風雲の如く   作:楠乃

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天狗と私の名前について

 

 

 天井が見える。

 イコール、眼が覚めている。

 

 しかしながらその天井は見た事が無い。

 つまり『知らない天井だ』

 背中に感じる感触は、どうやら布団。というか視線を下ろしても布団。この時代に布団があるのかどうかはさて置いて。

 ん~…今までずっと木に登って寝ていたからなぁ……。

 ある意味、屋根があったり、布団に包まれている方が新鮮だね。うん。

 

 

 

 ……いや、そんなのんびりしてる暇じゃないっての。

 体を起こし、辺りを見渡す。見た感じ、何処かの部屋みたいだけど……?

 

「あら、起きられましたか」

 

 声の方向へ顔を動かす。が、どうもまだ調子が良くないらしく、身体が上手く反応しない。

 

 視線の先には、若い女の天狗らしき妖怪が一人。

 天狗、って事は―――――――――

 

「…ここは天狗の家?」

「あ、天魔様ですか?今お呼び致しますね。天魔様~!!」

「あっ……行っちゃった…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局そのすぐ後に、天狗……いや、天魔が私の寝ている部屋に来て、色々と説明を始めた。

 私が気絶した後、周りにいた魑魅魍魎たちがこの状況はどうしたものかと悩んだ結果、私達を天魔の家に運んだそうだ。

 そこからは、天魔の妻たちが気を失っている私と天魔を介抱したそうで。

 

 …妻たち、って……一夫多妻制ですか……。

 夜道に気を付けろよ。と呟いておく。聴こえないぐらいの声量で。

 

 

 

 そうして天魔の説明も一通り終わった。

 ……普通に私達は話しているけども、

 

「……鼓膜は?」

「うん?そのぐらいならばすぐに治るわぃ」

 

 妖怪パネェ。

 どれくらい私が寝ていたのかは知らないけど、そんなさっさと治っていいものなのだろうか…。

 

「フム、ワシは良いとしてお主の身体の調子はどうなんじゃ?」

「…あちこち体がまだ痛いね。上手く動かないし」

 

 あの戦いで精神力を使い果たしたし、普段よりも数倍も素早く木々を跳躍した。

 回復にすべて妖力をまわしているのに、この筋肉痛だもんね。ああ痛い痛い。

 いや……この場合は能力痛と言うべきなのかな?知らないけど。

 

 

 

 ……というか、普通の精神をしていたら、こんな普通に会話は出来ないと思う。

 そもそも相対していた敵同士である。しかも私が勝たなければ結婚という恐ろしい結末。

 けどまぁ、そう考えているのに対話している私はなんとやら。

 

「……こんな事を聞くのも、なんか上から目線であれだけどさ…私の勝ち、で良いんだよね?」

「ああ、お主の勝ちじゃ、ワシは負けて婚姻は無し……じゃが、その身体では動けぬじゃろ?」

「…そうだね……今は身体を起こすのもきつい、かな?」

「しばらくは此処に厄介になるが良い」

「…有難う御座います」

「かまわんかまわん。ま、ゆっくりしてゆけ」

 

 こういう時はそれなりにかっこいいのになぁ……。

 しっかしまぁ……優しい男である。自分を振った奴に親切に出来るとは。

 ……だからモテてるのか。だから一夫多妻制を保ち続けられているのか。

 …なんだろう、このリア充と叫べばいいのだろうか。しないけどさ。虚しいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんやかんやでしばらくの間、天狗の集落にお世話になる事になった。

 集落だけに何百もの人(天狗?)がここに住んでいる。

 普段なら天狗の一族か、信頼の置ける手下妖怪しか入れないのだが、私は『天魔を倒した』 + 『天魔が認めた客人』……ということもあって、現在ここに居れるそうだ。

 

 天魔以外にも私の世話をしてくれる人や天魔の妻たちと話したりもするんだけど、ここである問題が発生した。

 

 ―――――――――私の名前である。

 

「…約束では『妻になったら名付ける』という話じゃなかったかの?」

「んじゃ、あの勝負は引き分けで尚且つ私の判定勝ち、って事で私は妻にならない。だから名前をヨコセ」

「なんじゃそれは!?ワシの得が何もありゃせんじゃないか!?」

「じゃあ、ここに家を建ててここに住もうか?」

「…随分とあっさり決めたが……実は?」

「暫くしたらまた旅を再開するつもりである」

「意味無いではないか!?」

「帰る居場所があるってことは幸せなんだよ?」

「む」

「旅で疲れたらここに帰ってくるから。ね?」

 

 多分。大分。

 決して絶対とは言わない。いや、言えない。

 

「…むうぅ」

「それとも此処で別れて二度と会えない…とか」

「……ええい、分かったわい!!」

「商談成立!って事で、本題に入りましょ」

「…商談成立、本題って……まぁ、良い。お主の名前じゃな?」

「自分で決めるもんじゃないと思うんだよね。名前ってのは」

「フム…」

 

 悩む天魔。

 それを座って見守る私。すでに屋敷内を動けるぐらいには回復している。具体的にはこの屋敷に来て既に3日。

 話によると、どうやら私は倒れてから一日半くらいは寝ていたらしい。

 それから起きて、約二日。こんな話をしている。

 

 ……まぁ、流石に戦闘になると身体が思うようには動かないと思うけどね。

 というか回復に使う妖力そのものが回復しきっていないんだよね。なんというジレンマ。

 

 とか考えていると、天魔がぼそっと呟く。

 

「……なかなかに難しいのう」

「天魔さぁ…もしかして名付けた事とかって、無い?」

「あるわい!…じゃがお主の場合、すでに精神が子供ではないじゃろ?これで何か言われるとな…」

「……ああ、妖怪の自然発生じゃなくて、出産による妖怪の子供の名付けしかやったこと無いのね」

「…まぁ、そうなんじゃが…何故分かる…」

 

 ゲーム脳のお陰さ!

 

「…まぁ、長にもなると色々とあってな」

「ふ~ん?」

 

 ま、私には関係ないだろうからどうでもいい。

 族長なんて私にとっちゃ重っ苦しいものでしかないと思うんだよね。私がそう感じているだけだろうけど。

 ……私にリーダーシップが執れるような器が無いからかな…?

 

「…すぐには決めれん。ワシの妻たちと相談する時間をくれぬか?」

「……(おのれリア充)」

「?……すまんがもう一度言ってくれぬか?」

「ハァ……ちゃんと決めていただけるのなら、ね」

「それは無論じゃ」

 

 結局呟いてしまった。おのれリア充。

 

 

 

 その日の夜。

 妖力というものはなかなか集まらないものなんだね。

 ここまで消費して初めて知ったよ。いや、昔から薄々感じていた事だけどさ。

 

 

 

 閑話休題。

 

 遂に私の名前が決まった。天魔の部屋に来てそれを聞きに来ている。

 相談とか言っておきながら、案外あっさりと決まったような気もする。まぁ、良いんだけど。嬉しいし。

 

「シナ?」

「当て字じゃが『詩菜』、息が長い……お主、能力使う時に息を止める癖があるじゃろ?」

「え?そうだった?」

「……」

「…ごめん、ぜんぜん気が付かなかった…ハハハ……」

 

 うぅん、自覚してなかったけどそんな癖があったなんて…。

 けど『詩菜』か…しな、シナ、詩菜……。

 

 うん、良いんじゃないかな?

 そう思うとなにやら体が温かくなった。

 

「体調良くなって来たんだけど…これは?」

「名は体を顕すと言うじゃろ?その効果じゃろ」

「ほ~……はい、はい…」

 

 けど、逆になんか眠くなってきた。

 身体が温まったからかな……?

 ……いかん、堕ちそうだ。寝落ち…する。

 

「……眠い」

「ほう!さぁさワシの寝所に来 「誰が行くか!!」 ぐおっ!?」

 

 セクハラをしようとした天狗の顔に出された水、椀を投げて、私は自分の部屋へ帰った。

 奥さんにでも刺されちゃえ。

 

 

 

 次の日。つまりは翌日の朝。

 私の名前が決まり、『詩菜』と呼ばれる事になってから初めての朝を迎えた日。

 

 ……うん、なんか色々と清々しい気分。

 名前をつける事によりそのモノの本性・本質・本能が決まるとかどうたら……。

 まぁ、それによって妖力及び体調が回復したので、そういう事(?)なんだろう。良く分からないというのが本音だけども。

 

 体調もバッチリだし、はてさてどうしたものかな……。

 …まぁ、とりあえず意味もなく天狗の集落をぶらついてみるとしよう。

 体力が回復したのを実感したいし、一応住む事になったんだから色々と見て回ろう。

 

 

 

 中々に活気もあり、普通に空を駆ける天狗や剣や盾、羽団扇を持った天狗が居なければ、それこそ人間と遜色変わらないんじゃないかと思う程の妖怪の往来。

 …まぁ、それを言った瞬間に皆して私を襲ってくるかな?『人間等と比べるな!』とか言ってね。

 

 そんな馬鹿な事はしないけどさ……。

 

「お前、天魔に勝ったんだって?」

「ヘェ!こんなお嬢ちゃんに負けたのかい!天魔も終わりってか!?」

「おうおう!こんなガキ!俺が一捻りすれば終わるぜ!?」

「「「ガハハハハ!!」」」

 

 こういう類いの馬鹿はどうしたもんかな…。

 ……こりゃ、天狗の長も色々と苦労してんのかね?

 

 大男が三人、私を囲むようにして上から見下ろしている。日本人のような顔をして外国人以上の身長だから、違和感が物凄い。

 天狗の中でもこの三人は強いのか、誰もが見ない振りをして足早に此所から立ち去っていく。小さな子供が私達を見ていて、母親らしき天狗がそれを引っ張って家の中に入っていくのが見えた。

 まぁ、良くあるイジメ現場だね。うむうむ。

 

「お嬢ちゃん…よくよくみたら可愛いじゃねぇか……」

「ガハハ!どうだ、おっちゃんたちと良い事しないかい?」

 

 …昔はさ?寿命が短かったから結婚も早くて、十何歳で子供を産んだっていう話だよね。

 戦国武将や大名は皆ロリコンげふんげふんだったっていう話。

 

 ……だけどさぁ…。

 

「イヤらしい目付きで見てんじゃないよ」

「あぁん!?」

 

 大体私は(元)男だっ!!

 パチンッ!

 

「このバカッ!!」

「■■■■■!!?」

 

 目の前にいた天狗の金的を、血脈が途絶えろ位の気持ちで蹴り潰す。

 衝撃を操っていないのは本気で潰そうと思っていないから。普通に蹴っても悶絶する位なんだしね。

 元男としてね?…あの感覚はヤバイよね。

 あぁ、なんて優しい私……そしてなんて生々しい感覚…能力使えば感じなかったものを……。

 やはり潰しておいた方が良かったか……?

 

 股間を押さえて蹲った所を、顎を狙って思い切り殴る。当然のように、脳天が思い切り揺れるように衝撃を操って。

 顔が一瞬ブレ、その後すぐに白目と泡を噴いて、前のめりに倒れるチンピラ天狗A。

 それを避けて、そのまま地面に倒れる彼をを見て、呆然とするチンピラBとC。

 その呆然としている隙に、地面を踵で叩いてジャンプし、奴等の頭上を超えて天狗Bの頭を掴む。

 地面に私が落ちる前に、能力を発動。

 

「喰らいな!!『ショック』!」

 

 天魔にやったときと同じ様に『心に衝撃を与えた』

 精神に多大な負荷をかけて気絶させる。

 手を頭から離して地面に降り立つと同時に、また前のめりに大の字で倒れる天狗B。

 

 さてさて……残すは一人。

 

「君で最後の一人だよ?」

「はっ?……あっ、ああぁ!?ふざけやがって!!」

 

 持っていた剣を出したよ、この天狗……見た目少女にさぁ…。

 そんなどうでもいい事は置いといて……拳なら反射出来るけど斬撃は不可能だからなぁ。避けるしかないんだよね。そういう鋭利な刃物は。

 

 そんな事を考えている内に、天狗が刃物を奮って私を切り刻もうとする。それにわざわざ当たってやる私でもない。

 地面を蹴る衝撃を増幅して真横に身体を高速移動する。その着地の時に足にかかる衝撃を消し去り、もう一度地面を蹴る。尚且つ相手の剣を避けつつも近距離を保つ。

 瞬間移動で剣を避ける。イメージ的にはどこぞの死神の瞬歩みたいな感じかな?あの漫画、詳しくはないけど。

 

 近くに居るのに当たらない事に怒った天狗の、大振りな剣が地面に刺さる。そういう風に誘導したしね。

 まさに愚者の如く。特に早く抜こうと躍起になっているところがね、笑いを誘うよね。

 …まぁ、笑わないけどね。笑えないし、笑う方がおかしいと私的には思う。思ったりもする。

 

「ハイ、君の負け」

「へブっ!?」

 

 最後に頬を平手打ち(能力付き)して気絶で終了、っと!!

 

 

 

 はてさて、身体の怪我はほとんど完治しているのが、先程の喧嘩でわかった。

 寧ろ名前が出来たおかげか、前よりも能力が使えているような気すらする。

 戦闘も終わって、身体を伸ばす。調子も万全、ッと!

 

 けど、道端で大男が三人も転がっているのは、その…何?眼のやり場に困るていうか…なんていうか……。

 …まぁ、色々と迷惑なので、天魔にどうにかしてもらおうか。

 ……どうやって呼び出そうかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とかまぁ、そんな悩み事は杞憂だったらしく、近所の天狗が里の総大将をいつの間にか呼んでくれていたようで。

 下っ端天狗らしき人物に連れられて、こっちへ飛んできて着地する天魔。

 

「お主…身体は大丈夫なのか?」

「うん?まぁまぁ、大丈夫だったよ」

「…まぁ、良い、身体が治ったのは良い事じゃしな」

 

 そう言うと倒れていた三人を運ぶよう近辺に居た天狗に命令した。

 …能力が無いのに長になれたのは、身体能力が高いのと仲間が自然に付き従うオーラみたいなモノがあるからなんだろうなぁ……。

 対峙した時のプレッシャーなんて凄かったし……今更だけど、良く勝てたな私。

 

 …そんな事を言うと、このエロ親爺は調子に乗りそうだから言わないけど。

 

 

 

 手下にドナドナ運ばれていくチンピラ天狗A・B・C。

 哀愁漂うこの雰囲気はどうにかなんないかな……。

 

 そうこうしている間に日も暮れ、宵闇が始まりかけている。天魔の家に戻ろっと。

 戻ろうとしたところで天魔が空を駈けていくのを目撃する。それに付き添う天狗の皆様方。

 

 ……そう言えば『鎌鼬』って空を飛べたよね?

 鎌鼬状態でなら飛べるのに、人型状態で飛ばないのは何でだろ?

 ……名前も手に入れたし、もしかして今なら飛べるかも。早速挑戦してみようかな。

 どうせこれだけ暗くなれば、誰にも姿は見られないだろうし。

 

 まずは『風』になる。

 足から順に空気に溶けていく。身体は『体』の形を保ってはいないけど、意識すれば何かに触れる事は出来る。

 そのまま上昇……うん、感覚は多分覚えているものと変わってない。分かっていると思う。

 空中で人化する。するとあらビックリ、人間が空中に浮いている!!

 

 

 

 ……。

 

 

 

 …人間の時で空を飛ぶのは無理なのかな。

これ以上動いたら、空中の制御が出来ずに墜ちる事が簡単に予想に出来る。出来てしまう。

 それぐらいに、自分の身体が不安定なのが分かる。迂闊に動けない。

 

 …風に戻って着地して歩いて帰ろ。

 なんかもう違う意味で疲れた……これはもう…練習あるのみだね……。

 ……練習しても出来なさそうな感じがプンプンするけど……さ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで過ごしている内に、いつの間にやら天魔と出逢って既に一ヶ月。

 あっという間の、久し振りのまともな生活。

 

 天狗の集落からちょいと離れた場所にある『大木』が、今現在私が住んでいる場所である。

 どこかのアニメみたいな馬鹿でかい大木を能力を使って大穴を作り、そこから更に内側を削ってメルヘンチックな我が家を作った。

 ……訂正、作ってしまった。

 

 私自身が小さいから結構広く感じるけど、ここに天魔が来るともう…狭くて狭くて、とても窮屈になって困る。

 ……寂しいからってなんで来るのよ天魔……妻達がいるでしょ…。

 

 

 

 閑話休題。

 

 最近の話だけども、私は天狗に混じって『呪術』を習い始めた。

 流石は山伏の格好をしているからか、恐らく修験道やらを習っている。

 何の事は無い、単なる暇潰しと思って習い始めたんだけど……これが中々に面白い。

 数学とか物理をもう一度習っている気分になる。懐かしい学生気分。

 ……いや、まぁ、内容は物理法則なんてぶっちぎっているんだけどね。

 

 

 

「え~、詩菜さん?ここの式はなんですかねぇ?」

「あ~…妖力を変換する式です」

「んじゃぁ、ここの次に火の式をいれると何の術が出来ますかねぇ?」

「えっと……お、燐火(おにび)?」

「そうですね~、んまぁ、要は発火の術と言われるモノになりますね~。んじゃ次は―――」

 

 …何処かで聴いた事のある独特な喋り方の先生の授業を受け、三日に一度は何故か我が家に寄ろうとする天魔と他愛もない話をし、のんびりと暮らす。

 なんて平和な生活なんだ。

 

 

 

 


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