さて、妹紅と藤原氏の縁も切った。これで京に居る必要性もなくなった。
……まぁ、元からないんだけどね。
人の流れに乗っかっただけなのと、有名な妖怪に遭いやすいってだけだし?
藤原家と別れたのがつい一ヶ月前。
そして、今日は八月十四日。明日は満月だ。
プラス、かぐや姫が月に帰る日の前日でもある。
「……おぅおぅ、殺気立ってるねぇ」
輝夜の屋敷には既に相当数の武士や術師やら陰陽師やらが集まっている。
大方、帝が集めたんだろうなぁ……帝の心も奪い取る月の姫、ってか。
……ん~、敵わないって事を知っているから、どうも憐憫の視線で見てしまう……。
いかんなぁ。自分も慢心出来る実力って訳でもないのに。
「……なんじゃ志鳴徒? お主、京から離れるのではなかったのか?」
おう、藤原氏じゃあらせんか。
……妹紅の事もあって、逢いたくなかったんだが……まぁ、仕方無いっちゃあ仕方無い。
ここで逢うってのは、既に予想出来た事だ。実現してもらいたくな事でもあったが。
「この仕事が終わったらな……最後の大仕事って訳だ」
「……輝夜姫を守る、この仕事か?」
「まぁな」
「ふん……儂の娘を断って姫様か?」
「……そんなつもりもねぇよ。大体、ここの防衛に来てるお前が、俺の事を言えるのか?」
……やっぱり、妹紅の恋心とかに気付いてたんだな。
分かっていた上で、恐らく俺の自宅に泊まる事も許したんだろうな。
……ふん、自分が惚れた女の所に、自分の娘を断って来た奴が憎いってか。
「まぁ、確かに妹紅の事は悪かった」
「……ふん、今更じゃ」
「……こっちからも、ひとつ質問。娘が大切なら、何故お前はここにいる?」
「……」
「ついでにもひとつ。好きな奴より娘が大事なら、明日はこの屋敷に来るな。死ぬぞ」
確か俺が覚えているかぐや姫の話は、月の使者が来た途端に兵どもは動けなくなって、更に動こうとすると次々と死んでいった。とかいう話だった筈。
知らない人間なら、まぁ……どうでもいい範疇に入るが、藤原氏、テメーはダメだ。
「なっ!?」
「まぁ……無論、俺も介入したら無事で済む訳がないがな」
「……お主、そこまで考えて妹紅を……」
「いんや、今日はその話を輝夜としようと思ってここに来た」
あいつが本当に月に行くのなら止めはしないが、前に輝夜が行った通りに『月に帰らず地球に留まる』ならば、友人として手を貸さずには居られないだろう? ってね。
なぁにを格好良く決めようとしてるんだかこのバカは。
「まっ、待て! 部外者は屋敷に入ってはならん! 今は入れるのは姫様とその家族と帝様だけじゃ!!」
「知るか」
「うぉいっ!?」
という訳で、塀を飛び越え走って物陰に隠れて『天誅』のように忍び隠れて、お邪魔しまーす。
……ふむ、陰陽師が中にもうろうろしてるから『鎌鼬』状態では近付けないなぁ。
うっかり触れちゃえば絶対ばれるし……しかし、隠密には風の状態がピッタリなのになぁ……。
まぁ、こうやってそろりそろりと近付くのも面白
「なにしてるの?」
「わきゃあ!?」
「……なんていう声を出してんのよ……」
「って、輝夜か。脅かすなよ」
「……人の屋敷に勝手に入って、その言い分はあんまりじゃない?」
「へいへい」
「謝る気ないわねコイツ……」
……まぁ、見付かったのが輝夜で良かったと考えよう…。
「いよいよいよい明日なんだが」
「『いよい』が一つ多いわよ……」
「そんな事は置いといて、早速本題にだな?」
「居たぞ!! 志鳴徒だ!!」
……ありゃま。
何だか妖怪みたいに追われてるような気もしないでもないが。
「ばれちった」
「緊張感ないわねぇ……」
「助けてーな」
「ええ~、どうしよっかしら?」
「いや、ほんとお願い致します」
この女狐め!?
いや、冗談じゃないからね!? 助けてよ!?
「姫様!! ご無事ですか!?」
「ええ……なんとか……」
「輝夜!? テメェ裏切りかチクショウ!!」
「呼び捨て!? 貴様いきなり何を」
「な~んの事かしら?」
「「……え?」」
「いや、ホント助けて!! くそぅ! 友人だろ!?」
「あら、それもそうだったわね。離していいわよ」
「「「…はい?」」」
……まぁ、嫌われ者の志鳴徒があの姫様とご友人なんて、夢にも思わないわな。
俺が喚いた話も、コイツの妄想だろ? みたいな気持ちで聞いてたに違いない。チクショウ。
「よ、よろしいんですか!?」
「ええ。じゃ志鳴徒、こっちよ」
「……おてんば姫様のお相手は大変だ。お疲れ様」
「え? あ、はい。どーも……」
「んじゃ、見張り頑張ってくれよ~?」
「……早く来なさいよ」
「へいへい」
「「「……ええ!?」」」
イン・ザ・輝夜の部屋。
意外にもここに来るのは五回にも満たなかったりする。
というか、逢って話した回数が十回にも満たないのに、友人というのはどうかと思うが……。
まぁ、気が合えば友人。友人になる為に必要な事など無いのである。まる。
気が合わなければ知り合い止まり。まぁ、腐れ縁というのもあるかも知れないが。
という事で、閑話休題。
「さて、輝夜やい。ご自身の気持ちは決まったかい? 『ここに残るか、月に帰るか』」
「決まってるわよ。『地球に残る』よ」
「んじゃも一つ質問。『妖怪・詩菜の手助けは必要かい』?」
「……欲しいわ。でも月の力は強大よ。妖怪を殲滅する事なんて簡単に出来るわ」
「それは後だ。今重要なのは、助けて欲しいか否か。だ」
……あ~、どっかでこういうシーンがあったなぁ……。
なんだったかは思い出せないが。
助けて欲しいかどうか。それだけを私は聴いているのだ……ってね。
「……助けて欲しいわよ」
「了解!!」
さてさて、どうやって懲らしめてやろうかねぇ?
やっぱり、攻撃力でいったら空間圧縮『緋色玉』が一番高いんだよなぁ。多分、今の京の陰陽師が総動員した結界でも貫通出来ると思うし。
でも無差別攻撃に近いし、手加減もいまいち出来ない。恐らく人間側も盛大に巻き込むだろう。それはダメだ。
とすると衝撃刃かな? 何度も発生させてポンポン投げりゃあ殺傷力は空間圧縮の次に高いな。
でも妖力足りるかね? それと月の奴らが(ありえないとは思うが)ATフィールドとか発生させてたりとかしたら、斬れないかもしれないし……。
「……作戦をたててる訳?」
「ん? ああ……輝夜も何かないか?」
「何よ、その聞き方は……何かないか、って……」
「まぁ、そうだが……」
「……そうね、こんなのがあるわ」
あるのかよ。
と思って見ていたら、輝夜はいきなり懐から出した小刀で自分の手首を切り裂きやがった。
「何してんだお前!?」
「何って……こういう事よ」
「……ッッ!?」
明らかに手首の頚動脈を切り裂いて血がだくだくと溢れていたにも関わらず、輝夜が見せた手首には、一切傷が残っていない。
血さえもいつの間にか消え去り、傷があったという事も言われなければ気付けない。
「……私が地球に飛ばされた理由は『不老不死になったから』」
「……なるほどね。だから不老不死の薬を持ってる訳だ」
帝と翁に渡した薬…ねぇ。
不老不死……フム。
「だから万が一、私が殺されるような傷を負ったとしても、それはすぐに治るわ」
「……一つ、今ので思い付いた案がある」
「何かしら?」
「その前に一つ確認だ。肉体が欠片も残さず吹き飛んでも平気か?」
「それは……分からないわ。でも……」
「……でも?」
「貴方が髪の毛一房でも持っていたら、そこから再生出来るかも知れないわ」
「よし、んじゃ切りまーす♪」
あ、チョッキンと。
「えっ!? ちょ、何するのよ!?」
「いや、持っていけって言ったから」
「可能性として提示しただけよ!!」
「まま、そんなどうでもいい事は置いといて」
「どうでも良くないわよ!! ……ああ、私の髪が……変な風に」
「今の内に切り揃えるこった……さて」
陰陽師が近くにいるから、もしかしたらやばいかも知れないが……。
空間圧縮。範囲、頭一つ分。妖力もプラス。神力もプラス。つまりは今の全力を籠めて、緋色玉を作り出す。
「ッッ!? 貴方、そんな事したら!」
「妖力!?」
「神力も出てきたぞ!?」
「姫様を狙って妖怪まで出てきたか!!」
「いや、神様が守って下さるのかも!」
「場所は姫様の部屋からだ!!」
「急ぐぞ!!」
「……やっぱりばれたか」
まぁ、予想の範囲内。
寧ろバレなかった方が陰陽師達の実力を疑うがね。
「輝夜、お前がこの『緋色玉』に何かしらの力を加えたら、辺り一面が壊滅する程の力を込めた。周りの人民に被害が出ない所まで来たら発動させろ」
「……!? これって、空間圧縮!?」
「どこまでの被害が出るか分からないが……まぁ、少なくとも発動させたお前は消し飛ぶだろ?」
「……ハハ、ハ……」
「姫様!? って、あれ?」
輝夜が袖の中に隠したのを眼の端で捕らえつつ、手を上げて外に向かう。
「お騒がせしました~」
「待て、志鳴徒!! 貴様何をした!!」
「明日の話でちょいと姫様に話がありまして」
「なんだそれは!?」
「ま、明日になれば分かりますって。ハハハハ」
さ~て、藤原氏の事も気になるが……タネは仕込み終わったぜ。
……ハハハ、笑える状況でもないってのにな。
【八月十五日・午後十時・満月】
さぁて、やりますかね?