風雲の如く   作:楠乃

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鬼退治 前半

 

 

「依頼が来たから、明日明後日は自主練習な」

「……珍しいな。いつもなら断ってるのに」

 

 今日も今日とて妹紅の鍛練である。

 しかしながら、次回はそうも行かない。

 

「お前がいるからな。だが依頼内容が『鬼退治』だったんでね。面白そうだからそっちを優先させて貰う」

「鬼退治!? そりゃまた……凄いのを受けたな。しかも理由が面白そうって……」

「うむ。無理矢理討伐隊に入れさせてもらった。説得するの大変だったよ」

 

 最近俺は何も活動してないと思われてるからな。

 妹紅や藤原氏についての事は、ある意味極秘なので隠している事になっている。

 一応片手間に出来るぐらい簡単な依頼なら、それなりに受けたりはしてるんだがな。

 

「……ああ、師匠嫌われてるもんな。報酬は? 隊なんて組まれるんだから、凄いだろ?」

「入れてくれる代わりに報酬は活躍次第だとよ……それから嫌われ言うな」

「へいへい……まぁ、師匠なら死にそうにはないよな」

 

 へいへい等と弟子らしからぬ物言いだが、対して注意もしない為、最近更に深刻化している気がする。うん。

 注意すべき(?)師匠が気にしない辺り、一番終わっていると思う。

 思うだけだけどな!!

 

「何でまた、死にそうにないと?」

「ある意味妖怪じみてるから」

「……よっしゃ、休憩終わりな。二時間耐久な。忍耐力を向上しろコノヤロー」

「……大人気ねぇ……」

 

 ちょっとドキッとしちまったじゃねぇかチクショー。

 バレたかと思ったぜ。ひゅー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 討伐決行の日。

 侍やら妖怪退治を生業とする方が何十人か集まり、山の草木の根を分けて、まさしく血眼になって鬼を捜している。

 その集団の後ろ側に位置する、術師のグループの中に志鳴徒がいた。

 侍や武士ならまだしも、陰陽師の集団にいる彼は四方八方から軽蔑、嘲り、小馬鹿にした目線で見られていた。

 が、当の志鳴徒は『これから鬼に逢える』という事でウキウキワクワクと、悪く言えば周りが見えなくなっていた。

 いつもの紺色の和服に最近八雲から貰った扇子を片手に持ち、鼻歌を歌い出しそうな程に楽しげであった。

 それもまた、志鳴徒が白い目で見られていた理由の1つでもあるが、

 

(鬼、かぁ。平安時代の鬼なら大江山の酒呑童子とか? あれは室町時代とかの話……だっけ? あんまり覚えてないしなぁ)

 

 当の本人は、全くもって気付いていない。

 気付いていないのか、はたまた気付いていて無視しているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一団も、遂に目標と遭遇する。

 

「鬼だぁ!! 鬼たちが出たぞぉ!!」

「「「「うおおぉおおおぉぉ!!!」」」」

 

 鬼が出た。全身は紅く人の身長の何倍もある。

 武士共は雄叫びをあげ、鬼を討伐し報奨を頂く為に、我先にと鬼たちに突っ込んでいく。

 

 しかし鬼という種族は、妖怪の中でも絶対的な強者の部類に入る存在。

 たかだか数十人の兵士。鬼が四、五人居れば数分で片がつく。

 残りの陰陽師も同じく、二十数人の内、半数は逃げようとするも、直ぐ様追い付かれ、喰われ、消えていった。戦おうとしたものも同様で、胃の中へと消えていった。

 

 討伐隊は一時間もたたずに、壊滅した。

 

 ここで『全滅』を使わず『壊滅』と言ったのは、まだ一人が生きていたからである。

 

 陰陽師が駆逐され、その最後の一人を殺す為に、鬼は腕を振り木々を薙ぎ倒し、強靭な脚は大地にひび割れを入れさせる。

 が、そんな鬼が四人も集まり一人を殺そうとしているが、何故か倒せない。

 高速で避けたかと思えば、鬼の豪腕を物ともせずに弾き返す。

 人間にしてはありえない身体能力。

 

 

 

 御存知の通り、その一人が志鳴徒である。

 

「あっほ〜れ♪ やっそ〜れ♪」

「ウガガガガアアアアァァァ!!!」

「あらよっと! ふふん♪ 遅い遅い!!」

 

 志鳴徒には、陰陽師や退治屋の使う霊力や神力等はない。

 だが、妖力と『衝撃を操る程度の能力』があり、それに生まれ持った鎌鼬の性質、という物があった。

 能力を使えば、鬼の強固な拳は防ぎ、そして反射する事が出来る。

 素早く動く事が出来る鎌鼬ならば、爪や牙・角は容易く避ける事が出来る。

 

 しかし、ここまで志鳴徒が鬼を相手にする事が出来るのも、単にこの鬼達よりも年を重ねているだけではなく、元の人間的な考えによる特訓という妖怪らしからぬ行為を重ね、己を鍛えたからでもある。

 

 故に、

 

「ほい、んじゃまた逢いま、しょ!!」

「んぐががああぁぁ!!?」

「日本語を喋りな、よっ! とおりゃあ!!」

「ギャァァァァ!!」

 

 彼等に対して、圧倒する事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地面には人間の死体。生きている者は誰一人としていない。

 その上には鎌によって裂かれて肉片となった鬼が転がり、まさに死屍累々の状況になっている。

 鬼が斬られ、それを見た新たな鬼が志鳴徒を襲う。

 結果、志鳴徒が切り刻んだ鬼の数、29。

 そんな死体が撒き散る中央に立っているのは志鳴徒。その場から離れた所には鬼が覗くようにして此方を睨んでいる。

 

 

 

「おいおい? 鬼ってのはこんなものなのか?」

 

 詰まらないの。

 その言葉が、鬼達の心に、再三火を着けた。

 

「……アンタ、本当に人間かい?」

「ん~……まぁ、人間居ないから良いか。違うけど?」

「だよねぇ……え?」

「自己紹介が遅れました。わたくし都で陰陽師のような事をしております『志鳴徒(しなと)』と申します。ですがこの身なりは仮の姿。妖怪として自己紹介するならば、この場は」

 

 

 

 変化、詩菜。

 

 

 

「『詩菜(しな)』と申しましょう。どうも鎌鼬の詩菜と、申します。以後良しなに」

 

 志鳴徒の姿が風に消えたと思うと、次の瞬間には詩菜が立っていた。

 服装や持っていた扇子など、持ち物に変わりはないようだが詩菜と志鳴徒はあまりにも外見が違う。

 

 だが、ここでの問題点はそれではなく、鬼が『人間だと思い込んでいた者』が実は『妖怪』だった、という事だ。

 

「お前ッ!! 何故そこにいる!?」

「? ……暇だから?」

「はぁ?」

「良いじゃん、そんなどうでもいい事はさ? 楽しもうよ? この戦いをさ?」

 

 はっきり言えば、詩菜には鬼に似たような部分がある。

 戦闘を好み、圧倒的な物理攻撃力を持つ。挑まれれば嬉々として応じ、力には力で返す。

 違う所と言えば、鬼のように誠実ではなく、意味もなく嘘を重ねる所か。

 

 

 

「ここで死んでる鬼さんよりも強いのは居ないのかな? 酒呑童子とか居ないの?」

「ほう、鬼の四天王とやり合おうってのかい?」

「あ、やっぱり居るんだ。貴方がその『酒呑童子』?」

「いや、アイツはまだ来てないね。それまでは、あたしの相手をして貰おうかッ!!」

 

 その鬼の早さは先程の鬼とは比べ物にならない程であり、詩菜が避ける余裕もなかった。

 だが、単に『衝撃』を与えて殴り殺すだけならば、詩菜には全く効果がない。

 

 真っ直ぐに伸ばされた鬼の拳を、余裕綽々に片手で止めてみせた。

 あっさりと受け止められた女性の鬼。その顔に浮かぶ驚愕の表情。

 

「……鎌鼬にしては強すぎなんじゃないかい? 自信無くすよ。全く」

「能力無かったら死んでるよ。鬼さん、名前は?」

「『星熊(ほしぐま)勇儀(ゆうぎ)』さ。能力は『怪力乱神を持つ程度の能力』だ」

「それじゃ私も改めて……『詩菜』と申す。(うじ)はない。能力は『衝撃を操る程度の能力』さ」

「良いねぇ。人間じゃないが、まっすぐあたし達に向かって来る奴は。久し振りに楽しめそうだよッ!!」

「お褒めに預かり光栄至極、ってね!!」

 

 

 

 能力を明かす。という事は自身の弱点を教える。という事でもあるし、自身の特徴も教える。という事でもある。

 詩菜の能力は衝撃以外は防げない。という事であるし、勇儀の能力は力に置いて右に出る者はいない。という事である。

 

「よっ、と!!」

「グッ!? ……っおらあぁ!!」

 

 二人とも、格闘が得意ではあるが、些か勇儀の方が能力的には不利であった。

 勇儀は力を操り相手に与えるが、詩菜はその力を跳ね返しまた弾き飛ばす力だった。

 よって、勇儀は能力をそのまま返されたり力で吹き飛ばされボロボロになり、詩菜は爪等の引っ掻き傷で多少深い傷が出来ている。

 

 誰が見ても、詩菜が優位に立っているのは一目瞭然である。

 それは鬼が見ても、それは変わらない。

 

 

 

「……ハァ……ふぅ、流石だよ、その能力。『中立妖怪』は伊達じゃないみたいだね」

「あら、私の噂をご存知で?」

「戦っている内に思い出したのさ。人妖助けるおかしな妖怪ってね。最近はとんと聞かなかったが……まさか都に居たとはね」

「まぁね。いやはや、鬼にまで知られてるとは」

「謙虚だねぇ。有名だよ? 色々とねッ!」

「おっと。私は昔から打撃にだけは自信があるからね。それで有名になったもんだよ」

「打撃だけじゃなくて、鎌鼬の刃も投げてきただろ?」

「そっちの方が種族的には正しいからね。でも今は、力で勝ってるっしょ?」

「ふん……鬼が力で負けるなんて、矜恃が赦せないんだよッ!!」

 

 再度、激突。

 

 しかし幾ら力が有り余っていても、反射されてしまえば彼女に届きはしない。

 吹き飛び木に激突してようやく止まった勇儀、だがそれでも諦めずに再び詩菜に向かう。

 詩菜は詩菜で完全に迎え撃ちの体勢に入り、笑いながら勇儀と向かう。

 

「楽しいなッ!! ねぇ、そう思わない!?」

「残念だがそんな余裕はないッ!! ッツツ!!」

「なーんだ。詰まんないの」

 

 再三距離が開き、その距離を縮めようと勇儀が接近しようとしたその時。

 今まで迎え撃つだけだった詩菜が、何かをし始めた。

 片手を前に出して何かを握り締め、明らかにその何かで物事を起こそうとしている。

 それを見て、勇儀も動きを止める。彼女は幾ら焦っても蛮勇と言えるような行動はしない。

 

「そろそろ終わりにしようよ? どうやら酒呑童子さんは来ちゃったみたいだし」

「何だって?」

 

 詩菜に言われて勇儀が眼を向けた所には、確かに彼女らしき長くねじれた二本の角がこちらに歩いて来るのが見える。

 彼女の所へと鬼が走っていく。詩菜と勇儀の周りに居る鬼達も、それを見てヒソヒソと話し始める。聴こえてくる会話の内容には『酒天童子』と言うキーワードが度々聞こえてきている。

 詩菜はそれを聞き、あの酒呑童子が来たと判断したのだ。

 

 その彼女の顔は遠くてまだ見えないが、勇儀には服装や身なりは確かに彼女であると分かる。

 

「行くよ、勇儀さんとやら。決着をつけよ♪」

「……ふん。来な! あたしも見せてやるよ!! 喰らいなッ!!」

 

 一歩。勇儀が踏み出す。

 その衝撃波が勇儀を中心にして周りに襲い掛かり、鬼が慌てて逃げ出す。

 

 二歩。勇儀がまた踏み出す。

 大地が割れ鬼の妖力や威圧感が木々を揺らす。詩菜は慌てず、ただ握った右手を前に出したまま。

 

「『三歩必殺』!!」

 

 

 

 が、そんな彼女の本気の一撃も、詩菜は受け止めた。

 右手を開き、中にあった玉を間に挟んで。

 

「『衝撃』ごちそうさまでした♪」

「チッ!おらああぁぁ!!」

 

 

 

 だが、詩菜が受け止めれるのはあくまで『衝撃』だけなのだ。

 故に既に触れた状態で押し込まれた力や妖力に対しては、為す術がない。

 

 勇儀の絶叫と共に押し出された拳と妖力の勢いによって弾き飛ばされてしまった詩菜だが、最後に置き土産を残していった。

 『緋色玉』を残し、拳の勢いを殺さずそのまま逃げる為に。

 全力で攻撃したからか、姿勢を崩して動けない勇儀は『ソレ』を回避出来ず、幽香や天魔とは比べ物にならない程の近距離で、空間による衝撃を受けた。

 

 

 

 『緋色玉』の爆発は、また大地に深い傷跡を残した。

 その傷跡から何かが立ち上がろうとしている。無論『星熊勇儀』である。

 

 幾ら圧縮した空間が狭くとも、距離が無いに等しければ威力も変わらない。

 それでもまだ意識があり、立とうとするだけの意志があるのは、流石は『鬼』という所か。

 だが、それも詩菜が頭の近くに立った事で、諦めたように止まった。

 

「凄いねぇ。鬼っていうのはさ?」

「……ハハッ……その鬼の四天王を倒すアンタも……恐ろしいもんだよ」

「能力の相性があったからだよ。勝負はついた。よね?」

「……いや、まだだ……アンタはあたしを、殺さなくちゃいけない」

 

 鬼の矜恃としては、負けたのにおめおめと生きていけない。

 そして詩菜、志鳴徒が受けた依頼は『鬼退治』

 ここで、勇儀を殺し何かしらの証拠を持って帰らねば、依頼達成とは言えない。

 そこまで相手の事情を察し、負けた相手に合わせるのも鬼の誠実さか。

 

「わかった。じゃ首でも持っていこうかな?」

「……ふん。中立妖怪じゃなくて、むしろ『鬼ごろし』なんじゃないかい?」

「それはそれで考えてみるよ。じゃあね♪」

「ああ。最期に面白く闘えたよ。詩菜」

 

 勇儀の額から生えた赤い一本角を掴み、手刀を首に振り落とす為に腕を掲げる詩菜。

 両者とも笑っている。

 

 

 

「勇儀ッ!!」

「……来るなよ萃香?」

 

 叫ぶのは先程のねじれた角を持つ鬼、『伊吹(いぶき)萃香(すいか)

 彼女が酒呑童子と言われ、後に戦う予定だった鬼だが、

 

「ま、鬼の首一人分持っていけば良いんだから、別に酒呑童子は今じゃどうでもいいだけどね」

「なんだいそりゃ……随分といい加減だね?」

「これが私の性分さ♪」

 

 振り落とす作業が萃香に中断されたが、それも一時の話。

 止める隙を与える訳にもいかないので、直ぐに手刀を振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それを再び停める者が居り、更に詩菜を吹き飛ばす者がいた。

 その攻撃を全く認識出来ずに吹き飛ばされた詩菜。地面を滑って、漸く止まった所でゆっくりと立ち上がる。

 今ので全く汚れていなかった服が一気に汚れてしまった。そんなどうでもいい事を考えつつ、自分のぶっ飛ばした相手を睨む。

 その相手は、勇儀のすぐ隣に立っている。詩菜が吹き飛ばされる前に立っていた位置に。

 

「そこまでよ、詩菜」

「……なぁーんでいるのかなー? 八雲紫さーん?」

 

 

 

 


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