風雲の如く   作:楠乃

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 久々の完全スイッチ・オン状態回。
 ちなみに書いたのは3年前の冬。






Melody feedback

 

 

 

 なんとなく、今日は白い着物を着てみた。

 薄く、ピンクが掛かった無地の布、呉服屋で適当に探して、それっぽいのをわざわざ合わせた訳だけど……ま、割とあの記憶と似た組み合わせが出来た。

 灰桜色の着物、蒼色の帯、私にしては酷く珍しい組み合わせ方で、買った時も今日の朝も酷く、彩目に驚かれた。

 これだと文とかぬこに見せた時には、本当に卒倒されるかもしれない。なんて考えて薄く笑ってしまう。

 

 もうそろそろ一年前になるのか、チルノが起こした異変があった。ほとんど知られてはいない、非常に小さくて、強烈な雪吹雪の異変。

 

 ────そこで私は、不思議な夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 ここしばらく降り続けていた雪が、今日になってようやく止まった。けれども太陽が見えるほどに晴れる訳でもなく、日光で雪が溶けたりはいない程度に曇り続けている、少し冴えない天気。

 雪は幾らか積もっていて、素足に下駄を履いている為に酷く冷たく感じる。

 

 そりゃあ幾ら雪自体は降っていなくとも風は幾らかあるし、私の吐息は白く上がっていく程だ。寒くない訳がないし、冷たくない訳がない。

 それでもなんとなく、今日はコレを着て、履物はコレにすべき、と私の勘が言ってくるのだから、従うしかあるまい。

 まぁ、別に従わなかったとして何も起こらないとは思うけど。

 

 太陽の位置もまだまだ低く、積もった雪はどれも霜が降っているようにトゲトゲしている。

 恐らく今日みたいに鬱状態に近くなければ、普段の私ならばあまりの痛さに鎌鼬化して飛んで家に帰るだろう。もしかするとスキマ使って即座に帰ってるかもしれない。

 

 そう、今日はどうにも体の調子がおかしい。

 勘も何だかおかしいし、気分も大して良くない。

 何やら、何処かに引き寄せられてるような気も、する。

 

 

 

 ふらふらと歩いていく内に、雪原に辿り着いた。

 遠くに見えるのは、迷いの竹林だろうか。あまり近付きたくはない。

 今の状態で例の彼女と出遭ってしまうと、心にもない事を吐いてしまいそうだ。

 ただでさえ鬱状態の時は志鳴徒になりにくいのに、わざわざこんな時に遭いたくはない……いや、それならいつ逢うんだって話になるんだけど。

 

 そうは思うものの、どうしてこんな場所にわざわざ歩いてきてしまったのか。

 

 さっきまで此処に来いとうるさかった勘は、急に息を潜めたみたいに何も言わなくなり、どうしたら良いか分からなくなってしまった。

 何をしたら良いのか分からない、というのは……私にしては珍しい状態というか、何というか。

 

 ここまで歩いてきた足も完全に止まり、ただなんとなく上を見上げる。

 今朝と変わらない曇り空、時々隙間からふと青空が見える事はあるけど、それもしばらくするとまた雲に隠れて流れていく。

 吐息は相も変わらず白く棚引いて消えていき、立ち止まったせいで雪に埋もれた足は痛みすら感じなくなってきている。

 雲を動かす上空の風も、地上に吹く風もそれほど強い訳でもなく、腰までの髪がそよそよと揺れるぐらいで、寒風を感じるという訳でもない。

 

 

 

 それでも、何かをする気分にならない。

 

 ここまで来て、何もしないと言う選択肢も、まぁ、それはそれで良いかな、なんて思えてしまっている。

 強いて言うなら、少しばかり腰を下ろしたいと思っているぐらいだ。今着ている着物は濡らしたくないから、座らないでおこうぐらいにしか考えてないけど……まぁ、既に裾はベシャベシャなんだけども。

 いつもの紺の紬なら何着もあるし別にそれほど気にしないんだけどねぇ……。

 服の事がなければ大の字になって雪に飛び込んで、多分そのまま寝ているかもしれない。

 

 

 

 まぁ……なにか、どうでもいいかな。

 

 

 

 考えがとても深いタイプの鬱なのか。

 行動がそのまま出てしまうタイプの鬱なのか。

 考え事すらしないタイプの鬱なのか。

 

 イマイチ自分でも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………詩菜、さん……?」

 

 真っ白い頭の中に、誰かの声が入ってきてようやく思考の海から顔が出てくる。

 

 ぼんやりとしつつもゆっくりと振り向いてみれば、いつぞや何処かで見たような気がする妖怪の少女が宙に浮きながら、こちらへおどおどと声を掛けてきている。

 

 ……この子は一体誰だっただろうか。

 

 ん、あ……いかん。思考の坩堝に飲まれすぎて頭が動いてない。

 オーバーヒート中なのか停止後再起動中なのか。まぁ、どうでもいいか。

 

「ああ……ごめんね、なにか?」

「何か、って……大丈夫ですか? その……色々と……?」

「……んー、大丈夫じゃないかなぁ……」

 

 どうにも思考がまとまってこない。

 羽を生やしている彼女から視線を外し、空へと見上げてみれば太陽は覚えている時よりも大分上がっていて、いつのまにやら頂点まで来ていた。

 その割には、と思って視線を下げてみる。足が埋もれている所の雪はまだささくれていて、全然溶けているようには見えない。

 久々に吐いた気がする自分の息は、まだまだ白い。

 

 その気になれば、いつまででも吐息を出し続けれる気がするから、風邪っぽい訳でもないらしい。

 なのに、何でこの子は私の事を勝手に心配しているんだろうか。

 

 ……。

 

 あ……ああ、

 

「……ミスティアか」

「え……?」

「うん、あー……うん」

「あっ、あの! ……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫……大丈夫」

 

 何度も呟いて、ようやく頭の再起動が終わったのを感じる。

 

 相変わらず思考がいつもどおり動いている気はしないけれど、とりあえず目の前の彼女の名前は思い出した。

 ミスティア・ローレライだ。うん。その筈だ。うん。多分。

 

 埋もれた両足を片方ずつ、ゆっくりと取り出して雪を振り払う。

 感覚はあんまりしないけど、いつぞやの義手の時に感覚のないモノに感覚を伸ばすのは慣れている。慣れちゃあいけない事なんだろうけど、今は心底どうでもいい。

 

 私の足が紫色に近くなっている事に気付いたミスティアが「ヒッ!?」と、小さく叫び声を上げている。

 

 そんな彼女を無視しつつ、ほとんど感覚がない足と下駄で雪を踏みしめて、何とか雪に触れない程度の足場が出来た。力加減を間違えたら変な方向に捻って折れそうな気がする。まぁ、簡単に治るけどさ。

 それからもう一度空を見上げて、太陽の位置を調べる。雲に隠れてあんまり日光そのものは感じないけど、どの辺りにあるかは分かる。

 ここに来てから……大体六時間ぐらいかね。まぁ、凍傷になってもおかしくない、のかな?

 

「……どうにも、気分が沈んだままでね……ミスティアはどうしてここに?」

「へ? わ、私は歌いにですけど……っていうか、それ! 暖めないと!!」

 

 私がなんにも気にせず、声を投げかけた事で彼女も再起動を果たしたのか、慌てて飛んで私の元へとやってきた。

 妖術か何かだと思うけど、指先に火を起こして足下を温めようとしてくれ始めた。

 勢いは非常に強く、足下の氷はどんどん溶けていって水になっていく。

 

 全然痛いけど、全然痛くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪解けの水たまりが出来始め、枯れ草が見え始めた。

 彼女はそのスペースに妖術で小さな焚き火を作ってくれた。

 草原に私達は居たし、近くに薪が落ちてそうな林もない……まぁ、竹林はあるけど、そもそもミスティアは私から離れるべきではないと判断したのか、妖術で炎を燃やし続けている。

 それに対して私は、ミスティアのした行為にそれほど興味を持つ事が出来なくて、彼女に促されるままマットの上へと座らされてその火にあたっている。

 

 私が止めなければ彼女は自分の上着を濡れた地面の上に敷こうとしていた。

 流石に鬱とはいえそこまでさせるのはどうかと思ったから、このマットはスキマ経由の外の世界の物だけどね。

 

 興味関心は持てなくとも、良心と偽善の精神は動くってか。

 くそくらえだわ。

 

 

 

「……本当に、どうかしたんですか? 絶対何かありましたよね?」

「絶対、と言われてもね……何もない、って答えるしかないんだけど」

「嘘……こんな、こんな自殺みたいなこと……」

 

 自殺も数回した事あるんだけどなぁ……いや、自殺未遂だけど。

 どうにも思考は未だしっかりと動かず、窓を通して世界を見ているみたいに実感が無い。

 

 それでも、足先は先程からとんでもない程の痛みを発している。

 血が通い始めたのか、それとも細胞が壊死しているからか。まぁ、妖怪に細胞云々言っても無駄なんだろうけど。

 皮膚の色はようやく色が戻り始めたのか、白の着物も合わせて病的な程に色白なのかと思うぐらいにはなってきている。

 まぁ、私を知らない人でも青褪めている、と分かるぐらいにはまだまだ青いんだけど。

 ……記憶通りなら、ミスティアに逢ったのは一回だけだったと思うんだけどね。

 

 ミスティアが隣に座って、妖術らしきもので必死に体を温めようとしている。

 さっきまで痛くないか訊きながら調節していたみたいだけど、どう答えても嘘しか言えないので、お茶を濁し続けていたらその内に訊かなくなってきた。

 どうにも、痛みに対して反応が出来ない。したくない。

 

 

 

「……私には、話せませんか?」

「ん、そういう訳でもなくてね……」

「私、一応屋台とかやってて、ヒトの話はよく聞くんです。詩菜さんの話も、まぁ、色々聴いてますけど……他人には吹聴しませんから、お話できませんか? きっと、楽になれると思うんです」

「ん、うーん……」

 

 まいった。

 話して気が楽になるなんて事なんて、ほとんどない。

 

 そもそも、私は自分の中で、心の中で辛い思い出を清算出来た事がほとんどない。

 妹紅の事だって、結局直接逢って話せるようになるまでトラウマと化したままだったし、人に話した所で私は喋っている間にどんどん落ちていってしまう人だ。

 相手に反論されると、キレちゃうしね。これは『彼』の時だったけど。

 

 だから、まぁ、話して気が楽になった記憶なんて、ほとんどない。

 話した結果が、紫との大喧嘩だと、個人的には思っているし。

 いや、話した訳じゃないか。向こうが勝手に知っただけかな?

 

 

 

 何にせよ、

 あまり私の、本当に個人的な事は、人に話したくはない。

 

「……私はね、どうも感情の起伏が激しくてね。裏表がありすぎる、と言うか」

 

 だからと言って、この流れ的に話さない訳にもいかない状況だろう。

 別に今、悩んでる事はないし、単なる雑談だけどね。

 

「まぁ、悩んじゃいないんだけどさ、どうにもコレが原因で他人と諍いを起こすことが多くてね」

「……悩んでない、というのは、まだ信じれませんけど……みたいですね。前、逢った時と、別人みたいです」

「この前というと、寺子屋の時で会ってる?」

「あ、はい。確か射命丸さんと一緒でしたよね?」

「ん。じゃあ勘違いじゃなかったみたいだね」

「……私の事、忘れてたんですか?」

「いんや、ちょいと頭が鈍ってたみたいでね。うまく思い出せなかったの」

 

 もぞもぞと動き、足先へ手を伸ばす。

 左足首の骨が出ている部分の少し後ろ側の肉を指で突いてみる。当然、触れた瞬間に火花でも弾けたかのような激痛が走る。

 でも、痛みを感じても反応出来なければ意味が無い。現に私は一切反応をしてない。

 

 そして私の指先が感じるのは、冷たいとしか言いようのない感触。表面は既に溶けているけれど、血が通っている印象は全く見受けられない。

 

 

 

 ……なんとなく、珍しく白い着物を着ている所為か、それとも珍しいタイプの鬱状態だからか、自分の素足に視線が固定されかけてる。

 いつもの足……ではないけど、艶めかしくもない、傷付いた足、なのに。

 

 どうやら、自分自身すら境界があやふやのようだ。

 

「……ここに来て、詩菜さんを見た時、泣いてるのかと思いました」

「私が?」

「呆然と空見上げて、嗚咽さえしないで、泣いてるのかと……」

「はは、泣いちゃあいないよ。泣くような事もないし」

 

 最近泣いた事なんてあったかしら……?

 

 ……ん。

 ん、んん……?

 

「……寺子屋で見た詩菜さんと、あまりにも違いすぎて、違う人かと思いました」

「そう。まぁ、私に見間違える人って、幻想郷にはそんな居ないけどねぇ」

「何て言うか……儚くて、すぐにでも消えちゃいそうな……」

 

 見た目的に似てる人なら、まぁ、外の世界で探せば居るんじゃない? コスプレ的な意味で。

 精神的に似てるってなら、まぁ、結構居ると思うけどね。幻想郷にも。

 

 消えるって、それぐらいなら簡単に出来るし。

 

 

 

 この、人の意見に否定しか出来ない鬱妖怪め。

 

「……どうして、こんな事を?」

「ん、深い理由はないんだよ。本当に」

「ッでも!」

「君が思うほど、私は深い理由で動いている人物じゃないよ……いつでもその場その場のノリやテンションで動く、まさしく風雲のような存在さ」

「……」

 

 その気になれば、こんな凍傷だって、本当はあっという間に治せる。

 妖力で一気に活性化するとか、切り落としてから神力で再生するとか……まぁ、神力の方はすっからかんだし、やるとしたら妖力での再生なんだけど。

 ……でも、そうしないのは、気分の問題。

 

 結局は、気分の問題。

 

「寺子屋で私の性格を知っているでしょう? あれがいつもの私だから……大丈夫、また今度逢う時はいつもの様になってると思うから」

「……ほんとですか?」

 

 涙目になってまで、こっちを心配してくれる相手と逢ったのは、果たしていつ以来だったろうか。

 

 いや、違うか。

 心配してくれる相手といつも出会っていたのに、いつも心配させすぎて、心配されなくしているのが、私か。

 

 ああ、もう……どうにも思考がいつもと違う路線を辿っていく。

 

「今度は心配させないから」

「……信じますよ?」

 

 本日、二回目の笑顔。

 因みに一回目はこの着物で驚いた彩目に対しての苦笑。

 どうやら、今日の気分は振り切りすぎてしまって、別の性格とも呼べそうなテンションに成りつつあるようだ。

 詩菜、志鳴徒と続いて第五第六の性格か?

 

「今度は……多分、心配させないというか、呆れさせる私だろうよ?」

「う……いつもの、という事ですね……」

 

 そう返してしまうぐらいには、いつもとは違う自分だ。

 テンションが違いすぎて、いつも以上に優しく相手をするという奴かな。

 

 

 

 

 

 

 ミスティアから、足を暖めていた術式を習い、今度は自分で暖めていく。

 激痛は未だに治まらないけど、恐らくは回復に向かっている事だろう。大抵鬱の時は回復力は大して良くないけど、今のおかしなテンションは、多分、鬱ではない、と思う。

 

 いや、やっぱり本気出して力を集中すれば治るんだけど、回復術式を使わずに自己回復力のみで回復しようとしているのは………………まぁ、やっぱりそういう気分だから、っていう理由しかない訳で。

 ……どうでもいいけど。

 

 

 

「……それで、ミスティアは歌いに来たんじゃないの?」

「そうですけど……良いんです。歌う気分じゃなくなったし、歌いたい事も忘れちゃったし」

 

 鳥頭……と責めるのは、多分、筋違いだろう。

 それなら、心配してくれたお礼として、お返しをしたい所。

 

 

 

「……私に任せてみない?」

「え?」

「私の『衝撃を操る程度の能力』で、その忘れた想い、心の底から吐き出してみない?」

 

 多分、今の私の眼は、紅いと思う。

 なんとなく、そう思った。

 やっている事を正直に言えば、他人の心を操ると同じだ。

 ……それを、楽しいだとか、面白そう、と考えている私が居る。

 

「ちょっと心を触る事になるけど、それでも良いなら」

「え、で、でも……」

「私を心配してくれたお礼、受け取ってくれないかな?」

 

 そう言って、ミスティアの口に指を伸ばす。

 唇の前に人差し指を立てて、柔らかそうな唇に触れるギリギリで指を止める。

 

 さっきは随分とあっちに境界がズレてたような気がしたけど、口調はこっちなんだもんね。

 その割に行動の端々はあっち側なんだから、意味の分からない状態だ。

 

 私ですら理解不能とは恐れ入る。

 まぁ、どれも結局は私なんだけどさ。

 

「うう、お礼と言われると……」

「……受け取ってくれる?」

「え……う、歌いに来たのが目的ですし、思い出させてくれるなら」

「そう、ありがと……それじゃあ、思い出してみようか」

 

 伸ばしていた指を更に上げて、前髪を優しく触って撫でる。

 それに合わせて、彼女は瞼を閉じてくれた。

 私らしくなくて、私じゃなさすぎて、逆に少しばかり気持ち悪くなってくる。

 

 眼を閉じて、忘れてしまったその時の記憶を必死に思い出そうとしているミスティアは、まぁ、普通に隙だらけで、何と言うか、感情をダブって私も覚えるぐらいのものだったけれど、まぁ、そんな事は置いといて、お礼をするのならちゃんとしなければなるまい、と考えているのはそのどちらもなんだから、やるのならやるべきだろうと思う。我ながら良く分からない。

 

 いや、私の異常は、どうでもいいんだ。いつもの事で、いつもより異常ってだけで。

 今は、とにかく彼女の事だ。

 

 

 

「まず、ここに来た時の事、覚えてる?」

「う、なんとなく……」

「この雪原に来た時の目的と、歌う原因、ゆっくりでいいから思い出してみて」

 

 額に触れたままで、彼女の心から感じる衝撃を調べていく。

 精神が発する、衝撃、衝動、心の動き、感情そのもの。

 

「誰も居ない、この雪原で、一人歌いに、感情を吐き出しに、剥き出しにして」

「………………」

 

 ほんの少しだけ湧き出た感情を、少しばかり補助をして大きくする。

 思い出した感情を歌い上げて、爆発させて回して動かすのは彼女の仕事だ。

 

 私がする事は、限りなく少ない燃料に、着火するだけ。

 火を着けて、大きくして、焚き付けて、煽動して、無闇矢鱈に巻き起こすもの。

 

「大丈夫。ここには私だけしか居ない。結界も張ろう────【好きなだけ】【歌え】」

 

 額から手を離した所で、ミスティアの瞼が開く。

 

 私が覚えている限りで彼女の瞳は、濃い茶色の髪の色と似たような色合いをしていたような気がする。

 けれども、今の彼女の瞳は強く、赤く染まっている。

 

 私の緋色ではないけれど、いつもの彼女の瞳ではない。

 ……まぁ、私が衝撃を弄った事が、原因の一つになったのは、当然だろう。

 

 

 

 マットからそのまま飛び立ち、周囲を見渡すようにクルリと羽ばたいて一周した。

 その行動範囲に合わせて、私は座り込みながらも結界を張り、四方を囲む結界の境界に能力を付与する。

 それは外の世界で言う、ステージやカラオケのような、声に反応して衝撃を返し、雰囲気に合わせてテンションを上げる、『衝撃高揚』の付与。

 

 

 

「すぅ………………────ッ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

 とても、激しい歌だった。

 

 見た目からは、と言うと失礼になるかもだけど、どちらかと言うと人型の妖怪というよりかは、怪物、異形の少女と言った方が相応しい、その小さな体からは想像もできないような声量と、思いの詰まった歌。

 激しく、そして悲しい歌だった。

 

 一体何があって、そこまで思いを詰め込んだ叫びを歌に出来る様になるのか、と思うような、悲しい歌。

 歌うのが好きなのに、どうして、というような、歌。

 

 そこまで心を込めて歌われると、こちらとしてはどうしたものかと、思ってしまう。

 手伝いたいとは思うけれど、音が響く結界の中でこれ以上に何か手を加えてしまうと、何か違うような物になってしまうような気がした。

 

 草原へ一人で歌いに来る程なのだから、歌に何か思い入れがあるんだろうとは思う。

 私が、そこに何か手を加えてしまって良いのだろうか。そんな歌詞と思いが詰まった声が、ずっと響いてくる。

 

 

 

 結局、何か手伝うような事も出来ず、ミスティアは歌い終わった。

 曲自体は、とても良いと思える曲だった。楽器の伴奏もないのに、間奏の部分も自身の声で補って歌いきり、そして現代の歌と似たような雰囲気を醸し出していた。

 

 息を切らして、歌い切ったその表情は、やっぱり何処か晴れ切っていないようで……、

 

「はぁ……はぁ……」

「……どう?」

「ふう……あんまり、かな」

 

 まぁ、そうだろう。そんな顔と衝撃を感じるから。

 だから、やっぱり手伝おうと思う。

 

「手伝っても良い?」

「へ? う、うん。どうやって?」

「ん、ちょっと待ってね……」

 

 

 

 私の名前は、『詩菜』だ。

 名前の由来は、『息が長い』だ。

 まぁ、当て字なんだけど、『うた』という漢字も入っている。

 

 私としては、ここで立ち上がって二人して並びながらしてみたい所だけど、こんな足じゃあ彼女も気にしてしまうだろう。

 

 ……ようやくここで足の傷について後悔し始めてるんだから、どうしようもないと思う。

 まぁ、ここは気分の順調に回復していると考えるべきかね。

 

「………………────〜〜♪」

 

 目の前で飛んでいるミスティアの、元の髪色に近い色合いに戻った瞳が、大きく見開かれた。

 

 私が出した声はミスティアの声とほぼ変わらないのだから、そりゃあ驚くだろう。

 衝撃で少し喉の調子をいじってみただけなんだけど、一発勝負で上手く声を変えることが出来た。

 

 

 

 そこでふと、期せずして本日三回目の笑顔。

 まぁ……どっちかというと悪戯が成功したようなあくどい感じの笑顔に近いと思う。

 ようやくの、いつもの私といった感じかね。

 

 兎にも角にも、彼女が歌ってくれた先程の曲を、もう一度歌い始めた。

 歌詞は覚えた。私じゃあ想いは再現出来ないけど、声の同調は出来る。

 

 座ったままだけど、勘弁してくれ。

 

「……ッ、〜〜〜〜♪」

 

 

 

 驚いた顔のままで止まっていたミスティアは、四つ目のフレーズ部分からようやく正気に戻ったのか、少しはにかみながら小さく声の調子を合わせ始めた。

 ありがたい。やっぱり同時に衝撃を感じないと、どうも合ってるかが確認し辛かった。

 

「「〜〜〜〜♪」」

 

 Aメロが終わった所で間奏に入り、先程聴いた部分を鼻歌と歌声を同時に奏でてカバーをし始める。ミスティアはこれまた驚いた顔をしていたけれど。

 まぁ、その気になれば多分、楽器を別の音から変化させて、楽器のない伴奏も可能なんじゃないだろうか。私単体なら多分この感覚だと六声同時合唱ぐらいは出来るんじゃないだろうか。

 

 今は伴奏も多重歌唱も、準備はできてないしどういう技術が必要なのかも分からないから、一発勝負のこの場では絶対やらないけど。

 

 そして、ほぼ同時に、ほぼ同じ声の調子で、ただ違う心意気でBメロ部分が始まった。

 瞼を閉じ、先程よりも柔らかい表情で歌う彼女を見て、なんとなく安心した。

 

 新たに入ったサビの部分は、先程よりも勢いを込めて歌った。

 他人の私じゃあ彼女の思っている事を完璧に再現は出来ないけど、声に込められた衝撃や感情はある程度察せるし、込める事は出来る。

 

 やっぱり個人的には、何か楽器でも追加したいと思った。やっぱり伴奏があまりにも足りないと思う。

 いつか一つの楽曲として、完成させてみたいな、と思うぐらいには、この曲が気に入り始めていた。

 ……

 

 サビが終わり、二番が始まるとデュエットのように交互に歌詞を歌い出した。その中でも特にテンションが上がりそうな部分だけは一緒に歌ったりした。

 そのまま二人で歌ったままサビに入り、彼女は腕を振りながら歌い始めている。眼は閉じたままで。

 ノリにノッてきているのだろう。

 

 Cメロ部分は静かに始まり、後半から一気に盛り上がっていく部分だった。

 その部分は完全に彼女に任せた。やっぱりこの歌詞部分はモノマネの私よりミスティアが歌うべきだろう。

 その直後に来た短いAメロは交代交代で、繋がるサビの部分は同時に歌った。

 私も、なんとなく眼を閉じて歌詞の情景を思い浮かべてみていた。

 

 

 

 覚えている曲を全て歌いきり、最後の音を伸ばしていると、唐突に音を彼女が切った。

 なんだろうと思って瞼を開いてみると、最後の最後に独唱とも言えそうな部分を歌い始めた。

 さっき聞いた歌にはなかった部分。

 

 本音、なのかな?

 

 幾つかのフレーズを歌い終え、私とは違って唐突に、その曲が終わった。

 多分だけど、そんな感じの歌を思い描いてたんだろう。一人では歌えないから、さっきは歌わなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……私じゃあ一緒になって歌うぐらいしか出来ないけど、どうかな?」

「うん………………さっきよりは、良い気分」

 

 言葉とは裏腹に、割と良い笑顔に見えるけどねぇ。

 

「でも、一緒に歌うならやっぱり詩菜さんの地声の方が良いかな?」

「……そんな事言っちゃう?」

「ふふ、詩菜さんも調子、戻ってきたみたいですし、何かありません?」

「そうだねぇ……」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 その後は、何曲か私が知っている歌を実際に歌って見せて、彼女も知っている曲を幾つか歌った。

 まぁ、大体が現代よりも古い曲なのは仕方ないだろう。入ってくるものが少なすぎるから。

 それでも、生前はカラオケすら行った事のない私としては、珍しくも想いを馳せる日だった。

 

 これが勘に従って行動した、結果だというのなら、まぁ、良き一日だったと思う。

 それから八つ時ぐらいになって、空腹の音を誤魔化すのに大声で歌い始めた彼女を宥めて、共に人里へ向かい、いつもの喫茶店もどきにて、大分遅い昼食を取った。

 

 歌っている内に足は完治していて、まぁ、これもいつもの私かね。

 相も変わらず、私の回復力を見て『ありえない』と叫ぶヒトが居たけど。

 

 

 

 それから少しばかし話をしてから私達は別れた。

 何かあったらこの店に来て私を尋ねたら、何か手伝うよ。そういう商売モドキやってるから。

 と、そう言えばミスティアは苦笑いしていた。

 

「そうですね。『今』の詩菜さんに頼むのはちょっと怖いですけど」

「ああ、まぁ、『今』のテンションなら引っ掻き回したりするかもだけど……私は頼まれて承服したなら、ちゃんと手伝うよ?」

「ふふふ、それじゃあその時はお願いします」

 

 なんて、そんなやり取りをした。

 

 出る前に、あの歌を歌った原因について軽く触れたけど、彼女は「気にしないで」と笑っていた。

 そんな簡単に笑える程軽いものだったのか、忘れてしまえる程のものだったのか、それとも、私に対して笑える程に決意した後だったのか。

 

 ま……私もヒトの感情をわずかばかし感じ取れるから、決めたのなら何も言わないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里で赤い番傘を買って、山をぐるりと回りながら家へ戻る。

 

 団子屋なのか喫茶店なのか、まぁ、いまいち何のお店か分からない、いつもの店を出た時には、また雪が降り始めていた。

 運が良かったのか悪かったのか、お昼過ぎで終わったのが良かったのか、それとも、お昼で終わらなければならなかったのか。今日じゃないと駄目だったのか、それとも……。

 まぁ、どれでも、どちらでも、さして変わらないか。

 

 私は私への顧客をゲット出来たのを喜ぶべきか、それとも勘の調子に対して疑問を深めるべきなのか。

 

 そこまで考えて、なんとなく思い出して山道を振り返る。

 まぁ、当然人も妖怪も、何の生き物も視界には入ってこない、ただの雪景色しか見えないのだけど。

 

「……そういやアリスへの料金、支払ってないや」

 

 なんとなく、声に出してみる。

 言葉は忘れる前に、紡がないとね。

 

 

 

 




 
 ちなみにリクエストしたのは四ヶ月前()


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