風雲の如く   作:楠乃

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 ライバル戦での曲でも掛けて、テンション上げてけ?









東方地鬼伝 その1

 

 

 

「昔の事は水に流そうじゃないか?」

『────その言葉だけは嘘だろ』

「大正解♪」

 

 

 

 バッと勢い良く地面を蹴って、紫と萃香の間を通り抜けようとすれば、瞬時にスキマが大きく開いて私を呑み込んでくれた。

 一瞬だけ上下左右の感覚がなくなったがすぐに視界が開き、空中へと飛び出した。

 

 

 

 非常に広く、天井がある洞窟であろうと判断できる空間。

 地下だというにも関わらず、チラホラと舞う粉雪。

 落下が始まるまで眼下に広がる、古都のような雅な雰囲気のある街並み。

 

 箒に跨がり、何やらビットのようなものを周囲に漂わせて、戦闘準備万全な普通の魔法使い。

 

 

 

 そして────百数年ぶりの敵意をぶつけてくる、鬼。

 

 

 

 彼女、『星熊(ほしぐま) 勇儀(ゆうぎ)』が、空中から私を見下ろしている。

 その瞳は、まぁ、何ていうか……少なくとも、長年会っていなかった友人に向ける類の目付きじゃあ、なかった。

 ……当然か。

 

 

 

 一切の音を立てずに、地底の都に着地して、そして真正面からその敵意を受け止める。

 

「おひさ。勇儀」

 

「────詩菜」

 

 

 

「……確かに、勇儀の言う通りだよ」

 

 そう口を開いて、歩き出す。

 石畳に私の下駄の音が反響していく。

 両隣に暖簾を連ねている飲食店の中から、妖怪と思わしき奴等の視線を何十と感じる。

 

「私はどうしようもない大馬鹿者さ。転機がなけりゃ変われやしない」

 

 昔と同じ内容の言葉を紡ぐ。

 本音を言えば、あの頃から私は変わった、という自覚はない。

 それが正直な所の気持ちだ。

 

「自分の過去を振り返って、結局行動した自分を傷付けるなんて、本当、いつもの事だ」

 

 それでも、あの頃の私だったら。

 

 

 

「でも、変わりたくない、なんて一言も言ってない」

 

 あの頃の私だったなら────多分、隣に人は居ないだろう。

 

 

 

 カツン、とわざと音を立てて立ち止まれば、ゆっくりと飛翔してきた魔女が隣に来た。

 

「因縁あり増し増し、って感じだな」

「まぁね」

 

 箒から降りて、私と同じように勇儀の方へと立ち並ぶ魔理沙。

 

 彼女にそんな軽口を返しても、まだ勇儀は反応を返してこない。

 未だに私を睨み続けたまま、こちらを見下ろしたままだ。

 

 距離にしてみれば、私は一息で跳んで勇儀を殴れる距離。

 逆に言えば、勇儀の拳も簡単に飛んでくる距離。

 

 

 

「さぁ、どうする勇儀?」

「……」

「私は相も変わらず、嘘も吐くし騙しもする。気付けば自分を欺いていることもある」

「………………」

「変わらなかったよ、そこは────でも、今回ばかりは逃げないよ」

 

 

 

「勇儀が私をまだ矯正するというのなら、とことん抗ってあげるさ」

 

 そう言って、じわりと妖力を活性化させる。

 

 水に流す? とんでもない。私はあの時の続きをキチンとしたいだけ。

 確かに私は間違っていたさ。

 止めてくれた勇儀や紫が居なければ、私は間違えていたままだったろうさ。

 ……まぁ、今も間違えたままかもしれないけれど。

 

 

 

 それでも、自分で決めて生きてきた道だ。

 生きて繋いできた道で、私の旅路で、結果だ。

 私を否定するのは良いさ。性格、生き方、在り方を拒否するのは良いよ。

 

 でも、私の生きてきた道そのものを否定されるのは、怒るよ。

 

 

 

 そこまでの態度を見せて、ようやく勇儀はこちらを睨みつける事を止め、瞼を閉じて、少し上を向いた。

 腕を組み、ゆっくりと息を吸って、少しの間呼吸を止め、音を立てないぐらいのゆっくりとしたペースで息を吐いていく。

 

 面倒そうに眉を顰め、後頭部をコシコシと掻きながら、そしてようやく呟いた。

 

 

 

「………………分かった」

「へぇ?」

 

 分かった、と言う割には……。

 

 

 

 

 

 

 些かも、その殺気は衰えていないように感じるんだけどね?

 

 

 

「正直、お前の言葉は信用に値しない。嘘がまだ見え隠れしてる」

「まぁ……そりゃあね」

「だけど……今回ばかしは、お前の嘘の挑発に乗ってやる」

「……へぇ?」

「それに、どれだけ昔から変わったのか、見てみたいしな」

「ふふん?」

 

 

 

「────《鬼の四天王》、星熊勇儀」

「じゃあ、そうだな────《鬼ごろし》、詩菜」

 

「山の裏方総大将が相手だ。手加減なんてしてたら、本当に殺されちまう」

「……勇儀までそんな事言うかね」

 

 そう言いながら、空中から腕をぐるぐると回しながら勇儀が降りてきた。

 殺気は相も変わらず変わっていないけれど……先程よりかは落ち着いた表情になっている。

 

 落ち着いた、殺る気満々の顔だ。

 鬼と戦う時によく見る表情……楽しげな表情では、無い。

 ただ爛々と瞳が、射殺すように私を睨みつけてくる。

 

 ………………ああ、あのケンカ別れした時を思い出す顔だ。

 

 いかんなぁ……手加減どころか────こっちがそれこそ殺されそうだ。

 

 

 

 

 

 

 右手を横に広げて、隣の魔理沙の身体を少し後ろへと押す。

 

「魔理沙、これから始まるのは妖怪同士の殺し合いだ。離れていないと────それこそ魔理沙、死んじゃうよ?」

「……だろうなぁ。こんな力……いや、私としてもこんな所で死にたくはない」

 

 そのまま流されて、一歩彼女が後ろへと引いた。

 

 

 

 そうして、彼女の身体から私の手が離れた瞬間に、私の手を掴む者が、一人。

 

 

 

 いや────四体。

 

 

 

「……『私は』、死にたくない。が」

 

 

 

【まだ義肢の代金、払って貰ってないわ】

【まだまだ教えることがある。命の恩人を無下になんて、出来ないから】

 

「だ、そうだ」

「……そう。ありがと」

 

 アリスの人形が、魔理沙に接続されていた状態から、私へと再リンクされていく。

 伸ばした右手の先、人形たちが掴んだ指先から一体ずつ離れる度に、魔術の透明なラインが伸びていく。

 それこそ人形遣いが操るように、親指を除く右手の指からそれぞれ伸び続けていく。

 その核とも言える可愛らしい四体の人形たちに秘められた、七曜の属性と圧倒的なまでの精霊達の質量。

 

 今だからこそ分かる、魔女達の技術の高さ。

 少なくとも今の私の魔術の技術じゃあ、到底扱いきれるものではない。

 

 

 

 さてさて、そんな膨大なまでの力を借りた所で、扱いきれるのか────なんて、

 考えなくても、昔からやってきたことでもある。

 

 一歩前に出れば、自然と人形達は私の後ろに隊列を作り、各々が槍や剣などを構えていく。

 前を見れば、ようやくストレッチが終わったらしい彼女が、石畳に着地し、────何の力を込めた様子もなく、気軽に一歩踏み出して────地面を砕いた。

 

 どちらも、既に臨戦態勢。

 

「さぁ詩菜……行くよ!!」

 

 

 

 メギッ、なんて地面から到底出るような音じゃない、破壊的な音が鳴り響く。

 

 その音とほぼ同時に、勇儀の右拳を私の左手が受け止め、上空へと弾く。

 肉体同士がぶつかったと言うのに、金属的な、それこそ刃物と刃物がぶつかったかのようなギャリリッ、というような音が辺りに鳴り終わる前に、今度は左足が私の胴体を吹き飛ばそうと飛んでくる。

 先程までの、単なる肉体の暴力による物理攻撃ならば、手や腕で受けるまでもない。

 

 だから多分、さっきの攻撃は私の調子を確かめるための布石。

 

 どんどんと回転速度が上がっていくモーターのように、実力────この場合は彼女の能力、怪力乱神を持つ程度の能力が、本領を発揮していく、

 

 

 

 ぶわりと妖気が彼女の左足にまとわりつき、即座に回避しなければ不味いという直感が働く。

 数ミリ浮かしていた左爪先を地面に叩きつけ、後方へと飛び出す。その際に勇儀の顎を蹴って方向転換してやろうとしてみるも、呆気なく回避される。まぁ、そも身体的に長さが足りぬ。

 宙返りしつつ伸ばした脚は空を切り、何とか体勢の回転を殺しつつそのまま後ろへと飛んでいく。

 

 回避して上空から地面に降り立つ前に、空振りした勇儀の左足の先から熱球が飛んでくる。

 私の物理反射術式を超える為の妖力を込めた脚だと思ったのだけれど、どうやら回避を見越しての弾幕の前準備だったらしい。

 

 規則正しく、足が振り払った方向、すなわち私が地面へと降りる軌道へと目掛けて、それも脚が振るわれた速度とほぼ同等の、尋常じゃない速度で飛んでくる。

 到底衝撃を得ることの出来ない高度、まぁ、それも石畳から数メートルといった高さなのだけれど、ここから何処かに方向を変えて跳ぶことが出来る訳もなく、

 

 空中で防御の構えをした所で────人形の一体が素早く私の顔の前に躍り出た。

 

 驚く暇もなく、────というかそれぐらいなら驚かないけど────どこかに槍を仕舞って手ぶらの人形は、猛烈に迫っていた熱球に対して両手を広げ、魔術を発動させた。

 

 それは確かに以前、私がこの眼で見た、風の魔術そのものだった。

 

 

 

 ご丁寧にも、『術者に影響が出る』という、欠点を残したままの。

 

「っと!!」

 

 そんな知ったかぶり状態の私ですら、術を唱える人物に悪影響が出ると判断できた魔術だ。

 

 元より軽い素材である人形が、そんな魔術を行使すれば、当然のように術の方向の反対へ────すなわち、私の胴体へと吹き飛び、私の身体を押してくれた。

 そんなチャンスを無にする訳にもいかず、即座に衝撃を操って更に遠くへと自身を吹き飛ばし、エネルギーを生み出してくれた人形を何とか自力の魔術で動かして引き寄せる。

 人形から放たれた、目に見えない風を圧縮した大型の弾は、まぁ、勇儀の放った熱球のとんでもない熱量を前に触れる前に霧散したけど。

 

 予定位置よりも少しだけ浮いた私の身体のギリギリ下を、勇儀の放った熱球が飛んで行く。

 触らずとも分かる程の、殺意に溢れた熱量だ。パチュリーが構築し、アリス経由の人形が発動した魔術だとしても、高レベルの魔術を分解するぐらいの熱量……やっぱり殺す気じゃないか。

 

「……チッ、厄介な使い魔だね」

「ははっ、流石の魔女達だもの」

【あまり舐めないでもらいたいわね】

【こっちだって全力よ。魔法や弾幕は私達の人形に任せなさい】

 

 地面にようやく立てば、ズン、と熱球を振り払った脚を戻し、更に地面を砕いた鬼がそう呟く。

 ……そろそろ、こんな街中でやりあうのも限度かな。

 

 

 

 ていうか、まぁ、私の知ってる勇儀なら、そこらの建築物ごと巻き込んで地盤沈下ぐらい出来ると思うし……。

 

 

 

「もっと暴れられる場所ない? もっと本気、出せるでしょ?」

「……さっきはギリギリだった奴が、何を」

「本気を出してないのが、勇儀だけだとでも?」

 

 口を動かさずに『衝撃()』を伝える技術は数百年前に覚えた技術だ。

 人形を介して作戦を伝えるというのは、些か初挑戦ではあったけれども、まぁ、念話自体は昔から何回もやっている事でもある。

 即席で人形を介した念話術式を作ってもいいけど、流石にまだこの手の内は明かせない。

 

「へぇ? じゃあ、見せておくれよ……ちょうどアンタの後ろ、この道をまっすぐ行った所に広場があるからね……────そこに辿り着く前に死んでくれるなよ?」

「……上等! それならやっぱり、回転率上げてこうか!」

 

 術式言語展開開始。

 妖力を活性化させる。今回はハッタリも必要なので、色を変える術式までは起動しない。

 着色は起動しないけれど、発色術式は起動させる。

 

 ボコボコと私の身の内から、目に見える形として球状の緋色の玉が生まれ出し、そしてある程度の高さになった所で霧散し、粒子状になって私の周りに纏わり付いてくる。

 

 少なくとも、私の妖力をここまで可視化して紅く見えるのは、緋色玉かベクターキャノンの時ぐらいだから────まぁ、勇儀が驚くのも分かる。

 まぁ、流石にその驚愕の衝撃を操るのは無粋だから、やらないけど。

 

「ふぅん?」

「……そういや、今の二つ名。勇儀は知らないんだっけ?」

「……ああ、生憎と、知らないね」

「そっかそっか。なら、丁度良いかな」

 

 

 

「それじゃあ改めて────《理解不能の鎌鼬》、鼬塚(いたちづか)詩菜(しな)!」

 

 ニヤリと、勇儀が笑うのが見えた。

 

「掛かってきなよ鬼っ子。その怪力乱神、叩き返してあげるよ」

 

 

 


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