風雲の如く   作:楠乃

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『裏』と『鬱』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………ん?

 

 

「やぁ、アリス」

「……」

 

 

 気付けば、目の前には『アリス・マーガトロイド』が居た。

 良く良く見渡してみれば、彼女の後ろにはその彼女の家があり、目的地には到着していたようだ。

 いやぁ、私には珍しく熱中しすぎてしまっていたようで、道中の記憶がほぼない。

 

 

 

 それで、まぁ……。

 

「……その大量の人形は、何かな?」

「………………逆に訊くけど、その殺気剥き出しの右手は何?」

「え? ……ああ、なるほど」

 

 槍や剣を構えた人形を6体も出してて、そして明らかにその矛先が私に向けられているのは一体何だと訊いてみれば、寧ろ私の方がおかしかった訳だ。

 

 

 

 瘴気から身を護る結界の範囲を、元の術式通り全身を覆うように再設定する。

 途端に鼓動していた魔術式の暴走が止まり、崩壊と再生の繰り返しが終わった。

 

 ブン、と降っても違和感は無し。

 意思通り爪は伸ばせるし、妖力も魔力も狙い通り収束できる。

 

 ……いや、魔力は多少操作しやすくなってるかも。

 微妙に指先に集めやすくなっている気がする。

 まぁ、私の魔力なんて、本職のヒト達から見れば色の付いた妖力とほぼ変わらないって言うし、私としても術式を通して生成したのが魔力で、大本を見れば妖力に違いはないんだけどさ。

 

 

 

 何はともあれ、瘴気防護の結界から全身を保護し終えると、魔術式の暴走も終わった。

 アリスの言う『殺意剥き出しの右手』と呼べる状態とは一体何だったのか、というぐらいに打って変わって、元の通常の状態となっている。

 

 まぁ、私としても彼女を警戒させるためにそんな事をした訳でもない。

 

「失礼。これでどう?」

「……その刻印式、結局は何なの?」

「ん、私が地底で暴走して、その際にアリスの魔術糸を巻き込んで再生、癒着したって感じじゃないかな、と」

「……じゃあ、事故で自分の肉体に刻印してしまった、とでも?」

「まぁ、有り体に言えば……」

 

 ……あれ〜、なんか……アリスさん、機嫌……悪くない……?

 

 

 

 人形たちはさっき右手の暴走を解除した際にようやく武器を下ろしてくれたけど、彼女が一度指を振るえば再度隊列が揃うぐらいには警戒されてるし、その当の本人からはずっと睨まれてるし……いや、人形たちからもずっと睨まれてるんだけどさ?

 

 まぁ、さっきの右手が暴走状態だったのは意図せず殺気丸出しだったのかもしれないけれど、そんな私彼女に警戒させるようなことした?

 

 ……いや、あるとしたら地底でのあの一件か。むしろそれしかない。

 私が暴走してからその後、彼女の琴線に何か触れてしまったのかもしれないのかな……?

 

 

 

「……えーと、アリスさん? なんか……ごめんね?」

「……どういう意味の謝罪よ、それ」

「いや……なんか、怒らせてるみたいだし……」

「……はぁ……」

 

 そう言うと、彼女は今度こそ眉間の肉をほぐしにかかっった。

 気の所為か、周囲に浮いている人形たちの視線も、警戒ではなく冷たく呆れた瞳に変わってしまっているような気さえする。

 あれー?

 

 

 

 肺に溜まった空気を全て吐き出し、大きく息を吸って、また吐き出して、それでようやく気分がリセットされたらしい。

 ようやく彼女から感じていた敵意が消え、飛んでいた人形の一体がアリスの屋敷の戸を開いてくれた。

 

「まぁ……良いわ。入りなさい」

「ん、はーい」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえばアリスの家まで来たのは結構久々で、以前フランに破壊された右腕の義肢以来だったりする。

 あの時……もうそろそろ一年が経つ、あの紫と霊夢を交えた大喧嘩の時に、アリスに作ってもらった義肢は粉微塵になってしまった。

 まぁ、そのことについては永遠亭に入院していた際のお見舞い時に話しては居たけれど……そう考えると、それ以降は本当に会う事も話す事もなかった。

 

 

 

 ……とは言え、あの頃はこんなに睨まれてなんか居なかった筈だし、これほど警戒されてなかったと、思うんだけどなぁ……。

 

 いや、ここに来たのは確かに久しぶりだけど、以前も今のようにクッキーと紅茶を出してくれて、てもてなしてくれた記憶は確かにあるさ。

 その時に人形が全て持ち運んでいて、「それ凄いですね」「ありがとう」なんて会話をしたことだって覚えてるさ。

 あの時はまだ義肢のことを話す前だったから、丁寧語だったのも覚えてる。

 

「……」

「……」

 

 そう、こんな感じで会話が続かなかったのも覚えている。

 

 まぁ……あれは、アリスがさほど私に興味が持たず、会話するにも共通の項目がまだなかったから、というのもあるけど……。

 

「……」

「……」

「……あのー、アリス、さん……?」

「……何かしら」

「その……そろそろ私をずっと視るのを、止めてほしい、かな……って……」

「……ハァ……」

 

 溜め息を吐きたいのは寧ろ私の方なのだけれど。と思わなくもない。

 

 

 

 ようやくアリスは不動の姿勢のままに私を監視するのを止めて、肩の力を抜いてくれた。

 私としても監視、というか観察されなくなって、やっと一息がつけるというものだ。

 

「……それで、今日は何の用なの?」

「いや、地底で助けてくれたから、そのお礼参り」

 

 神社仏閣なんて全然関係ない、魔女に対する参りっていうのもおかしな話だけど。

 ……なんて事まで言う前に、これまたアリスの顔が私の言葉で少し歪んだ。

 

 私、あの戦いでなにかアリスに対して変な事でも言ったかしら……?

 ここまで彼女の機嫌を損ねるようなことはした記憶もないし、あったらあったでパチュリーがそれとなく言ってくれそうなもんなんだけどなぁ……。

 

 

 

 

「えっと……私、なにかアリスの機嫌を悪くするような事、しちゃった……?」

「………………魔法使いの家に、魔力垂れ流し状態で来て良くそんなこと言えるわね?」

「いや、ほんと、あれは事故というか……実験ミスというか……暴走というか……」

 

 指摘されたことに対しては、本当にぐうの音も出ない。

 私だってあんな妙な状態になるとは思ってなかったし……そうなったらもう観察しないと私としても気になって仕方がないし……。

 

 

 

 しどろもどろになりつつ、言い訳をすればするほど、弱くなっていたアリスの視線が更に鋭くなっていく。

 怖い。

 

「それに、義肢の時はまだ良かったけれど、今はパチュリーに魔法を習っているのでしょう?」

「え? ああ、まぁ、ちょっとした縁のつながりで教わってる感じだけど……」

 

 

 

「そう。じゃあ前と同じこと、意味は正反対のことを言うけど……、

 

 ────魔法使いが私の工房に何の用かしら?」

 

「………………アッ、ハイ、スイマセン……」

 

 しかも魔力駄々漏れ状態で近付いてくる妖怪、と。

 ……ああ、はい……それは殺されても仕方ないレベルだと思います。はい……スイマセン……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリスの怖い視線は、単純にジト目だったらしい。

 いつものように来るものだから、これは単純にバカなのではないか、と。

 

 ……いや、うん、そりゃあ、100%私が悪い。徹頭徹尾私が常識知らずなだけだった。

 

 

 

「ほら、あれ……あの、魔法使いの常識を知らない見習い以下のやることなんで、大目に見ていただけますと……」

「見習いはあんな無茶な術式を構築しないし、自分の肉体に刻印術を完璧に埋め込まないわ」

「……うっす」

 

 反論の余地もない……。

 

 

 

 余地もない……けれど、少し気になったことが一つ。

 

 人形たちはいつものようにこちらのことを気にせず行動をし始めたし、眼の前の彼女もあまりにも馬鹿馬鹿し過ぎたのか、半ばヤケのようにクッキーを食べている

 ヤケ食いされるほどに気分を悪くしてしまったのは非常に申し訳ないけれど……彼女もまた、昏睡していた私を観察、診断していたらしく、私の指の刻印術まで気付いていたらしい。

 

「……パチュリーも言ってたけど、私の術式ってそんな酷い?」

「……酷いどころか、私から見ても凄い編み方で出来てると思うわ。多分、彼女も同意見でしょうね」

「え? そんなに?」

 

 紅魔館でもレミリアが似たようなこと言ってたけど……私としてはそこまで凄い式に仕上げたつもりはない。

 まぁ、私自身の構成、存在そのものをエネルギーとする部分はともかくとして、必中となるように創り上げた弾幕ごっこには使えない弾幕なだけのつもりなんだけど……。

 

 そんな事だったら今日見てきた物質の固定化、フランを完璧に固めたあの術式の方が凄いと思うんだけどなぁ……。

 

 そう考えていたのが顔に出ていたのか、疲れた顔を更に濃くして、溜め息を吐きだした。

 ひどい。

 

「……流石は賢者の式神だと思ったわ。アレだけの計算をずっと維持するのは私でも無理」

「そう? 単純な座標計算とベクトル計算だと思うんだけど……」

「同時計算量が多すぎなのよ。計算も単純じゃないし……」

 

 んん? たかだか数千の足し算引き算でしょ……?

 いや、私が妖力を圧縮できないように、アリスも同時計算が苦手なのかな?

 ……いやいや、人形を複数扱えている時点でそんなバカな……。

 

 

 

「はぁ……少なくとも、数百の弾幕を視界からの情報のみで制御しきる命令文なんて思い付きもしないし、それを処理するための計算式、目標が移動した際に変更式、追尾しきるための補給術式とか……────そうね。実際にやる馬鹿は初めて見た、という感じ」

「馬鹿とは酷いな。数千年前から考えている私のロマンだよ?」

「だから馬鹿なのよ」

 

 彼女曰く、一周回って馬鹿、らしい。

 えー……ロマンはどのような場合であっても大正義でしょー……?

 

 

 

 ま、そもそも、弾幕が撃てない性質、もとい、遠隔操作が極端に苦手と分かって尚、それでも撃てるよう、撃ち続けれるよう、必ず命中するように作った術式なんだから。

 ロマンよりも、私が想像した最強のバーサークを実現し、かつ、私でも再現出来るように調整し切って完成させるのは当然でしょうに。

 無理を実現させること、それにすらロマンというものがある。どや!

 

 

 

「……ちなみに訊くけど、私達の補助がなかったらどうしてたの?」

「違う方法で勇儀を倒してたさ。アリス達の手助けがなかったらあの技は使ってないよ」

 

 死ぬつもりが一切ないのに、自爆技を使ってどうする、っていう話だ。

 何が何でもレーザーの誘導はするし、何があろうとレーザーは撃つし……まぁ、そういう術式だ。使って問題ないから使っただけで、死なないつもりなら使わない。

 

 まぁ、問題ないどころか、三週間も昏倒していた訳で、問題しかなかったのだけれどね。

 

 

 

 そういう意味では、あの術式もまだまだ改善点があるということだ。

 アリスの人形を使ってだけど、レーザーを撃つ感覚は分かったから、そこからの認識の差、齟齬のズレを直して、暴走しないためのストッパーも必要だ。視界からの計算式も限度があるから、それの補助、もしくは削減か、あるいは変更も考えないといけない。

 

あとはまぁ、私の妖力、魔力、神力を如何にそれらしく圧縮するか……だ。

 ……最後の部分だけむちゃくちゃ難易度高いんだよなぁ……。

 

 

 

 その部分だけは私の脳内の術式考案だけじゃ改善しようにもできないから、実際に試してみないとなぁ……と考えて、ようやくアリス謹製のクッキーへと手を伸ばす。

 んん……サクサクして甘い。

 

 

 

 

 

 

 

 アリスが紅茶のカップを机の上に、カタンと、置いた。

 

 人形の動きが一斉に止まった。

 

「────あの時、貴女が妖力から神の力を使い始めた時、暴走し始めた時」

 

 空気が一瞬にして変わった。

 

 この家の前で彼女と相対した時よりも、更に冷たく、厳しく、皮膚が粟立つ。

 

 

 

「正直な所……貴女の力に恐怖した。

 本気で鬼を祓おうとする、その悪意の塊とすら思えた、強い意志にも」

 

「その身体に持つ、数千年の想いを、垣間見た気がした。何かに対する感情を」

 

「他人に対する感情と、それを超える、自分に対する汚泥のような嫌悪感」

 

「風雨と旅の神の、邪気で澱み切ったような、人間に対するケガレ(ツミ)

 

 

 

 人形を通して、神力と共に漏れ出た何かに、私の何を見たのか。何を覗き込んだのか。

 埋め込んでしまった刻印に影響され、何かが流されてきたのか。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ────貴女、本当に、妖怪……?」

 

 

 

 

 

 

 それを訊いてくるのは三人目だ。

 その内の二人が魔女ってんだから、恐ろしい種族だこと。

 本当に……ふふ……ああ、楽しくなってきちゃう。

 

「────私は私だから、何処までも私で、私だよ」

 

 私はそう答えるしかない。

 そう、私は。

 

 

 

 そう決めた訳じゃないけれど、それを超えるのなら、『それ』を当ててからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは……貴女、『だけ』じゃなくて?」

 

 

 

 

 

 

 そして、『それ』を、本当に、軽々と超えて来てくれるから、魔法使いってのは面白い種族だ。

 

 おっかしいなぁ。

 アリスには一度も見せてないんだけどなぁ。

 そういう類の情報も渡ってないと思うんだけどなぁ。

 なんで分かっちゃうんだけどなぁ?

 

 

 

「ふふっ」

 

 

 

 ああ、だめだ。顔がニヤけてくる。気分が昂揚する。

 今ここで躁状態になったら、間違いなく関係が破綻するのに、テンションが上っていく。

 どうしてこう興奮してしまうんだろうか。分からない。

 

 いつしか、人形達から放たれていた威圧感は消え去っており、彼女達は寧ろ一歩引いてしまっているかのような雰囲気すら感じる。

 まるで私こそが悪の親玉かのような、畏怖や恐怖、怯えすら、ある筈のない無機質な瞳から、それを感じてしまう。

 

 多分それは、私の勘違いも多分に含まれているとは思う。

 

 とはいえ、この昂ぶった感情はどうにも抑えられない……!

 

 

 

「ねぇ? アリス」

「っ……なに?」

「それ以上は、私の秘密を暴いて、話さなければなくなる」

 

 もう半分ぐらいはバレてるみたいだけどさ。

 八雲紫さえ、そこに辿り着いているかどうかという所なのにね。

 

「複雑な事情もあるし、箝口令をお願いしなきゃいけなくなる」

 

 まぁ、既に言ってほしくない事実まで気付いているけど。

 

 

 

「────それでも良いなら、私の真実を、私の深淵を、私の真理を、教えてあげる」

 

 これ以上気分が良くなって、発狂してしまったら、紫や彩目にも気付かれてしまう。

 分かっていても、この口が裂けるような昂揚感が止まらないんだよねぇ。ふふふ。

 

 あゝ、なんと表現すべきか、この膨らんでいく気持ちを!

 一歩踏み出せば人生が終わるようなその選択肢を、相手に叩きつけているかのような、この高揚感! 破滅するのはもしかしなくとも自分かもしれないというのに!

 

 アア、愉しい……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────いいえ、やめておくわ」

 

「────あら、そう」

 

 

 

 残念。

 

 そう思っている自分が居る辺り、どれだけ破滅願望が溢れ出ているか、という所だ。

 まぁ、それを自覚する以前の話なんだろうけどさ。

 

 

 

 少し息を吸って、ゆっくりと吐いて肺の空気を入れ替える。

 発狂、というか、無闇にテンション上げた所で、今後の話に繋がることは決してないのだから。

 

 

 

 

 

 

 ……ふぅ……。

 

 

 


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