……着いた。着いてしまった。
俺の住む家に……彩目が待つ家に。
どないせっちゅねん!!
「師匠?」
「ん?」
「…今何か叫ばなかったか?」
「いや?」
「……?」
…これからどうなっちまうのかねぇ…。
目の前には既に明かりがついた我が家がある。
「……師匠から入ってくれるか?」
「……ちょっと、話す時間をくれないか?」
「ああ。そうだな……ごめん、私も焦っていたみたいだな……連絡も取らずにいきなり来るなんて……」
「……まぁ、ちょっと待っててくれ」
焦っていた…って、何でだ?
「……ただいま」
「おかえり。ってどうしたんだ?」
……彩目の顔を見るのが物凄い久し振りなような気がする……。
……まぁ、そんな事より。能力発動『屋内から屋外に出る衝撃を無効』
盗聴防止。壁に耳あり。障子は……無理だが。
「……今、表に弟子がいる。今日この家に泊まる気だ」
「…いきなりだな」
「俺が妖怪だとは知られてない。だがお前が追われている事は知っている」
「…また変な風にお話ししちゃったんだろ……」
「面目ありません…ハイ……」
「…私の事は知っているのか?」
「……いや、名前とかまでは話してない」
「ふぅん……ま、逢うしかないんだろうな」
「スミマセン……」
「良いぞ? 別に。私等ならば簡単に逃げる事が出来るだろうし」
おお…! 俺と同じ結論に辿り着くとは…!!
「…随分俺らしくなっちゃって……!」
「うおっ!? なんだいきなり!?」
「思考が似てきてるぞ。俺とお前が」
「…まぁ、いい。その弟子とやらは信頼出来るんだろ?」
…いま一番問題な部分を訊いてきたね……。
「…私は信頼してる。けどここに来るまでに色々とあってね…正直、分かんない」
「……詩菜になりかけてるぞ」
「えっ!? なんで!?」
口調が完璧に詩菜になってる!?
肉体の方は変化してないのに!?
「思考が暗い方になると、妖怪化するのか?」
「……良し。そんな事いままでなかったぞ?」
「……そいつがいる間にそんな事を起こすなよ?」
「分かってるよ…」
「…良し。開けるぞ? 能力解除しろ」
「…ふぅ! 了解!」
「いや、そんな気張らなくても……」
ガラリ
「ようこそ。えーと……名前はなんだっけ?」
「ありゃ、言うの忘れてたか。藤原妹紅だ」
「まぁ、訊くのを忘れた私も悪いか。兎に角ようこそ我が家へ」
…まぁ、彩目がフレンドリーな対応をしてくれて助かった。
あの屋敷と同じ雰囲気は、もう嫌だ。
だがその安心感も、妹紅の態度で木っ端微塵に砕け散った。
「貴女は…!? ……ッ彩目…!?」
「…一般庶民にまで私の名は伝わっているのか?」
「いや、親がそういう所だからな。そんな情報をよく聴くそうだ」
『オイ!? 貴様はなんでそんな所で働いてるんだ!?』
『おお、これがかの念話か!! 凄い!』
血の繋がり? で出来るテレパシーか。それは思い付かなかった。
……これからの話は、俺の大失敗の記録で、妹紅に対して酷い侮辱になってしまう話になってしまった。
……まぁ、俺は様々な場面で親しい相手に甘い判定をして、それでいつも失敗をしているんだけど、今回もそういうオチだ。
そういう事なのだ……俺は今回もダメでまるで訳の分からない酷い奴だったという、それだけの事……。
『場合によれば即座に貴様と詩菜が結び付く状況じゃないか!? むしろ気付かない方がおかしいぞ!? 私を紹介すれば嫌でも詩菜と結び付く!! そこへ貴様が親として来た!! ただでさえ名前も似てたりしているんだぞ!?』
『……あー…』
『くぅ…このバカ親父!!』
『…ま、まぁバレなきゃ良いって!』
「……志鳴徒…が…?」
「…手遅れ、だな」
「ッ……」
ここに来て、ようやく俺は自分が仕出かした事に気付いた。
…彩目は一時期世間ではかなりの有名人だった。
濁った霊力を使う事も、それで妖怪退治にはそれなりの評判があり、とある妖怪を憎んでいる事も、かなり巷では噂になっていた。
本人があまりにも気にせずに無関心を貫いていたので、暫く一緒に過ごしていた俺もあまりその噂について気にしなくなってしまった。
そして……その妖怪と出逢った事で、当の本人も妖怪になってしまった。という事も、有名だというのに。
事実、あの場面で彩目の妖力を見てしまった人はかなりの人数に上ってしまったし、噂を消そうにも当時は民間の陰陽師であった俺には無理な話だし、今の立ち位置でも不可能だ。
人間も執念が溜まれば鬼となる。
テレビやゲームもない、この時代。
『噂話』は庶民・貴族共通の楽しみだ。
故に、
人間にしてはかなりの才能・頭脳を持っている妹紅には、簡単に結び付いたのだろう。
師匠が妖怪で噂の詩菜だという事に。
「……師、匠?」
「ハァ……だから貴様は……」
「分かってるよ……お前の時と同じ、ロクデナシにまたなった訳だ。俺は…」
「……う、そだろ……? 師匠……?」
「悪い……すまん」
最悪だ。どうする…?
妹紅は、暴れまわれば殺さねばならなくなるかも知れない程の実力者だ。
頭に触れば気絶させる事は可能だが、そうそう簡単に触らせてくれるとは思わない。
『……志鳴徒。もし彼女が私らを誰かに話して私らが追われる事になるのなら、その前に私はコイツを殺すぞ』
『ッ!? ちょっと待て!?』
『誰かよりも家族だ』
『それはッ……そうかも知れないが!!』
『まだ甘い事を更に言うつもりなら、私がお前を倒してから殺す』
『……クソッ』
……ああ、紫の言う事もたまには正しいんだな………。
《身内が戦うのは見たくない》
ハハ……なるほどね。
……決めた。
『……子が親を圧倒出来ると思ってんのか?』
『……ふふ、前回は負けたがな』
共に妹紅に向かって立っている筈なのに、俺と彩目の間に悪意が満ちていく。
が、それは今やるべき事じゃない。
「……ま、妹紅を止める方が先だがな」
「そうだな。親子喧嘩はその後だ」
「……あ、あ……?」
妹紅は座り込んで顔を両手で抑えて俯いている。
……しかし、師匠が妖怪だと知った事でここまで精神が揺らぐか?
これじゃあ、自分が信じてた物が正反対に作用していたよ…う……な。
……まさか…。
「……嘘だろ…師匠は陰陽師だろ…? なんで詩菜みたいな妖怪に、なってんだよ…?」
「……待て」
「……師匠みたいな……鬼にも引かずに戦える。そんな陰陽師を、目指してたのに……さ……?」
「止まれ、妹紅」
「……志鳴徒?」
「なんで…妖怪なんだよ……やっと確信出来たのに……!」
「喋るな妹紅!!」
「やっと好きだって分かったのに! 何でだよ!?」
…ほーら、まーた俺は嫌な奴になっちまった。
妹紅は叫ぶと同時に俺に向かって攻撃を仕掛けた。
修行でも見た事がない、本気の攻撃。
手刀は俺の肩に目掛けて打ち出された。
……俺は、どうすればこんな事にならなかったのだろうと、飛んでくる手刀を無駄に冷静に見ながら考えていた。
妹紅に冷たくするとか?
人間相手には詩菜で妖怪相手には志鳴徒にするとか?
そもそも藤原氏の依頼を受けなければ良かったとか?
それとも初めから妖怪だと教えれば良かったとか?
男子でも女子でもあると言えば良かったとか?
もう少し慎重に行動すれば良かったとか?
人間に協力しなければ良かったとか?
詩菜のままで志鳴徒にならなければ良かったとか?
妹紅と出逢わなければ良かったとか?
けれど、もう既に彼女は暴走してしまっている。
「志鳴徒!! 動け!!」
「ッッ!?」
左肩に刺さろうとしていた右手を払い除け、距離を取る。
だが距離を取らせようとしてくれない妹紅は直ぐ様近付き、蹴りを放ってくる。
いつもの普段着ではなく、修行で着る服のままこの家に来たのが災いした。
普段着ならば着物で蹴りなど放てる筈がないのだが。
狭すぎる室内、瞬発力が得意な俺はこんなに狭い所じゃ能力を上手く発揮できない。
それにこの天才は打撃が効かない事を知っていて、わざわざ直撃じゃなく擦れるように爪先を飛ばしてくる。
「クッ、ソッ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
「志鳴徒!!」
「彩目! 戸を開けろ!! 外に出る!!」
「ッ分かった!」
そこからは、ガキのケンカみたいなものだった。
妹紅はなりふり構わずに俺に突っ込んでくるし、俺は俺で申し訳無い気持ちで攻撃に踏み込めずにいた。
……泣いてる奴と戦うのは、彩目とあわせて二回目。
まったく、どうしてこうなったのやら……。
とっくに陽は沈んで、辺りは妖怪でもない限り真っ暗にしか見えない。
それでも妹紅は俺に向かってくる。まだ叫び続けている。
妹紅も俺も、既に傷だらけだ。
『……いつまで戦うつもりだ?』
『彩目か。どこにいる?』
『家に居る。そいつの狙いはお前だからな』
『そっか…ッと!?』
『…考え事をしながら、貴様の弟子は倒せる相手か?』
『…そうは言ってもッ! なら!? 俺はどうすれば良かったんだ!?』
『知るか。私に訊くな』
『……だよな。スマン……お前に当たっても意味がない』
『お前の相手は妹紅だ』
『ああ。そうだった』
…過ぎ去った事を考えてもしょうがない。今は妹紅の事を考えなければ。
妹紅は霊力も妖力も何も持たない。陰陽道も知らない。札や弾幕も知らない。
つまり遠隔攻撃を知らない。
あいつが出来るそういった技は、せいぜいが俺のような石や砂利を蹴飛ばす位だ。
威力も速度も俺とは段違いで、脅威となるようなものでもない。
なら妹紅が出来る事は、俺に接近してインファイトを仕掛ける事しかない。
……だから、俺が使う技の流れや手足の動かし方が似ている。
こんな奴と一緒になったって、到底幸せになれねぇぜ?
それに、まだまだ自由で居たいなぁ。俺は。
『ようやくいつもの調子が戻ってきたようだな?』
『らしいな…』
やれやれだ。
全く、我ながら馬鹿みたいだ。ほんと。
『…死ぬなよ?』
『こんな処で死ぬつもりは毛頭ない。いやでも逆に愛してくれる奴に殺されるのも…』
『おい』
『分かってるよ。俺は志鳴徒だ。誰しもが不幸な終わり方なんて許さねェ』
『……』
そんな今の状況では笑いさえ出来ない冗談を念話で彩目に言い、妹紅へと話し掛ける。
無論、彼女は攻撃を俺に仕掛けているから、もしかしたら聴こえていないのかもしれない……だが、そこは俺の能力『衝撃を操る程度の能力』を使って、聞こえるように話す。
「妹紅」
「うらああぁぁぁ!!」
「お前の想いには答えられん。それに当分独り身で居るつもりだしな」
「あああああああ!!」
「……大体、妖怪と人間が釣り合う訳ねぇだろうが!!」
「ああがハッ!?」
伸ばされた右手を引き込み、もう片方の腕で鳩尾に肘を入れる。
空に浮いた所を更に蹴りを入れて弾き飛ばす。
「……ま、手加減してる辺りが俺の弱い所だな」
「ガハッ! ……く……師、匠…!」
「今からお前の脳みそに《衝撃》を叩き込む。ここしばらくの記憶なんて吹っ飛ぶ奴をな」
「……ケホッ」
「それで……一からやり直せたら最高なんだがなぁ……」
一度聞いてしまったからには、もう取り返しはつかんな……。
……ん、これも妹紅からの逃げだな……はぁ。
「……そっか……ゴホッ」
「……戻ったか」
「容赦ないなぁ……師匠は」
「ブチキレたのはお前からだろ」
「ハハ……げほ、そっか。そうだった……」
ゆっくりと立ち上がる妹紅。
妹紅には俺の姿が見える筈が無い程の暗さなんだが、明らかにこちらを見据えている。
「……まぁ、いいや。ゴホッ、この想いも忘れるんなら……いっその事告白した方が後々、師匠の枷になるからな……」
「オイオイ、まだ独身だし浮気もしてねぇが?」
「はは……《嫉妬》っていう呪いだよ。ふぅ……」
「私は、師匠が、志鳴徒を、一人の男性として好きだ」
「俺は妖怪だ。ちなみに女性でもある。ていうかぶっちゃけ結婚はしんどそうだから嫌だ」
「ははは……風情もへったくれもない拒否の言葉……」
「俺にそんなのを求める方が間違ってるっての」
「……あ~あ、ふられた……」
その場にバタリと仰向けに倒れる妹紅。
ゆっくりと近付き、横に座り頭に手を添える。
「……妖怪になって追いかけよっかな……ケホ」
「そんなのは彩目で十分だ」
「え!? そんな間柄!? ゲホッゲホッ!!」
「そんな訳があるか!? 誤解だ誤解!!」
「慌てると余計そう見えるぞ彩目。ていうか何時の間にそんなに近くに来たんだ?」
「……ハァ。終わった様だからな。様子見だ」
「そっか……さて、妹紅、他に呪いはあるかい?」
……いっその事、ここで詩菜に変化した方が妹紅の思いは粉微塵に砕けるとは思う。
だが、そうしていないのは……まぁ、俺が激甘だって事だな。
こうやって、言い残した事を訊いてる事もな。
「……あ~、肋骨折れてる」
「まぁ、何かしらの言い訳をお前に言って、何とかするさ」
「父上に、は、なんて言うんだ?」
「『詩菜に襲われました』」
「……まぁ、間違ってはいないが……貴様はそれでいいのか? ただでさえ都の警備は厳しいとか言っていたのに、余計に警備が厳しくなるぞ?」
「いつもの事いつもの事」
「ダメだ、この馬鹿親父……」
「……んケホッ、じゃあ、もし私が今回の事を思い出して、妖怪になって追って来たら?」
「ん~……それでも断るかな? 俺にゃ勿体無過ぎる」
「なんだ……残念」
「ま、人間として幸せをまっとう出来りゃ、師匠としては鼻が高いね」
「……そっか」
「他に何かあるか?」
「……志鳴徒?」
「ん?」
「好きです」
「……諦め悪いなぁ、オイ」
「師匠譲りさ」
「……彩目、似てるか?」
「まぁ……微妙に」
「マジか……」
「最後の足掻きだよ」
「ハァ……『どーでもいい』」
「ップ! はははははは!! いだだだだだ!!」
「ほ~ら、無茶するから……」
「……師匠らしいな」
「俺だもの」
「なんだその返答……」
「……ああ、すっきりした…いいよ、やってくれ」
妹紅の頭を掴んだ右手、に神経を力を集中させる。
物理的なダメージを与えずに、精神的ショックを与えるのは中々に疲れる。
……明らかに、物理の方に慣れてしまった証拠だな。
「《ショック》!!」
叫んでから、効果が発揮されるまでの、一秒にも満たない間。
声なんて挿める筈がない時間の狭間。確かにそれは聞こえた。
「……すっきりしたけど……諦めるつもりは毛頭ない」
「は!?」
「わっ!? な、なんだいきなり!?」
手の先には、既に気を失い、記憶を失った妹紅がいる。
寝……ている?
「……彩目、聞こえた?」
「? …何がだ?」
「私が術式を発動させてから、妹紅の声が」
「聞こえてない。大体、そんな時間無いだろ?」
「だよね……?」
まぁ、私の幻聴かも知れないか……。
とは言え、妹紅ならありえるとも思えるな………。
「うわぁ~……とんでもないもの、背負っちゃったよ…」
「……どうでもいいが、また詩菜になってるぞ」
「………………………なんで!?」
「知るか」