死生有命のもじり。
人の生き死には天命であり、人の力ではどうすることもできないという意味。
「あ、人じゃないんで。生き死にに運命なんて無いよ。多分」
別タイトル付けるなら、『回生起死』や『起死回生』とか。
どちらも、どうしようもないような危機的状況を一気に好転させること。
回生と起死は、どちらも死に掛けている人を生き返らせるという意味。
尚、問題のシーン。
「………………詩菜さん、────
────いつまで死んだふりを続けるつもりですか?」
『バレた?』
▼▼▼▼▼▼
呆気無くバレたので……まぁ、だからと言って何かできる訳でもない。
今の私にできる事は、精々意思疎通と回復の回復待ちぐらいだ。
『お疲れ様。完全に死んでると思うけど、よくもまぁ、私の擬死を見抜いたね?』
「……誰かさんが自分を創り出す時の話をしてくれなきゃ、私だって死んだと思いましたよ」
『あぁ……なるほど』
そういえば、三船村で過ごしていた時期に美鈴には意志の力だけで肉体を創り直した話をしたんだっけか。すっかり忘れていた。
まぁ、そんな話をした所で、肉体自体は九割九分九厘は死んでるんだし、見抜けるのは本当に凄いと思うけど……。
納得というか、彼女の識別力に呆れたというか、そんな事を考えていると、美鈴が疲れたように私の死体の横に勢い良く座り込んだ。
座り込んだ、というか、呆れたように胡座をかいた、というか。
美鈴の顔を近くで見てみると、若干青いような気がする。まぁ、目の前に知り合いの死体があるんだし、心配させないように振る舞っているつもりなんだろう。多分。
気丈に振る舞う、には……少し限度があると思う。
「はぁ……一目見た時はまさかと思いましたけど、本当に死んだふりだとは……」
『あれ、そっちなの? 私だし死んだフリだろう、って考えが先なの?』
「詩菜さん相手なら、予想の90度上を考えてますから」
『あ、それ懐かしいね。前にも似たようなの言われた記憶がある』
「……うわぁ」
『確か彩目だった筈』
「………………うわぁ、娘にそんな事、言われてるんですか……?」
そんなどうでもいい会話をした所で、美鈴が私の死体に手を伸ばす。
大方、彼女の気を使う程度の能力とかで、回復してくれるつもりなのかもしれないけど、丁重に断っておく。
『ごめん、回復はちょっと待って』
「はい? ……詩菜さん、今の状況、分かってます?」
『少なくとも美鈴より自分の身体は分かってるよ。今気を操作されたら私の精神が木っ端微塵になる程度には』
「……え、じゃあ本体は鎌鼬状態なんです?」
『そうじゃないと肉体に合わせて死んでるよわたしゃ』
肉体を置いて精神だけを剥がして回復待ち。少なくとも肉体に宿ってる妖力とか神力を取り出さないことには、回復すら出来ん。
まぁ、私の精神に少しずつ宿っていくエネルギーを貯まり次第、肉体に注ぎ込んで回復させる、ってやり方でも良いんだけど、どれだけ長時間掛かるか分かったものではない。
そんな悠長なやり方をすれば間違いなく、あの仲良し百合姉妹が起きてきて私の肉体に触れるだろう。あんな覇気を撒き散らす吸血鬼姉妹に触れられてみろ、一発で鎌鼬状態が消し飛ぶ。
だから、肉体と精神をまず分離して、肉体の方を完全に活動停止させてから、肉体側のエネルギーを精神側が操って、準備が整い次第回復させる、と。
美鈴と話している最中もずっと肉体に掛けた
「……はぁ、原理は何となく、分かりました、が……」
『何さ……言われなくても何となく分かるけど』
「詩菜さん……やっぱり貴女、とんでもないヒトですよねぇ……」
『……うん、私もそう思う』
普通、どんな妖怪でも脳髄まで完膚無きに飛ばされて生きてる奴はそういないと思う。
吸血鬼じゃあるまいし。チートかよ私。
『────よし、術の解除完了。再生開始するから、ちょっと離れて』
「はい」
『ん、じゃあ
「……遅いです」
肉が溶けて一から構成されていくのは、普通のヒトが見れば発狂モノだと気付いて声を掛けてみれば、既に美鈴は口を抑えて後ろへと向く所だった。よくよく見ればえづいている。やっぱり我慢の限界だったみたいだ。
まぁ、さっきフランとの戦闘中に見た線維の絡まりの印象が強いのか、触手っぽいのが重なって再生していく肉塊を見るのは、精神衛生上あまりよろしくないんじゃなかろうか。うん。
ボロボロで布切れと化していた紬も含んで、床に染み渡った血も吸い込んで、飛び散って蒸発しかけていた肉片も巻き込んで、ネチャネチャと周囲にあった有機物を咀嚼し、吸収し、消化して、私の血肉として全てが再構成されていく。
心臓に突き刺さっていたナイフがプッ、と肉塊から吐き出されて地面に小気味良い音を鳴らす。
……ふむ、こういうとこが、私の狂気の原因だったり、変人の由来だったりする感じかね。
ぐちょぐちょと触手で自分ができていくのを見て、あぁ……若干スイッチ入りそう、とか思いながら、精神体もそこに交わるとする。
完了すれば、エネルギーを使い果たして身体を完全回復した詩菜の出来上がりだ。まぁ、妖力神力、全部使いきったのはいつ以来かしらね……。
しばらくは人並みの身体能力で生活しないといけないかなぁ。あぁ、やだやだ。
「んっ……と────ふぇ!?」
「っどうしましたか!?」
ようやくの万全な肉体に戻った所で、始めに起きたことは地面に座り込むことだった。起きたというか、立てなかった、というか。
そしてそれから酷い、素っ頓狂な声を上げてしまった。
美鈴がこちらへ振り向き、ちゃんと動く私を見てか、ホッとしたような顔がちらりと見えた。まぁ、仕方ない。理解できないものは恐ろしいだろうし。
変な声を出してしまった……いや、これは仕方ない、んだけど………………いや? ちゃんと声を出せた、と寧ろ喜ぶべきなのかな? いや別に肉体を造るの、初めてじゃないし……。
ん? あれ? 驚いた声、っていうことは、
というか………………うん、まぁ、そういやそうだ、って気もしないでもないけどさぁ……そこは、ほら、あの時みたいに調整してくれよぉ……。
「………………こ、腰が抜けた……」
「……ま、まぁ、あれだけの傷ですし……力は、何もないんでしたっけ?」
「そ……そうだけど……ごめん、美鈴………………」
「ど、どうしたんです……? 弱々しい詩菜さんって、逆に何か不安なんですが……」
「いっ、いいから……頼みが、あるんだけど……」
「……何か、服……無い……?」
肉体と共に、服もキチンと再生してくださいよぉ……!
▼▼▼▼▼▼
なんでこんなヒトの屋敷の地下深くで素っ裸にならんとイカンのだ、という私の怒りの叫びは結局、目の前に居る中華風の妖怪にしか届かなかった。
ようやく立ち上がれる程に力が回復した頃に、その彼女は服を持って来てくれた。
あまり着たくはない可愛らしいブルーのスカートとワンピースと下着だったけど、まぁ、カーテンの布切れだけよりかはマシだ。
……遂にスカートを着る日が来てしまった、というような感がするけど、まぁ、気にしない。
ノーパンとドロワーズ、どっちが良いか、とかいう選択肢を取る日が来るとは……やれやれ。
これ、サイズがピッタリだけど誰の物なんだろう? 姉妹は私よりも小さいし、美鈴は十世紀ぐらい身長変わってないし……となると咲夜の服かな?
……ふぅん……?
「昔からそういう、変な所で恥ずかしがり屋でしたよね……あの村でも、温泉に誘っても入ろうとしませんでしたし、混浴という訳でもなかったのに」
「ん? んー、人に肌見せるの嫌じゃん。特に……あ〜……」
「……特に?」
「いや、まぁ、とにかく、あまり肌を見せたくないのさ」
何と言うか、あまり見知らぬ人に見せたくない、と言うと、美鈴が見知らぬ人になってしまうから、ちょっと言葉を濁した。
そういう関係だと言うと、なにかを否定しているような気がしたから。
……ん、まぁ、この屋敷を中心に広がっていた狂気は完全に収まってはいるけど、私とかに与えた影響、というのはまだ残っているらしい。
こう、自分との関係性を否定しきってしまいたいような、好奇心にも似た、殺害衝動、というような、何か、破壊衝動。
衝動・衝撃なら私の能力で操ってしまいたい所なのだけれど、如何せん今の私は妖怪でも神様でもない、少し強い人間程度の力しかない。
すぐそばで崩壊部分の片付けを始めている妖精にも、もしかしたら劣るかもしれないぐらいの弱さだ。衝撃を操る程度の能力も上手く発動しないし、妖力神力も空っぽ。その割には、テンションだけがおかしい状態。
気分で喧嘩でも売ってしまいそうな気もする。
この状態でフランとかに抱きしめられたら、本当に今度は回復不能になるかもしれない。
いや、また肉体と精神を分離して回復待ちの待ち、かな?
……まぁ、どうでもいいか。
手足の感覚がまだ鈍いような気もするけど、誰かへ挑発してしまう前に帰ってしまおう。いや、もう既に片付けてる妖精がチラチラとこちらを見て怯えてるような感じがするし、多分無意識に喧嘩を売ってるのかもしれない。
何にせよ、衝撃感知の術はまだ使えないけど、心配しているだろう家族が、私にも居る。
「さて、私も帰るとするよ」
「……お嬢様や妹様が起きるまで、待っていてもらう事は……」
「申し訳ないけど断るよ。私にも……いや、ここらは彼女達から聴いた方が感動的かな?」
「なんですかそれ?」
「ふふん、まぁ、そうだねぇ……」
そんな事を言いながら、地上へ向かう階段をゆっくりと登る。
穴を掘って地下まで来た所為か、こんなに現在位置が深いとは思わなかった。上を見れば延々と螺旋階段が続いている。階段を登り切った先が階段で隠れて見えない。
前にここのフランの部屋に遊びに来た時よりも、もっと深い位置に居たらしい。まぁ、確かにあの時入った部屋は地下ヘ来た客人を持て成そうというような雰囲気のある場所だったけど。
……いや、そもそもさっきまで戦っていた部屋は部屋だったのかな? あの雰囲気は……なんだろ、閉鎖された空間だったような気も……まぁ、どうでもいいか。
どうにも、思考が飛び飛びだ。
何の話だったか。
「今回の件について、詳しい話が聴きたいなら妹ちゃんにでも訊けば良い。お姉ちゃんは多分、恥ずかしがって答えないかもだけど……二人きりで誰にも聴かれない状況なら話してくれるかもね」
「……今回の、発狂の話、ですか」
私の後ろについて階段を登る美鈴が、声のトーンを落としてぽつりと、呟いた。
まぁ、私は頭をぶっ飛ばされるまで彼女達の衝撃を身近で感じていたし、精神鎌鼬状態であっても会話は全部聴いていたから、どういう状況だったか知っているけれど……。
アレは、私が──部外者が家族に向かって──話して良いような内容ではないでしょう。
「……ま、好きにしたら良い。聴きたければ訊けば良いし、聴きたくなければ訊かなければ良い」
「そうは言いますけどね……心配なんですよ」
「それをちゃんと相手に伝えれば、今回の事は起きなかっただろうに」
「……え?」
「おっと、言うつもりがなかったのに囀ってしまった。イカンイカン」
肉体が再構築されるなら精神も再構築して欲しいもんだ。
いや、そんな事をしたらいつの状態に戻されるか分からないか。
最悪死んだ直前、って事で戦闘中の発狂状態で精神もリセットされるかもしれない。フランに頭の上半分をふっとばされて、レミリアに発破をかけて、半死のテンションの状態にリセットされる、か。
それで眼の前の美鈴に攻撃を仕掛けて、一瞬で片がついて私が捕らえられて、落ち着くまで何処かに封じられて……あれ、それでも何か大丈夫な気がしないでもないな。
いや、いやいや、それは駄目でしょ私。何普通に友人に攻撃してんだ。
………………ん〜、どうにも気分が安定しないな。
そんな感じで無駄な思考について、腕組みしながら唸っていると、さっきから黙って考え込んでいる様子の美鈴が、ゆっくりと問い掛けてきた。
「……私達も、原因だったんでしょう?」
まぁ、恐らく正解なのだろう。
そこまで彼女達の事情を詳しく知っている訳ではないし、あの問答を聴いた感じだと元々あった姉妹関係の問題が、屋敷の住民が増えるに連れて更にややこしくなったのではないか、っていう憶測ぐらいしかない。
でも、だからと言って、そんな憶測を当事者に話して何の意味があるのか、と。
「私はもう語らないよ」
「詩菜さん!」
そんなに叫ばれても、呼び止められても、怒られても、言うつもりはない。
でもまぁ、言うつもりはないけど、ヒントぐらいならあげよう。
ま、幻想郷の住民はどいつもこいつも勘が尖すぎてヒントが答えになるなんてことがほとんどだけどね。
「美鈴はさ、あの三船村での最後の事件。何が原因だったと思う?」
「……」
後ろでずっと聴こえていた美鈴の足音が消えた。立ち止まったんだろう。私は止まるつもりはないし、語るつもりもないけどね。
ただ思い出話はさせてもらう。
「私達が妖怪の山の住民だったから? 美鈴と一緒に三船村を守っていたから? 妖怪達が襲ってきたから? それとも、偶然に偶然が重なったから? もしくは、そういう運命だったから?」
「……もう、過ぎた話でしょう」
「そうだね。もう終わった話だ。単なる思い出話」
────単なる思い出、ってだけの形にするのは、君の自由だけどね。
「私は今でも、あの時の事を後ろめたいと、思ってるよ」
「それは……」
「……ま、それはそれ、これはこれ、って感じに『約束』なんて取り付けちゃってるけどね」
意味不明、ここに極まれり。だ。
でも、原因も心も、言葉に出来ないけれど、理解できないことはない。ってね。
「あの時、私は言い訳をしなかった。
嘘も付けず、否定もできず、
信じられるように努力もせず、信じてくれるように能力も使わず、
何もせずに────ただ諦めて、口を噤んだ」
「美鈴────君は、そうじゃないでしょう?」
後ろへと振り返れば、ギュッと拳を握りしめ、唇を噛み締めて、下へ俯いている妖怪が居る。
後悔でもしてるのか、涙でも堪えているのか、それとも単に思い出してムカついてでもいるのか、私は知らない。
知ろうとも思わない。第一そんな顔なんて見たくない。
「……ま、私はあの頃から何も変わってないけどね」
それどころか悪化してるかもしれん。
そんな事を呟いて、また前を向いて階段を登り始める。
全身にあった痺れは大分ほぐれてきている。何もかもがすっからかんでも変わらない回復能力で安心したよ。いや、あの状態から復帰した事自体でも安心できるか。
数秒もせずにようやく螺旋階段の終わりが見えた。話している間に結構な距離を登っていたようだ。登る階段がない踊り場に、地味な扉が一つ。
あの扉を開ければ今まで入った事がある地下の上層部になるのかな? ん、地下の上層部って実にややこしいな。どうでもいいけど。
扉を開いてくぐる時に、ちらりと振り返ったけど、美鈴はずっと立ち止まったままだった。
いつの間にか上がっていた彼女の顔は、────
残り四話か五話で紅魔館・秋の陣も終わりです。
さぁて、どういうタグを追加しようか……。
誤字修正 2016/05/05 19:15
何でそこを誤字った私……。