風雲の如く   作:楠乃

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 肉は脹脛(ふくらはぎ)






魔術・言葉遊び・弟子・身内・肉

 

 

 

 ついに雪が振り始めた。

 先々月くらいに山の方でちょいと話題になった赤い霧もいつの間にか落ち着き、寒い冬がやってきた。

 私の苦手とする季節の到来である。

 まぁ、苦手であって、嫌いではないんだけれど。

 

 そんな事を考えながら、朝からずっと一人縁側で胡座をかいている。

 雪によって段々と白く染まっていく山をぼんやりと眺めているのも良いけど……暇すぎるのも困りもの。

 まぁ、風とか冷気とか、そういうのは衝撃を操る程度の能力とか結界とかで遮断できるから、今現在とりたてて寒くはないし、この景色がいつまでも見ていられる光景なのは間違いでもないのだけれど。

 

 とは言え、何かをやる気も……まぁ、あるか。

 鬱って訳でもないし。

 

「……ふむ」

 

 

 

 今日は珍しく、ぬこも居ない。

 いつぞやの悪ガキ共の授業で、彩目はいつものように居ない。

 

 ……後から聞いた話によると、あれ以来授業を聞いてくれる子が増えたらしく、更に忙しくなっているとか何とか。

 私が何かを教えた、という話を彩目に聞いたのか、慧音までもが私に『一度授業をやってみてはくれないか? 見学してみたい』とか言ってくる。

 非常にめんどくさいので、今の所やるつもりはない、と彩目に伝言を頼んでいる。

 ……彩目がキチンとそれを伝えるかどうかは、分からないけどね。『良いじゃないか。私も興味ある』とか言ってたし……。

 

 そんな彩目は、あれから何週間も経っているのに未だに法則が分かっていない。

 あれだけヒントを出したというのに……。

 

 まぁ、そんな娘は放っておいて、彩目と私の次に生活頻度が大きい弟子の文も、今は居ない。

 そんな彼女が働いているであろう妖怪の山は、特に何か起きている様子もなく、実にいつも通りで、話せる距離には誰も居ない。まぁ、私が自分の能力を使って聴こえるようにすれば、普通に話せれるんだけどさ。

 そんな状態で、我が家には私一人だけというのは珍しい状況で、まぁ……最近は更に天子とかも良く来るようになったから、ここ半年では始めての状況なんじゃないだろうか。

 

 

 

「……《偏在》」

 

 魔術を立ち上げて、相も変わらず緑色に輝く粒子を活性化させる。

 私の身体から漏れ出てくる粒子を、少しずつ人の形へと変形させていく……いや、『変形させて』はおかしいか。

 

 正しく言うなら、『人の形へと錬成していく』かな。

 『錬成』って何か錬金術なイメージが何となく強いんだけど、元々の意味合いは『心・体・技術などをきたえること』って意味だったと思うんだよね。確か。

 まぁ、別にどうでもいいんだけど。

 

 

 

 あれから、パチュリーの所には何回か行っている。

 魔術を教わりに来た、と言えば彼女は心底迷惑そうな顔をしつつも、それでも私を突き放したりはせず、明らかに間違えているというような所を指摘したり、私が術式を見て改善できそうだと感じた所を言い合ったりする以外は、何冊か本を貸し借りする、という関係に収まっている。

 

 そんなやりとりを何回もすれば、屋敷の人達にもそれが分かってしまう訳であって。

 

 レミリアはその何回か行っている魔術勉強会の、およそ八割ぐらいを見学しに来ている。それも見学していない時は大体が寝ている時だったり、神社とかに出掛けている時とかで、参加が不可能な状態ばかりらしい。寂しん坊か。

 フランは、いつぞやに『魔法についても詳しいし』と言っていた通り、姉と同じく参加可能ならば覗き見に来るようになった。

 基本的に彼女が知っているのは、あんまりにも火力重視すぎるものばかりだったり、ロマンにしたってもうちょっと遊び心はないのか、というような物ばかりなので、彼女から直に学ぶことはあまりなかったりする。

 こちらの方は、姉と違ってあまり出掛けないこともあり、姉よりも寧ろ妹の方が参加率は高い。小悪魔と同じぐらいだろうか。

 

 その小悪魔は、いつぞや入り口の所で見たへっぴり腰なのが嘘だったかのように、親しくなった。

 まぁ、仮にも『種族:悪魔』があんなヘタレで良いのか、と思わなくもなかったけど……親しくなってそれで親切に対応するのも、それはそれで良いのか、と思わなくもない。

 

 同じ主従、と判断して良いのかは分からないけれど、咲夜はアレから態度が一貫して……何も変わらなかった。

 主の手前、そう対応しているだけなのか、とも思っていたけれど、普通に一対一で逢っても対応が変わらなかった辺り、それが彼女の素なのだろうと思う。

 それはそれで彼女らしいと言うか、何と言うか。

 

 

 

 そして、美鈴は……彼女も、変わらなかった。

 多分、変えようとしなかった。

 以前変わりなく、対応を変えず……あの時の話を蒸し返そうと、しなかった。

 ……まぁ、それが良いなら、良いけどさ。

 

 

 

 そんな訳で、魔術については、それなりに勉強できている。

 実戦まで運用できるか、と訊かれると、厳しいと答える他ないけどね。

 

 考え事をしている内に、緑の粒子が完全に人だと判別できる程度に圧縮されていく。

 ……結局、紅魔館に住む面々には、この緑の粒子は魔力ではない、という全面一致のご意見を頂いた。じゃあこれは何だ、と逆に訊くと色の着いた妖力という、身も蓋も無い答えが返ってくるというおまけ付き。

 

 まぁ……確かに術式は私が私の言語で組み立てたものだし、魔力ではないのは事実だろうさ。

 でも『魔術大全』に載ってた基礎魔術とかを、起動・立ち上げ・発動まで出来るんだよねぇ……地の妖力だとまず起動すらできないのに。

 やっぱり思い込み云々が必要かねぇ……。

 

 何にせよ、そろそろ錬成が完了しそうだ。

 緑一色で陰影が出来る程度しか集めてないから、誰なのか、と言うのは近場で見てる私か、遠見をして視ている奴ぐらいしか、この物体が誰なのかは、分からないだろう。多分。

 

 寧ろ、分かってもらっちゃ、困るんだけどね。

 

『────暇人』

「まぁ、そう言わずにさ? 付き合ってよ」

 

 

 

 『雪の日』に、君と話したいんだ────例え『私』だとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 お昼過ぎに仕事が終わったのか、文が来た。

 四半日ぐらい、私しか居なかったという、この珍しさよ。

 私を見掛けてか、雪を撒き散らしながら縁側の先に着地してきた。寒くないのかしら。

 

 

 

「あや……また何かやってるの?」

「ん、魔術の実験」

 

 そう言って、躊躇なく魔術を切る。

 ぶっつんと、術式を解除した途端に魔力らしき緑の粒子の色が、水で洗い流されたように落ちて消えていく。それに流されるように『偏在』も消えていく。地面に付く前に粒子は消えていって、一秒も経たずに消滅していった。

 まぁ、如何に粒子状態の『偏在』、かつ飛距離2m内、再現度は立体感のみだけとは言え、実力のみの状態で展開し続けるのが現状厳しかったのも事実な訳で……文句有りげな顔をしていたような気もするけれど、粒子状態で陰影しかない状態だったから分かんなかったなぁ、という事にしておく。

 すまんな、はっはっは。

 

 とか、まぁ、そんな言い訳を自分にしつつ、来客した文のためにお茶でも淹れるとしよう。私も何か飲みたいとは思っていたし……ていうか寒いし。

 『彼女』を維持するためだけに、自身を寒さから守る結界をオフにしているだから、我ながら何やってんだろうと思う。

 

 何やってんだ私。

 

 

 

 とか、内心自分に突っ込みながら立ち上がって台所へ向かうと、玄関から回り込んで入ってきた文とすれ違う。

 呆れたような顔をしている文から、今晩の料理にでも使えということなのだろう、野菜がゴロゴロと入った袋を手渡され……煮物か何かでも作れとでも言うのかしら。

 

 まぁ、後で考えよ。とばかりに野菜室に放り込めば、炬燵に入ったのであろう位置から、今度こそ呆れたような文の声が掛かる。

 

「……遂に魔術まで習得する気……?」

「んー、別に何かするつもりはないよ。面白そうだから学ぼうかなーって」

「……相も変わらず人間みたいな事してるわね……」

「元人間ですし」

「─―─―あーあ、言っちゃった……」

 

 

 

 ……ん? あれ?

 

「あれ? 言った事なかったっけ?」

「……ないわよ」

 

 ………………そうか。

 

 言ってなかったっけ……?

 言ったような気もしてるんだけど……。

 

 いや……?

 

 ……言ってなかった、か……な……?

 

 

 

 うん? ……うん。

 

「まぁ、そんな気にする事でもないでしょ」

「……そりゃ、アンタにとってはそうでしょうけど……」

 

 台所でお湯を沸かしながら過去の記憶と色々を考え、戻ってきた時にそう言ってみると、呆れ果てたようにそう返してきた文。

 

 ……家に来るなり、炬燵へ腰まで入り込んで寝る姿勢の奴が、そんな凄んできても、何も怖くないと言うか、寧ろ微笑ましいと言うか。

 というか、君の方こそそんな真剣味のある格好してないよね?

 明らかに寝る体勢で炬燵に入ってるよね? 胸まで入って……上着も頭巾も外して横に置いてるし……いや、ていうか寒いならワイシャツ全開なの、締めなよ……みっともない……。

 裸で炬燵に入る幸福感は分からなくもないけどさ……言わないけどさ!

 

 

 

「……私相手なら良いかもだけど、他の天狗連中とかには言わない方が良いわよ? どんな手を使って利益を取ろうとするか、分かったもんじゃない」

「天魔は知ってるし、紫も……まぁ、多分、知ってるし」

「……多分、ってアンタ……いや、その二人は知ってるだろうし、気付いてるとは思ってたけど……」

「ほれ、お茶入ったから。キチンと座りな」

 

 改めて二人分の湯呑みにお茶を注げば、渋々と彼女が炬燵から出て受け取り、キチンと座ってからゆっくりと飲み始める。

 ふぅふぅ、と息で冷ましているのを見ていると、烏って種族的には猫舌なのだろうか。と、どうでもいい事をふと考えつく。まぁ、猫舌ってほどではない事、昔から知ってるんだけど。

 

 そんな事を考えながら、ふと気付けば地面に脱ぎ捨てられていた文の上着やらマフラーを拾って、無意識に掛けて干している自分が居た。

 なんで家主の私が彼女の服を吊るして干してるんだ。普通逆だろ。

 

 ……いや、もう慣れたもんだし、文句言うつもりもないけどさ。

 やれやれ、という言葉を内心でのみ呟きつつ、ようやく炬燵に入る。

 

 ……あー……ぬくい……。

 

「ふぅ……別に文だって、それ知った所で私への対応を変えるつもりもないでしょ?」

「……まぁ、そりゃあ、一応は師匠だし……半分家族みたいに想ってるし……」

「でしょ? そこまで思ってるのは私も知ってるし、そんな大した事でもないじゃん」

「いや、大した事でしょ……」

 

 まぁ、確かに聴かれると不味そうな相手は居る。

 それは私が知っている人物の中にも居るし、私が知らない人物で、裏で手を回して何かをやる事ができる人物かもしれない。不特定多数に知られては困る情報なのは確かだ。

 

 でも、別にそこまで警戒なく発言した訳でもない。

 基本的に、この家の内部の話は外部へと漏れ出る事はない。そういう効果を私の能力で常時付与している。

 

 それに、私の秘密を知った所で、八雲に反逆できるほどの勢力が出来るとは思えないしね。

 寧ろこれだけの情報で、抵抗する一勢力を作り上げれるぐらいなら、もっとそれ以前に紫の眼が着いていると思うしさ。

 

 ……そもそも、『元人間の妖怪』って、そんな弱みじゃないし。

 いや、天狗ならその情報だけで何やら事を起こせそう、と言うのは分からなくもないんだけど。

 

 

 

 ん。

 あ……いかん。

 ……よくないものを思い出した。

 あまり思い出したくない物を思い出したので、この話題は逸らそう。うん。

 

 まぁ、相手が相手だけに、思い出したら引きずらざるを得ないんだけどもさ。

 

 

 

「……」

「……」

 

 そんな訳で会話もあっさりと止まり、二人して何かをする訳でもなく、ただぼんやりと時間が流れていく。

 

 ……ここ最近はお客さんも多く来るようになったとは言え、数百年前から続いている、ある意味では、『いつもの光景』だ。

 

 

 

 お茶を飲み切った文は、おかわりを急須から注ぐこともなくまた床に寝転がり、もぞもぞと炬燵へと胸まで入り込んでいった。

 もう彼女の顔すら見えないけど、パチンパチンとボタンを外す音が聴こえる辺り、またあられもない姿になっているらしい。人んちで何やってんだ。いや、半分家族だし良いけどさ……。

 

 まぁ、そんな事を考える私も似たようなもので、スキマから背もたれのある椅子を取り出し、尻に引いて腰掛け、私ものんびりと足を伸ばすことにする。

 

 足を伸ばせば当然のように、狭い炬燵の中で文の足に私の足がぶつかるので、こう、うまいこと彼女の足の下に潜り込ませる。

 足首に恐らくふくらはぎを通り過ぎて膝裏が乗り、ゴッと踵が太腿に当たる……いや、多分勢い的には蹴られたというか、蹴ったつもりなんだろうけど、別に気にしない。もっと言うなら、脛にもうちょい重みが欲しい。重みというか肉というか。

 

 向かい合わせに座っているせいで、こう、いまいち、私の望む位置に重さが掛かってこないのだけれど……まぁ、彩目とかだと毎回文句を言ってきて拒否されるのだから、何も言わずに渋々無視する文はなんと居心地の良い事か。

 

 変な性癖とか、そういう訳じゃなく、こう、他人の足の重みが心地良いのである。

 決してMとか被虐癖とか、そんなのではない。筈。

 

 

 

 ふひぃ、とか変な声とも言えない音を出して、完全に脱力する。

 炬燵で見えない位置から何やら溜息が聴こえる気もするけれど、何も言わないのだからこの弟子は良い弟子だ。娘とは大違いである。

 

 ……これを天子に試したらどうなるだろうか。

 ……いやぁ、大騒ぎして蹴り返してくるんじゃないだろうか。

 まぁ、蹴られたら反射し返すけどさ。

 

 

 

 そんな事を考えながら、空気の壁の先、開け放たられた縁側の向こうを見る。

 

 相も変わらず、雪は降り続いている。

 『彼女』と話した午前中よりも、更に雪化粧は濃くなってしまっている。

 

「─―――冬だね」

「……そうねぇ」

 

 どうでもいい事を、これまた深刻そうに話すっていう、文とのどうでもいい遊び。

 まぁ、彼女がこの会話を『遊び』だと認識してるかどうかは……気にしない方向で。

 

 

 

 




 


 あの心地良さを誰か分かってくれる人が居ると私は信じている……!


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