「────で、数千単位のガノークでボン! と」
「……いや、専門用語は外してくださいよ……」
「え、じゃあ、数千単位でのレーザーを集めて、高出力集中型レーザーにした」
「……はぁ、まあ、いいですけど」
私の唯一の弾幕をアピールしたいけれど、相手に何も伝わらないこの悔しさよ。
「ま、まあ、特にスペルカード使用中でも、記憶の抜けは無いんですかね?」
「そう、だね……時系列順に話したことで、自分の中でも纏まってきてるんだと思う。多分」
勇儀と戦っている間、私は彼女の弾幕のみに集中していた。
それはもう、鼻血が止まらない程に。
知恵熱を暴走させ、脳内を崩壊させてしまう程に。
妖力と神力を限界以上に活性化させ、肉体に悪影響を及ぼす程に。
結果、魔術式を終了させ、一から他者へ説明し始めることでようやく私の中でも内容が飲み込め始めたという、ことらしい。
……正直、鈴仙に説明している事柄も自分の行った事だと、上手く認識できていないのが本音だ。
自分が行ったことだと実感が持てず、自分の行った記憶をただひたすらなぞっているようで、ただこの瞬間に、私ならそうするであろうという行動の選択肢に、一つたりとも間違いはなかったという……まぁ、この姿には、ある意味お似合いの状態だ。
ともかく、そんな再認が上手くいかなかった状態も、鈴仙に説明している内にだんだんと治まってきた。
魔術式の運用を解いたからか、それとも鈴仙の赤い瞳を見ながら説明していたからか……まぁ、どちらでも良いけど。
「それで、その後は?」
「ん、えっと……まぁ、回避行動を取った勇儀を私も撃ちながら地上から追い掛けていたから、四方八方からレーザーが集まってきていてね。直撃して吹き飛んだアイツを滅多打ち……
────いや、滅多『撃ち』?」
「うわぁ……」
「そんな簡単に負けを認める奴じゃないからさ。それに……私の方でも止まれなかった、ってのもある」
極悪非道を見るような赤眼で見られたものだから、つい言い訳してしまった。
事実、レーザーを展開しすぎてしまっていて、逐次レーザーの照準先の修正情報を送り続けていたことを、止められなかったものある。
多分……半分ぐらい発狂しかけていたんだろう。
弾幕ごっこでない、妖怪の喧嘩とはいえ……相手に攻撃を当てることの、歯止めができなかった。
手加減しているつもりが、手加減ではなくなっていた。
殺し切る勢いで、おもちゃを投げているような、そんな所だろう。多分。
「全てのレーザーを当てた所で……多分、計算に全力を注いでいた私の脳が強制終了したんじゃないかな」
「……その部分の記憶が、ハッキリとしないんですか?」
「分かんない」
あの時私は、墜落していく勇儀を追い掛け、全弾を彼女に集中させていた。
レーザーの量産は恐らく、パチュリーの方で変換を止められていたのだと思う。集合したレーザーが勇儀に直撃した時点で、新たなレーザーの発射が出来なくなっていた。
人形の操作は出来ても、弾幕を撃つ動作そのものが閉じられているような感覚があった。
でも、レーザーそのもののホーミング、目標地点の位置情報については、全て更新され続けていたようだった。
多分アリスの力量からして、計算送信その他もろもろの更新の全てを半自動化できると思うから、こちらの操作は急停止できなかったのだろうと思う。
地面に落ちた彼女を追って、レーザーと共に着いた時点で全てが命中しており……、
私の操作する弾がなくなり、弾を発射しようにも力は封じられ……、
高速演算による発熱で脳がドロドロになっていた私は、突然の全停止による空白にすら耐えられず……私は気絶してしまった。
だから最後の記憶が、レーザーの発光が収まって見えてきた、ボロボロになった勇儀の姿。
「────という所、なんじゃないかな?」
「……無茶しか出来ないヒトなんです? 詩菜さん」
「無茶でも通してきた、って言って欲しいね」
そもそも、妖力なんて下手したらそこらにいる妖怪と同等ぐらいの私が、四天王の鬼とタイマンだとか、破壊そのものを操る能力を持った吸血鬼だとか、そんなのと渡り合うのがおかしいと思わないかね?
……ま、そんな奴が賢者の式神の一人もやっているんだから、そこはおかしくはないのかもしれないけれど。
「ハァ……まあ、大体はアリスさん達から聴いていた通りなので、記憶の方は問題ないみたいですね」
「あ、お見舞い来てたんだ? へぇ……」
私達を運んだのは魔理沙達だろうから、魔女達が来たって事はお見舞いだろう、多分。
まぁ、正直巫女との関係を考えると、霊夢が私を運ぶとは……無いというか、想像ができないんだけど……そっちは多分彼女を運んだんだろうと予想する。
ん、見舞いが来たにしてはこの部屋、何の荷物もないな……?
と改めて部屋を見渡す私を傍目に、カルテらしきものを書きながら、鈴仙が呆れて溜め息を吐いた。
「まあ………………三週間も眠ってれば、誰でも来ますって。彩目さんに文さんに」
「────オゥ、新記録か……」
「ハァー……」
そんな爆弾発言に驚き、そこでようやく驚く事に対する精神障壁を張り直す。
どうやら私は、紫との大喧嘩以来の、長期意識不明状態だったらしい。
そんな誤魔化すように茶化す私を見て、これまた盛大に鈴仙が溜め息を吐いた。
実際誤魔化したつもりなのだけど、どうやら鈴仙にはそれも分かってしまっているらしい。
……彼女の能力って、狂気を操る能力じゃなかったっけ……私の波長云々も含めて、そんな所まで見抜くことが出来る能力なのかしら?
「……とりあえず、異常はなし、って所ですね」
「あれ、指のこの違和感は異常じゃないの?」
こちらからは見えない位置でずっと書き続けていた鈴仙が、ペンを顎に当てながら何やら納得しているような表情で頷き始めた。
彼女から視て、今の私に異常はないらしい。
でもこの、ふと右手の指を動かした際に感じる、空気に肌が引っ付いているような、得も言われぬ感覚は未だに感じているのだけれど。
「右手に関しては、とりあえず私から視て異常は見付かりませんでした。違和感の原因としては……詩菜さんの言う妖力でない力────魔力には見えないけど、その力が集中しているように見えるので、それではないですか?」
「魔力?」
そんなバカな。
あの力は魔術式を起動しない限り発生しない。そもそもそのように開発したのが私だ。変質するように変換した私の力であって、無意識で発生させてしまうような力じゃない。
神力のような信仰によって他から集まって形成されていく力でもないのに、そんな無意識で生成されてしまうような力じゃない。さっきみたいに魔術式がキチンと終了していない場合は例外として、勝手にできる力じゃない。
それこそ、刻印するかのように魔術を肉体に埋め込みでもしない限り、そんな事はありえないし、それも肉体の直接刻印をした所で、私の回復力がそれすらも治癒しきってしまう筈だ。フランの時のように、それこそ魂が記憶してしまう程に、刻み付けられるレベルの
私の属性は『粒子』だし、刻印そのものに向いている属性でもない。
それに、魔術式が動いていて発生し続けていたなら兎も角、変質した力、魔力に纏わり付くような効果は何一つない。
それこそ風一つで吹き飛ばされてしまうのが風雲だろうに。生成し続けているだけなら、それこそ紅魔館でパチュリーの前で実演した時のように、空気に乗って操作可能範囲外に行ってしまい、そのまま消えて消滅していくだけだ。
こんな糸が絡まるような感覚は私の力じゃまずありえない。
そう決め付けて、右手を改めて魔術開発用の術式越しに視る。
魔力が絡み付いていた。
「────……アレぇ?」
「……」
呆れ返りすぎたらしく、鈴仙は遂に可哀想な子を見るような眼で私を見始めた。
▼▼▼▼▼▼
「ま、今日一日は泊まって下さい。順調に回復してますけど、念の為に」
「んー、んー……了解……」
鈴仙の声にそうおざなりに返事し、右手の指を確認していく。
親指を除く、人差し指から小指まで、その爪の根元部分を中心にそれぞれ魔力が生成され続けているらしい。
無論、私自身は魔術式そのものを起動してすらいないにも関わらず、だ。
更に厄介な事に、どうやら意識無意識関係なく、半自動化してしまったかのように魔力を生み続けているらしい。
解析を続けてみれば、
多分、アリスの魔術糸に、魔術式の暴走……もとい、私の暴走が加わった事で、癒着化してしまったのだろうと思う。
残念ながら、彼女のような糸を出すようなことは出来ず、魔力をただ量産し、糸のように纏わり付く程度の刻印となっているらしい。その魔力も私の性質を強く引き継いだ、蒸気や霞のような性質の魔力のようだ。
……人形使いの術式を元に癒着化したとは言え、魔術糸なんて妖力や神力でも作れた試しがないのだから、大本の性質しか再現できないのは、まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだろうと思うけれど。
それに、その部分だけ取り除く、あるいは指がちょん切れたりすれば、刻印も初期化されるであろう。という所まで分かったので、処置なしと判断する。
別に問題がある訳でなし……それに、魔力を生み続ける指先なんて、どこかの英雄だったかに似ているみたいで面白いしね。
別に舐めた所で知恵は思い付かないけど。
そこまで結論付けてようやく視線を手元から上にあげてみれば、非常に呆れた顔のままの鈴仙がまだ居た。
さっき籠を持ち上げてから宿泊の話をしたのだから、てっきりそのまま立ち去るかと思っていたのだけれど。
「ん、まぁ、別に暴れたりはしないさ」
「……妹紅さんとかと逢っても?」
「……いやぁ、それは、まぁ……善処するとしか」
そういや、妹紅も来るんだっけか、永遠亭。
まぁ……あまり逢いたくはないけど、避けたくはない、かな……。
「いや、暴れたりは流石にしないさ。喧嘩売られても逃げるし」
「詩菜さんなら勝てるだけの実力もあるでしょう?」
「んー、今の妹紅の実力知らないし、それに応戦したくもないし」
というか、攻撃されたくもないし。
そんなニュアンスをぼんやりと伝えてみても、イマイチ理解できないらしい鈴仙は首を傾げていた。
……まぁ、吹っ切れない気持ちを理解してくれと思ってないし、理解できないなら理解できない方が……トラウマにも似たこの気持ちは、共感できちゃダメだとは思う。
閑話休題。この話題は私にとって毒にしかならない。
ベッドから降りて、壁に掛けられた元の自分の服に着替えていく。
後ろに居た鈴仙は視線を逸らしてくれたのか、感じていた圧が消えた。ありがたい。
「今日一日は泊まるけど、別にこの部屋でじっとしてなくちゃ駄目、って事はないよね?」
「……はぁ、まあ、詩菜さんはほぼ全快ですし、検査入院みたいなものですから、別に構いませんけど……」
「ん、それなら良かった」
折角地上に出れたのだから、ここはようやく落ち着いて話をしたかった。
……まぁ、過去も今も、喧嘩別れの状態のままなことに変わりはないのだから。
着替え終わったガウンを壁に掛け終えた所で襖を鈴仙が開き、その後を追って私も廊下へと出た。
意識不明から起きた時のような目眩は一切感じなかった。まぁ、術式を解除したのなら当然なのだろうけれど。
部屋の外は庭に面している廊下だったらしく、先程頂点から差し込んでいたらしい太陽の光は、竹に遮られて見えなくなっている。
先程よりも周囲は明るくなっているとはいえ、体内時計はまだ昼過ぎぐらいを示していて、ここまで暗い筈がないと違和感を訴えかけてくれる。
気付けば薄っすらと、地面に雪が積もっている。廊下と庭には見えない結界でも張っているのか、吐息が白くなることもないけれど、実際はかなりの寒さだろう。多分。
どうやら、永遠亭は今日も変わってない模様。
……私も彼女も、変わっていない模様。
「……鬼と室内で喧嘩しないでくださいよ?」
「そりゃあ勿論」
そんな鈴仙の声を背中に受けながら、彼女とは違う方向へ伸びる廊下を歩き出す。
永遠亭なんて一、二回しか来たことないから、どういう構造をしているのか全く知らないけれど、彼女の
歩き始めて数歩もすれば、溜め息を吐いて諦めた鈴仙が、歩いて離れていく音が聴こえる。
ここからは、私だけ。
私と勇儀だけ。
喧嘩を水に流すつもりはない。
あの時の続きを、今度こそ、ゆっくりとしたいだけだ。