風雲の如く   作:楠乃

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 合縁奇縁(あいえんきえん)
 人と人との相性はどれも不思議な縁の巡り合わせで決まってくるという意味。






紅魔館・秋の陣 その8   『合縁奇縁』

 

 

 

 紅魔館の異変に無理やり参加してから、三日が経った。

 経った、というか……終わった、と実感したのが紅魔館から帰ってきた自宅の、朝に寝る直前で、それから一日はずっと寝て、そして二日目もほとんど布団から出ず、彩目に「だるい」というだけの生活で────それが昨日までの状態で、そしてこれが今の状態だ。

 

 妖力、ここ最近の全体所有量のおおよそ半分まで回復。

 神力、ここ数世紀の中で最も少なく、即時超再生可能には程遠い量しかない。

 全身には気怠さがあり、血が張っているかのような感覚がある。

 

 ……まぁ、あんな無理をした超回復した後の結果が、これだ。

 いや、超回復そのものが無理、とも言えるから、無理中の無理とも言える。何言ってんだ私。

 

 

 

 もぞもぞと寝返りを打って俯せから仰向けになり、布団の内から左腕を動かして天井に向けてのんびりと伸ばす。

 血色はいつも通り、普段とあまり変わらず……いつものように少しばかし白い、女の子の手と変わりない。上に伸ばした所為か、若干血管が浮き出てきているが、まぁ。これは誰でもそうなるだろう。生理現象……と言って良いのかどうかは知らないけど。

 そして別に腕を縛って血を止めている訳でもない。血流が阻害されるような事をしている訳でもない。そもそも私の体質が低血圧症という訳でも、無論ない。

 

 それにも関わらず今の私には、中身の血が滞っているような、血が溜まっているような、そんな感覚が全身にある。全身に広がっている。

 伸ばした腕、というか全身の末端が特に違和感が強い。両腕両足がとてもだるい。肉が絞まっているような、骨が膨張しているような、皮膚が突っ張っているような、言葉にし難い、得も言われぬ感覚。

 

 血はいつも通り流れている。それは元のように使えるようになった『衝撃を操る程度の能力』で感知して調べあげた。まぁ、それの結果がさっき言った妖力神力の所有量が出てきただけだった訳なんだけど。

 

 つまり、こんなだるさが昨日からずっと続いている。

 ……昨日っていうか、異変から丸一日寝て、起きた直後から。なんだけどね。

 

 その起きた直後に、天魔が見舞いに来ても、寝たきりのまま応対してしまった。

 いや、別に何も悪いとは思っちゃいないけど。来た時には凄い心配そうだったのに帰る頃にはいつものような顔に……あれ? いつもの顔って事はまた呆れられてる……?

 

 

 

 指の腹を張るように反らすだけで、中指の第二関節と第三関節がパキリ、と鳴る。まぁ、肉体そのものの体調はほぼ万全だ。だるさ以外はね。

 いつものような鬱の症状、という訳でもない。あれは別に肉体の不調が原因じゃないしね……いや、別の意味で肉体なのかもしれないけど、そういう意味の肉体じゃあないから。

 

 こんなにも身体が不調だと、精神のテンションを上げた所でどうしようもない、ってぐらいに、身体の調子が悪いってだけだ。

 

 うう……なんだこの辛さ。こう、血管が痛む、というか……。

 

 何と言うか……腕の中に針金が通っていて、簡単に曲がる針金が筋肉と邪魔にならない程度に同化してるっていうか……なんだこの例え方……。

 あ、アレに近いかも……ストレッチをした直後の、頭に血が上っていく感覚が全身に滞留してるような感覚………………なんだこの例え方……。

 

 

 

 そんな事をぼんやりと考えていると、襖が開いて彩目が心配そうな顔で覗いてきた。

 

「────おはよう。どうだ調子は?」

「おはよう……あんまり、かな」

 

 伸ばした腕を頭に落とし、額に腕を乗せる。

 別に動けない訳じゃあない。寧ろ激しい運動でもすれば血流が良くなりそうな気はしている。

 

 けどまぁ……運動すれば良い、って言われて、辛いのにわざわざ動きたくはないよねぇ。ダイエットとか、そんな感じの印象がある。

 前世でも今世でも痩せる努力なんてやった事はないけど。

 

 

 

 ゆっくりと背伸びをしながら上半身を起こし、両腕を片方ずつ回して筋肉をほぐす。

 まぁ、そんな事で簡単に治るならさっさとやっているんだけどさ。

 

「うー……どうにも、だるいままだね」

「そうか……朝ごはんはどうする? 今日もずっと休んでおくか?」

「いんや、流石に起きて動かないとまた鈍っちゃいそうだし、今日はキチンと起きるよ」

「じゃあ朝食はどうする? 作るのか?」

「あ、作ってくれるの? それならお願いしたいなぁ?」

「……やれやれ」

 

────なんて、おねだりしてみれば作ってくれる辺り、彩目はチョロい。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 朝食を食べても、やはり身体はだるいままだった。

 まぁ、食事程度で治るならもっと早く治ると以下略。

 

 

 

 彩目はそのまま人里の方へと出掛けて行った。

 何やら新しく子供が入……──寺子屋だから、入屋? んー、入園は違うような気がするけど……──まぁ、新しくガキんちょを迎える事になったらしいが、それの扱いでどうにも困っているらしい。

 食事を終えるとバタバタと慌ただしく家を出て行った。いつもなら忘れないであろう教科書らしき冊子を玄関に忘れていってしまった。後でパラパラと読んでみようかね。

 

 まぁ、手伝って欲しいと言われるまで、無関心を貫き通そうかとは思ってる。

 面倒だし。子供嫌いだし。五月蝿いし。

 

 

 

 そんな訳で、今日はひなたぼっこである。今日はひなたぼっこの日。今決めた。

 幸いにして本日はお日柄も良い。

 体の調子は絶不調だけどね。

 

「いつつ……」

「痛むのか?」

「いや、痛い訳じゃないんだけどね……こう、なんて言えば良いかな。皮膚と骨の間が膨らむ感じ」

「分からん」

「……でしょうね」

 

 じわじわと身体が蝕まれるような感覚が右腕どころか全身にずっと張り付いているもんだから、何か呪われているのかとすら考えてしまう。

 もう呪いとかは紅魔館の一件でこりごりである。

 

 しかし、むっかしから呪われてばっかなんだよなぁ、私……。

 たまには呪い返しのつもりで誰かを呪ってみるか……? いや、めんどくさいしなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 縁側から脚をぶら下げ、右腕の二の腕をもみもみとほぐしながら、何をする訳でもなくぼんやりと視線を遠くへと伸ばす。

 ぬこは既に隣で惰眠を貪り始めている。寝るの早いな。の○○くんかお前は。

 

 遠くに見える山は、もう少しすれば本格的に真っ赤に染まって、綺麗な紅葉が見られるだろう。

 去年は確か……どうだったかな。

 引っ越しというか、幻想郷に来たのが夏の終わりぐらいだったからか、色々と慌ただしくてあまり見る事が出来なかったような気がする。

 昔の妖怪の山で紅葉狩りっぽい事をしたことなら、何度か記憶にはあるけど、幻想郷の妖怪の山、と訊かれるとあまり記憶が無いかな。

 

 ……いや、そういえば、夢でなら見たか。

 紅葉した妖怪の山。妖精の異変。チルノ。夢現。

 

 

 

 まぁ、だからと言って、どうしようもないけど。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 そのままぬこと二人、ボーッと過ごしていると、遠くの方からこちらへと歩いてくる足音が三人分聴こえる。

 山の麓、人里から見て妖怪の山の裏手側、中有の道とは外れた場所。

 その三点からして私の家に用もなしに訪れる人は、迷った客人とかそういうの以外では滅多に居ないので、足音が聞こえたという事は、つまり私か彩目に用があるような人物ということであって、

 

 ……まぁ、つい最近の出来事を思い出してみれば、用がない人の方が寧ろ少ない訳であって。

 

 何にせよ。

 

 

 

「わざわざ日中に来るとは思わなかったよ」

「色々と迷惑を掛けたからな……それぐらいはするさ」

「わぁ……へへ、こんにちわ!」

「お邪魔致します」

「いらっしゃい。吸血鬼一家」

 

 それぞれ色違いの日傘を持ったレミリアとフラン、その後ろで小さな籠を持ち運んでいる咲夜が、私の家へとやってきた。

 お手々繋いで随分とまぁ……見ているこっちが恥ずかしいぐらいに姉妹愛を見せ付けてくれる。

 

 

 

 

 

 

 何分連絡もなしだったもんで、おもてなしの準備もできてない。

 まぁ、来るという連絡があったら彩目もあんなに急いで出て行ったりしないだろうなぁ、とはテキトーに思いつつ、お茶を沸かして注いでいく。

 

「案外……小さい所に住んでいるのね」

「そりゃお宅と比べたらねぇ……はいお茶」

「ありがとー」

「ん。いや、彩目と兄妹で暮らしているんでしょ? 天狗も泊まるとか言っていたけど……部屋が少ないな、って」

「ああ……」

 

 そりゃあ実質住んでいるのは二人ですし。

 文を含めても三人ですし。あ、ぬこは除くけど。

 

「私はお兄ちゃんと兼用だよ。そこの部屋」

「え、異性で?」

「その前に家族だし」

「……まぁ、それは、そう、ね……」

 

 ついこの間のNGワードを出してみれば、湯呑みを運ぶ動きが止まってしどろもどろになっちゃうこのお姉様。

 隣を見ろ隣を。私は何も言ってないのに何故か妹様は恥ずかしそうに照れてるぞ。見習え妹様を。何も言ってないのにな!

 更にその隣にはクスクスと笑い声を漏らしてる従者が居るぞ。君の従者だろうに。

 

 て言うか異性って言われてもねぇ……詩菜の姿は私のアレだし、そういう眼で妹として見たら兄としては………………いや、考えるの止めとこう。ろくでもない結論しか出ない気がする。

 

 

 

 まぁ、私の家は実質三人分の部屋しかないし、広い居間を三人分と考えて数えてみても六人分しか部屋はない。そういう意味で、レミリアは部屋数が少ない、家が小さい、と言ったんだろう。

 流石『運命を操る程度の能力』を持っているだけはあって、鋭い所に気が付いてくれる。いや、全然関係はないだろうけど。

 

 寧ろ猫とかが増えた分、当初の予定よりも大分ここの家に居る人物が増えてるぐらいなんだ。ぬことか、文とか、天魔とか、ぬことか、天子とか、ぬことか。

 

 ……この家作ったのは大分前だし、住む人物が増えるのはある程度は仕方ないと言っちゃえば、それでオシマイなんだけどね……。

 んー、今度暇な時にでも増築でもするかね……いや、でもこの家を建てれたのって、鬼が全部手伝ってくれたからなんだよねぇ。あの時の人員が居ないのに、ここから更に増築なんて出来るかどうか、怪しいもんだと思うだよねぇ……。

 

 

 

 そんな感じで私が大分遠くの山を見ながら考え事をしていると、レミリアが『ゴホン』と、喉の調子を整え始めた。

 それを合図としたかのように、咲夜は持ってきていた籠を卓袱台の上へと置き、ぬこに興味津々だったフランが慌てて姉の隣へと正座した。

 

 それに対して私は、卓袱台に肩肘を立てたまま視線を送るだけ、という不遜さである。

 眷族のぬこも同様に腹を出して寝っ転がっている────って、まぁ、

 

 わざわざ空気を読まない考え事もいい加減にしようか。

 

 

 

 

 

 

 少しばかし空気を多めに吸って、体勢を整える。

 吸血鬼一家に向けて座り直し、そこでようやく止めていた息を吐き出す。

 

「さて、本題を訊いてなかったね?」

「ああ……」

 

 

「うちの妹が、──私の家族のことで──迷惑を掛けた。そして……その事への手伝い、感謝している……詩菜、助けてくれて、ありがとう」

 

「私の狂気に巻き込んでしまって、ごめんなさい。姉妹喧嘩に巻き込んでしまって、ごめんなさい────そして、私たちを引っ張りあげてくれたこと、本当に嬉しかった……本当に、ありがとう」

 

「紅美鈴、並びに従者一同、それから主人のご友人であるパチュリー様とその従者から、感謝の言葉をお伝えに参りました。代表として私、十六夜咲夜が御礼の品と、感謝を────ありがとうございました」

 

 

 

「……わざわざそこまで畏まらなくても良いのに」

「こういうのは形だけでもやっておくべきものだろう? それに────それほどの事を、貴女はしてくれたのよ? ぜひ、受け取って欲しいの」

「そう? まぁ、受け取らない理由はないけどさ」

 

 そんな天邪鬼風味な事を言いながら、咲夜からレミリアに手渡された籠を、卓袱台の上で今度は私が受け取った。何やら籠から良い匂いがする。

 賞状授与式かよ、とも思いつつ籠を床へと置く。これは後で彩目とかと一緒に開けるとしよう。

 

 別に、正直に言えば、迷惑を被ったとも思ってないしね。

 家族関係の問題なら私たちも抱えていたし……今回のドタバタ騒動で彩目と若干離れていた距離も少しだけ縮まったから。

 互いに問題を少し解決し合った、というのが、全体を見渡した際の、私の感想だ。

 

 まぁ……彼女達とは違って、私達の方は現在進行形で進んでいるというのと、忘れたというのは解決したということではない、というのがまだまだ問題として残っている、という所が複雑怪奇な部分なんだけど。いや、ある意味単純でもあるか。

 

 

 

 とは言え、そんな事を口外するつもりも一切なく……言ってしまえば多少なりとも力になろうと手伝ってくれるだろうけど、ね。

 

「また今度遊びに行くよ。その時は……まぁ、何かするよ」

「随分と不安な遊びの予定ね……面倒は起こさないでよ?」

「その時の気分とその時の私に言ってくれ」

「事前に言っても効果がないのはおかしいわよね? 同一人物よね?」

「さぁ、どうでしょうね?」

 

 とか言いながら台所へと籠を運び、料理の支度でもしよう。

 

 少しばかし早いけど、お客も居ることだし優雅にランチにでも致しましょう。

 ちゃっちゃとたすきを結び、姉妹に声を掛ける。メイドが一瞬で私のそばに立って手伝うつもりらしいけど、私は驚かんぞ。能力的な意味で。

 

「何か食べたい物とかある? 食べれない物でも良いけど」

「にんにくと炒り豆さえなけりゃ何も言わないわよ────っていうか……」

「詩菜……料理、出来たの?」

「一応これでもあんたら姉妹の三倍近くは生きてるからね?」

 

 驚愕の視線、そして疑惑の眼差しで見てくる酷い吸血鬼姉妹が居る。

 あんだけ家族の問題に踏み込んどいて『年上!?』と叫ぶってどういう事だい妹さん。

 

 まぁ? 私よりも? 永く生きているのに料理できないご主人とかがいるけどな!!

 

 

 




 
 (一周まわって冷静になった感凄い)




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