撃ち落とされた筈なんだけど、魔術の傷は魔術で治しやすいとかあるのかしら?

 ……まぁ、それでもダメージはまだ残ってると言えるけど。

 

 妖力はだいたい半分なくなった感じ。回復にほとんど費やしたから仕方ない。

 神力の方は欠損以来、未だに手を付けてはいないけど、悪魔の妹に対して使って良いものかは考えどころ。あまり使いたくはないのが本音。

 扇子はいつもの懐と、帯の隙間にそれぞれ一本ずつと、私の血に染まったナイフが一本。横着すればスキマの中に刃物や代えの扇子も大量にあるけど……まぁ、現地調達って事で。

 あの姉妹相手に、スキマを開く余裕があるとは到底思えないし……。

 

 

 

 つまり────簡単に言えば、いつもの私。

 

 中途半端に手を抜くか、中途半端に手を抜かざるを得ない状況か、中途半端に力が出ない状況。

 

 

 

 ふふっ、やってらんないねぇ?

 

 でもこれがまた、いつもの私らしくて楽しい、って思っちゃうんだコレが。

 

 

 

「大丈夫……任せて。この姉妹喧嘩、さっさと終わらせる」

 

 

 

 




 


 明日は普通に出勤なんで更新はねーです。
 ……とか言って(ry

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