風雲の如く   作:楠乃

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 光芒一閃のもじり。
 状況や物事などがいきなり変化するさま。

 別タイトルで『本命登場』でも良かったかもね。






紅魔館・秋の陣 その3   『紅芒一閃』

 

 

 

 私には、家族が居る。

 家族とは言っても、少し前まで地下に閉じ込められていた身で、力の暴走が起きないよう外との干渉が一切ないようにされていた。

 最近になってようやく壊してはいけないモノが増えてきた事や、私がある程度の力の調整を出来るようになった事から、外へ出る事にも許可を出してもらえるようになった。

 私は外へ出ても良い事になるまで、人間が動いているのを見た事はなかった程に、箱入り娘だ。

 

 吸血鬼のパワーと能力のせいで、私は生まれつき何もかもが脆く見えていた。

 外との接触を絶っている分厚い外壁も、さっき脚を引き千切ってしまった人形も、等しく同じような脆さとしか思えない。

 親の顔はもう覚えていないけれど、同じ吸血鬼の姉も、従者の人間も、やろうと思えば同じように壊せてしまう。

 

 能力があるから、自分が疎まれているのは分かる。

 狂気があるから、自分を心配しているのも分かっている。

 そこまで分かってはいても、それでもやっぱり自分が嫌になってしまう。

 どうして私のは、こんな能力なんだろうか、とか。

 どうして私は、産まれてきてしまったんだろうか、とか。

 

 少し前に、姉が一度本気で怒った事があった。

 その時私はまだ地下に居て、その分厚く脆い地面よりも下に居ても、姉の怒気は伝わってきていた。

 それは、ここまで怒る相手がまだ幻想郷に居たのか、と少しばかり驚く程だった。最近は寧ろ、面白い人間たちと知り合って、私に対しても少し優しくなったのではないか、と思うぐらいだったのに。

 

 私が居たからプライドを高くせざるを得なかった姉は、人伝いに訊く所によると、とても弱そうな妖怪に酷く煽られたらしい。

 従者が負け、門番と知り合いで居て、且つ、明らかに雑魚とも呼べそうな程の妖力の少なさ。

 初めから心をへし折るつもりで、覇気とカリスマで押し潰そうと圧力を掛けていたにも関わらず、相手は笑って小馬鹿にしてきた、と。

 

 姉から逃げる時も攻撃はしてこず、腹に穴を開けても攻撃らしい攻撃はしてこなかったらしい。

 それも、実は昔の知り合いである門番との、ちょっとした約束があったから、らしい。彼女との絆の結果、だとか、彼女は言っていた。

 

 後日、今度はその相手の兄が、屋敷へ来た。

 例の妖怪────彼女には、家族が居た。

 

 それから、何があったか詳しくは聴いてはないけど、また姉とその妖怪との戦いがあった。

 今度は、本気の本気で、私の姉と、そいつが戦い始めた。

 

 彼女は、狂気を持っていた。

 そこでようやく、私は地上へと出て、例の彼女と出逢った。

 

 日本の民族衣装を着ていて、私たち姉妹より少し大きいぐらいの身長で、怪しげで妖艶な雰囲気を纏って、子供のように────狂ったように笑っていて、

 もしかすると私たちよりも紅い輝く瞳を持った彼女は、私の姉の腹に、腕を貫通させていた。

 助けなくちゃって思って、腕を『破壊』して、それから少し話をして、眼も『破壊』して……それでもまだ、彼女は私へと向かってきた。

 

 そして最終的に、自分で狂気を抑えて、姉と向き合っていた。

 狂気に対しても、少し自分から歩み寄っていた彼女は、私よりも、自分に対して、ちゃんと向き合っているような気がした。

 

 吸血鬼に比べれば、どうしようもなく肉体も脆い。──私からしてみれば比べなくても似たようなものなんだけど──どんなに月日を重ねても、鬼と鎌鼬の耐久力が同じな訳がない。それでも、そいつは私の姉に向かって、ちゃんと向き合って、結果、仲良くなっていた。

 昔の彼女を知るヒトに話を聞いてみれば、昔から精神は何処か弱っていたり参っていたりする事があったらしく、姉と親しくなった後もそういった関係の話で大きな争いがあって、入院する事もあったらしい。

 

 それでも、例えボロボロになったとしても、心が折れて狂気に侵されても、ちゃんと心配してくれる家族や友人が、彼女には居る。

 

 それが、少し、うらやましい。

 

 

 

 それが、とても、憎い。

 

 どうやって彼女は狂気を受け入れたのだろう。私は狂気からふと戻った時に、恐れた表情を隠して疲れた顔をしている誰かを見るだけで心が潰れそうな気がするのに。

 どうして私は数百年も幽閉されていたのに、奴は自由を謳歌しているのだろう。私は地力じゃ抑えられないと分かって引き籠もったのに、彼女はどうして外へ出ているんだろう。

 何で周りはあんなのを受け入れているんだろう。あんなに不安定なのを受け入れるなんて、私だって受け入れられてないのに。受け入れてもらえないのに。

 

 この狂気が悪いんだ。

 私は悪くない。彼女と私が持つ狂気だって、もしかしたら少し方向性が違うかもしれないんだから。彼女は受け入れても大丈夫なだけかもしれない。

 でも、だからといって、このうらやましいと思う気持ちは止められない。

 私の狂気は、受け入られない。アイツは、受け入られている。

 その差が、とてつもなく大きい壁に思えて、

 その壁にずっと、私は閉じ込められ続けるしか無いと思うと、

 辛くて、

 悔しくて、

 だから、

 

 

 

 だから、こう思った。

 壊れちゃえ、って。

 

 

 

 ────そんなの、全部壊れちゃえば良いんだ。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 美鈴の手から離れた途端に、明確な音が聴こえ始めた。

 ……明確、って言うと語弊があるか。

 ノイズにしか聞こえなかったものが、だんだんと明瞭になって、感情の波になって薄っすらと分かるようになった、と言うと事実に近くなるかな?

 

 大分出血もしたせいで、頭がどこかボンヤリしているような感覚もある。

 それでも、眼の前にある、わざと積んだような瓦礫で塞いだ扉と、その奥から聴こえる弾幕の音、攻撃の音、燃え盛る音、破壊の音を聴いてると、ボケてる場合じゃねぇ、みたいな感じで脳の動きも活性化していくってもんだ。

 

 

 

 もう一度、目を瞑る。

 こんな近くじゃ、アッと言う間に流されるだろうけど、それでも乗らなきゃ越えられない。

 

 真後ろには四つの鼓動音。心配、疲労、焦燥、中でも不安が一番強く出てる。身体へ突き刺さりそうな程に視線を感じるぐらいだ。

 館の外にも多数の鼓動音。大体が不安だけど、野次馬も多いのか興味か期待しているのも居る。

 もっと遠くからも、こちらへ関心を寄せているのが居る……まぁ、強く心配してくれているのは、私の家族と友人たちか。分かっちゃうんだもんなぁ、ふふ。

 

 そして、瓦礫の向こうに居る二人。

 姉の方は言わずもがな。妹の方も言わずもがな。

 

 この二人はどうしてこうも擦れ違っちゃうかねぇ?

 互いに近付こうとすればするほど、平行線から螺旋状に渦巻いて、結局交差してない感じだ。

 フランの気持ちも、まぁ、分からんでもない。レミリアの方も、まぁ、分からんでもない。

 いや、もしかするとフランの方しか分かってないかもしれない。幻想郷では兄妹なんて言ってるけど、実際の所は末弟だしね、私。いや、俺?

 

 

 

 両者ともに何度会話を試みたのかは知らない。

 

 少なくとも、私が紅魔館に入ってから、彼女たちの間に会話と呼べるものはなかった。

 少なくとも、二人の間でちゃんとした会話という、ボールの投げ合いは出来てなかった。

 あったのは弾幕ごっこのような、互いの投げたボールを避けて、ボールを投げ返す事だけ。

 

 ふふん、その割には二人共楽しんで踊っているように聴こえなくもないんだけど……まぁ、これは私が狂気に引っ張られているから、そう聴こえているだけかな。

 

 

 

 兎に角、誰かが強く介入しなきゃ、上手く合致しなさそうだねこりゃあ。

 久々の大仕事だ。いや、コレも分かってた事だ。

 

 

 

 さてさて、スイッチをいれるとしようか。

 

 背中の皮膚が上に伸びるような感覚。

 髪の毛がブワリと浮き上がるような感覚。

 尚且つ、心は落ちていくような気分。

 全身が真っ暗な底無し沼に落下していくような、

 それでいて、形容しがたい力が首の後ろの方に溜まっていくような、

 何と言うか、額の方に光が集まるような、

 

 なんとも説明しにくく、し難い────けれど、気分は昂る。

 

 

 

 バヂリ、と額の方で緋色が弾けるような光が視えて、ガチン、と音が鳴った、気がした。

 

 

 

 瞼を開いて、眼の前の瓦礫を蹴り飛ばし、満月の光が降り注ぐほどの穴を開ける。

 まぁ、ちょいとやり過ぎたような気もするけど、まぁまぁ、

 ド派手に登場して人目を奪って、お調子者のジョーカー役が私の役だろう。

 今回は。

 

 

 

 

 

 

「パーティーに誘ってくれたのに、主役が二人して互いに踊ってるだけなの?」

 

 

 

 ん、口調も何かおかしくなっている気がする。

 まぁ、気にしない。スイッチを自分から入れる時なんて滅多にないぐらいだし、何か変な所にも触っちゃったんでしょう。多分。

 

 ……アレね。ヨシツネを思い出す。どうでもいいけど。

 んまぁ、これぐらいの誤差は元に戻すとしよう。そのままでも面白いと思うけど。

 

「あはは、詩菜だ! ホントに来てくれた!!」

「お誘いの招待状ありがとう。お陰で家を壊してしまう所だったよ」

「……お前────何だ?」

「ふふふ、『理解不能の鎌鼬』は、誰にも理解されない。ってね」

 

 そういや、髪の毛も伸ばしてたから、姉の方はもしかしたら相手が二倍どころか二乗になった、とでも考えてるのかも。まぁ、そんなつもりは今の所無いんだけどね。

 あ、左目また包帯巻いてるんだっけ。そりゃあ……前回の焼き直し、と感じても仕方ないかな?

 

 ようやく蹴り飛ばした瓦礫が真後ろに着弾して退路を防いでくれた。ガシャンだかごしゃあだか、まぁ、とんでもない音と共に天井と通路が崩れて封鎖されて落ちたのは見なくても分かる。

 あんなに広かったホールは壁や天井が崩れ落ちていて、あまり広いという印象を受けなくなっている。フランのレーヴァテインかレミリアの弾幕か、炎で踏める所もまともに残っていない。

 そんな会場で、姉妹が武器を持って飛び回りながら意見の押し付け合いをしてる所に、私が乱入した、といった所かしら。

 ていうかというか寧ろベストタイミング?

 

 姉の方は息が荒い、力も若干不安定。

 妹の方は楽しげに、それでいてまだまだ余裕そうで。

 

 対する私は、余裕そうに見えて、実のところ不安定かつ、顔も若干青かったりして、ね。

 まぁ、そんな様子をダンス相手に見せるつもりも、一切ない。

 

「二人で楽しんでいる所悪いのだけど、私も混ぜてくれない?」

「っ、来るな!」

「……だそうだけど、妹ちゃんはどう?」

「いいよ! 遊ぼうッ!!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 遊ぼう、って叫びながら問答無用で炎の大剣をぶん投げる妹が居るらしい。怖い怖い。

 

 余裕を持って遠投を躱し、崩れた瓦礫を全てフランへと蹴り飛ばしながら高速移動を開始する。

 まだ理性的に動いているからか、片眼だけだと遠近感が狂って仕方がない。幾ら前回の時に慣れた事もあったとは言え、いきなり視界の三割がなくなれば勝手が違ってくる。

 

 妹の方はそんな私へ追い掛けながら、貫通性の高い弾幕を放ってくる。虫ピンでも刺すかのように壁を貫通して、そのまま夜空へと消えていく。虫ピンっていうか、縫い針?

 そして、追い掛けられているという時点で大分ヤバイ。私の機動力が落ちているのか。それとも、彼女の発狂による身体機能の向上が原因か……ん〜、まぁ、複合的要素があるのは当然なんだけど。

 どちらにせよ、その血の色をした二つの高速物体を、姉はまともに順応出来ていない、というのも……問題だよねぇ。

 

 崩れかけ傾いた柱へと着地し、すぐ横にあった割れたガラス窓の残りを、着地の衝撃を操ってフランへと弾き飛ばして透明な弾丸を撃ちつつ、天井へと飛び跳ねる。その道中を偏差射撃してきた虹色の散弾を両下駄を犠牲にして逃れる。

 その直前に炎剣を拾われ、薙ぎ払われ、犠牲にした下駄諸共、全て蒸発していった。

 一瞬で蒸発するとか……あーあ、まーた天魔に怒られる。ガラス片もどうやらすべて焼き払われたか、圧倒的な回復力でなかった事になったようだ。

 頑丈にしてもらっても壊れちゃうのは仕方ないんだよなぁ。無茶な運用してる私もアレだけど、相手も大概なんだもん。何よその耐久力。

 

 視界の端で、魔法陣が展開された光が見えた瞬間に、急遽壁へ打突を当てて身体を急停止させ、眼の前を通り過ぎる巨大な炎剣を何とかやり過ごす。

 同時に懐から扇子を取り出して、目視したフランとレミリアを巻き込むように巨大竜巻を作り出す。眼の前で壁がドロドロになって溶けてるけど無視だ。

 竜巻が一瞬で動き始め、二人が浮遊の制御不能になったのを見届けてから左拳を壁へと捩じ込み、身体を固定する。空中に浮いてもいーけど、アレは固定されるから悪手になりかねない。

 

 そこまで考え、部屋の中央から端へ姉が、竜巻の中央から地面へと妹が吹き飛ばされたのを見えて、

 

 

 

 ゾグリ、と急激な悪寒が背中に走り、

 

 

 

 身動きした次の瞬間には、扇子を握ってた右手首が回転する何かに斬り落とされた。

 

「ッう、やれやれ!」

「あれぇ、完全に視界外から狙ったつもりなんだけどなぁ?」

「いんやぁ、まだまだ私を驚かせるには甘いねッ!!」

 

 返事をしてる暇なんて本当はなくて、今度は首を狙ってきた超大型の手裏剣のような弾幕を避ける。

 一瞬卍型の弾幕に見えたけど、よくよく見ると小さな四つの刃と大きな四つの刃が高速で互いに逆回転している弾幕が飛んできている。通り過ぎられた石柱が綺麗な切断面を見せながら斜めにずり落ちていく程の殺傷能力。殺す気満々の模様。イカンねぇ。いや、殺すというか、手加減を考えずに遊んでいる、というか。

 次々と壁を豆腐に突き刺す針のように貫通していっては崩壊させていく弾幕を避けながら、ホールを一周して、ようやく放り出されて放物線の頂点に辿り着いて落ちてくる右手首を掴み取って、右腕に再接続する。

 

 うわ、グチャって小気味良い感触してる。やばいやばい。二重の意味でヤバイ。

 触手が交わるように皮膚や線維がくっついて行くのが見えて、つい、口の端が上がる。

 

 

 

 腕を回収したのが見えたのか、今度は爆発する弾幕に切り替えたようだ。背後でボンボン何かが爆発して、瓦礫や姉が吹き飛ばされていく。やれやれだ。

 あーあ、せっかくもう一周して扇子も回収しようと思ったのに……これじゃあ焼けて無くなってしまっただろうなぁ。私の手元から離れりゃあ普通の耐久度だし、まぁ、仕方ない。

 

 避けていく内に今度は床に弾幕が着弾して爆発し、余波で吹き飛んできたシャンデリアを更に私が蹴り飛ばし、ようやく安定した回避をし始めたレミリアの頭上の壁へと突き刺して崩落してきた壁をある程度防ぐ。

 今度は私が地面へ着弾して周囲の瓦礫を全部フランに撃ち出しつつ、地下への穴を開ける。

 予想通り、飛ばした数メートルもある岩壁が全部切り払われて消滅した。その炎剣チートじゃない? そもそも本人と能力がチートか。

 お、ようやくさっきの石柱が完全に倒れたか。

 

 まぁ、攻撃しつつも地下への入口を開通できる目処が出来たから良しとしよう。開通してなくて塞がっていても、取り敢えずエコーとぶん殴れば目的地に辿り着くだろうし。

 問題は、それまで彼女の攻撃を全て防ぎきれるか、かね。

 

 流石にこのままじゃ、もうちょい広くて障害物がないと、私としても困る。このまま壁や天井がなくなると詰む。いやもう攻撃が瓦礫飛ばししかしてない時点でお察しな物なんだけどね。

 

 両手で柏手をしつつ、細かく右足の爪先で瓦礫の下を叩く。

 叩けば叩く程に、べゴンべゴンと足元から衝撃が響く。息を大きく吸い込んで、その隙に飛んできた高速の紅い弾幕を、顔を数センチ動かして避けて、宣言しつつ早速床へと『ソレ』をぶつける。

 

「《『緋色玉』》!!」

 

 さっきの攻撃で髪の毛と耳の一部が吹き飛んだ感覚がするけど、まぁ、そんなものを気にしてる暇はない。

 左目に巻いた包帯が一部千切れた。けどまぁ、どうでもいいか。

 視界の一部を遮るのも、これまた一興。

 

 床から視線を上げれば、数m先に大きく炎剣を振り被って突撃してくるお嬢ちゃんがいるんだし、ねぇ?

 緋色玉の爆発の余波でお嬢ちゃんを再度吹き飛ばしつつ、クレーターの底に出来た穴へと落下する。これが私の勝利の為の逃走経路だ、何つってね。

 

「アハッ、詩菜の得意技じゃん!」

「お褒めに預かり恐悦至極、ってね!」

「褒めてないっ!!」

 

 一体どれの事を言っているのだろう。緋色玉? 逃走経路? 視界を遮るのも一興にしてしまう所? まぁ、どれでもいいけど。

 

 上手く地下の居住区に繋げれたのか、若干斜めになった縦穴に私が高速で落ちつつ、妹の方が壁に跳ね返りまくるヤリのような弾幕をそこら中に撃ちまくって来る。まぁ、私に攻撃を注目させれたから良しとしよう。

 威力を上げたら精度も上がったのか、僅かな出っ張りに引っ掛かって自分へと跳ね返っている弾もあるぐらいだけど、────彼女はそれすら面白いといった風に、更に口の歪みを大きくしていく。傷が出来てもすぐに治って、また笑みを深めていく。

 ったく、これだけ狭い一本道で壁を蹴り続けている私にある程度は追い付けているってのは一体どういう事なんだか。あ〜、プライド折れそう。そもそも無いけど。

 

 四方八方に飛び回る弾幕は、クルリと振り返って、どれも扇子からの風の刃で打ち消していく。

 

 打ち消すというか、切断して掻き消して、そのままフランに攻撃しているつもりなのだけど、如何せんなまじ威力が強すぎるせいか、そのまま斬られて、そのままくっついてるみたいだ。吸血鬼恐ろしいな! いや、私の攻撃力がやばいのか?

 なんて、割と呑気な事を考えているけれど、ガリガリと土壁を炎剣が削りながら追って来る真っ赤な瞳の吸血鬼は兎角恐ろしいものである……まぁ、言うて私も髪を振り回しながら高速移動をする着物の少女だから、ヒトの事は言えないか。あれ、結局どっちもどっちじゃねコレ。

 

 ──いかん、防衛の為にずっと掛けている躁鬱の衝撃のバランスも取りづらくなってる。

 

 

 

 衝撃刃の攻撃を止め、手拍子で作り上げた『緋色玉』を親指でフランへと撃ち飛ばしながら、壁を蹴り、更に速度を上げながらも直接『緋色玉』を土へ埋め込んで爆発させてみる。

 指で飛ばしただけとは言え、能力すら使っているというのに、軽く躱してくれる。それどころか後ろの爆風を利用して更に私へ近付こうとしてくる。やめて欲しい。

 壁に埋め込んだものも、加速したせいで起爆タイミングが完全にズレて無駄になった。遠距離操作が出来ない性質なんだから、拍子を合わしてくれないのはやめて頂きたい。

 

 まぁ、やめて欲しい事をするのも、タイミングを完全にズラすのも、私の十八番でもあって、相手を倒す為の手段でもある、か。

 

 残りの二発、『緋色玉』を『緋色玉』で撃ち出す。

 残った右目でフランの右手を狙い、残った左手の中で爆発が起き、私ですら見切って避けれるか怪しい弾速の玉を、レーヴァテインでギリギリ弾き、弾く角度をあらかじめ変えていたお陰で予期せぬ方向、この場合はフランの左横腹を貫通し、彼女も私も、驚いている暇もないまま、穴の途中で大爆発が起きる。

 

 それらが、十数秒もせずに地下の、フランが住む地下居住区へと落ちてきた道中で起こった事。

 アホかと思うようなスピードである。まぁ、楽しんでるのは私もだけどね。

 

 

 

 地面へと着地、休憩する余裕も一切なく、すぐさま壁へと跳ねた直後に、フランが私の居た地面に炎剣を突き刺し、自分諸共地面を爆発させる。

 カッケーな、とか思いながら左手で後ろ帯からナイフを取り出す。

 鞘の代わりとして巻かれた包帯が自分の血で真っ赤に染まっているが、まぁ、どうでもいい。

 扇子は一つ燃えたけど、まだもう一本ある、右手も何とかくっついた。まだ血は所々から吹き出てるけど、まぁ、どうでもいい。

 

 ナイフを巻いていた包帯を風で斬り裂いて、『緋色玉』の予備を幾つか作っておいて、

 それらも高速で移動しながら、

 相手の出方を警戒しつつやりながら、

 

 

 

 さぁ、妹は何処だ?

 

 最後の扇子で爆風を掻き消し、フランの姿を探す。彼女が住んでいた場所だからか残り香が強い。気配が探りにくい。

 

 ん、どうも、音がしない。

 吸血鬼、というか、生物らしい音が聴こえない。

 頭の中を歪めるような怨嗟の声は絶えず聴こえて来るけど……まぁ、遊んであげてる最中ならまだキツくもないから良いんだけど。

 

 他に聴こえているのは穴と繋がった地上からで、この地下から生物らしい音を出してるのは自分くらいで、

 

 後は、燃える音と、爆ぜる音と、弾幕の、音──────

 

 

 

 

 

 

「耐久ス、ッッ!?」

「ふふ、残念」

「っ、ゲホッ! っと!!」

 

 なぁにが残念だ、とばかりに口中に広がった血液を吐き捨て、慌てて柱をとび跳ねて逃げる。

 相手の姿を見付けれず、攻撃も通用しない。紫の耐久スペルがこんな感じだったと、もっと早く気付ければ回避出来たかもしれないのに。

 

 こちとら数千年前から回復は早いけど防御力はてんでない体質だと知ってるってのに、こうも最近は本気で戦ってないからか、真後ろから激突されるまで全然気付けないとか、色々ありえん。

 やれやれ、今度は呼吸がしづらい。これぐらいなら、すぐ治ると、思うんだけど、な……!

 

 地下の居住区とは言っても、私の知らないエリアに入り込んでしまったようだ。

 何十メートルもありそうな天井から床までの距離に、高く柱が、それに鎖が絡まっている。血の匂いも凄く臭う。さてはここで遊んでたな?

 ただ……こういう、縦横無尽に動ける場所は、私にとってもありがたいね! 適度に柱が縦横奥に並び立っていると、これはこれで壮観だ。ANUBISを思い出す。

 

 

 

 さて……、

 

 私を跳ね飛ばした白い大玉が一つ、視界外からまた背中を狙って一つ、退路を防ごうと事前に先回りした奴が二つ、螺旋状になって追いかけてくるペアが二つ、地面と天井を踏ませないようにしてる奴が三つ、最後に追い掛けられた私が一つ。

 

 

 

 

 

 

「《『And Then Were There None?』(そして誰もいなくなるか?)》!」

「……ハハッ」

 

 いかんね、楽しすぎて困る。

 

 

 


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