風雲の如く   作:楠乃

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狂い狂わず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ただいま」

 

 日付が変わり、草木も眠る時間帯を少し過ぎた頃合いになって、ようやく家に帰ってこれた。

 彩目は人里にまた泊まりだし、ぬこも私が帰ってこないから何処かで食事をしにでも行ったらしく、何処にも見当たらない。

 

 こんな夜遅くに家に帰るのも、恐らく幻想郷に来てから初めてではないだろうか、というぐらいだ。泊まりじゃなく、日帰りで……いや、日付なんて大分前に変わってるけど。

 何か口に入れる気もあまり起きない。というか私にしては非常に珍しく、食欲もない。

 疲れている、という訳でもないのに、今はただ無性に寝たい。

 

「やれやれ……」

 

 

 

「────お疲れ様」

 

 

 

 まぁ、簡単に言えば、非常に驚いた。

 

 私を驚かせるというのは、相手が物凄い奴で私の精神障壁を貫通して驚かせれる奴か、はたまた私のその精神障壁が非常に脆くなっていた、の二つしかないと言っても過言ではないのだけれど。

 とは言え、大体にして後者でしか驚いていない、というのがいつもの事。

 

 

 

 電気も付けずに玄関を通り、まっすぐ自室に向かって寝ようとしたらいきなり電気が付いた。

 

 客室、もとい、半分以上は文のものと化している部屋から、完全に寝起き状態の天狗が、居た。

 ……そういえば、この間の風邪を引いた時にこの家の合鍵を渡してしまっていたのだった。

 

 

 

「……何だ、文か。驚かせないでよ」

「驚かせたつもりなんて一つもないんだけど……どうしたのこんな夜まで」

「ん……仕事」

 

 思わず動きが止まってしまった私をよそに、寝間着状態で、さっきまで寝ていたんであろう寝癖を付けたままの彼女は、台所でお湯を沸かし始めた。

 何をしているんだろう、と思ってただ観察している私を、ふと思い付いたように彼女がこちらを見て、

 

「いつまでその状態なの? 着替えてきたら?」

「……え?」

「眠い訳でもないんでしょ。話ぐらいなら聴くわよ」

「あー……」

 

 まぁ、正直に言えば、寝たいとは思っていても、眠いと思っている訳ではない、という状態なので正解ではあるのだけど……でもって、仕事の内容はあまり話したい内容でもない、けど……。

 

 とは言え、このまま棒立ち状態もアレなのは確かなので、言われた通りに寝間着に着替えてくるとする。

 

 

 

 

 

 

 寝間着の浴衣に着替えた所で居間に戻ってきてみれば、炬燵の上に熱そうなお茶が二つ。

 更に炬燵に入ってみれば、先程点火されたらしく、これから暖かくなるような感じのぬくさがある。

 知らず知らずの内に、気付けばゆっくりとした一息を付いてしまう。

 まぁ、喫茶店を出てからずっと、外に居たと言っても過言ではないし、良く良く考えなくても体の奥底は冷たくなっていたらしい。

 

 体の奥底、ね。

 

 

 

 一杯、熱いお茶を飲み干し、ようやく炬燵の火が私の足元と内側から温まってきた。

 そうして何も喋ることなくしばらく温まり、お茶のおかわりを注いでくれた文がようやく話し始めた。

 

「────それで、どうしたの?」

「ん、まぁ、終わった仕事だし、話しても良いっちゃあ良いんだけどさぁ……」

 

 自分でも分かるくらい、少し饒舌になった自分が居る。

 どんだけ冷えてたんだか、私。

 

「新聞のネタとかにしない、よね?」

「……私が今まで身内事情を身内視線で新聞に載せた事がありましたか?」

「ん? いや……まぁ……確かに、そう言われるとそうだけどさ」

 

 寝顔写真とか、レミリアとの邂逅の時に、新聞の影響があったりもするけれど……あれはあれで、あくまでも天狗の目線として考えられるし……身内贔屓なネタを彼女が使ったことは、私が知っている範囲では一度もなかったと思う。

 

 まぁ、ここまで彼女が言うという事は、今回私から聴いた事を、独自に調べたりはするだろうけど、それをネタにする事はないんだろう。

 多分。

 

 

 

「ま、それなら話そうか……私としても、自分の中で少しまとめたいし」

「……」

 

 

 

 

 

 

 まぁ、時系列を追ってゆっくりと文に話していった。

 

 まずはじめに、人里には二つの家があった。

 二つの家にはそれぞれ同世代の娘と息子が居た。家が比較的近いこともあり、寺子屋や子供達の遊び場で良く一緒に遊んでいたことを、周囲の人間はよく知っていた。

 何か大きな事件もなく、年齢を重ねると共にその二人は互いに互いのことを好きになり、当然のように仲の良い男女間へと発展していこうとしていた。

 

 ただ、そうは問屋が卸さないとばかりに、急に親と家が反対した。

 男の方は大きな反物店の一人息子。次期跡取りとして育てられていた長男。

 最も強く反発したいてのは、息子の両親ではなく、祖母祖父だったとか何とか。

 

 女の方はとある飲食店で雇われ店員として働く母子家庭の一人娘。

 それも、どちらかと言うと妖怪側に間口を開いている飯屋で、周囲の人間からはあまり良くない評判のお店だった。

 

 子供として遊ぶことに、互いの親や周囲の人間は、なんら悪いことではないと思っていたにも関わらず、結婚する段階となって猛反対を始め、二人は引き裂かれ始めた。

 明確に反対している訳でもなかった娘の母親も、周囲の意見に少しずつ押し流され、少しずつ向こうの家に脅迫され始め、生活が脅かされるようになるとなれば、反対をせざるを得なくなり、二人の味方は一人として居なくなってしまった。

 

 結果、二人は駆け落ちをし、周囲の人間関係を一切絶ち、二人きりで新たに生活を始めた。

 最後の最後に、娘の母親がこっそりと貯金を崩して、二人に援助金を渡してくれなければ、二人は夫婦生活を始めることすら出来なかったらしい。

 

 そうして始まった、夫婦生活。

 周囲の人間とも馴染めず、逃げてきたと誰にも分からせず、細々と命だけを続けるだけのような生活。

 それでも、ようやく一緒になれたと、二人幸せに暮らしていた、筈だった。

 

 駆け落ちから一年が経ち、夫婦が住む地域の人間とも、少しずつ仲良くなり始め、そしてあの着物のご主人の所の駆け落ち夫婦だとじわじわと知られてくるようになった頃合いに、夫の帰りが段々と遅くなり始めた。

 始めたばかりの生活にようやく慣れてきた頃合いで、少しずつ仕事も増やされていったのだろうと妻も思っていたのだけれど、どうにも何やら怪しい。

 

 夫婦の逢瀬も、頻度が少しずつ少しずつ少なくなり、流石におかしいと感じた妻が夫の仕事場へと迎えに行けば、夫が楽しげに誰かと連れ立って何処かに向かっているのを、見てしまったと。

 その誰かは、幼い頃に母親の職場でお手伝いをしていた時に、幾度か見たことのある、まだ人間に優しい方の、女妖怪だった、と。

 

 その女妖怪が顔見知りだったこと。母と共に飯屋で良くしてもらった恩人の一人でもあること。

 その女性の隣を歩く彼の顔が、この一年で久しく見なくなった、心からの笑顔でもあったこと。

 

 その時は、何も見ず、何も知らなかったことにして、その女性は逃げ帰ってしまったらしい。

 でも、その日から妻の態度が少しずつ変わったことに、夫の方もふと気付いてしまった。

 もしここで、夫が気付かなければ、ここまですれ違わなかったのかもしれない。

 

 ゆっくりと、それでいて確実に、夫婦間のズレは大きくなっていった。

 そして遂にある日、夫の方から妻に訊いてしまった。「最近何か、隠してたりはしないか?」と。

 妻はそれで遂に爆発してしまった。堪え切れずに、今まで見てしまった事、聴いてしまった事、全てを吐き、そして全てを感情のままに、夫へぶつけた。

 

 妻からの言葉に対して、夫は何も言わなかったらしい。

 何も言わず、何も返さず……彼は家から去っていって、そして帰らなくなった、と。

 

 幸いにして、と言うか、不幸いにして、と言うか。

 妻の方の内職と、今までに少しずつ貯めてきていた貯金があるおかげで、一人暮らしは難なく続けられる事もあり、夫を追い掛けることはしなかった。

 

 それが一日、三日、一週間、二十日間。

 そうして一ヶ月が経ち、二回目の妻の我慢の限界が来た。

 

 幼い頃の記憶を辿り、人里を出て親子で遊びに行った、あの女妖怪の家へと向かう。

 夫が出て行ってから半月ぐらいは、まだ仕事場へも顔を出していたが、それから夫の姿を人里で誰も見ていないのは、その頃にはもう妻も知っていた。

 まだ太陽は高く、人外に襲われる危険性はまだ低い方とは言え、いつ襲われたり死んだりしてもおかしくない状況で、それでも無事、何事も起きずに、記憶の通りにその女妖怪の家へと辿り着いてしまった。

 

 まぁ、半年前の生活の、鏡写しかと思うような生活が、そこにはあったとか。

 妻だけが入れ違っている、昔の楽しかった時の生活が、そこにはあったとか。

 

 そこから気付けば、妻は人里の、自分達の家だった筈の家屋に戻っていて、その日はただ呆然と過ごすだけで終わった。

 

 でもやはり、呆然とするだけで終わらないのも人間だった。

 翌日から、いつものように仕事を再開し始め、その裏で飯屋で働いていた時の、妖怪の知り合いに、少しずつ声を掛け始めたらしい。

 事情は出来る限り話さず、かつ、こちらの事情を何も知らずに、手伝ってくれるよう強大な力を持った存在は居ないか、と。

 これが、八つ当たりに至った経緯。

 

 

 

「……ふぅん」

「文は、ここまで聴いてどう思う?」

 

 時たま熱いお茶を飲むだけで、一切の言葉を間に挟もうとしなかった文は、私の質問に対して、少しの間黙った。

 まぁ、時間にして十数秒と言った所の沈黙だったけれど。

 

「……さぁ? 私は誰かにそこまで恋い焦がれた事は無いから、どうとも言えないわ」

「あれ、ヨシツネは?」

「あれはまた違うわよ……」

 

 彼女にとっての黒歴史の一つでもあったのか、訊いた瞬間に彼女の眼力がグッと増し、睨まれる事となったけれど、まぁ、それはそれで置いといて。

 

「んじゃあ、ないんだ」

「……何よその、含みのある言い方」

「まぁまぁ、それじゃあ話を続けようか」

「……なんか納得いかないわね……」

 

 

 

 

 

 

 そして、ここから私の介入が入ったお話。

 

 彼女が選んだ選択肢は、一と九の中間、といった所だった。

 いや、寧ろあれは初めに選んだのは一で、そこから九に発展していった、というのが正しいのかもしれない。

 

 喫茶店で、彼女は『話し合い』を望んだ。

 まぁ、依頼人からの要望でもあるし、私の考えをそこに混ぜてはいけないだろう。私が考えるべきは、如何に依頼人の希望にどう近付けるか、という過程にあるべきなのだから。

 

 何にせよ、女性の案内に従い、その女妖怪の家へ辿り着き、まず有無を言わせず女妖怪とその夫を拘束した。

 次に、話し合いの場の設立。全員にまず依頼人の要望を話し、話し合いにて解決をする事、制定者兼取締役として私が居る事。そしてこれから言葉以外の一切の暴力を禁じた殴り合いをしてもらう、と説明した。

 

 夫の方はまだ混乱しているらしく、何度も口答えをしてきたので、途中から『喋れなくなった』と勘違いしてもらう事により、少し黙ってもらった。

 噂の女妖怪の方はどうやら私を知っているらしく、私を見た瞬間からどうやら抵抗する意思はほぼなかったみたいだった。

 ただ、私としては全く覚えていない妖怪だったので、多分何処かの噂を聴いただけの妖怪だと、思っていた。

 

 そうして始まった話し合い。

 全員に『立ち上がれない』・『移動できない』という勘違いをしてもらい、かつ妖怪の方には更に強力な『力が出せない』という勘違いもしてもらった。

 どう足掻いても手も足も出ない範囲に全員を座らせ、私は隅で何もしない。そうして話し合いの場を完成させた。

 

 しばらくはぽつりぽつりと妻と夫の会話が続くだけだったので、私は家から退出する事で更に背中を押すことにした。

 まぁ、それだけじゃ足らないだろうから、全員に心の衝撃を言葉として出やすくするという暗示も掛けた所で、私は女妖怪の屋根で警戒しつつ話し合いを聴いていた。

 

 

 

 ……まぁ、結論から言ってしまうと、彼女の言う通りだった。

 全員が少しずつ悪かった。

 

 妻は、夫を心の底から信じれなかったし、夫は、妻に対して隠し事をしすぎたし。

 女妖怪は、少し身の程を知らなすぎた、とでも言うべきなのか。

 

 初めは、夫は妻を裏切ってはいなかった。

 昔の事を知る女妖怪と知り合ってしまい、結婚一周年を祝うつもりで、少し相談に乗ってもらった。

 妻をどう楽しませるかを考えるのがすごく楽しく、またその女妖怪が好みでもあり、そしてその相談相手が非常に気分良く話せる話し相手となってしまった事もあり、非常に話が盛り上がってしまった。

 それでも妻を楽しませるという目的があったから、手を出すということは決してなかった。

 喧嘩するまでは。

 

 家を飛び出し、追い出されても、行く宛は事情を考えれば一つしかなく、その女妖怪を頼る他がなかった。

 嫁を喜ばしたかっただけなのに、不倫とまで言われて追い出され、しかも結局そうではないのに、逃げた先がその相手なのだから、どう言い訳をしても無意味だ。

 

 事情を話され、理解し、二人が落ち着くまで男を置いてあげることにした筈の女妖怪は、しばらく共に生活する内に、心の奥にある妖怪の部分を、やはり抑えきれず、夫を誑かしてしまった。

 それが、夫婦が喧嘩して一ヶ月が経った頃合い。

 半分は流された事もある夫は、もうそこで少し、吹っ切れてしまった。

 いや、ここは多分妻と同じく、少し……どうかしてしまった、と言った方が正しいのかもしれない。

 夫婦揃って、どうにかしてしまった、のだろう。

 

 酷いことをしてしまった妻には、影から少しずつ支援をしていこう。

 決してもう、迷惑はかけない。もう忘れられても良い。ただ、彼女には生きていて欲しい。

 自分は、妖怪の夫となったのだ。人間に戻れると思うな、と。

 

 そうして謝罪と支援の用意をし始めてから二週間が過ぎ、次の休みに姿を見せずに贈り物をしようとしている内に、妻に今の生活を見られた。

 その事に気付いたのは女妖怪で、彼女は誰にもその事を伝えようとしなかった。

 

 彼女は彼女で、勿論小さい頃から知っている人間の彼女にも幸せになって欲しいし、既に愛し始めてしまった彼も、幸せにしたいとも思っていた。

 ただ、どうしてもそんな結末は、自分の力で引き寄せる事は出来ないと、分かってもいた。

 そういう意味で、現状を維持するしか無い自分を嫌悪してもいたし、後悔もしていた。けれど行動を起こせない自分が一番歯痒く、苦悩していたらしい。

 

 けれども、この家に訪れた彼女の様子を見る限り、まだ彼女には爆発の余地があり、現状打破できるかもしれないと、女妖怪は嗅ぎ取っていた。

 幼い頃から自分の意見を言わない性格ではあったものの、駆け落ちの時のように、夫との喧嘩した時のように、彼女には限界を突破した時の爆発力は異彩を放つと、知っていたから。

 

 そしてその爆発は、来訪から数日後に、来た。

 『鬼ごろし』という、私を連れて。

 

 どうやらあの女妖怪、それなりに年月は重ねた妖怪らしく、鬼と天狗の妖怪の山騒動の時も、それなりに近くに住んでいて知っているらしかった、

 私が暴れたのも何度か見たことがあるらしく、ぶつかれば負けるだろうから、私に拘束された時は死ぬものだとばかり思っていたとか。

 

 まぁ、心の中を荒業で開放した話し合いの甲斐があったのか、半日もの話し続けた結果、結論が出た。

 

 

 

 

 

 

「……それが、『三人で暮らす』?」

「そう」

 

 お茶がなくなり、新たに沸かして来た所でようやく話が終わった。

 

 喋り疲れた事もあり、ゆっくりと喉を潤した所で、縁側から新たな気配がした。

 ほぼ文と同時に振り返ってみれば、ぬこが森の向こうから姿を見せた所だった。二人に見られたせいか、一度ブルリと震えた直後に、「にゃあ」と鳴いた後に、私達から隠れるように家の後ろ側へと駆けていった。

 雪が積もってるのに、よくもまぁ、こんな遅くまで出掛けるもんだ……ヒトの事、言えないけれど。

 

 

 

「……どう思う?」

「……まぁ、個人的な感覚で言えば、ちょっとおかしいかなぁ、って」

「ん、だよね」

 

 仲直りにしては、あまりにも唐突で、距離を縮めるにしたって、あまりにも性急過ぎる気がする。

 とは言え、全員が全員顔見知りという事だし、やはり部外者である私達には分からない部分があったのかもしれない。

 それに、今回の事件の結末を全員で決めろ、と言ったのは確かに私だけれど、彼女達の結末がどうなるかは……やはり彼女達がこれから決めて行くことなのだから。

 やはり中途半端な結末で、結末を急ぐものではない、という事なのも確かなのかもしれない。

 

 曖昧かつ答えがないような、道の途中。ってか。

 

 

 

 

 

 

「────で?」

「……で、って?」

「それが今回の仕事で……報酬が、『それ』?」

「ん、やっぱり分かっちゃう?」

 

 分かるわよ……そういう呟きが、文の口の中で言葉にならない音になったのが聴こえた。

 

 

 

 今回の報酬は、そんな結論を出した彼女達の、今まで生きてきた年数の旅路を頂いた。

 別に頂いたからと言って影響がある訳でないし、そもそも頂いたと言っても、したことは結論が出た後に、報酬としてそれぞれ一人ずつ握手してもらっただけ。

 握手した際に、生きてきた旅路を、旅の神として、見させてもらった、ってだけ。何も奪っちゃいない。

 

 おかげで、足りなかった神力もほとんど回復できた。

 失っていた粒子や実力を、自力で生成出来て、完全復活まで残り半分、と言った感じ。

 

 ……まぁ、それをどうやら一瞬で見抜いた文も凄いと思うけどさ。

 しかも家に帰ってきてぼんやりしていた私を見ずに知覚したようだし……何者だこの弟子。

 

 

 

 と、いう訳で、八割近く復活完了した訳だ。

 

「……体調悪そうなのは、それが原因?」

「いや別に体調は悪くないけど……ん〜、どうだろ。気分が低いのは確かだし……まぁ、これが原因かもね」

「……」

 

 初めて……という訳でもないけど、こうして存在力を直に吸ったのはかなり久々だったし、慣れていなかった、というのは本当だと思う。

 けれど、それで気分が悪くなるってのは、妖怪・神様としてどうなんだ、とも思うし……まぁ、昔風に言えば、人間側に引っ張られている弊害、とでも言うのかもしれない。

 ……そんな自覚、今はあんまりないんだけどね。まぁ、自覚症状あんまりないものでもあるけど。

 

 

 

「まぁ、寝れば治ると思うし、だからこそ帰ったらさっさと寝ようと思ってたんだけどね」

「あんな顔をしたまま?」

「……そんな辛そうな顔してた?」

「してたわよ。やっぱり自覚してないんじゃない」

「う、う〜む、そんな酷い顔してたのか……」

 

 ポーカーフェイス、の技術はもう完全に忘れてしまっているとはいえ、そこまで……いや、文だから分かった、って可能性もあるか……。

 

 

 

 何にせよ、あんな顔、と表現したという事は、今はそうではない、という事でもある訳であって、まぁ、それこそこの家の帰ってきた時よりかは気分が良いのも確かなので、今度こそ落ち着いて寝ようと思う。

 

 すっかりぬるくなってしまったお茶を飲み干し、文の湯呑みと合わせて台所に持っていけば、急須の方を彼女が持ってきてくれる。まぁ、洗うのは明日に回して、今は水に漬けておく。

 

「それじゃおやすみ。明日は休み?」

「そうじゃなきゃここに泊まりに来ないわよ」

「だよね。それじゃあ明日の朝食は任せた。私多分寝坊するから」

「……はいはい、分かったわよ。蹴って起こしてあげるわ」

「よろしく。突き指しないようにね」

「反射能力切っときなさい。おやすみ」

「ん、おやすみ」

 

 

 

 居間の電気を消し、自室に入って布団を広げていると、閉じていた襖を開いて、ぬこが入ってくる。

 その入ってきた隙間から見えていた客室の電気もようやく消え、後数時間で東の空も明るくなるだろうという時間に、私の家はやっと消灯した。

 ぬこも入ってくるなら襖を閉めておくれ。君もう妖力で閉めれるぐらいには熟達したろうに。

 

 炬燵とお茶で温まったとは言え、真冬の布団はやはり冷たく、眠れるのはもう少し後の事になるだろう。

 まぁ、身体をすり寄せてくるぬこが居れば、それも少しだけ、早くなるかもしれない。

 

 

 

「……今日は疲れたよぬこ」

「にゃあ」

「……あと、いつまで猫語で喋るつもり?」

「何だ、もう良いのか?」

「いつの話よ、全く……」

 

 まぁ……こう、猫と一緒に寝る、というのは、私には少々似合わない、とは思うけれど……今日ぐらいは、良い事にしておいて欲しい。

 

 

 

 




 


(やっぱり……自分のこと、分かってないじゃない)
(ちょっとは、似てるって、感じないのかしら……変な所で鈍感なんだから……)
(……でも、そうでもしないと、生きて行けなかった、のかな……)







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