風雲の如く   作:楠乃

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 何回も出てきた四字熟語だし、意味は分かるよね?(ニッコリ






紅魔館・秋の陣 その5   『万物流転』

 

 

 

 

 

 

 ……あ〜………………。

 

 

 

 

 

 

 死んだな、これ。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 ようやく全身が回復し終え、レミリアは立ち上がった。

 周囲を見渡せば、廃墟というか何かの爆心地としか思えない光景が広がっている。

 真上を見れば壁に突き刺さったシャンデリアが天井と壁の崩落を支えている。支えられていなかったらもっと酷い事になっていた。

 見る影もないホールの奥を見れば、先程二人が突っ込んでいった穴から、炎が時たま吹き出ている。

 詩菜が作った穴へフランが追って行ったのは、ついさっきだ。

 

 こうなってしまう前に、何とか元の鞘へと収めてしまいたかった。

 せめて、妹の問題は、姉が起こした事でもあるのだし、出来れば鎌鼬の手も借りたくなかったのが、本音だった。

 

 ────……もう遅いけれど。

 

 少し溜め息を吐いて、彼女達が落ちていった穴を覗く。遠く下の方で爆発音が響いているのが聴こえてくる。

 穴は非常に深く、地下室にまで届いているのは明白だった。このまま穴を降りて行くより、覚えている地下室へ向かって現在地と戦闘地帯を確認しつつ加勢すべきだろう。うまく行けば挟み撃ちで地の利を生かせれるかもしれない。

 頭の中に屋敷の地図を広げ、彼女達がどこで戦闘を繰り広げるかを一瞬で考え、後ろの瓦礫を思い切り槍で消し飛ばす。

 体調もそれなりに回復しつつある。

 

 ホールの入口を塞いでいた炎や瓦礫を諸共グングニルで掻き消し、入口を再三作り出した所で、こちらへ構えていた門番が────こちらへ口を広げた阿呆面をした、美鈴が見えた。

 

「お嬢様!?」

「……何故まだここに居る。私は妖精達と共に逃げろと命令した筈だが?」

 

 形容しがたい感情が少しばかり思考を拗らせる。

 それも出来る限り無視しつつ、彼女達の横を通り過ぎて図書館への進路を取る。

 

 ────フランと奴は地下に行った。いつぞや奴が作った爆発する玉が極大で暴発でもしなければ、恐らく地上に被害は出ない筈。少なくとも今、この場所はまだ安全だ。火事や崩落に巻き込まなければ、だが、美鈴が居るならそれも安全……。

 

 そこまで歩きながら考え、ちらりと横を見れば、従者が荒い息を吐きながら、主に物申したそうな目付きでこちらを睨んでいる。

 それは、門番や、魔女の友人も、そうだった。

 オロオロとしているのは、司書の悪魔ぐらいで、空気がピリリ、と張り詰め始めている。

 

「……何だ、その眼は」

 

 つい足を止めて振り返る。

 主は自分だというのに、何処か、責められているような雰囲気を、感じる。

 

 代表としてか、まだ五体満足の美鈴が、一歩、こちらへと進む。

 

「お嬢様、フラン様は何処に? 詩菜は、何処に居ますか?」

「地下だ。少なくとも今は、ここも安全だろう……傷を治せるよう館の外へ全員連れ出せと、私はお前にそう命令した筈なんだがな?」

「ええ、少なくとも私もそのつもりでしたよ。彼女が来るまでは」

 

 つい、眉を顰めてしまう。理性が揺らぎそうになる。何かが不愉快だ。

 

 腕を組みながら体の向きを変え、覇気を出す。先程は完全に遅れを取ってしまったが、そもそも主として、統治者として屋敷に君臨していたのは事実だ。幻想郷の実力者として、その一角にいるという自負もある。

 文句があるならば言えば良い。館の主として、異論がなければ部下の意見は進んで取り入れようとしてきたつもりだ。

 

 

 

 だが、到底受け入れられないものもある。

 

 言葉に出すだけで罰を与えたくなる、不文律もある。

 

「何が言いたい?」

「お嬢様。逃げ出すのはもう止めにしましょう」

「は? 私のどこが逃げていると言うんだ? ……門番、いつの間にそこまで眼が落ちたの? 医者の診察を勧めるわ」

「今回ばかりは、レミリア様だけでは止められません」

「……ふん、だからと言ってあなた達を使うつもりはないわ。傷で動けない足手まといも要らないし」

「彼女だけでは、恐らく、止められません」

「だからこうして向かおうとしている。それを止めたのは……いい加減にしろ。紅美鈴。さっきから言っているだろう。何が言いたい?」

「お嬢様。フラン様と、もう一度キチンと、真正面から話すべきです」

「だから、私だって初めからそうしている! 誤魔化すな!! お前は私に何をさせたいか、と聞いているんだ!!」

 

「誤魔化しているのは、貴女でしょう」

 

 

 

 形容できない感情が────苛々が、限度を超えた。

 

 

 

 妖力や魔力は回復しきってなくても、肉体面の不調は何一つない。

 トップスピードで飛び出し、焼き焦げた彼女の服の襟を引き込み頭を握り込んで地面へと叩き潰し、更にそこから首を掴んで引っ張り上げる。

 

 真正面から力で捻じ伏せ、そこから更に額をぶつける。殺気で押し殺せるなら潰してやろうかとすら考える。

 顔面を叩き付けた床に瓦礫が転がっていようが、疲労困憊の(てい)だろうが、今はどうでもいい。

 

 こいつは今、真正面から私を挑発した。

 この苛々に身を任して、このまま不躾な妖怪の頭を潰してやりたいぐらいだ。

 

 

 

「────何様のつもりだ」

 

 

 

 彼女の後ろで息を呑む声が聞こえるが、気にしてられない。

 

 圧迫してやっても、眼の前のこいつは、何一つ、揺らいでいない。

 

 

 

「────門番ですよ。大切な家族を守るための」

 

 

 

 ついピクリと羽を動かしてしまったのが分かる。

 だが、まだ質問の答を聞いてない。

 ギリリ、と首の拘束を一度強くして、ゆっくりと握りを、緩くしていく。

 超えてはいけない境界線があるのは、こちらも同じだ。

 

「ぐっ……ぅ!」

「私に、何度も、同じ質問をさせるな。何が言いたい?」

「ッ……お嬢様。もう一度、真正面から、妹様を見て下さい……」

「したさ! 初めから私は言葉で解決を試みた! お前達が負傷する前からな!! だが止まらなかった!! そうだろうがっ!!」

「違い、ます……彼女に、彼女の気に触れて、分かりました……妹様の、今回の狂気の、原因は……『詩菜』です」

「何?」

 

 首絞めを解いて、今度は襟首を掴む。

 手荒い真似をしているという自覚はある。だが、止まらないのも、事実。

 

「げほ……憎んでるんですよ。狂気があっても、きちんと戻れる詩菜を。堕ちても、底から引っ張ってくれる存在が居る、似たような存在だから」

「……」

「だから不安定になってるんです。私の能力じゃ、内容は完全に理解できませんでした……けど、色模様は分かる」

「……だから、なんだ? 詩菜とフランが似て 「まだ、

 

 まだ分かりませんか?」

 

 

 

 緑青色の瞳が、吸血鬼の心の奥底を覗くように、睨んでくる。

 

「彼女は、(自分)を引き上げてくれるのを、待ってるんです」

 

 忘れていた罪を思い出させるように、淡々と突き付けてくる。

 

「家族を、欲しがってるんです。私達を。貴女を」

 

 奥底に封じて、それでもずっと想っている事を、掬い上げられるような感覚。

 

 

 

「妹様から逃げたのは、貴女じゃないんですか? 背を見せ、庇って、縋り付く手を嫌ったのは、────お嬢様の方では、ありませんか?」

 

「………………」

 

 ギチッ、と、牙が唇を噛み切る音が鳴る。自分の血の味が口に中に広がり、その味は一向に止まらない。いつもならば、すぐに戻るのに。

 そんな反応を、眼の前でしてしまえば、こちらの負けだと、分かっていても。

 

 この想いの、振り下ろしてしまいたい激しい感情の捌け口を、今の吸血鬼は、持っていない。

 だから、似たような突き放し方をしてしまう。

 

「……知るか」

 

「お嬢様っ!!」

「うっるさい!!」

「ぐ、っぅ、痛!?」

 

 襟首を掴んでいた両手を離し、そのまま彼女の肩を押して身体を突き飛ばす。

 

 威力を込めすぎて何度もバウンドして吹き飛ぶ彼女を見て、やり過ぎたと反省して、

 

 

 

 手を、伸ばしかけて、

 

 

 

 でも、それを見せる訳にはいかない。そんなすぐに謝ってしまう程、安いプライドは持ち合わせていない。

 その為に、高い自尊心を持った訳ではない。

 

「ッ、くそッ!!」

「レミリアお嬢様!?」

 

 後ろで従者の咲夜が叫んでいるが、今はもう合わす顔もない。

 羽を広げ、勢い良く廊下を飛んで進む。図書館の扉や壁を蹴り壊し、地下への螺旋階段を飛び降りるように落ちる。

 涙や自責の念は誰にも見せるつもりはない。だが、先程からぐるぐると後悔が頭を埋め尽くしていく。

 

 

 

 ──アイツが悪いのよ。

 何故こんな時に喧嘩してしまわねばならないのか。

 そうよ。詩菜が悪い。アイツが訪れた所為だ。

 アイツが来なければ、ここまでややこしくはならなかった筈だ。あの、変な運命を持った兄妹が来なければ。

 今回だって、フランを落ち着かせて、屋敷を修理させて、またいつも通りが戻ってくる筈だったんだ。

 私とフランがちょいちょい話をして、咲夜が紅白や白黒と話して、パチェが外へ関心を惹かれるような、そんな日常が戻ってきた筈なのに。

 

 アイツが、居なければ──

 

 

 

 

 

 

 そんな考えがふつふつと湧き出る中、ホールの丁度真下にあった地下牢にようやく辿り着いた。

 

 広大な地下牢に、二人は居た。

 

 妖力が切れかけている詩菜は、回復を後回しにして全力で回避に集中していたが、完全に追い詰められていた。

 九つあった大玉は全て命中して消滅しており、最後の一人となった彼女に居ない筈のフランが表れて、最期のとどめを刺す直前で、丁度レミリアが間に合った所だった。

 

 地面から二つ上の梁の上で、唯一無事な一本足で何とか柱に寄り掛かって立っているといった状況の詩菜は、両腕とも肉から骨が突き出る程の折れ曲がり具合で、当然のように両の肘から先が焼き切れて、千切れており、もう一方の脚に至ってはフランが膝から先を持っていて手遊びをしているという有様だった。

 そして、トドメの一撃として炎剣を振りかぶった、妹の姿。

 

 そこへ、(レミリア)が、来てしまった。

 姉の姿をほぼ同時に妹が気付いて振り返り、両者共に嬉しそうに笑い、

 一人は片足を放り捨てて嗤い、一人は血反吐を吐きつつも微笑う。

 

 

 

「あぁ!! 来たね、おねーさま!」

「ケッ……遅いよ。全く」

 

 ──減らず口は、瀕死になっても変わらない。

 

 アイツが、居なければ──

 

「………………」

 

 

 

 でも、客人が……、

 

 

 

 ────私の()()が、全身から血を盛大に流してまで、引き止めてくれているのに、私は、これまで一体何をしていたのだろうか。

 私は、本当に、向き合っていたのか……?

 

 私は……今でも、間に合うのか?

 

 

 

 意図せずに口から零れた、声にすらならない吐息に、音が返ってくる。

 

「……間に合うよ」

「ん? どうしたの詩菜?」

「ぐギッ!? い、いやぁ、まだ、引っ張ってこれるって話さ」

「んー? 分かるように話して欲しいなぁ」

「や、止めろッ、フラン!!」

 

 なんてことのない会話をしているかのように、フランの炎剣が詩菜の腹へと突き刺さる。

 

 ジュウジュウと肉体が焼け付いていく音と匂いが広がる。慌ててレミリアが飛び出そうとするも、フランが片手を姉へと向ける。

 掌の先には勢い良く発光し始めている魔法陣が浮かんでいる。少しでもトリガーを発動させてしまえば、問答無用で魔術が飛んで来るだろう。

 容赦のない魔力が込められているそれに、レミリアは動きを止めざるを得ない。

 

 どのような魔術が飛んできても、避け切ることは可能ではあるが、行動を起こせば間違いなく、その間に詩菜が八つ裂きにされる。

 それを暗示させるように、下から詩菜の顔を覗き込みつつ、更に炎剣をえぐり込むように捻る妹が、ただ嗤っている。

 

「私だけ仲間外れなんてつまんない。詩菜はこっち側だから、一緒になってくれるよね?」

「ごほっ……今は、ちょっと、痛みが激しすぎて、そっち側にはいけないかなぁ……なんてね」

「えー、だってこうでもしないと詩菜、逃げちゃうじゃん。はむ」

「づぐぐっ!?」

 

 右肩に優しく齧り付き、肉を抉る音が更に響く。

 捕食で魔力が更に込められたのか、炎剣が突き刺さった部分から更に火の勢いが増していき、傷口が更に広がっていく。血肉が焼けて蒸発さえし始めている。

 吸血まではされていなくても、動くこともままならずに咀嚼されているのを見ると、完全に、逃げる力まで使い切って、フランを抑えようとしてくれたのだと分かる。

 

 でも、あの彼女すらそこまでやられているなると、間に合うとも、思えなくなる……。

 

 

 

 笑う詩菜に少し励まされても、ここまで到ってしまった自分の妹を見てしまうと、もう駄目だと考えてしまう。

 俯いて、しまう。どうしようも、なくなっている。

 

 

 

 ──もう、戻れない……もはや、居なかった事にしなくてはならない。

 

 それも出来なければ、私が──

 

 

 

「────何考えてるのさ」

 

「っ!?」

「詩菜?」

「それは許さないよ。『ソレ』は、私の専売特許だ」

「なんのおはなギッ!?」

 

 右肩に未だ喰い付いたままのフランの側頭部に、折れてひずんでしまっている左肘を叩き込む。

 痛みで衝撃が操りきれなかったのか、彼女の意識を奪う程の威力を込めることはできなかったが、深々と刺さった牙を肩に残して、吸血鬼の歯を折らせるぐらいには威力が出すことができたようだ。

 

 そのまま梁の上から、千切られた方の脚でフランを蹴飛ばして落とし、片足で軽く跳ねてからレミリアの元へと跳んできた。

 

「ヒ……ッ!」

 

 近くで見れば、更に詩菜の容体の悪さが分かる。

 

 四肢は片足一つしか残ってないのに、普通に立っている。異常な所しか見当たらない。

 服が服として機能してないのは言うに及ばず、傷がない所はないんじゃないかと思うような出血量だ。

 いつもならば治りそうな引っかき傷さえ、残ったままで血が止まってない。

 心臓の位置には何処かで見たナイフが刺さっており、鼓動と共に鮮血が吹き出しているが、本人は何一つ気にしていない。刺さっていないかのような反応の無さだ。本当に、認識さえ出来てないのかもしれない。

 先程突き刺されて抉られた腹を見れば、いつぞや槍で穿った時とほぼ同等の穴が開いている。

 両の目はまともに機能してないのが、一目で分かる。右目は焦点がいつまで経っても合わず、左目は左側の顔ごと、爆発したように黒焦げている。

 今も(衝撃)だけで探知をしているのだろうが、左耳も眼と同じように黒焦げて、機能しているように見えない。右耳だけで、全方位の攻撃や行動を把握出来る訳がないだろうに、それを無理矢理に通していたのか。

 

 初めて遭ったあの時、私が怒って貫いた弾幕だって、治っていったのが分かる程に回復していたのに……妖精の面倒事に巻き込まれ、瀕死であった時も目に見えて治っていったのに。

 

 フランが持つ、破壊の能力の傷なんて、一つもない筈なのに。

 いつぞや破壊された右手のように、傷が治らない。

 いつものようにならない。あの彼女の身体が、傷が、一つも治ろうとしない。

 骨が出て、線維が見え、内臓が出て、肌はとても青白く赤黒く────、

 

「……し、しな」

「前にも言ったのに、どうしてそんなことを考えるのかね……まぁ、いいさ」

 

 

 

 ────そこまで重体なのに……顔を合わせても、こちらの顔が見えていないとすぐに分かる状態なのに、それでも、希望を持ってしまいそうに、未来を見てそうに瞳を輝かせて、狂気だと判断されそうな程に笑って……私が、まだ間に合うと、感じさせてくれるのは、何故なの……?

 

 ……どうして貴女は、そこまで出来るの……?

 

 

 

「レミリア」

「な、何……?」

 

 

 

「【今から 私が どんな目にあっても 挫けるな】

 

 【貴女は 心の底から 彼女への想いを 晒し出せ】

 

 【妹が 動揺した隙に 抱きしめて 叫べ 通じ合え】」

 

 

 

「っ……!」

 

 両者の視線が一度だけ、────確かに、焦点が、合った。

 

 それはすぐに飛んでくる炎剣で邪魔され、詩菜がすぐに折れた腕で応戦し始め、遅れてフランの元へレミリアの弾幕が飛び始める。

 

「二人で秘密話なんて! 私も混ぜてよ!!」

「ごめんね! 残念な事にまだ私はそっち側へ行けないんだ」

「もう、またその話!? いいわよ。それなら居なくなっちゃえば良いんだから!」

「おっと、物騒な話だね!」

 

 視界もろくにない彼女が、レミリアの弾幕という援護があったとしても、フランの本気の狩りからは逃れることは出来なかった。

 

 炎剣を背面ギリギリで避け、次の柱を肉から突き出てしまっている上腕骨を当てることで衝撃を操ろうとした所を、フランが蹴飛ばし、レミリアが飛ばしたコウモリ型の弾幕を炎剣で一蹴し、またぶつかることで柱を肉体で折った詩菜へと肉薄する。

 炎剣を振り下ろしたフランの後ろから、レミリアが追って手を伸ばし、チェーンがフランの手首に伸び、力を奪い取りつつチェーンを引っ張って止めようとした所で、嘲笑うかのように、そのチェーンごと姉を引き寄せ、

 

 

 

 耐え切れずバランスを失ってよろめいたレミリアに向けて、躊躇いもなく炎剣を振りかざし、

 

 邪魔♪ と口が動いて嗤うのが見えて、もはや姉という認識さえされなかったことに気付き、

 

 目の前に迫る炎と狂気に、自身がどうしようもないことを姉は悟り、

 

 ただ炎の揺らめきだけが、視界の全てを覆っていて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横から優しく弾き飛ばされたのを、感じた。

 

 

 

 壁に顔から突っ込み、上から押し潰してくる瓦礫を慌てて翼で吹き飛ばして出てきてみれば、

 

 

 

 

 

 

 フランの目の前に、口から上が吹き飛んだ、少女がいる。

 

 

 

 

 

 

 支えを失った人形のように足りない膝から崩れ落ち、そのままゆっくりと前のめりに倒れていく。綺麗な切断面からは噴水のように真っ赤な液体を噴き出している。

 

 その前に立っていた、妹は、何の『衝撃』を受けたのか、炎剣を振り払ったままの姿勢で放心して、動揺している。

 

 

 

 完全に、思考が真っ白に吹き飛んだ。

 

 そこへ、刷り込まれたように、音が戻ってくる。

 

 

 

 ────【心の底から】【彼女への想いを】【晒し出せ】

 

 

 

「ッッ、ッァアアァアッ!!」

「っ、あ、あはっ、な、何さっ、いきなり叫びだしてッ、ッ!?」

 

 動揺している妹を自分諸共、勢い良く押し倒して壁まで吹き飛ぶ。

 

 壁の向こうにあった部屋まで二人して吹き飛び、そのまま馬乗りになって、肩を抑え付ける。

 根本的に彼女の能力を阻止しなければ、マウントポジションをとっても意味が無いが、そんな事は一つも、何も考えていなかった。

 

「何? 何いきなりキレてるの? そ、そんなに詩菜が大事? 八雲に喧嘩売っちゃったから? それとも詩菜のお兄ちゃんが魅力的だから? だから怒ってるの? そんなので怒って

 

 

 

「フランッ!!!」

 

 

 

「っ!?」

 

 身体が、震えているのが、分かる。

 怒っているのか、悲しんでいるのか、彼女が何を思っているのかは、今のフランには何も分からなかった。

 ただ、激情に駆られているのは、分かった。

 

 ────そして、こんな真正面から私の名前を呼ぶのは、いつ以来だろう?

 

「……ええ、そうよ。そうね……確かに、私は、嘘を付いていたわ」

「へ? はぁ?」

 

 ────なんだろう。こんなに、しおらしい、ヒトは知らない。

 

「……貴女が詩菜を殺したら、兄や、侍や、八雲が襲って来るかもって、思ってたわ。復讐をしに……私は、紅魔館を守るために、それだけは止めなくちゃ、って……思ってた」

「ん、でも殺したよ? 報復、来るよ?」

「……フラン、貴女、どうして詩菜の周りが報復、復讐してくるか、分かる?」

「え?」

「家族を守りたかったからよ……守れない自分が嫌で、自分に振り下ろしたい鉄槌を落とす、矛先、八つ当たり先を求めているの」

「迷惑ね。でも私なら全部壊し 「フラン、

 

 ごめんなさい」

 

 

 

「私は、そうなった時に、潔く貴女を差し出して、屋敷を守ろうと、考えてた」

 

 

 

 落ち着きを取り戻しかけた妹の眼が、瞬時に言葉を理解して、真紅に染まる。

 

 それと同時に、フランの爪が腹わたへと突き刺さる。

 避けるのは、簡単だった。

 

 でも、受けた。

 駄々をこねるように、災害級の暴力が振り回される。腕を、肩を、腹を抉られる。

 それでも、受け止めた。

 

「カハッ……でも、こうも考えた」

「五月蝿いッ! 言い訳なんて聞きたくないッ!!」

「私を差し出して、許してもらえないか、って」

「離ッ……離せ!!」

「屋敷の揉め事に、他人の介入を許して、それで他の家族の恨みを買うなんて、当主失格だもの」

「どいてよ! 退けッ!!」

 

 

 

「でもッ!! その前に妹を閉じ込めて! 何の気持ちにも気付けない時点でっ! 私はっ、姉なんて失格なのよ!!」

 

 気付けば、もがくのを止めて、ただ自分の上で泣き崩れ喚いている姉を、じっと見ていた。

 血と涙を流す姉を、ただ、見てしまっていた。

 心から叫ぶ姉を、妹は、呆然と、聴いていた。

 

「血を分けた妹を怖がる訳ないじゃない! 私はただ貴女を守りたかったっ!!」

 

「貴女が何でも壊して、周りから不満や恨みを買う度に、私は何が何でも強くならなくちゃと思った!!」

 

「家族を失ったら恨みを買う? そんなの、私だって家族を失いたくない!!」

 

「貴女が壊さないようにッ! 貴女が壊されないようにッ!! 私は貴女を隠してしまった!!」

 

「けど、それはただ、私が貴女を遠ざけただけだった!!」

 

「貴女を閉じ込めてっ、私は見えなくなったものを想うことすら忘れようとしていた!!」

 

「私は卑怯者で、どうしようもなく卑怯でっ!」

 

「貴女が誰かに殺されたくないから、貴女を自分で殺そうとしたっ!!」

 

「貴女が狂気に陥っても、ただ私は耳を塞いで貴女を閉じ込めることしかしてこなかった!」

 

「守りたかったのに、向き合うことを忘れてしまったっ!」

 

「貴女が望むことを、私は何一つとして出来てなかった!!」

 

「家族を望んでいる妹にッ、姉という家族()は、何もしなかったっ!!」

 

「話し合おうともせずッ、ただ上から抑えこんだだけだったっ!!」

 

「ただ、守りたかっただけなのに、守ろうとしてなかった!!」

 

「私だって、屋敷の皆が誰かに殺されたら、私だってそいつを殺してやりたい!!」

 

「皆家族よッ!! 家族や仲間を害されて、許せる奴なんて居ないッ!!」

 

「貴女が自分を制御できるまで、私が何とかしようと頑張ろうとしたっ!」

 

「でもッ、私はそのうちその事を忘れてっ!! 貴女をただ匿おうとしたっ!」

 

「フランを籠の鳥にしてっ! 外界を見せないようにしてっ! 何かを破壊して恨みを買わないようにしてっ!!」

 

 

 

「私は、自分の立場に酔って!! 貴女の家族であることすら忘れてしまっていたっ!!」

 

「貴女のことを、理解できなくしたのは、私だった!」

 

「助けを求めていたのかもしれないけど、それを無視したのも、私だったっ!」

 

「手を伸ばしたのに、それを背中で弾いたのも、私だったっ!!」

 

 

 

「ごめんなさいフラン……私は、貴女のことを、何も考えていなかった」

 

「ただ、守りたかっただけなのに、いつの間にか、本当に、貴女を、閉じ込めてしまっていた」

 

「……こんな……こんな馬鹿な姉を、許さないで……」

 

「ごめん……本当に、ごめん……なさい……」

 

 

 

 

 

 

 妹の胸に突っ伏して、ただ、謝る事しかできない。

 謝り続けるようにさせたのは、すぐそこで死んでいる奴の所為だと思ったが、それでも謝り続けなければならない原因を作ったのは、間違いなく自分だ。

 

 許してもらえるなんて、露ほども考えていない。

 

 

 

 それでも、ようやく掛けられた言葉に、胸の奥がキツく締め付けられる。

 

「……絶対に、許さない」

「ッ……ごめんなさい」

 

 両肩に、フランの手が乗るのが分かった。

 とても強く握りしめられて、血が滲み出てきたのも分かった。

 

「なによ、それ……そんな事言われても、あの五百年は戻ってこないんだよ……?」

「……そうね」

 

 彼女の爪が伸びて、皮膚に刺さったのが分かる。

 それでも、頭を上げる気にならない。

 申し訳なさすぎて、顔も見れない。

 

「ずっと、ずうっと、閉じ込められて……それが今になって、なんて、許さない」

「……」

 

 返す、言葉も無い。

 両肩に添えられた手が、震えているのが、分かった。

 

 

 

 ひっく、と、

 

 彼女が、泣いているのに、気付いた。

 つい顔を上げてしまい、赤い涙が溢れているのに、気付いた。

 

 

 

「……もっと、相談して欲しかった」

「!」

 

 

 

「私だって……私だってっ! 自分をなんとかしたかった!!」

 

「どうしようもないと分かってても!! それでも自分でなんとか抑えこもうとした!!」

 

「家族にっ、全部相談したかった!! どうして自分だけ、って、打ち明けたかったのに!!」

 

「それをお前がっ!! 閉じ込めてしまったから、私が悪いんだって、言えなかった……」

 

「私は……私は、もっと、誰かに頼りたかった」

 

「誰かに────家族に……隣に、居て、欲しかった……だけなのに……」

 

 

 

 いつの間にか勢いを返されて、今度は妹に姉が押し倒されていた。

 驚きつつも、滲んでいく視界の向こうにいる、彼女と、視線を合わせる。

 

 涙をボロボロと零して、嗚咽で言葉を途切れさせて──それでもキチンと姉と目を合わせて向き合って、心の内を叫んでいる。

 

 面と向かって、思いの丈を、晒し出している。

 

 ──それこそ初めは、こんな顔をさせるつもりは、欠片もなかったのに。

 

「……私は、今でも、間に合うかしら?」

「え?……」

「私は……まだ、やり直せるかしら?」

 

 ゆっくりと、顔に手を伸ばす。

 親指で涙を拭い取り、身体を起こして、そっと妹を抱きしめる。

 

 彼女の瞳はもう、狂気に染まってなどいない。

 

 

 

「ごめんなさい、フラン」

「……ゆるさない」

「そう、ごめんね……」

 

 ゆっくりと、髪を撫でる。

 最後に妹の頭を撫でたのは、────最後に妹を抱きしめたのは、果たして、いつだったか。

 

「不甲斐ない姉で、ごめんなさい」

「……」

「それでも、貴女を守りたいの」

 

 ────許してくれなんて、言わない。

 

 ────でも、もう二度と、突き放したりしない。

 

 

 

 

 

 

 ────だから、

 

「まだ、貴女の家族で、居ても良いかしら……?」

 

 

 

「────……()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 屋敷に蔓延していた狂気の波が収まり、恐る恐る紅魔館の住民が地下に降りてきてみれば、姉妹揃って泣き疲れて仲良く寝ている姿があった。

 二人共静かに呼吸をしていて、赤く目蓋が腫れており、安らかな顔をしていた。

 互いに、身体を離さないように、必死に抱き合ったまま。

 

 あれだけ大騒ぎしておいて、ここまで仲良くなったという事は、詩菜のお陰だろうと、魔女はあらかじめ分かっていたような口調で言って、二人を起こさないよう、ゆっくりと地上の、レミリアの部屋へと二人を運んでいった。

 

 パチュリーは、友人とその妹の介護。小悪魔はその手伝い。

 咲夜は外に出した妖精を集め、屋敷の修理と起きた時の為にと準備へ走りだした。

 

 美鈴は一人、詩菜を探してくると言って地下を探索していた。

 

 

 

 実際は、詩菜の死体と思われる物を全員から隠して、一人になった、というのが正しかった。

 

 

 

「……」

 

 

 

 見下ろす先には、知り合いであろう、肉体。

 

 まず、人間であるなら間違いなく死んでいる。

 どれだけ待っても、生命反応は何一つとしてない。反射が返ってこない。

 

 焦げた地面の上、砂利の上でその肢体は、歪な大文字を描くようにうつ伏せで倒れていた。

 仰向けへと返した所で、目に映る生々しい傷跡に、血や肉を見慣れた筈の妖怪の自分でも吐き気を催してくる。

 

 

 

 下の歯だけ残して、そこから上は全て吹き飛んでいる。耳も脳も、長かった黒髪は跡形もない。

 心臓の上には、太腿から美鈴が抜いた筈のナイフが突き刺さっている。柄まで入り込んでいるそれは、もしかすると背中まで貫通しているのではないかとすら思ってしまう程に、ザックリと入り込んでいる。

 胴体は半分ほど千切れかけている。更に熱で傷口を炙られたのか、中途半端に血が止まって肉体の内部が見えてしまっている。内臓と筋肉と皮膚が溶けて混ざって癒着しているらしい。

 

 両の腕は何度も途中で折れ曲がっている。肉から骨は突き出ているし、関節はありえない方向に曲がっているし、しまいには右手は焼け落ちたように、左手は千切られたように、それぞれ手首から先がなかった。

 衣服はほぼ焼けてしまったのか、全裸と変わらない。右足は表面のほとんどが火傷で見れたものではないし、左足も太腿から先が何処かに吹き飛んでしまっている。

 

 血に濡れてない所はないような有様で、それでいて、回復が始まっていない。

 恐らく吸血鬼の爪であろう、引っ掻き傷がついた胸はいつまで経っても動かず治らず、血はただ流れて地面に染み渡っていくだけで、何も動いていない。鼓動も感じないし筋肉も活動も見受けられない。生命活動が断絶してしまっている。

 治る筈の小さな切り傷も、再生し始める筈の腕や足も、回復していない。

 

 ただ、冷たいまま、横たわっている。

 

 

 

 あの、吸血鬼に迫るほどの、回復力を持った、詩菜が。

 

 

 

 

 

 

「………………詩菜さん、────

 

 

 

 




 
 そしてタイトル詐欺。いや、詐欺じゃないんだけど、術式っていう意味では多分詐欺になったんじゃないかと以下略。
 でも、一番のクライマックス。

 さて……タグ編集しないと、ダメよね……?




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