風雲の如く   作:楠乃

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未だ果てで終は迎えず

 

 

 

 あんな事があった直後に平然と寝られる訳がない。

 寝られるとしたらそいつはどれだけ愚鈍で、自己中心的な奴なんだろうと思う。

 ……まぁ、そんな奴が私の過去を作り出した訳なんだけれども。

 

 

 

 

 

 

 妹紅と別れ、昨日私が起きた部屋へと戻り、そしてそのまま、ベッドに座ったまま、何をする訳でもなくじっとして、時が過ぎるのを待った。

 足を抱え、両の拳を太腿で挟み、何を見る訳でもなく、足元の先にある壁を何ともなしに睨み続けた。

 

 分かってる。

 

 少なくとも、妹紅だって歩み寄ろうとしてくれている。

 内心は兎も角として、許しはしない、けれども、殺し合うほどではない。

 そう、あの喫茶店で、互いにもう決めたのに。

 

 分かってる。

 だから、これは、単なる私の意固地な罪悪感だ。

 

 でも、そう簡単に流せるものじゃない。

 ……流しちゃ、いけない。

 

 

 

 

 

 

 無理にでもアイツを止めていれば、こうはならなかったかもしれない。

 娘と共に、人間として死んでくれれば……少なくとも、こんな重荷は背負わずに済んだのに。

 許さないと言ってくれたのに、勝手に託した気になって、安らかな顔をして死にやがって。

 

 ……もう、千年も昔の、クソッタレな父親に文句を言った所で、何も変わらないのは、分かっていることだけれど。

 あの関係がなければ、今の関係どころか、どちらかが居なかったかもしれないのも、心の底では分かっている。分かっては、いる。

 

 けれども、この感情が、たとえ逆恨みだと分かっていても、つい思ってしまう。

 こんな考えは、あの時の彼女の想い出と、今の想いに冒涜する行為だと分かっている。

 

 ……静かに、また娘が、私の向かっている壁の向こう側に、座っている事も知っている。

 

 

 

 それでも、私は、君の師匠だったような奴みたいに強く、居られないんだ。

 こんな……特に、こんな時こそ。もう、無理だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿藤原氏。重いんだよ。クソッたれ」

 

 殺して欲しいという諦観で、貴女に聴こえるように呟いてしまう、私の心の弱さを、

 

 ────今回ばかりは……許して欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────詩菜さん?」

「……ん……?」

 

 

 

 誰かの声で、ふと顔を上げる。

 気付いて横を見てみれば、鈴仙が不安そうにこちらを見ていた。

 

 ……と、言うか、今彼女が後ろ手に閉めた障子戸の向こうに一瞬見えたのは、明るい竹林ではなかっただろうか。

 

「今……何時?」

「え? えっと、お昼少し手前くらいですけど……」

「……」

 

 気付いて気配を探ってみても、妹紅の気配は何処にもない。

 ……勇儀の部屋に誰かの(衝撃)を感じるけれど、妹紅の音ではない。多分永琳だろう。

 

 無闇矢鱈に探知範囲を広げると、不調な今何が起きるか分からないという不安はあったけれど、────少なくとも、屋敷内から妹紅の音は発見できなかった。

 

 

 

 脈拍の音が、頭の中で響き始め、やけに気になってくる。

 

 いつもの……大昔の、偏頭痛の兆候みたいだ。

 久しく、それこそ、人間の時から、こんなことは起きなかったのに。

 

「……詩菜さん?」

「ん?」

「大丈夫ですか? やっぱり、鬼と何か、ありました?」

「……いんや、鬼とは何もなかったよ。円満解決した」

 

 いや、円満とは言えないかもしれない。結局は私の意見を無理矢理通してもらっただけだから。

 

 ……まぁ、それでもまた今度遊びに行くとまで言ってくれたのだから、解決は解決だろう。

 多分。

 

 

 

 問題があったのは、勇儀でもなく、妹紅でもなく、そもそも、私だけなんだ。

 

 ずっと曲げていた足を伸ばし、肩の力を抜きながら背筋を伸ばし、そうして両手を真っ直ぐ前に伸ばす。

 そのまま掌を壁に向けて、手首を前に伸ばしながら肩甲骨と脇野筋肉を伸ばす。

 

 ……気付けば、また指先に魔力が集まって変異しかけている。

 破裂しなかったのは多分……途中で寝落ちしていたからだろう。

 ……妹紅が立って離れる(衝撃)にすら気付かないような、見事な寝落ちと言うか、それとも、ストレスによる失神と言うべきか……ハァ……。

 

 ベッドから出て起き上がり、ストレッチをするついでに、意識的に指先に溜まっていた魔力を分解して妖力に変換していく。

 私の根本的な源である妖力を元に、指先が勝手に魔力へと変換して、それを私本体が意識的に妖力に変換し直して吸収するとか、何という無駄な行動なのだろう。無駄無駄……。

 

 

 

 まぁ、良い。

 少し意識がなかった所為か、気分はちょっとだけ晴れた。

 無駄なことだと分かっていた行為だったし、それを吐き出したお陰か気は楽になってる。

 気付けばさっきまで鳴っていた脈拍の音は聴こえなくなっている。頭痛の気配もない。

 体の怠さはまだ何処かあるような気もしなくもないけれど、特に問題は見当たらない。

 

 ……妹紅には今、絶対に逢いたくないけど。

 

 

 

 とりあえず深呼吸して、大きく伸びをして、リセット完了。

 何から何まで元通りに出来た訳じゃないけど。

 

「ん。まぁ、とりあえず気分は戻った。今日はどうすれば良い?」

「………………」

「……鈴仙?」

「ホント、このヒトの精神構造どうなってるのかしら……」

「失敬な」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 昨日起きた時に鈴仙と行った、簡単な問診みたいなことをその後数分ほどやりとりをした。

 まぁ、その最中も何故か鈴仙は首をひねりつつ、納得がいかないような顔をしていたけれど。

 

 お昼という事もあり、昼食でも頂いていきますかと誘われたけど、そんなにお腹も減ってないという事で辞退した。

 ここでもまた鈴仙が「三週間も眠ってて……?」とか、半目で睨むように信じられない物を見るような目でしていたけど、事実それほどお腹は空いていない。

 

 

 

 妖怪的な気分で言えば、妖力の補充の為に誰かの恐怖心を頂きたい所ではある。

 

 人間的な気分で言えば……少なくとも、空腹は感じている。

 感じてはいるのだけれど……食欲はない。

 

 そういう事を鈴仙に言った所で無駄だろうし、永琳に逢ってトラウマが再発しかけていると判明した所で……いや、判明して対処してもらった方が後々良いというのも分かっている。

 

 分かっているけど、だからといって………………いや。

 

 

 

 ……何処まで言った所で、何を言った所で、この行為に名前を付けるなら『自傷行為』という事に間違いないんだから。何を言っても意味がない。

 

 けれど、今だけは。────もしくは────だから、今だけは。

 ちょっとだけ、トラウマから逃げさせて欲しい。

 彼女達の食卓に紛れ込んでしまえば、絶対に私はあの時の事を思い出してしまうだろうから。

 

 

 

 

 

 

「勇儀」

「……zzz」

「……まぁだ寝てんのかい、この鬼は」

「いや、起きてる所まだ一回も見てないんだけど」

 

 そういう訳で、勇儀の部屋に寄ってもう帰ると鈴仙に伝えた所、そこまで付き合うとのこと。

 別に止める理由も思い付かず、思い付く必要性もなく、そのまま昨日通った道を戻って鬼が寝ている部屋に戻ってきてみた所、この部屋に始めてきた時と同じく寝ていた。

 

 ……まぁ、私との対話が彼女の回復を邪魔していた、っていう可能性は無きにしも非ずな訳で。

 私と別れた後、すぐにまた寝てしまったらしく、鈴仙も起きたという話は一度も聴いていないとのこと……妹紅も報告しなかったのかね。

 

「ま、寝てるなら良いや。治ってて起きてるなら地底にスキマで送ろうかと思ってたけど」

「ああ……いや、そんなに簡単に治る傷じゃ……ああ……」

「……私を見て納得されるのもどうかと思うんだけど……生粋の鬼なんだから、そんじょそこらの妖怪とは作りが違うよ。ホント」

 

 私とは違う意味で回復スピードがおかしい、っていうのには同意するけども。

 

 

 

 ま、起きてないなら起きてないで、私は家に帰るとしよう。

 

「んじゃ、私は帰るとするよ。入院費用はまた別途請求しておくれ」

「え? って、あ、あ、そうそう! この、ゆ、いや、このヒトは起きて退院する時どうすれば良いの?」

「ん? 霊夢と魔理沙が連れてきたんでしょ? それなら紫とか萃香とかが後処理するんじゃない?」

 

 少なくとも……私の家と直で繋いだ筈のスキマが、どこでもないスキマ空間に繋がっている辺り、彼女は私を家に帰らせるつもりはなさそうだ。つまり、ここしばらくは、多分私を監視していたんだろう。

 真冬の異変なんだから、終わったのならさっさと寝てしまって良かったのに。

 

「あー……そう、なの……?」

「さぁ? ま、不安なら私の家に寄越して良いよ。道案内は……まぁ、多分いらないと思うし」

「……はぁ、了解」

「そんな深刻に考えなくても良いさ。勇儀は堂々としてればそれなりに優しいよ。嘘つきは別にして」

「嘘つき……」

「んじゃーね。勇儀によろしく伝えといて」

 

 嘘つきという単語で、また何やらじっと見られてしまったけれど、気にしないでそのままスキマへと逃げる。

 鈴仙は、まぁ、色々事情があるんだろうとは思うけれど、そこまで嘘つきな子じゃないし、勇儀と相性が悪いとはあまり思わない。

 輝夜辺りが逆に死なない事を良い事にからかい続けたりしないだろうか、という方が不安ではあるけど……まぁ、長年生き続けた者同士、何とか折り合いをつけるだろう。多分。

 

 というか、それを言うなら折り合いをつけれていない私の方が、ヤバイんじゃないかという話になってしまうのであって……やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 そこまでつらつらと考えながら、あてもなくスキマを真っすぐ歩き続けていると、不意に卓袱台が出現する。

 足を止めてみれば、いつの間にか紫がのんびりと湯気の立っている湯呑みを座って飲んでいる。良く良く見れば、卓袱台の対面にはもう一人分の湯呑みが置かれている。

 準備万端なことで。

 

「……やれやれ」

 

 どうやら待っていたらしいので遠慮なく卓袱台の対面に座らせてもらう。

 湯呑みの中は普通に緑茶だった。こんなもん人間は呑めんぞ、というような温度だけど。

 

「退院おめでとう。体の調子はどうかしら?」

「お迎えありがとう。調子は万全だね」

 

 

 

 フランの時とは違い、あの時のような威圧感や殺意は、全く感じない。

 けれども、そこらじゅうで蠢いている眼からは、針で刺されているかと錯覚するほどに、警戒し凝視されているのを肌で感じる。

 

 あの時も感じたことだし、現状の状態でも変わらないことなのだけど────このスキマの内部という状況で、私は彼女には絶対に勝てない。

 億に一つぐらい、偶然と幸運と運命に恵まれれば、逃走に成功するぐらいだろう。

 

 それぐらいの実力差がある。どれだけ弱体化して、どれだけ私が本気で彼女を殺そうとした所で、どれだけ必死になったとしても、同じ。

 今の最弱の状態でも、万全の状態だとしても、私は彼女に勝てない。

 

 

 

 舌が火傷した途端に回復する感覚とお茶の味を味わいながら、力を抜いて卓袱台に肘を付く。

 目の前の上司が何を考えているのか、ここ最近はとんと理解が出来なくなってきているけれど、それでもここへ招待をしたのだから、何か言いたい事でもあるのだろう?

 

 ……そう考えて紫と視線を合わすも、相も変わらずな胡散臭い笑みで顔を傾げさせるだけと来た。

 はぐらかす……というよりかは、私からの質問を待っている、という所かしら。

 ああやだやだ、面倒なお姉ちゃんを持って、あたしゃ幸せもんだよ。

 

 

 

 まぁ……ここ最近の紫の行動────特にフランの時から、彼女のスタンスがどうにも微妙に変化していることには、薄々気付いている。

 

「紫は変わったね」

「あら? そうかしら?」

「そこで有耶無耶にしちゃう辺りは変わってないけれど」

「誰だって変えようがない生粋の性質というものがありますわ」

「……まぁ、そうだね」

 

 そう言われると、つい先程自覚してしまった身としては何も言えない。

 というか、自覚したと知っているからこそ、そういう言い回しをしてきているんだろうと思うけどさ。

 

「なんていうか……私との距離感が変わったよね」

「貴女は大切な私の妹よ? 部下でもあるけれど」

「……」

 

 私の知っている姉は、そういう時に妹扱いはしないかなぁ。

 

 

 

「……そういえば、結局の所地底で私に何をさせたかったの?」

「貴女の過去の罪と罰の精算」

「へ?」

 

 まさしくその過去の罪と罰に苦しめられている最中なのだけれど、という気分だったのだけれど、その事を言う前に呆れたように紫は続きを話し出した。

 

「貴女が思う以上に、貴女が作ってきた縁は今もあるものなのよ?」

「……鬼以外に?」

「それは秘密。私が教えることじゃあないわ」

「……ふぅん。じゃあ、勇儀との罪と罰は、これで清算完了?」

「コラ」

 

 そう言うと、すぐさま扇子で額を小突かれた。痛い。

 わざわざ私の能力を使って、私の自前の衝撃反射を無効化してまですることか?

 

「ヒトとの縁を単純な値のように言うんじゃありません。それは最も貴女が嫌うことの一つでしょう?」

「まぁ……そうだけど……」

 

 そしてそうまで言われると、私としては何も言えなくなる。

 地味にヒリヒリする眉間を抑えると、やれやれとばかりに紫が溜息を吐く。

 

 ……こうまでするほど、紫はお姉ちゃんのように振る舞う人だったろうか?

 

 

 

「何はともあれ、無事そうで良かったわ」

「……そう見える?」

「ええ。貴女が本当に『そういう時』は、分かるから」

「……ていうか、そう、私が発狂した時に、気付く術式、彩目にも渡してるよね?」

「駄目かしら? まぁ、拒否しても解除しないけど」

「……いや、分かってるし、良いけどさぁ……」

 

 私としても、強制的に止めてくれる人が身近に実際にいるというのは、精神的なストッパーにもなるから良いんだけどさ……こう、なんていうかなぁ……。

 

 そんな言語化出来ないこの気分にヤキモキしていると、すっと紫が立ち上がる。

 

「大丈夫そうだし、家まで送っていくわ」

「……家直通で頼んだつもりなんだけどね」

「ちょっとは心配させなさいな」

 

 皮肉を言えば、のらりくらりと躱してくれる。

 ……結局、どうしてそんな変な距離を取るのか、あやふやなまま、我が家が見える帰りのスキマを開かれた。

 ようやく火傷しない温度へと下がってきた緑茶を飲み干し、────勢いで一気飲みしたせいで、胃が火傷しそうに熱い────立ち上がってスキマをくぐり抜ける。

 

 ……結局、紫の心の機微、衝撃・衝動は一回も感じられなかった。

 心配してるのかすらも、正直怪しい……表面上は、昔と何も変わってないように見えるけど。

 

「姉を心配させるのが妹の仕事でしょ?」

「姉を安心させるのが妹の仕事よ」

「あだっ」

 

 今度は傘で脳天を叩かれた。

 だからその無駄に私の能力を貫通して叩くのは止めて欲しい。妖怪として産まれ変わってから叩かれる感触なんて、百回も体験してないのだから、変な感触がして敏感になる。

 

 

 

 スキマから降り、土草の上にようやく立った。

 縁側で寝ていたらしいぬこが彩目を呼ぶ声が聞こえる。そこまで慌てて呼ばなくても良かろうに、とも思うだろうけど……心配させていたんだろう。

 どうやら、ぬこや彩目の他にも、文と天魔も居るらしい。二人の天狗が揃うのは珍しい。

 

 けどまぁ、私としては二日ぶりくらいの感覚だけど、家族にとっては三週間ぶりの帰宅だ。

 あれこれ言われる事を考えると、面倒だけれども、仕方ないなぁ、とも思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────紫」

「何かしら?」

「……最悪の時が来たら、せめて止めてよね。面白がってる場合じゃないんだから」

「面白がったりしないわよ。家族じゃない」

「それなら、良い」

 

 

 

 

 

 

(……でも、それは貴女の都合でしょう?)

 

 

 

 




 
 タイトルはIF参照

自サイトにある『風雲の如く』のIFストーリー、読んでたりしてますか?

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