風雲の如く   作:楠乃

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 雲煙過眼(うんえんかがん)
 雲や風が留まることなく通りすぎて行くように、極度に物事へ執着しないこと。






紅魔館・秋の陣 その9   『雲煙過眼』

 

 

 

 オムライスという、割と面倒な注文が来たけど、咲夜が手伝ってくれたから意外と手早く出来た。めんどくさかったから私は卵抜きのチキンライスにしたけど。

 まぁ、自分と彩目と、精々この家に泊まりにくる客の分しか用意しない私と、屋敷全体のメイド長である咲夜との料理の手際良さを比べたら、そりゃ答えは出きってるってなもんか。

 

「……普通に美味しいわね」

「詩菜すごーい!」

「……褒められてるんだろうけど、しっくり来ないのは何でかね?」

「まぁ、見た目とか、いつもの行動とか……ギャップ、でしょうね」

「うん、いや、知ってたけど、ね……」

 

 別に分かってたことだ。うん。納得しがたいものはあるけどな!

 

 

 

 

 

 

 ぺろりと平らげてくれた姉妹。うんうん、米粒一つ残さないのは偉いし作った身としては非常に嬉しい。

 

 そのまま食器を片付けて洗おうとすると、咲夜がやるとの事。ご好意に甘えるとして、洗剤や食器置き場を簡単に教えて居間に戻る。

 教えた直後、振り返って姉妹の元へと向かった私と、ほぼ同じタイミングで居間に戻ってきた従者。そりゃまぁ、時間止めれば帰ってくるタイミングを同じにすることも可能だろうけどさぁ……いや、私は驚かんぞ。

 

 戻ってみれば姉妹揃ってぬこによって遊ばれている。それで良いのか吸血鬼。

 

 具体的には、私が外の世界から買ってきた猫じゃらしをぬこの眼の前で揺らして、猫パンチによって吸血鬼の手から弾き飛ばして廊下まで吹っ飛ばし、吸血鬼が拾ってきてまた目の前にチラつかせては吹き飛ばされる、というのを繰り返している。

 ぬこはレミリアの手から飛んで行くおもちゃを視線で追うだけで、腰を据えて踏ん反り返っている。はよ拾って来い、とでも言いたそうである。

 それで良いのか吸血鬼。特に屋敷の当主。

 

 ……というか、何気に鬼の手からものを弾き飛ばすほどのパンチ力って……ほぼぶら下がっている猫じゃらしの先を殴ってるだけなのに……。

 

 

 

 まぁ……姉妹一緒になって同じ事に対して夢中になっているようで……、

 

「……楽しそうで何より」

「あ、詩菜! この子なんて言う名前なの?」

「『ぬこ』だよ……」

「変な名前ね」

 

 私だって名付けるならもっとマシな名前にしたかったよ……。

 何やら体中の力が抜けたような声で応対した私とは打って変わって、咲夜はお淑やかに笑っている。ご主人の気の抜けた表情や行動が見れて嬉しいのだろうか。

 いやぁ、あたしには分からんね……。

 

 卓袱台のいつもの席にドスリと座った所で、また猫じゃらしが吹っ飛んでいく。

 今度は廊下の先の、彩目の部屋前まで吹っ飛んでいった。楽しげにそれを追い掛け、すぐに取って戻ってきたフラン。

 

 いやぁ、楽しいなら、良いけどさ……。

 プライドとか矜持とか……いや、良いなら良いけどさ……。

 

 

 

 ……ああ、そうそう。

 

「そういえば、咲夜に返さないといけない物があるんだった」

「ああ! 服をお貸ししてましたね」

「ん、取ってくるからちょいと待ってて」

 

 咲夜、貴女服なんて貸してたの? というレミリアの声を聴きながら、自分の部屋へと入る。

 

 というかなぁ、レミリアとフランには大きすぎて、咲夜では小さすぎて、妖精達にはもっと大きすぎて、そして私だとジャストサイズってのが出来すぎだよねぇ。

 これでもっと落ち着いた、というか私のイメージカラーに合うような服なら、もうちょっと着ようかな、っていう気にもなるんだけど、青色はなぁ……まぁ、別にそこまで色や形にこだわっている訳でも……こだわってる方か。

 彩目や文は体格が合わないから服の貸し借りとかしたことないけど、仮に出来たとしても服の貸し借りなんてしないと思うし。

 

 そんな事を頭の後ろで考えつつ、文机の上に置いてあった紙袋を取る。

 中身も一応確認して……うん。スカートとワンピースと下着。全部入ってるね。

 

 

 

 そうして紙袋を持って振り返った瞬間には、フランが興味深げに私の部屋を覗き込んでいる。

 ……まぁ、そんな行動をするだろうなぁ、と、予想はしてたけどさ……。

 

「妹ちゃんの興味をそそりそうなものは生憎ないよ、多分」

「そう? フランの部屋よりずっと小さいし、誰かの家にまで来て人の部屋なんて初めて覗くから、楽しいよ?」

「そうかい」

「でも……詩菜ならもっと奇天烈な部屋かと思ってた」

「……君は何か私に恨みでもあるのかい?」

 

 君たち姉妹は、何か仲良くなってから私に対して変に風当たり強くないかい?

 

「本が一杯だけど、全部外来本?」

「ん、私が好きな小説とかかな。興味があるなら読んでも……あー、一部はダメかな」

「え〜、読んじゃダメなの? 私魔法についても詳しいし、呪われても解呪出来るよ? パチュリーにも色々と教えてもらったし、そういうのも大丈夫だよ?」

「いんや、精神にダイレクトでダメージ来る奴とかあるからさ……まぁ、私が居る時なら、別に好きに読んで構わないよ。読む前に確認だけはさせてもらうけど」

 

 まぁ、主に思春期真っ盛りな人物特有の痛さについてあからさまにほじくり返したような小説とか、ノンフィクションの住人がローファンタジーを描いた小説とか、私の元となった文庫本とか……あと、私が大分昔に書いたお話をまとめた奴とか。

 読んでる人にダメージはなくとも、直接私に攻撃が来る奴とかな!

 それなら残しておくな、って話にもなるんだけどね……。

 

 気付けばレミリアと咲夜も、部屋には入ってこないが廊下から部屋の中をジロジロと見てきている。

 まぁ、別に男子高校生みたいに隠すようなものがある訳でもないし、別に入ってもらっても構わないんだけど……。

 

 ……そもそも前世でもそんな隠し物をした記憶は無いな。引っ越しするまでは兄貴と兼用の部屋だったし。

 

 とか考えつつ、そのまま紙袋を置いてフランに少しの間付き合う。

 志鳴徒の時に入れた本は高い位置にある。けどまぁ、私と違って飛べる彼女に手助けは要らないとも思うけど。

 

 

 

「んー……あ、じゃあ、これ読んで良い?」

 

 パタパタと宝石みたいな翼を動かしつつ、背表紙を見てどれを読むかしばらく悩んだ後、フランは一冊の本を取り出して私に見せてきた。

 

 ………………うわぁ。

 

「……ちなみに、それ選んだ理由は?」

「え、何か一番最近取り出されたような跡があったから」

「うん……まぁ、別に良いよ……」

「……どうして詩菜はそんなに顔赤くしてるの?」

「ちょっと訊かないで……」

 

 うわぁ……。

 

 ……うわぁ……。

 色々と良くないものを思い出してしまった……。

 一昨日は普通に話せれたのに……うわ、忘れたままにしたかったなぁ、これ……。

 

 

 

「おい、詩菜? 大丈夫か……?」

「いや、うん、大丈夫。ちょっと精神にダメージ来ただけ……」

「まだ誰も読んでないのに精神攻撃が来るのか……どういった禁書を持ってるんだお前……」

「いや、別に、うん……いや、禁書かな……はは」

 

 あ、なんかもう、うん、ダメだこれ。

 さっさと振り払って忘れてしまおう、うん。それが良い。

 ちくせう。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 衣服を咲夜へ返し、しばらく居間で雑談を交わしていると、私の部屋から物音が聴こえなくなった。

 私の部屋を覗いてみれば案の定、文机で寝落ちしている妹様が居た。まぁ、日中だし、吸血鬼には本当は辛い時間帯だろう。

 

 でも、本を開いたままで枕にするのは、アウトです。

 別に貸しても良いんだけど……『大切にする(される)』ってのを知った(分かった)というのなら、今回は貸してあげたりはしない。これも失敗の一つだと学んで、教訓の一つにして欲しい。壊したりしなければ、やり直しも出来る、ってね。

 だから本の続きはまた今度、ね。

 

 そのまま咲夜がフランを背負い、日傘を差しながら外へ出た。

 レミリアも気丈に振る舞ってはいるけど、若干眠そうな雰囲気がある。まぁ、吸血鬼にとっちゃ昼三時なんて人間で言う真夜中四時過ぎぐらいだろう。多分。

 

「では、また何かあればこっちにも遊びに来る」

「ん、その時にはなにか連絡しておくれ。こっちとしても小さい家なりに準備が必要なんでね?」

「小さい家は失言だったよ。許してくれ」

「ふふふ、んじゃあまた今度」

「ああ、こちらも、いつだって紅魔館に来てくれて構わないからな」

「お邪魔致しました」

 

 

 

 そう言ってフランを背負った咲夜が歩き出した。

 片手で妹様を、片手で日傘を差して、更に日光が当たってないか、睡眠を邪魔してないか、という所を敏感に気を配っている辺り、若いのにメイド長になるだけはあるなぁ、とか思う。

 博麗の巫女も人間やめてるとか感じるけど、こっちはこっちで何か人間を超えてるような雰囲気があるような気もする。まぁ、私の直感だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事を考えつつ、未だにこちらを向いたまま動いていないレミリアに視線を合わせる。

 瞳孔が縦に伸びた、紅い悪魔の眼が私をジッと見つめている。

 

 その眼は、さっきまで自宅で談笑していた相手とは、──幸せそうに眠る妹を見て目尻を緩めていた相手とは、──思えない程にキツく絞られている。

 

 

 

「それで、従者にも聴かれたくないような話は何かしら?」

「……お前、本当にその『知らない振りをして相手に喋らせる』やり方、好きだな」

「性分なもので」

 

 でも……レミリア相手にそういう事をした記憶はあんまりないんだけどな……?

 

 ま、今はそんな事を考えている場合ではないか。

 相も変わらず、私よりも内に秘めた力が強い吸血鬼だ。他者を圧倒する妖力の質と量。目に見える程の矜持。迫力だけで肌が切り裂かれそうだ。

 

 紫の時よりも肌が引き攣る感覚が強い。

 

 とか考えながら耐えていたら、本当に手首から血が垂れてきた。

 パックリと輪切りにされたかのように右手首が裂けてしまっている。手首の肌が切り裂かれたかのように、周りを一周して千切れている。

 ただ、あの時の触手のようなものは見えない。ただ非常にゆっくりと血が流れていく。回復もまだ始まらない。実に、人間らしい状態だ。

 紫の時より、なんて考えていたけど、あれは紫が出血しない程度に調整した覇気をぶつけてきていたんだろう。多分。

 

 肉と骨は普通に繋がっているけど、どうやら古傷が覇気に負けて裂けたらしい。肉体自体は完全に治っても、精神部分にはまだまだダメージが記憶されてしまっている、と。

 

 うわぁ、まだまだ全快には程遠いかぁ……。

 ま、四回ぐらい肘から先が無くなったし、ここだけは仕方ないかな。

 

「────どうやら本当に『詩菜』らしいな」

「へぇ……? 意味深な言い方だね?」

「いや、あれだけの傷を受けて、生きている方がおかしいからな……正直、歩いて出て行ったと咲夜から聴いた時は耳を疑ったよ。そんな訳があるか、とな」

 

 まぁ、咲夜は仕方ない。私の死体についても見てなかったから。

 

 死体を見たのは姉妹と、門番の美鈴だけ。

 そして、超再生を見たのは紅美鈴だけ……今日、会いに来なかったのは、あの時の問答が原因、かしらね?

 

 出血はどんどん酷くなっていっているのに、薄ぼんやりとしたままの私に対して気が削がれたのか、レミリアから出ていた圧迫感はいつの間にか霧消していた。

 

「……一つ、教えてくれない?」

「教えれる範囲なら」

「どうやって復活したの? 少なくとも、────いや、そもそも鎌鼬とは到底思えない程の回復力、妖力すら完全に無くなっていたお前が、あの場からすぐに復活できたとは思えないし、正直に言えば絶対に不可能だと思っている……お前、何かしたんじゃないのか?」

「んー、似たような事。あの日、屋敷から帰ってる時に紫にも訊かれたんだよね」

 

 まぁ、質問内容は具体的に言えば違うし、彼女は自力で深淵を覗いて答えを出したみたいだけどね。

 

「私は私だよ。それに、一応は神様やってるしね。悪魔に対して使っちゃルール違反ってもんでしょ? それに殺し合いで神力はあまり使いたくないしね。討伐とか消滅目的なら兎も角……まぁ、予防線として神力は残してあったから、それを使ったのさ」

「……そうか」

 

 個人的に言えば、神力は討ち祓う力だと思ってるし、切り捨てる戦いならまだしも、狂気に染まったフランを助けて、姉妹喧嘩を解決させなきゃいけない状況で使うには、些か不似合いすぎるなぁ、ってちょっと思っちゃったから、ね。

 

 

 

 まぁ、予防線というのも若干嘘ではない。ほとんど使わなかったのも事実だ。

 

 でも真実ではない。つってね。

 

「元より、回復力だけは昔から抜きん出てたからねぇ……妖力と神力を混ぜて即時回復の術なんか作っちゃって、『超回復』なんて事を以前よりしてたからね。まぁ、流石に肉体全部やるのは初めてで、結果こんなにも力が弱くなっちゃったけど」

「そうだったのか……道理で、薄い印象を受ける訳だ」

「……薄い、ね」

 

 私を構成する肉体や精神は、以前とほぼ変わっていない筈。

 でも、私そのものを意味する歳月や記憶そのものに関しては、ダメージが根強く残っているからか、回復も遅いし、圧力に耐えかねて肉体や精神の方に傷が浮き出てしまっている……って感じかね?

 だから、私を構成している属性そのものの粒子の層が弱い。薄く見られる。

 

 こう言うとあれだけど……レミリア、見抜く力は相当高いよね。

 ……まぁ、その見当力も、プライドとかが邪魔して十全に使われない事もあったけどさ。

 

 

 

 手首の傷はようやく血が止まった。まぁ、まだまだ腕は血に染まっているし、地面には血溜まりが出来ているし、彩目が帰ってきたらまた一騒動起きてしまいそうな気はしなくもない。

 

 右腕を真っすぐ伸ばして傷を見ていると、向かい合っている吸血鬼の喉がキュゥ、と動いたのが見えた。

 私はA型だから……文から聴いた通りなら、彼女の嗜好には合わないと思うがね。

 

 

 

「で、訊きたい事はそれだけ?」

「……ああ、それだけよ。死んだと思った奴が実は生きてて、今もふざけ返してくれることを、ただ確認したかっただけ」

「ふふ、そう」

「じゃあね。詩菜」

 

 安心したようにレミリアは笑って、そのまま振り向いて咲夜が待つ方向へと歩いて行った。

 日傘をくるくると回して、ご機嫌そうに。

 

 ……まぁ、果たして本当にご機嫌だったかは、ちょっと疑いたいけど。

 

 

 

 

 

 

 体調が悪くなっている所為か、彼女が完全に見えなくなってもそのまま十分くらいずっとその光景をずっと眺めてしまっていた。

 居間に置いてある時計を振り返って見てみると、起きてから九時間と少し経ったらしい。

 見送りをした時には縁側でこちらを眺めていたぬこも、いつの間にか居なくなっている。自力で飯でも取りに行ったのかしら。

 

 全身の気怠さは、朝よりも少し酷くなっている。頭もぼんやりとし始めている。

 原因は出血か、はたまた彼女の覇気による圧迫か、それとも体調不良や病を押して動いたからか……まぁ、正直どれでもいいけど。

 

「……寝よ」

 

 まぁ、ここしばらくは、本当に目立たないで過ごそう。

 人里での活動も、しばらくは自主休業だ。これからが本番みたいな感じだったけど……あと、少なくとも妖力がいつも通りに視られるぐらいには回復しないと……。

 

 部屋に戻って、フランが読んでた本も戻して、

 頂いた籠も日が当たらない所に置いて、それと────

 

 

 

 

 

 

 ────……あぁ、いかん。本当に貧血っぽくなってきた。

 包帯巻いて、さっさと横になろう。

 

 

 

 




 
 これにて『紅魔館・秋の陣』は終わり。
 タイトルの四字熟語でなにか良いの探してたら、最終話のタイトルになりそうな四字熟語を幾つか見付けて焦る作者の図。



 連続投稿も終わり。また不定期投稿に戻ります。
 次の更新は……まぁ、書け次第、って事で……m(_ _)m

 平成28年5月25日 午前0時6分
 誤字修正 通り → 道理


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