風雲の如く   作:楠乃

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polygamy

 

 

 

 朝食を終わらして、食器洗いも終わらせて、さぁ、引っ越しの開始────

 

 ────と出来ないのが、私の今いる地位という。

 

 

 

 そのままスキマに何でもかんでも放り込んで放置するのは、少し紫の態度が怪しいと感じ始めているし、一度地底に去った筈の鬼、────萃香は戻ってからしばらく経っているとは言え、勇儀が私の家で、報告もなしに活動をし始めるのは、天狗の面子的にも問題だろう。

 

 まぁ、勇儀が永遠亭から歩いて私の家まで来たのだから、彼女が詩菜の家に居る、という事ぐらいは山の方でも確認はしているだろう。

 これから私の家の増築をするという大きな行動を起こすのなら、報告は必要だろうけど。

 

 何はともあれ、八雲と天魔に連絡を取らないといけない。

 天狗の方は、まぁ、事情は知らないが状況は把握しているだろうし、後回しでも良かろう。

 

 

 

 

 

 

【らーん、今余裕あるー?】

【……聴きたくない】

【余裕あるっぽいね】

 

 すごく嫌そうな八雲藍の声が聴こえたので、多分聴く余裕はあるんだろう。

 そう返せば、これまた心底嫌そうに溜め息を吐く念話を嫌味のように伝えてくる。良いねぇ。

 

【まぁ、ちょうど今家の改装が始まってさ? 荷物を少しの間スキマに置いとくって話】

【……なんだ、それぐらいか?】

【ん、勝手に荷物触らないでね、っていう報告も兼ねて。紫は今冬眠中?】

 

 紫に直接言えば早いのだろうけれど、当の彼女は念話でも反応がない。

 ……まぁ、嫌な予感がどうも止まらないから、話し掛けるのにも割と勇気が必要だったのは内緒だけれど。

 

【地底の異変が終わったらすぐにお休みになられたよ。保管なら好きにしろ】

【りょーかい。まぁ、数日で終わると思うから、その間よろしく】

 

 そう言って、念話を終了する。

 

 ……今回は穏やかに終わったが、私だって藍とは喧嘩したくて喧嘩している訳でもない。

 そもそも、こいしに合わせて言うのなら、彼女も好みの一人ではある。こいしと違う点を挙げるなら、彼女は性格が────からかい甲斐があるという意味でも────良いという所か。

 

 

 

 そんな相手に絶対言えないような事を考えながら、山の上へ向かう。

 まぁ、正確に言えば、天魔の家に向かいながら藍に念話をしていた、というべきなんだけど。

 

 元々計算していた座標を紫に伝え、念話で引っ越し開始を伝えるのも忘れない。

 こういう所を無意識で全て行えるのが彼女と私の計算能力の差だよなぁ……とか思いながらも、ようやく表向きの天狗の里が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表向きの天狗の里というのは、人里とそれほど文化は変わらない。見た目上は。

 詳しく見ていけば、所々に外の世界にも負けていない程の技術力があったりするのだけれど、それに気付けるほど近付ける人間なんてのは、まぁ、居る訳がない。

 気付けて多分早苗とか神奈子とかだろうけれど、ここまで里に近付けないと思うしね……そもそも、裏側すらあることに気付いているかどうか。

 どうでもいいけど。

 

 また、珍しく私が里を歩いている事で、何やらウワサ話をし始める天狗がチラホラと居る。

 ……そんなたかが数枚程度の壁で音が聞き取れない、とでも思っている天狗は、多分世代交代した後の天狗なんだろうねぇ……。

 

 まぁ、天魔の家族からもあまり良い目で事実見られていないので、さっさと要件だけ話して帰るとしよう。

 アイツの家族って言っても、主に妻、というか一夫多妻の多妻の半分以上が、私を悪いものでも見るかのように扱うんだけどさ。どうでもいいけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「────要件は分かったが……手は必要か?」

 

 微妙に苦々しげな表情をしながら、天魔はそう訊いてきた。

 

 ……うーん、そこまで天狗の面子を潰すような事はしていないと思うのだけれど……私の報告の他に何かあったんだろうか?

 

 まぁ、話す気がないみたいだし、私も別に言わないならそのままにするけどさ。

 

「ん、あんまり天狗の力を借りるのも良くないと思うしね。今の鬼相手じゃあ」

「……うむ、承った。木材についても資材所へ連絡をしておこう」

「ありがと」

 

 もっと正確に言うなら、『今の』帰ってきた鬼に対して、それこそ『今の天狗』を会わせるのは良くないであろう、と。

 

 人間と違って世代交代の頻度は恐ろしく遅いとは言え、それでも鬼のことを一切知らない世代がいることは間違いなく、ついでに言うなら私と天魔の関係であーだこーだを直に言ってくる奴は、大体が私の教え子でなく、私が外の世界に居た時期に出世した天狗だ。

 舐められたままでも、まぁ、機嫌が悪くなけりゃあ無視する私とは違って、天狗はあの手この手で知恵を絞って調子良く惑わすんだろうけれど……鬼相手にそういう嘘は例外なく通じない。

 

 別に私自身が嫌われようと知ったこっちゃないけれど、私のせいで誰かが嫌われる、っていうのは……少し嫌だ。

 

 

 

 ────まぁ、よくよく考えなくとも、その当事者の鬼はそこまで嫌う嫌われる云々は、私よりも更に気にしなさそうな性格だけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要件は終わったので、さっさと自宅へ帰って引っ越しの手伝いをしてやろうと出口へ向かいだした所で、「のう、詩菜……」と天魔に声を掛けられる。

 

 戸に手を掛けた所で振り返れば、肘を机に着けて組んだ手で口元を隠した天魔が、じっとこちらを見ている。

 

「ん?」

「……いや、お主、何か無理をしておらんか? ……辛くは、ないか?」

 

 ────流石に、最も付き合いが長いだけのことはある。

 

 でも、そう言われなければこの辛さも自覚できずに、何とか呑み込んで、そして私の中に沈殿させていったであろうに。

 

 

 

「昔の瑕疵がまた痛んでね。これだから人間関係は嫌になる。互いに人間じゃないけどさ」

「……手を貸すか?」

「……これだから天魔はモテるんだろうけどさ」

 

 天魔の敷地内でそれを言われると、私に反感が集中するんだよねぇ……で、それを断ると更に増してしまう、と。

 でも私個人としては正直に受け入れられるものではなく、これは当時に生きて当時を知る人物である、私と彼女だけの問題であって、手は借りたくない、というのが本音。

 

 ……苦々しげな表情は、私についてのことだったか?

 いや、それにしては今の表情からはそんな雰囲気が読み取れない。

 

 

 

 まぁ……どちらにせよ、私自身が嫌われるのはまだ良い。

 それが特に名前も顔も、どちらも一致しないような誰かさんの新妻なら、尚更。

 

 

 

「大丈夫だよ」

「本当にか? 彩目についてではなさそうがじゃが……前に話したことは、忘れておらぬよな?」

「……大丈夫だよ。だから、────触れてくんな」

 

 殺気、とまではいかないけれど、拒絶の意思を粒子に乗せて発する。

 感覚的には完全に志鳴徒のつもりだが、肉体的には詩菜のままで。

 

 

 

「……分かった」

「……なら、良かった」

 

 私としても、これ以上不信感は持たれたくない。

 これ以上、天魔に対して敵意を持ちたくもない。

 

「じゃあね、天魔。勇儀は事が終わり次第、地底には帰す予定だから」

「……ああ。別に奴がここに来たいというなら、止めなくとも良いぞ?」

「え? あー……まぁ、そうね。そう言ったらその時は案内するよ」

 

 山に住む妖怪として共存はしていた訳だし、私みたいに喧嘩はしてなくとも、天狗の長として勇儀とも話すことはあるんだろう。多分。

 

 ……そういや、天魔と勇儀と私だけ、っていう瞬間も今まであまりなかったな。

 多分他の天狗が許さなくて、周囲でわざとやかましくしてたり、そういう『場』に仕立て上げてたりするんだろうけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、私としてはこの針のむしろのような環境にもあまり長くは居たくないので、さっさと帰ってしまおう。

 

 

 

 ……ここまで私に敵意が集中しているアウェイな状況って、いつ以来かなぁ……。

 博麗神社再々建築の時は別に何もなかったと思うんだけど……まぁ、鬼の再来が原因かね。

 

 私が天魔に負けて初めて山に入った時……は、まだマシな方か。雑魚妖怪って全員から思われてたか、厄介な能力持ちの雑魚って思われてたみたいだし。

 後は……暴発した緋色玉で天魔と佐久・縞・弥野を巻き込んで吹き飛んだ事件の時かな。

 アレはアレで一週間寝た後に天魔本人からマジギレされたし、それで一件落着みたいな雰囲気はあったけど、私に対する悪感情の発端はアレかねぇ……。

 

 

 

 とは言え、まぁ、数百人も居れば、私を気に入らないヒトが出てくるのも当然だろうし。

 気に入ってくれて色々と気に掛けてくれるヒトも居るし。

 

 ……いや、まず単位がおかしいと思うべきなんだろうな、もう慣れたけど。

 ……慣れちゃおかしいんだろうなぁ……とか考えながら歩く先の廊下の曲がり角に、声を掛ける。

 

「……どうしたの見月(みつき)

「あら、やっぱり分かってしまいますのね」

「そりゃ、この距離なら探知する以前に分かるよ」

 

 幾ら私が考え事をしていたからといって、角待ちされてたら何があっても気付く。動転して能力が解除されていなければ、だけどね。

 

 見月は、(しゅう)よりも長く、天魔と連れ添っている天狗だ。

 それでいて天魔のような年老いたという印象は与えず、年頃と言うには非常にしっかりとした雰囲気と見た目を保ち続けているヒトだ。

 知ってる範囲で言えば、おそらく最も年長だと思う。天魔よりも上なのか下なのかは流石に知らないけれど、間違いなく私よりかは年上の、古き大妖怪の一人。

 

 ……昔からちょいちょい輪に交じるよう手を伸ばしてくれていた記憶はあるし、私の事もまぁ、それなりには理解してくれるヒトだ。

 

 今日も相変わらず純和風といった感じの装いに長く艶のある黒髪を垂らしているなと眺めていると────気付いた時には、その彼女の後ろに私よりも背の低い娘が一人、見月の着物を掴んでこちらを見ていた。

 

「その娘は?」

「この娘を紹介しにきたの。ほら、裏方の重役にご挨拶」

「見月までそれ言うの……?」

「うん? 頼りにされてる証拠じゃない」

「……まぁ、そう言えばそうなんだろうけどさ」

 

 私としても別に間違いではないとは思うけれども、流石に勇儀や見月に言われるのは違和感でしか無い。特に見月は私よりも暗躍するタイプの人でしょうに。

 

 まぁ、いい。もう何か言われすぎて諦めて慣れてきた感がある。莉香のような意地悪でないし、紹介の意味も込めた渾名だろうし……まぁ、いいさ。

 

 諦めて────少し膝を曲げて、その子と視線を合わしてみる。

 

「こんにちわ。お名前は?」

「……四方気(よもぎ)

 

 生意気な子供(ガキンチョ)である。

 

 ムカチンと来たので目線を合わせるのはさっさと止めて、腕組みしながら見下ろすことにする。

 まぁ、そうすると上から見下ろしてくる見月が生暖かい視線になる訳だけど。糸目なのに。

 

 彼女の暗褐色の瞳は、既に私への苦手意識が出来てるのか、あまり目を合わそうとしない。

 その割には私のことを観察しているみたいだがね。

 

 

 

 ……ていうか、名前だけ名乗って、名字は名乗らないってことは……。

 

「……見月?」

「仍孫♪」

「……莫迦なんじゃねーかなアイツ。それを許す見月もだしさぁ……」

 

 この莫迦達をあーだこーだ思う私も私なんだろーけどさぁ……。

 

 

 

 はぁ……まぁ、莫迦はどうでもいいと、しよう。

 

「あー……初めまして四方気ちゃん。私は詩菜。天魔(莫迦)を振り続けてる、裏方の大将とか呼ばれてる鎌鼬の妖怪だよ」

 

 私は歪んだ笑顔で言い切った。どれも嘘ではない。

 四方気は眉を顰めて、より私の詳細を観察するように睨んでくる。ようやく視線を合わせたかガキンチョめ。

 

 見月はその薄目の端を少し釣り上げ、それから呆れたように溜め息を吐いて苦笑を浮かべた。

 

「……はぁ、卑屈な自己紹介しちゃって」

「事実でしょ」

「だから卑屈って言ってるのよ」

「はいはい。んじゃーね」

 

 そう言って手をおざなりに振って、そのまま見月と四方気の横を通り過ぎていく。

 片手を頬に当てて、眉尻を下げてやれやれ困ったわ、という見月に対して、少し申し訳なく思う気持ちがない訳でもない。

 

 けど、如何せんこの娘は見月側では無いだろう、多分。幾ら家族と言えど、多分違う。

 

 

 

 見月に紹介されたとは言え、私はこれからも天魔の家に用事なく近付いたりはしないだろうし、四方気にその気がなけりゃ逢う事も早々ない。

 私を避けるメンバーはとことん避けるからね。私にとっても天魔の妻達と喧嘩はしたくないのでありがたい。

 

 まぁ、更に柔らかく突き放してあげるとするならば。

 

「四方気、私についてだったら津々美(つづみ)が一番詳しいだろうから、私についてはあの子に訊きなよ」

「ちょっと、詩菜。分かってるの?」

「分かってるよ。津々美なら上手くやるでしょ」

「んもう……」

 

 別に嫌われたからと言って、私が嫌う理由にはならない。

 津々美は良い子だと思うよ? 藍とは違う意味で合わないけど。

 

 

 

 適当に手を振って、そのまま誰も居ない廊下を進んでいく。

 

「……(自分のことなのに説明しないんだ)」

「自分なんて自分が一番分からんよ」

 

 そうボソッと、口の中だけで転がしたのであろう四方気の言葉にそう返して、私は廊下の角を曲がる。視界の端に一瞬だけ、二人の天狗が見えた。

 

 見月は悲しげに眼尻を下げて、四方気は言葉を聴かれたのに驚いた表情をしていた。

 なんだ、そんな顔もできるのか。悲観的な表情しか出来ないのかと。

 

 

 

 




 





 私のユーザーページから行ける自ブログでアンケートとか募集とかしてます。
 今回登場した人物の中にも実は一キャラいます。




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