「アレを止めて退治する、ってのなら────先に私を倒してからにするんだな」
未だに反応のない人形は隠しながらも、八卦炉を構えて、明確に博麗霊夢を狙う。
彼女にパチュリー・ノーレッジやアリス・マーガトロイドの支援はない。
そもそも詩菜に手を貸してから、邪魔をしては悪いと考え、連絡すら取っていない
今は、鬼と正面切って戦うのは御免だと言った、河童の支援しかない。
正直な所、異変を解決して疲弊しているとはいえ、賢者に鬼に、天狗のバックアップがある巫女を相手どるには、非常に厳しい状態だった。
それでも、時間稼ぎにはなるだろう。
そう考えて魔力を全身に滾らせていく。河城にとりも察したのか、箒に取り付けられた機械の駆動音の調子が上がっていくのが聴こえる。
しかし、相対している筈の博麗霊夢は、敵対する姿勢を取った魔女を見て、逆に冷静になっているようで、見るからにやる気がない表情になっていく。
「……ねぇ? 分からないんだけど、どうしてあんた達は詩菜を庇っている訳?」
「……どうして、って」
心の底から理解が出来ないというような顔で、巫女は魔女に問い掛けた。
「人間と妖怪との関係性を無視しても、あんた達が身を挺する理由がないじゃない」
【少なくとも、私はある】
そう続けた巫女の言葉を、人形越しに動かない大図書館が答える。
「おっ、そっちは問題ないのか?」
【私がしているのは彼女から来た力を純粋な魔力に変換することだけ。特に問題なんてないのよ】
「そうかい……なるほどな」
反応のなかった四体の人形の内、一体だけが、霧雨魔理沙が隠していた身体の後ろから離れて、ゆっくりと浮かび上がっていく。
その浮き方はとても持ち主である人形使いが操っているようには見えず、念力によってただ浮かび上がっているかのような無機質感があり、それこそ、人形を始めて扱うかのような雰囲気ががあった。
【そこの紅白は知らないでしょうけど、私は『家族』を彼女に救われている。だから……私の知識で彼女の力になるなら、助力を惜しむ気は、更々ない】
「だ、そうだ。私も知らなかったけどな」
【言ってないもの】
「訊いてないからな」
【けれど、貴女の後ろに居るヒト達はどうかしらね?】
軽口を挟んだ後に、人形の腕がまっすぐ巫女を指差す。
正確に言えば、陰陽玉────巫女の後ろに居るモノ達を、指している。
不快げに顰められた眼尻を、スイと動かして巫女が陰陽玉を見れば、実に愉しげな声が玉から響き始める。
【あらあら、心外ですわ。仮にも義妹でもある従者を心配しない上司がいるかしら?】
【そう? 私には追い立てたようにしか見えなかったけれど。賢者の考えはまるで理解できないわ】
【それもそうでしょう? 理解不能の上司ですもの。理解されては困りますわ】
辛辣に否定の言葉をパチュリー・ノーレッジが返しても、のらりくらりと曖昧にして、ただただ愉しげに、賢者は笑い続けている。
明言を避けるどころか、答える気はないと分かるような態度に、魔女は溜息を吐いて口を閉ざし、人形は腕を下ろした。
愉しげな雰囲気の隣から、また呆れたような声色が陰陽玉から聴こえ始める。
【まぁ、コイツはアレだけど……私は詩菜と古くから友人をやっているつもりだし、アイツが今戦っている奴とも友人だ】
八雲紫から引き継ぐように、伊吹萃香はそう話し始めた。
しかし、決して自分が彼女の友人だ、とは言い切らず、その付近で、霧雨魔理沙が首を傾げた光景が陰陽玉越しに鬼にも見えたが、その疑問に答える気は、今の彼女にはなかった。
【……あいつらのやり方は納得いかないけど、両者ともに納得して戦ってるなら、止める理由は私にはないさ……酷く歪んでいて、仲直りしようしているようには一切見えない喧嘩だけどね】
「それはどっちかが死んでもか?」
【っ……それとこれじゃあ話が違う。死ぬまでやるのなら私だって止める】
霧雨魔理沙の質問に、虚をつかれたかのように鬼の言葉が詰まった。
それも一瞬で、そんな事はありえないと強い口調で伊吹萃香はそう言い切った。
それは、そうあって欲しいと、自分に言い聞かせているように、霧雨魔理沙には見えた。
まぁ、彼女は鬼らしくない所があるが、『鬼』であることは間違いない。
決して嘘を吐いているつもりはないのだろう。傍からどう見えようとも。そう霧雨魔理沙は考えることにした。
「……あー、という意見が出ているが、アリスはどう思う?」
【……こっちも忙しいって、分かってる?】
「質問に答えれたって事は、ある程度忙しくなくなった、って事だろ?」
【ハァ……そうね。元より代入だけの役割なんだから。最適化が出来れば後は終わりよ】
巫女と魔女が地底の果てに視線をやれば、既に何百何千と光矢と大玉がぶつかり、光を放っている。均衡は未だ中間のままだった。
あの戦いの中でのアリス・マーガトロイドの役割は、詩菜が計算した値を人形に命令として与え、パチュリー・ノーレッジから受け取った魔力をレーザーとして出力すること。
彼女から与えられた位置情報や弾道予測の計算が外れたことはなく、詩菜の方にミスがない、という事を前提に術式を組み直せば、術式への代入の半自動発動化は比較的簡単な修整ではあった。
人形へ計算結果を手動で入力することを両立しながらでなければ、素早く計算が終わり、こちら側の会話にも入れたのに……とは思いつつも、ようやく空いた手を動かす。
そこでようやく、霧様魔理沙が隠していた人形達が自力で宙に浮かび始めた。
無機質な浮き上がり方ではなく、人形使いらしく、操られていないかのように動く、独自の意思を持つかのような生命力のある動き方によって、魔女の前に四体が出揃った。
その人形のどれもが槍や剣など武器を構えており、改めて、彼女の邪魔をするようであれば、という敵対の意思を示すかのように、支援が出揃った。
【そうね……別に私はパチュリーのように救われたり、魔理沙みたいに彼女と親しい訳じゃない。義肢の件で顔を合わせて、それからたまにしか会わない仲】
「初対面で義手を作ったって聴いた時は驚いたけどな」
【茶化さないでよ……まぁ、私と詩菜の関係はそれぐらい、それだけよ】
「……それがなんで、アイツに協力してるのよ」
忌々しそうに、そう質問を投げ掛けた巫女に、人形の一体がふわりと浮かび上がり、首を可愛らしく傾げてみせた。
【逆に、霊夢がそれだけ拒否反応を起こしている方が驚きなんだけど】
「……はい?」
人形使いの心底不思議そうな声に、今度は巫女の身体が止まった。
【まぁ、そうね。私はあまり踏み込んでいないからこそ、彼女に協力しようと思っている……というのが一番正しいかしら】
「曖昧だな」
【代金を受け取ってないもの。面白い事に挑戦できたし、死なれると居心地が悪いだけよ】
「今度は分かりやすいな」
からからと愉快そうに笑う霧雨魔理沙とは対称的に、博麗霊夢は顔を伏せてしまっている。
その様子を見て笑うことを魔女は止めた。
親友のらしくない様子に少し心が痛むが、立場を変えるつもりもなかった。
友人なら、あちらも友人だ。
それに、彼女の邪魔をさせるつもりはないし、友人に邪魔をさせるつもりもなかった。
「さて、それじゃあ……にとり、お前は?」
【……いやぁ、私は別に……彼女を庇うつもりは無い、けど、さ……】
「なんだよ。煮え切らない言い方だな……」
唯一霧雨魔理沙の支援側で、詩菜に助力を申し出なかった河城にとりは、非常に居心地が悪そうに口を開いた。
霧雨魔理沙の支援を紅魔館からしている魔女の二人とはまた違い、彼女は人間が地下に侵入する際に使った大穴の近くに機材をまとめ、そこから連絡を取り合っていた為、彼女の周囲には誰も居ない。
話を聴いているのは、それこそ機械と陰陽玉を通じて聴いている者達だけであろうという状況にも関わらず、彼女は声量を抑え、か細い声で続けた。
【その……山に住んでる奴なら分かるんだけど、さ……詩菜、アレでも神様なんだよ】
「ああ、なんだっけか。旅の神だったか?」
【一応は……『風雨と旅の神』で、昔は山の上部に居て……あー、今の組織体制を作るのにも一役買った、って話があって……】
「だから、何なんだよ。良いからハッキリ言えって。アイツの事で悪く思ってるならそれで良いし、大体もう驚く事なんて……まぁ、あるだろうけど」
痺れを切らした霧雨魔理沙の言葉に、言葉は濁しつつも河童は口を開いた。
少し間を起き、【『親友』の前で、こういう事は、言いたくないけどさ】と、前置きを置いて。
【詩菜は……神様なんだよ。山の────昔からの、妖怪達の、風雨の神様……最近はどこぞの神様が来たけど、それでも信仰はまだ多く集めてる。妖怪の山の、神】
「……てーっと? つまり?」
【だから────妖怪の山の住人にとって詩菜は、遊び相手であっても、決して敵対してはならない存在なんだよ……対等な存在を除いて……逆らえば、組織的に反逆者が追い詰められる】
ハッ、と気付いたかのように霧雨魔理沙の視線が博麗霊夢に移り、そこから更に陰陽玉へと向かう。
彼女の支援側には直属の上司、それから友人かもしれないとぼかした山の鬼が居る。
明らかに詩菜と対等以上、上下の関係がある存在が二人。
そして、随分とあやふやな関係に居る、天狗が一人。
「……そういえば、一番近しい位置に居る奴が居たな」
【ッッ……!?】
その息を呑む、驚きの声は巫女の陰陽玉からではなく、魔女の人形から聴こえた。
バヂィッ!! という炸裂音と、術式の魔力変換を担当していた魔女の息を呑む声が人形越しに辺りに響いた直後に、地底の上空で飛び交っていた弾幕の内、詩菜のレーザーだけが色を変えた。
青白かった光矢はいつの間にか金色に輝き始めており、星熊勇儀の放つ光弾を貫き、爆散させて尚、宙空へと貫通して飛び去って行き始めていた。
詩菜の操る人形達の手の先から放たれているレーザーの全てが金色に輝き始め、制御を失ったかのように地下へとバラ撒かれ始める。
気付けば、霧雨魔理沙の周囲に浮かんでいた人形達は全て力を失い、糸から垂れ下がるだけの物体となっていた。
それに気付く間もなく、その内の一つの光矢が垂直に飛び、大玉を貫き、
爆炎の中を何もなかったかのように通り過ぎ────そして、地下の天井に衝突し、大爆発を起こした。
余波が遠く離れた霧雨魔理沙達まで届き、地下の空気を一掃するかのような神聖な暴風が彼女達を襲う。帽子を押さえ、箒の柄を強く握りしめる魔女と違い、巫女は日常でも良く感じる力に目を見開いていた。
「っ、神の力まで使い始めてるの……!?」
「噂通りというか、影がさすというか……おい、パチュリーにアリス、生きてるか?」
【予告もっなしに、いきなり力を変更しないでよね……!】
【パチュリー!?】
【アナタは人形の方を心配してなさい! 出力に負けて人形そのものが吹き飛ぶわよ!!】
ぶら下がったままの人形越しに聴こえる、非常に緊迫した魔女達の声に、霧雨魔理沙が大丈夫かと心配する間もなく、周囲が急に青く光った。
垂れていた人形達を引っ張り上げ、調子を確かめるように抱えた状態から視界を上げれば、いつの間にか博麗霊夢の作る青白く輝く、大きな壁のような結界が出来ていた。
圧縮されたかのような濃密な霊力を帯びた青白い結界は、その強靭な力を表すかのように呪術的な陣が表面に浮かんでおり、図式が濃密過ぎて向こうの様子さえ見えない程だった。
それほどの力を注ぐ巫女が、結界の手前に、自分に背を向けて御幣を構えていた。
何を……と声を掛ける間もなく、
かなりの霊力を含んだその結界をあっさりと突き破り、
博麗霊夢と霧雨魔理沙の横を、レーザーが通り過ぎた。
「うっどわぁ!?」
神力が大いに込められたレーザーに触れても、それどころか
それにも関わらず、威力の余波だけで箒の制御が出来なくなる程の威力で吹き飛ばされ、結界の術式ごと吹き飛んだ博麗霊夢と並んで、地上へと叩き落された。
霧雨魔理沙はゴツゴツとした岩肌に叩き付けられた。
一回目の激突で一瞬だけ意識が飛び、浮き上がってまた地面に落ちた際の衝撃で意識が戻り、数回バウンドしながらも何とか受け身を取る。
ようやく勢いを殺しきって止まることが出来た時には、どこから吹き飛んで何処に落ちたのかも分からないぐらいに意識が酩酊していた。
頭を振ってなんとか意識をハッキリとさせてみれば、少し先に仰向けで倒れたままの巫女が居る。
【魔理沙!?】
「ッ、私は大丈夫だ!!」
離れた位置から聴こえたノイズの混じった河城にとりの声に振り返ると、落ちた際に手放していたらしい箒が少し離れた所に落ちていた。
慌てて拾い、倒れている友人の巫女に駆け寄ってみれば、うんざりした顔で詩菜の方向を見ているだけで、大怪我をした訳ではないらしい。
ふぅ、と魔女が安心して息を吐けば、先程地面に打ち付けた箇所が痛み始める。
身体のどの部分も痛むが、触って確かめてみるとどうやら大事には至っていないらしい。
傷の確認が終わり、視界を上げてみれば、レーザーの放出はまだ止まっていない。
調整はまだ出来ていないのか、無作為に貫通した光矢が飛び交っている。
それこそ、『発狂』したかのように撃ち出し続けていた。
「痛……やれやれ、まだやるか……」
【……数百年ぶりの再会、って話だしね。勇儀とアイツは、喧嘩別れだったし】
やけにノイズ混じりの伊吹萃香の声が、倒れた博麗霊夢に寄り添うように落ちている陰陽玉から聴こえた。
それに霧雨魔理沙が気付くと同時に、そういえば人形は、と辺りを見渡しても見付からない。
魔術的に紐付いた人形達を魔力糸で引っ張ってみれば、遠く離れた所に吹き飛んだらしく、ボロ布のようになった物体がこちらへと飛んでくる。
手元にようやく引き寄せた頃には、レーザーはようやく調整を完了していた。
色は黄金のままで変わらず、遂に大玉の量産を止めて回避行動を起こした星熊勇儀を、何百何千の光矢が延々とホーミングし続けている。
逃げ続ける鬼を追うように、光矢を放っている大本の、詩菜でさえも高速で地上を駆け巡り始め、いよいよ全方位から鬼を狙い、撃ち落とそうと延々と追い続けるホーミングレーザーが飛び交っていく。
弾幕ごっこであれば、まず間違いなく反則であろう、決して標的から外すことのないレーザーが、地底の暗い夜空を縦横無尽に流れていく。
躱された所ですぐに軌道を修正し、決して逃さないとばかりに複雑な線を空中に描き続けていく。
ロックオンが一つとなったのも相まって、何千と飛び交っていた光矢は、いつの間にか一本の極大なレーザーとなっている。
発射してからの操作を全て詩菜が演算し、変更・修正の計算をしているのであれば、渡された計算結果を代入し、実質の制御をしているアリス・マーガトロイドが操作している光矢の数は、一体どれだけの数になっているのか。
それだけの計算と代入を瞬時に行い連携している向こうの様子を確認しようとしても、人形達は少しも動こうとしない。
先程地面に叩き付けられた際に人形の機能が一部壊れてしまい、通信越しに聴こえていた魔女達の声はほとんど聞き取れなくなってしまっていた。こちらからの声も聞こえている様子はない。
詩菜達の戦いが始まった当初のように、一寸も動かない人形越しに魔女の喚く声が聴こえてきてはいるが、それがどういう意味の叫び声なのか、まるで聞き取れない。
恐らくこちらの様子に気を配る余裕もないのだろう。喘息持ちだとは思えない魔女の慌てた声が聴こえる。それもノイズ混じりで、遠くから聴こえるような感じで、何を言っているのかが全く分からない。
諦めて人形達をゆっくりと地面に降ろして霧雨魔理沙自身も地面に腰を下ろせば、合わせたかのように巫女が深い溜め息を吐いた。
「ハァ………………文。アレが、詩菜の本気って訳? ……そして、どうなのよ、アンタは?」
そして敵意を隠すこともなく、陰陽玉の向こうの、支援をしてくれている天狗に博麗霊夢が詰問する。
通信機能も持つ陰陽玉越しに、博麗霊夢と霧雨魔理沙が見ている光景を同じように見ているであろう天狗は、ずっと無言を貫いてきた。
それこそ、詩菜が神社に着いた頃から、彼女に関する事について、黙秘を続けてきていた。
【……アレは多分、まだ本気じゃあないですよ】
「おいおい。いつまで経っても、底の見えない奴すぎるだろ……」
【私は……まぁ、確かに何度か、命を救われたことはあります……妖怪として成った時から、お世話になっていると言っても良い……】
新聞屋にしては珍しく、一つ一つ考えを言葉にしていく射命丸文の声は非常に小さく、それでいて、不思議と博麗霊夢と霧雨魔理沙には、よく聴こえていた。
光矢は遂に鬼を捉え、何万もの流星と化した光弾が、全方位からある一点に────鬼が墜落した地点へ、全て集結して墜ちていく。
光源の少ない地下にあって、それこそ、流星雨のように。
【でも……救われたから……助けてくれたから、私はあのヒトのそばに居る訳じゃ、ない】
「じゃあ……何でだ?」
【────理由なんて、一つに絞れませんよ。強いて言うなら……あの人だったから】
「はは。ま、分からなくもないが、まぁ、分からんな」
意味深に笑いながら霧雨魔理沙は、なるほどと呟いた。
まるで理解ができないとばかりに溜め息を吐きながら身体を起こし、胡座をかいて不機嫌そうに首をひねり続ける博麗霊夢は、そんな笑う魔女を見て、荒々しく声を投げ掛けた。
「……じゃあ魔理沙。アンタは何でアイツを庇うのよ?」
「ん? 分かんないのか?」
「まるで理解できないわ」
「そうか。一番近いと思うんだがな」
は? と声に出す一歩手前の巫女に、普通の魔法使いは言い切った。
「
そう言って、巫女にとって、理解できない者は立ち上がり、こちらへ手を差し出した。
「ほれ、終わったようだし、行こうぜ。────それとも、本気で立てないのか?」
(……『面白そうだから、っていうのは理由としても充分でしょう?』って言おうとしたのに、全然会話に混じれなかった……ていうかなんであいつら私無視するのよ……)