天魔との(まだ甘くない方の)糖分過多なお話。
久々に山の奥へと進んでいる気がする。
妖怪の山は大体が切り立った崖で道が無かったり、かと思えば鬱蒼とした樹海で先が見えなかったりするから、紫の式神になってからは目的地に直でスキマを開いたり、衝撃で一気に移動するのがいつもの事になっていた。
だからこう、一人で山をのんびりと歩くのはかなり久し振りな気がする。それも志鳴徒の姿でだと、尚更そう感じる。
この前、確か宴会帰りに彩目とのんびり、山の神社から歩いて帰ったような気もするけど、あれは二人だからノーカウントだ。
目的地は、天狗の街だ。
まぁ、正確には天狗の街の銭湯、だが。
文が住む天狗の街は、酷くアンバランスだ。
建物は外の世界で見たような高層ビルのような建物が多い。その割には妖怪らしくというか何と言うか、異常に自然が多い。
それこそ『緑化してみましたけど、どうでしょうか?』、とか言うようなものでもなく、『何も加工しませんでしたが、何か?』と言うような感じだ。
ま、妖怪の山の住民以外には決して見せないように強固な結界を張ってあったり、幻想の世界だというのに現代以上の科学レベルのものが存在したり、そういうグッチャグチャな所が俺にとっては面白い部分だ。
天魔は天魔で、山の外面を整えるためにわざわざ結界の外にある屋敷で住んでたりな。
しかも無駄に守矢神社には情報とかを垣間見せるだけで真相を伝えないって辺りがなぁ……。
そんな事を考えつつ、チラホラと視線を感じつつも銭湯に到着した。
詩菜で来れば反応も変わったんだろうけど……いや、そっちはそっちで面倒か。
「ふぃ……」
こうやって、温泉に浸かった時に見える星空がその、天狗の街の矛盾とも言えない矛盾点とか、その辺りを良く表している気がする。
入る前までは照明で夜空なんて見えやしない所が多かったのに、こうして露天風呂に入れば調整がされていて、満天の星空の下で寛げたりできる。
空を飛んで覗こうとか言うバカを弾くための術式もちゃんと張ってあるしな。いや、詩菜じゃなけりゃそんな輩も居ないとは思うが。
あぁ……極楽極楽……。
全身によく染みていく……染みてるって事は効能がうまく効いてるって事とイコールではないとは思うけどな。
右腕を緑白色の濁った湯船から挙げてみる。
まぁ、詩菜の時にできた傷が志鳴徒の時の肉体に受け継がれる、なんてことは滅多にないし、そもそも傷がある時は変化しないようにしている。
だからまぁ、こうして確かめてみても傷がないというのは当たり前だし、ここに来る前に一度確認済みの事ではあるんだが……まぁ、気になるよな。
くるくると腕を回して見回している内に、露天風呂の入口が開いた。
元より俺しか居なくて、良い感じだったのに……とか腕を降ろして顔を上げてみれば、────お前かい。
「……お主とこういう所で逢うとはの」
「報告訊いてすっ飛んできたんだろ?」
「偶然じゃよ偶然」
ごつい筋肉した天魔が入ってきた。
偶然とか言っておきながら、詩菜と混浴したかった……とか考えてるに違いない。
変態め。
少し時間を掛けてかけ湯をして、ゆっくりと露天風呂へ浸かっていく。
体格が異常な大きさだから、お湯がどんどん湯船から溢れて流れていく。
こうしてみると筋肉やべぇなコイツ……いや、昔からそうだったか。天狗の長はいつまで経っても変わらんな。変わらんから長なのかもしれんが。
ほぅ、と溜息を吐いて空を見上げる。ジロジロ見るもんでもなし。
……お、流れ星。
「ほぅ……傷はどうじゃ?」
「外に見える傷はないぞ。ただちょっと妖力が回復しない」
「それでここへか。まぁ、効能がそれじゃからな」
「別に医者の所へ行っても良かったんだがな。面倒だし、こっちならのんびり出来るし……」
「ふぅむ……ま、無事ならそれで良いんじゃが、無理はするなよ」
「あいあい」
「……やれやれ」
「まぁ、向こうの主が直接謝罪に来たんだし、部外者が掘り起こしてくれるなよ?」
「分かっておるよ。それも確認済みじゃ……だからと言って、大切な者を傷付けられて、謝ったからと言って完全に許して良い訳でもなかろう」
「で、直接危害が加えられたのは詩菜だけなのに、屋敷の主がお前に謝りに来たら許すんだろ? 懐が変に深いよなぁ、天魔は」
「なんじゃその言い方は……」
「いんや……まぁ、終わったことだ。蒸し返すのは無し」
「……お主がそれなら、儂もとやかくは言わんよ」
「どうだかねぇ……」
「そう言えば……」
「どーした」
「少し前に、気質が表に出る異変があったじゃろ。ほれ、天界の」
「ああ。天子の奴か。それがどうかしたか?」
「いや何、気質を出せば色々と現象が起きたではないか。お主や文が風を出したように」
「……ああ、何? 天魔も面白い天候が出たとか?」
「天候?」
「ん?」
「いや、まぁ、そうじゃな。で、じゃな?」
「詩菜に言え」
「……何故分かった?」
「何年付き合ってると思ってんだ……文とか彩目とかよりも長くお前のことを知ってんだぞ?」
「……」
「大体そういう会話をしてる時、お前ヒゲが若干浮き上がるの知ってるか」
「何、じゃと……?」
「嘘だけど」
「何じゃと!?」
やれやれ、とまた溜息を吐く。
そもそもお前今はヒゲ生やしてねーじゃねぇか。一時期貫禄出したいとか言ってヒゲ生やしてた時は本当に、それと衝撃の能力で見分けていたけど。
「……いやな? 儂も風流な天候、操作? の気質の持ち主だったんじゃよ」
「その気質すらも操って天候を自在に変えれた人物が、実は冥界に居てな?」
「……西行寺か?」
「お、知ってるのか。アイツは雪を降らせてたぞ。夏にな」
「ふ、ふ、ふふふ。そ、それならまだ儂の方が規模がで、でかいわ……」
「声震えてんぞ……」
とは言え、天魔がそこまで言うのは珍しい。
好きになった女性に対しては直進するというか、まぁ、そういう行動型の奴だから、こういう雰囲気を良くしようとして来たり好意を示そうとしたりするのは、比較的良く見たりするんだが……。
まぁ、自信を持っておススメする時はちゃんと確証を持って勧めてくるから、こういう自分で確認してないのと比較して自慢してくるのは、いつもらしくないというか、何と言うか……よっぽど自信があるのか? いや、そうだったら声を震わせるなよ、と。
自信なさげに異性に何かをオススメをするって、どうよ?
いや、相談されてる人物も、お相手の異性の人物も、俺だけど。
……スゲェな今の状況……。
「はいはい、んじゃまた次の機会にでも言ってくれ」
「むぅ……ま、良かろ。こう宣言しとけば逃げられぬからな」
「逃げられないのはお前じゃないのか……? ていうか、やけに自信あるな? どんな現象だったんだ?」
「それは見てからのお楽しみじゃよ」
「おっさんがそれをやるな。うぜぇ」
「いきなり酷いの……」
うるせぇ、とお湯を掛けてやれば、やめんか、と迷惑そうに返すだけ。
まぁ、良識ある大人が、二人きりの露天風呂でお湯の掛け合いなんてする訳がない。
……かなり昔、彩目と一緒に旅をしていた頃に、詩菜で温泉でお湯の飛ばし合いや掛け合いをしたような記憶も若干あるけどな……。
女の子だから許されるのだ。うん。多分……。
「────そういえば
「はぁ? しゅう、って、お前の柊か? アイツが……詩菜に伝言?」
「ん、いや。お主たちに、じゃな」
「俺達に? 柊が? そういや最近逢って……ていうか最後に逢ったの、本当に昔だな。幻想郷ができる前だから、それこそ数世紀も顔を合わせてないな……」
「……」
「ん? で、伝言は何なんだ?」
「『天魔様をよろしくお願い致します』じゃと」
「────……いつ、だ?」
「もうそろそろ三年、じゃな……」
「……そうかい。それは……なんだ。悪い」
「どうしようもない事じゃ。幸せだったと、言ってくれたしの……お主に謝られても、儂はどうとも返せぬよ」
「だからって……いや、まぁ……そうだな。すまん」
「……去年も伝えよう伝えようと、思っておったが……まぁ、こういう場でないと、な?」
「それは誰かさんの所為だろ……」
「じゃが……ようやく伝えられた」
「……今度、逢いに行くよ」
「頼む。返事も返してやってくれ」
「分かった……」
「……ちなみに訊くが」
「何だ?」
「返事はどうするんじゃ? 儂と共に生きてくれるのか?」
「……はっ! 『まだまだそんな重いものは背負いきれませんし、背負いたくありません』と念じるだろうよ」
「おう、いつになったら詩菜は儂と婚約してくれるんじゃ?」
「おいおい、俺に訊くなよ?」
「お主じゃろうに……」
「さぁねぇ────本当に全部解決したら、じゃない?」
「うおっ、う!?」
「おい、いきなり立ち上がんなよ。顔に掛かるだろうが」
「……卑怯じゃぞお主」
「今更」
「……くそぅ」
「そうか……柊もか……」
「ん……詩菜と仲良かったの」
「良かったっていうか、まぁ……出逢った時からお節介焼きだったな。俺になってもその態度が変わらなかった辺り、スゲェ奴だとは思った。大体は嫌われるか、ほぼ他人扱いだからな。何人か親しくしてくれるグループの筆頭だったし」
「そうじゃな……儂も色々と世話になった」
「まさしく世話女房だったな」
「うむ、三年も経ったから今は何とかなっておるが、当時は色々となくしものがかなり出ていたからのぅ……家中を総出で何度探したことか」
「お前らが柊に任せ過ぎなだけだろ……」
「そういうお主も、家の整理整頓や収納の位置は柊に決めてもらっていたのではなかったか?」
「……いや、ちゃんと俺等はそれから自分で管理できてるし……」
「彩目も花嫁修業を付けてもらっていたではないか」
「え? いや、それは俺知らないぞ?」
「………………あ」
「……おう。聴かなかった事にしてやるよ」
「……頼む」
「墓前には報告しておく」
「ぐ、ぐぅ……」
「────彩目も、長く生きとるよな」
「……つい最近、仮説を一つ立てたんだ」
「ほう? どんなものじゃ」
「ほぼ使ってない
「……縁を強めた結果、お主の長寿が娘に渡った、とでも言うのか?」
「分からん。だが、少なくとも、ここまで長生きなのは……おかしい、とは、思ってる」
「……良い事では、あるじゃろ?」
「……まぁ、な」
ただ、どうしても考える事がある。
今更にして、もう、互いに納得した後だとしても、水に流したのが数世紀前だとしても。
アイツの人生を狂わして────アイツが生きる筈の人生を、20倍に……そこまで伸ばしてしまって良かったのか、と。
いや、もう伸ばしてしまったのだし……アイツが幻想郷の若い奴等と一緒に異変を楽しそうに解決していると聞くのは、正直に言えば嬉しいけど……そうして、共に生きてて良いのだろうか、と。
そして結論が、良くない、で止まってしまっているのも、事実。
そこから行動ができない。
結局、いつもの自分だ。
直ってない──直せない──癖。
「儂に言えるのは、一つだけじゃ」
「……何だよ?」
「『手前が後悔するより、先に相手を幸せにしてやれ』じゃな」
「……」
まぁ、そうなんだろうさ。
そうなんだろう、けど、さ……。
「……流石天魔」
「ふふん、惚れたか? 惚れ直したか?」
「……いんや、悪いけどそっちの趣味はないんで」
「お主には訊いとらんわい」
……でもまぁ、空気を和らげてくれたのは、助かる。
温泉に来たのに、思考の海に溺れる所だった。
「そういや、真面目に偶然、この銭湯に来たのか?」
「偶然じゃよ」
「【本当は?】」
「嫁たちが女の子だけの宴を開くから今日はちょっと外でと追い出されたし暇じゃから後を追って────オイ能力使うのは卑怯じゃろ」
「天魔……」
「やめい、そんな目で見るな……」
ん? そういや確かこの前ドッキリするとか言ってたような……。
あれ、日にち聞かなかったけど、それってもしかして今日じゃなかったか?
詩菜さんも参加しませんか、とか、わざわざ見月が来て誘ってくれたような……どうせ居心地悪いだけだろうから断ったけど。
んん?
「……まぁ、良いか」
「良くないわい……」
「いや、そっちの意味じゃない」
「ん? 何か知ってる事でもあるのか?」
「……いや? どうせ後で答え分かるだろうし、面倒だなぁって」
「知っておるではないか」
「知らん知らん」
「……ふん。まぁ、ええわい」
まぁ……今日は何も考えず古くからの友人との駄弁りを楽しむとしよう。
……う〜ん、後でなんかまた天魔の嫁から愚痴話とか聞かされそうな予感が……。
▼▼▼▼▼▼
「こうして一緒に帰るの、初めてか」
「まぁ……
「露骨に残念そうな顔するなよ……」
銭湯を上がり、坂道を天魔と二人歩いて登っていく。
長でも銭湯代金は払わないといけないんだな、とか思ったのは内緒。
街灯の光がだんだんと少なくなっていき、ふと街の方向を見ればもう見えなくなっている。いつの間にか結界を超えていたらしい。無駄に迷彩も凝っているせいで全然気付けない。
まだまだ湯冷めすらしていない距離なのに、街を認識できなくするとか……やっぱり変な所に力を注ぎすぎだろ……。
「……」
「どうかしたのか?」
「いんや……こうして夜に二人で帰るとか、何処かで見たようなシーンだな、って」
「……お主、さっきそっちの趣味はないとか言っておきながら」
「いや、逆になんで天魔こそそっちに捉えてんの?」
「意趣返しじゃ」
「ああ、そう……」
まぁ、別にどうでもいいか。
湯冷めしない内にさっさと帰って、さっさと寝るとしよう。
血管の張りみたいなのはなくなったが、妖力が足らない感じは全然治ってないし、実際力が足りないし……まぁ、何か人間を脅かしたり妖怪喰ったり信仰集めたりすれば良いんだろうけど。
ん?
「天魔。お前帰り道こっちじゃないだろ?」
「……さっきも言ったじゃろ。追い出されたから泊まる場所を探しておるんじゃよ」
「はぁ? それで俺の家までついてこようとしてるってのか?」
「その様子じゃと彩目も今日は居ないんじゃろう?」
「まぁ、居ない予定だけど……」
うーん……。
別に帰ってから変化する予定もないし、別に泊まっていっても良いんだけどなぁ……。
こういう時に働く勘って、どうも嫌な結果になりそうだから、反対方向に動きたくはないんだよなぁー。
「一度は帰った方が良いんじゃないか?」
「うむ?」
「ていうか、まぁ……何て言うか、今日は帰れ」
耳を澄ましてみればやっぱり天魔の家からドタバタと騒いでる姦しい声が聴こえて来る……あ、やぺ。感知された。
感知系能力者はめんどくさくてかなわん……いや、一応俺も感知系なのか? またなんか後で言われるかもしれん。やだやだ。
まぁ、感知されたのなら、やっぱり返した方が良いな。
「バタバタ騒いでるみたいだぜ? 寧ろ、そろそろ探しに来てるんじゃないか?」
「……ふむ、そのようじゃな」
そう言って、明後日の方向へと視線を飛ばす天魔。
俺には何も見えんが、多分天魔は天魔で何か感知しているんだろう。天狗特有の電波ネットワークとか……マジでありそうだな。
……あ、天魔が見てたの、あの天狗か。
この距離で意思疎通できるって凄いな。相当距離あるぞ……?
「……それなら、まぁ、今回は帰るとしよう」
「今回はって……まぁ、良いけどさ」
別に、話したくない訳じゃないし……。
視線を中空から外し、こちらを見始めた。
いつぞや何処かで見たような真面目な雰囲気で、天魔がこちらを見ている。
……他に何か大事な話でもあるのか?
「どうした?」
「────いや」
そう言って、天魔は踵を返した。
奴にしては何処か、煮え切らない態度である。
「ま、別にいつ来てもいいけど節度は守れよ〜?」
「ふん、お主も家族に心配掛けぬように身体を守るのじゃな」
「そいつぁ無理な話じゃ、ないかな……」
「もっとハッキリ言い切れれば格好良いのじゃがな……」
「ふふん、じゃあまたな。天魔」
「おう、キチンと詩菜に伝えるんじゃぞ?」
「うえぇ、マジかよお前……」
「絶対じゃからな?」
「はいはい、じゃあ今度伝えに来いよ。面倒な……」
「まだまだ聞こえとるからな?」
「良いからさっさと帰れよ! 奥さん方が待ってるぞ」
「……おう。じゃあ、また今度な」
「好きに来て好きに訪ねてこいっての……」
「ふふん……そうじゃな」
「何笑ってんだ、殴るぞ」
「ふごっぉ!? 殴っておるではないか!?」
「ちっ、やっぱ衝撃波だけじゃ昏倒させれはしないか……」
「末恐ろしい事を呟いとるな!?」
「良いから、さっさと行ってこい!!」
「お、おおう……」
「ん? ……『行ってこい』?」
▼▼▼▼▼▼
最後に気付いたのか、言葉の端を疑念に思いやがった。
ああいう所が尖すぎるんだよなぁ、アイツ……変な所は絶妙に鈍いくせに。
まぁ……そういう所が人望を集めている所以なんだろう。俺等とは違って。
さて、変に暴れたからか、身体の怠さが出てきてしまっている。
幾ら力がなくなった、とは言え、持久力まで落ちるのは何やら変な話のような気もするが……まぁ、それだけ存在の力を使ったという事なのか、それとも……いや、いいか。
天魔も居なくなったし、今日は一人、このままぐっすりと眠ることにしよう。
あ、活動報告にてアンケートをしてます。
『アンケーぇぇ『風雲の如く』ぇぇト』、とかとち狂ったタイトルでアンケートしてますので、どうぞご自由のご意見のほど、頂戴致します。
……果たしてこの日本語は合っているのだろうか。