風雲の如く   作:楠乃

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ご先達 あっと 魔術

 

 

 

「あら、馬鹿じゃない。怪我は大丈夫?」

「心配するか侮辱するか、どっちなのさ」

 

 妖精に案内されて、何とか図書館についた所で、一言目にはこれである。

 全くパチュリーちゃんはツンデレだな!

 

 

 

 何はともあれ、椅子を引いていつものテーブル席に座る。

 相も変わらず無駄に広いテーブルではあるけれど、いつの間にか魔術の勉強会をしている内に互いがテーブルの真向かいに座る事はなくなっていき、今日も結局、いつものように隣に座ることにする。

 

 私の調子が気になるのか、やけにこっちの様子を伺ってくる魔女……と、その後ろから主人に合わせるかのように覗き込む小悪魔。

 君、その腕に抱えた本を片付けてから、それから会話に混ざりたまえ。

 唯でさえ日頃からドジっぽいんだから……。

 

 

 

「……うん、流石の回復力ね。特に異常もなし、と」

「あ、やっぱりそういう所を見てたのね……」

 

 ……うーん、それなら尚の事、指の魔術刻印がどうとか言いそうなものだけど……。

 まぁ、入院中に見舞いに来たのなら、何かしら気付いて確認でもしたのかしら?

 

 そういう訳で、一応は専門家にも訊いてみよう。私なりにも診断はしたけれど、一応、ね。

 右手を上げてパチュリーの眼の前に指の魔術刻印を掲げてみれば、未だにジロジロと動いて見ていた視線がようやく止まった。

 

 

 

 掲げた右手、親指を除く四本の指先には、永遠に魔力を生み出し続ける魔術刻印が埋め込まれている。

 素の状態では生み出している私自身ですらその魔力を認識できず、魔術開発・魔力確認用の解析術式越しでないと判断ができない程、それは無色透明だ。

 

 私の生み出す魔力は、紅魔館に住む全員から「魔力ではない」というお墨付きを頂いてしまっているけれど、緑色に着色した魔力も、この刻印から生み出されている魔力も、共に魔術を起動出来る事も確認済みだ……妖力じゃ起動すら出来ず、反応すら無いのにね。

 

 何はともあれ、本質的には通常の魔力と変わらないのは確認している。

 けれども、指に絡み付くような糸に近い性質を持ち、私自身ですらそれの存在に気付くまで時間がかかった力だ。

 

 多少なりとも、専門家の意見も訊いてみるべきだろう。多分。

 

 

 

「これ、どう思う?」

「ああ……解除していない辺り、どういう状態なのかは分かっているんじゃない?」

「ん、まぁ、多分……アリスの魔術糸を元に、私の妖力・神力の暴走で、肉体そのものに術式が刻印として癒着化したんじゃないかな、って」

「そうね。大体は私達も同じ見解……貴女の回復力でも解除されていないのだから、地底で私達が知らない間に自分自身に刻み付けていたのかと思ってたけど……暴走なの?」

 

 やっぱり解除、治療云々については同じ疑問を感じていたらしい。

 私が自分自身で刻印をし、なおかつ解除できないような仕組みでも取り入れているのだろうと考えていた、と。

 

 ……まぁ、アリスの人形・魔術越しに見ているにも関わらず、魔女達の目を欺ける魔術刻印を起動できるなら、私がしててもおかしくは……ないのかな?

 

「流石に人形遣いとリンクしている指先に、戦闘しつつ発覚されないように刻印なんて、幾ら私でも無理だよ。それ専用の術式でも開発しないと」

「……術式有りなら、出来るの?」

「ん? 出来るんじゃない? 前提条件は色々あると思うけど」

 

 肉体内部の魔術式を外部に漏らさない結界と、

 外部にある魔術糸を結界越しに読み取って内部に複製する術式と、

 それと私の回復力を超える出力の刻印術式、

 魂に直接結びつけて刻印を解除しない為の封印術式、

 かつ、戦闘中で妖力をやたらと消費しない為の回路作り。

 

 まぁ……出来なくはないでしょ。使える状況なんてあの事件ぐらいにしかない上に、人形とのリンク前に術式を展開しないといけない訳だけど。

 

 

 

 うん。閑話休題。どうでもよすぎる。

 

 パチュリーが何やら術式を考案しようとしてるのか、凄い悩んでいるけど……まぁ、作った所で別に……っていう感じだし。

 

 

 

「そんな事はどうでもいいんだよ。この魔術刻印もその気になったら別に解除できるしさ」

「……そう。────ちなみに、その解除方法は分かる?」

「え? 肉体ごと切断して再生する」

「………………そう。ちょっと座ってて待ってなさい」

「え? あ、ハイ……」

 

 あ、あれ……?

 何かパチュリーさん、機嫌悪くなってません?

 珍しく空気に乗って飛ばずにスタスタ歩いているんですけど。

 小悪魔が凄いオロオロして追っ掛けて行ったんですけど……え、私なにかマズイ事言った……?

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔術を教わっているにも関わらず、魔術を魔術で解決しないとは何事か、と酷く怒られた件。

 その、決して怒気を主張させず、滾々と弁論でヒトを囲っていくやり方は非常にどこかの誰かを彷彿とさせてしまうので、怒られる私としても非常に恐縮してしまうしかない。

 

 いやさぁ、解き方が正常、正確、正解、正しいものなら良いよ?

 ただ、今回の案件は私の暴走と、今ここに居ない人形遣いとの予期せぬ合体事故だった訳で、正当な解決方法が無い、っていう状態だったじゃない?

 それなら、肉体に任せて切断した方が一番傷も残らないし、予期せぬリバウンド(構築失敗)も起きなくない?

 一から理論立てて解法を探すよりかは、物理的解決の方が問題が少なくないかなぁ……?

 

 ……と、怒られながらも反論してみたけれど、「そうじゃない」とのこと。

 何がそうじゃないんだろう……? あと顔怖い……いや表情は怖くないんだけど……。

 

 

 

 そんな感じで怒られつつも、現状この刻印を解除、解体するつもりは一切ないので、講義だけは受けておくようにとの先達からの命令……もとい、指示が来たので、結局また勉強会になってしまった。

 

 

 

 まぁ、私としても知識欲を満たす行為というのは中々優先順位の高い位置付けにあるものなので、別に文句は無い。一応。

 

 ……私としても一応、パチュリー達に色々と訊きたい事はあったから、良いんだけどさぁ?

 そうは思いつつも、熱弁を振るい続けているのを見て学んでいる訳だけど、これ誰か止めてくれないかなぁ……。

 珍しく体調がすこぶる良いらしく、喘息の予兆は一つも見当たらないんだから、もっとマシな事に有効活用すべき時間じゃないかなぁ……。

 

 視界の端で小悪魔が心配そうにこちらをチラチラと見ているのが分かるけども、正直な所、君はこっちを気にせずに本の片付けを続けて欲しい。前見て歩かないから本棚に何回もぶつかってるんだろうに。

 ……それすらも無視して講義を進めている大先生もどうかと思うけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わぁ……パチュリーが本気で講義してる……」

「お、フラン。お久し振り」

「え? 前回の勉強会って一ヶ月前程度じゃない?」

「……そうだったかな」

 

 どうもここの所忙しかったからか、日付感覚が曖昧だ。

 ……まぁ、三週間も昏睡状態なら、それも当たり前な気もしなくもない。

 

 

 

 何はともあれ、フランが来たなら何とかこのパチュリー大先生を止めていただけやしないだろうか。

 

 そんな感じで講義を無視して視線を外していた所為なのか、顔を戻して見てみれば先程よりも更に無表情になっている大先生が、居た。

 

「……丁度良いわ。フラン、貴女も席に付きなさい」

「えー……」

「今日は気分も体調も良いから、呪いの解き方について、魔法の観点から叩き込んであげる。座りなさい」

 

 その顔の何処が気分良いの?

 と咄嗟に訊きたくなった。けど、我慢我慢。藪蛇はゴメンである。

 

 そこまで言われて、凄い不本意な表情を浮かべながら、私の隣の席にフランが座った。

 ……今日は狂気も随分と大人しいらしい。

 

 そう思った次の瞬間にはどこからか無地の羊皮紙が飛んできて、彼女の目の前で止まった。ついでにペンとインク壺まで飛んできた。準備万端だ………………まぁ、私の目の前にもあるんだけどさ。

 

 

 

 そして準備が完全に整ったを見て、フランが凄い小さく舌打ちしたのを聴き取ってしまった。

 

 ……パチュリーでも流石にその舌打ちは聞き取れなかったのか、良く分からない文章を延々と喋り続けている。

 

 いつもコホコホ言ってる魔女とは思えないほどの滑らかな詠唱だ!

 

 魔術じゃないのにね。という皮肉を考えたけれど、流石にこの場では言わない。

 

 そんな彼女を私達は半目のままで聞いてるフリをしている。ちなみに私達のどちらもペンは一度も持ってないし、書いてもいない。無地は無地のままだ。

 

 

 

 

 

 

「(ちょっと詩菜……なんでパチュリーのスイッチ入れてるのよ?)」

「(呪いの刻印なんてその部分ぶった切れば解決でしょ? って言った)」

 

 そんな状態で数分経った所で、フランが口を開かずに、口内で呟いた音を拾う。

 ……こういう時の音関係の能力は便利よね。学生時代に欲しかった。

 

 そんな事も考えつつ、事実を伝えればフランがこっちを半目で見てきた。

 君、講義中だぞ……まぁ、受講生の100%が聴いてないんだから、講義も何もないだろうけどさ。それでも一応は聴いてるフリぐらいはしとこうよ……。

 

 そう思って、フランの視線を感じつつも、私は顔を大先生に向けたままでいると、心底呆れたようにフランがまた何か呟いている。

 

「(……同情するわ)」

「(フランも授業受けてるじゃん)」

「(アンタじゃなくてパチュリーによ!」

「(………ええー?)」

「(この鈍感石頭……)」

 

 

 

「聴いてる?」

「「聴いてない」」

「……はぁ……《土金符『オプシディアンシール』》!!」

「先生が実践あるのみですって!」

「私関係ないでしょ!? 何で巻き込まれてるの!?」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 まぁ……幾ら喘息も貧血も起きない絶好調のパチュリーとは言え、回避のみに専念して良いのだったら、不可避弾幕でなければ逃げ切るくらいは出来る。

 

 足場なんて本棚が大量にあるし、そもそも弾幕がそこまで行動制限系でも無い。

 パチュリーが発する黒い波動の弾幕が、特定のタイミングで相手の位置に収束する事を繰り返し、避ければ壁に当たり反射して返ってくるその弾幕は、次第に角度を変えて突き刺すような鋭角になって私達へと飛んでくる。

 

 そういう法則性を持たせているんだろうけど、まぁ、刃物としても使われているオプシディアンらしいと言うか、何と言うか。

 

 何にせよ、図書館という広大な空間と狭い本棚の隙間を縦横無尽に駆け巡るという、立地や地の利を十全に活用しきれるのなら、私のような瞬発力のある妖怪なら避け切ることが出来ない方がおかしいとすら思う。

 

 まぁ、小一時間ほどフランと共に逃げ回った訳だけど、あの妹様は何回か被弾してしまって真っ黒な封印式に閉じ込められてしまっているけどね。

 そんな事を考えつつ、ようやく息が完全に切れて動けなくなったパチュリーの元へと降りてみる。

 フヨフヨと、いつものように浮くための魔術すら維持できないほどに疲労困憊なのか、珍しくヨロヨロと歩いているのを見る────というか、歩いているの初めて見たんじゃなかろうか。さっきの講義でのお怒りも含めて。

 

 

 

 そんなこんなで私達が元々座っていたテーブルにようやくたどり着き、元の講義をしていた時の席に勢い良く座り、そのままテーブルに肘をついて項垂れたままの姿勢から私を睨む図書館の主さん。

 ちなみに、滝のように汗を流しているが、身の回りをいつもしてくれている小悪魔は弾幕の余波で吹っ飛んで気絶中である。

 主の魔女はそのことに気付いてなさそうだけどねー。

 

「はぁ、はぁ……! 逃げ回られたら、封印解除の、練習にならないじゃない……!」

「私より破壊そのものに向いているフランを完封してる術式を連発しておいてよく言うよ……」

 

 ま、フランもフランで、能力による破壊で術式を崩壊していないようだから、一応は実践型講義として取り組んでいるらしい。内部から封印式を必死に解き明かそうとしているのが分かる。

 

 ……今日、本当に狂気が収まっている日なんだな。

 

 とか考えつつ、弾幕を回避しながらも観察していた《土金符『オプシディアンシール』》の、術式的解法を魔術式として組んでいく。

 多分、名前の通りに黒曜石をモチーフにしたんだろうけど、もっと解法とかにも黒曜石らしい特性を混ぜれば良いのに、と思わなくもない。

 ま、弾幕ごっこなら兎も角、実戦じゃあそんなヒント与えても、って感じなんだろうけど。

 

 

 

 何はともあれ、回避中に解析しきってしまった封印式なんて何の障害にもならない。

 魔力をベースに片手間で魔術式で組んで、パッと完成された術式をさっさと起動させて、フランを包む封印式にぶつける。

 

 

 

 ……この封印式は魔術で作られたものではあるけれど、解法としてはあくまでも『物理手段』のみという設定がされているという、珍しいパターンの術式だ。

 術の作者がパチュリーというのも輪を掛けて、非常に稀有と言える。

 

 そしてこの封印式で特に悪意を感じる部分は、その物理的手段が特定の形状かつ、特定の魔力指数かつ、特定の行動を封印式に認識させることによって、術式が解除されるということだ。

 

 封印式の前提として、術式に掛かったものは指先一つすら動かせない、というのもあるけれど──何が嫌らしいって、封印式の癖に、封印そのものは『肉体的なもののみ』であって、『精神的術式は何も問題なく、封印式の外で発動できる』、って辺りと、

 

 ────そして、その封印式に解法を認識させるには、『封印式の外部からその物理的な解法を認識させる必要がある』、という所。

 

 

 

 私は妖力魔力問わず、遠距離での操作を酷く苦手としている。封印されてしまえばそこまでの解析は出来ても、外部からの入力は恐らく出来ないだろう。

 フランは能力を使えば何も問題なく破壊できるだろうけれど、魔法の経験としては私以上、パチュリー未満という所だった、というのが狙い所だったのだろう。術式の解析技術としては私に遥か遠く及ばない、という点においても、ある意味弱点になってしまった。

 魔術のみという観察視点では決して解くことの出来ない封印式という辺りが、本当に何とも言えない。悪く言うなら、小賢しい、と言うか何と言うか。

 

 

 

 まぁ、術式解析は私の十八番(おはこ)なので、あっさりと解法の形状、行動、魔力の周波数をトレースして、指の先に粒子を固めて封印式解除、っと。

 全く解けなかったらしいフランが驚愕の視線で私を見てくるけど、まぁ、昔に紫が問題提起してきた、山まるごと囲める結界の解法解析の方が難易度は高かったかな……。

 

「はい、宿題終了、って事でオーケー?」

「……ふん、50点ね。封印に掛からなかったから、実技点マイナス、よ」

「それ実技以外の筆記が満点、って事じゃないかなぁ……」

 

 非常に苦々しい表情で点数を言ってくるパチュリー先生。実践形式とは言え、攻略されたことに悔しがる問題を出すのはどうなんですか先生。

 

 何はともあれ、問題なくフランの封印式を解除完了。

 

 立ち上がっては、腕や足、頭や羽を動かして体の調子を隅々まで確認し終わったフランが、どこかの先生のように半目で私を見てくる。何でそんな目で見られないといけないんだろう……寧ろ感謝とか、尊敬とかそんな視線を浴びるべきなのでは……?

 

「……詩菜って、時たま本当に凄いよね」

「まぁ、術の解析は得意だし」

 

 何か納得は出来ないけど、褒められたらしい。何か納得出来ないけど。

 

 まぁ、紫の式神でもあるし、そういうのは実際に得意だ。

 

 問題に対して、公式を使って解を求めるやり方が得意なのが、八雲藍。

 求めたい解に対して、公式にアレンジを付け加えていくやり方を得意とするのが、私、詩菜。

 公式と問いと解が同時に算出される、あるいは、未知の公式で解を出すのが、八雲紫。

 ……という所かなぁ。

 

 まぁ、問題、パチュリーの封印式に対して、術式、公式が弾幕として何百何千と周囲に飛び交っているし、求められている解、フランに掛かった封印式も目の前にあった。

 これだけ条件があるなら、私よりも早く藍も解けるだろう。多分。

 

 

 

 

 

 

 何はともあれ、何やかんやで指先のみに魔力を集めて魔術式を起動させたけれど、案外いつもよりも素早く起動、展開、開始が出来たのは、やはり指先の刻印式のせいかしら。

 ……まぁ、同調、強化に使えるというのなら、それはそれで良いんだけれど、さ。

 

 

 

 

 

 

 


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