風雲の如く   作:楠乃

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帰還

 

 

 

 ……憂鬱だ。

 

 気分は……そう、夏休みが終わって答え丸写しの課題を担任に提出しようと思って学校に向かっていたら、課題を全て家に忘れていた事を思い出して、しかも今から取りに行ったら確実に学校に遅刻なのだが期限を守らなかったら零点の課題があるし、電話やメールをしようにも携帯はないし財布もなくて公衆電話もない時の半端無いアレだ。

 

 要するに、休暇が終わって京に帰らなければいけない。

 それは、いい。別にいいのだ。

 

 

 

 問題は、

 

「お前の弟子。妹紅……か」

「……それなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休暇が終わる最終日。

 向こうの家にも此方の家にも持ち物は特に無いので、実質俺には何も荷物がない。

 だから、最終日でものんびりしたって良いのだ。そう、良いのだ。

 

「良くないだろ」

「……行きたくねぇ」

 

 正直に言って、それが本音である。

 逢いたくない。特に妹紅に。というか妹紅に。妹紅だけに。

 

「お前が蒔いた種だろ……後片付けはお前にしか出来ないだろ?」

 

 確かに俺が蒔いた種かも知れないけどさぁ?

 恋してきたのは向こうだろ……そこまで俺の責任なのか?

 

「お前の責任だ」

「……言い切りやがったよ……」

「惚れられたのなら惚れられた分だけの責任を持ちなッ!! それが『男』ってもんだろが!!」

 

 ……誰だお前!?

 あれ!? 彩目さんこんな熱血でしたっけ!?

 

「いや、こんな不甲斐ない父親だと思うと情けなくてな?」

 

 ……どうせヘタレだよ俺は……。

 

「良いから行ってこい! 記憶はちゃんと吹っ飛ばしたんだろ?」

「吹き飛ばしたがなぁ……いつ思い出すか分からないんだぞ?」

 

 時限があるかどうかすら分からない時限爆弾だぜ?

 何が原因で爆発するか分からない爆弾だ。着火の原因が俺と出逢うっていう事もあるんだぜ?

 

 ……あぁ、なんであの場面で『一ヶ月、ちょいと故郷にでも帰ってみるよ』とか言ったんだろ……。

 縁を切って京を離れりゃ良かったかな……。

 

「……捨てる気か?」

「まさか……契約の最後までは師匠と弟子だ」

 

 ただその関係が、俺と逢う事で破綻するのが嫌なんだよなぁ……。

 やれやれ……。

 

「ふん」

「……ちなみに、俺が『見捨てる』と言ったらどうする気だったんだ?」

「ガチでぶん殴る。又は叩き斬る。というか半殺しにする」

「……ハハハ」

 

 

 

 はぁ……。

 

「ま、逢うのはいやだが行かねば。依頼がどれだけ溜まってるやら……」

「自業自得だろ、何から何まで」

「……」

 

 鬱になるわぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……と」

 

 足取り重いまま、京にある我が家に帰ってきた。

 彩目とは既に別れて旅をする事になっている。

 まぁ、滅多な事がない限り、彼女が京に来る事はないだろう。

 

 ……うむ、流石に一ヶ月も放置すればこれほどのホコリも溜まるか。

 まずは……掃除するか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい。そんな時間稼ぎも虚しく終わり、藤原氏の自宅前で御座りまする。

 時刻は既に夕暮れ時。尋ねるというのには相応しくない時間帯である。

 

 胃が痛い……。

 どんな顔をして逢えば良いのだ?

 自らを好んでいるという事を知っていて、しかも相手が告白したという事すら忘れている相手に一ヶ月ぶりに逢う時の表情? なんだそれは?

 妖怪を退治する為に連れ出して重傷を負わせ、一ヶ月も治療の為に自宅に封じ込めた相手にどう話せと?

 

 あああぁぁぁー……。

 見捨てるというかもう二度と逢わないのは契約に反するし俺のポリシーにも合わない。けれど逢うと色々とギクシャクするだろうからなぁ……。

 

 

 

 ぬわぁ………。

 

「……何してんだ師匠?」

「ッ!? って妹紅!?」

「よう、師匠。久し振りだな」

 

 門の横で頭を抱えて座り込んでいた時に声をかけてきたのは、あろうことか本人妹紅であった。

 なんてこったい。

 

 ……なんてこったい。

 

「……お前、記憶とか体調は大丈夫なのか?」

「ああ、特に問題ない……って言いたいけど、記憶はまっさらだしな。私が師匠と出掛けたらしいけど全く覚えてない」

「っ……詳しく訊かせてくれるか?」

「? その日の事を師匠は覚えてるんだろ? 逆じゃないのか?」

「いや……俺の記憶とあわせて、もしかしたら治療も出来るかもしれないだろ」

「ああ。なるほど……」

 

 ……まぁ、口からのでまかせだし、記憶の治療をする気もないが。

 

 本人曰く、その日に何が起きたかすら思い出せないそうで、本人からすれば気が付いたら寝ていて、身に覚えのない傷を負っていたという訳だそうだ。

 

 フム……まぁ、良かった良かった。なのか?

 とりあえず、俺の顔を見て思い出すような事がなくて良かったよ。うん。

 思い出せてしまっていたら……俺は、逃げているだろうな。今頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤原殿、お久し振りです」

「おぅ。また妹紅をよろしく頼むのぅ」

「では師匠。またよろしくお願い致します」

「はい、よろしくな」

 

 

 

 なあなあで物事が進んでるけど……まぁ、今のところは平気かな?

 

 はぁ……。

 

「ま、今日の所はひとまずこれで帰りますので」

「……何かあったのか? お主」

「?」

「口調、もそうじゃが……儂等に何か隠しておらぬか?」

 

 ………………………。

 

「隠し事がない奴なんて、この世の中に居ると思う?」

 

 おっと、詩菜の口調が出かけてる。ヤバイヤバイ。

 

「ちょっと久し振りに逢ったし……色々とあったからな。距離感が掴めないというか」

「はっ! 何じゃ? その程度でお主はうじうじ悩んでおったのか?」

「その程度、って……」

「儂も妹紅もお主の事など恨みやせぬわい。お主の言葉を借りるならば、それこそ『どうでもいい』わ!!」

「……ハハハ」

 

 どうでもいい、ね。

 何だか久し振りに使ったような気がするよ。

 

「なるほどね。了解」

「わかってくれたか?」

「ん。明日からは平常運転を志すよ」

 

 いつもの調子で、いつも通りに生きてみよう。

 そして願わくは、前のような事が起きませんように!!

 

 

 

 


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