風雲の如く   作:楠乃

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決戦

 ちょいと遡って、八月十五日の正午時。

 

 俺は特に必要な準備も終わったので、慌ただしく動く武士や術師をのんびり眺め回っていた。

 ……たまに物凄いうざそうな視線が飛んでくるが、まぁ、気にしない。気にしたって仕方ない。

 今日の夜には京中の兵士がこの屋敷に集い、月の兵力に立ち向かおうとするだろう。

 

 

 

 ……果たして立ち向かえるのかねぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん? オイオイ、まだ居るのかよ藤原」

「遂に呼び捨てになりおったか……」

 

 そうやって歩き回っていると、たまたま藤原を見付ける。自分の部下に囲まれて戦の準備をせっせとしていた。

 そのまま近付き、声を掛ける。兵士達に『何だコイツ』という目で見られるのはもういつもの事である。

 

 呼び捨て云々についてはどうせこの身分も捨てるからである。

 

「……お主が姫様と友だというのは本当じゃったんじゃな」

「あたぼうよ……まぁ、依頼で知り合ったんだがな」

「ふぅむ……」

 

 ……あ~、気まずい雰囲気。いやだいやだ。

 

 最後の問いを投げ掛けるべく、ちょいちょいと藤原を手招きする。アイツもそれ応じ、部下が一緒に付いて来ようとしたが断って、俺に近付いて来た。

 声漏れを封じる能力発動。声の振動を他の連中に聴き取らせないようにして、本題を言う。

 

「……今更だが、本気で輝夜に命を賭けてるのか?」

「惚れた弱味というのは、お主には分からんよ」

「妹紅はどうすんだ?」

「……儂が死んだら、お主が守れ」

「無理。そんな余裕も金も時間もない」

「金は払おう。儂の全財産を」

「金の問題じゃねぇよ。命の問題だっつってんだ」

「……お主、そこまで妹紅に肩入れしておるなら何故」

「友人が死ぬのは見たくない」

「……何、儂は死なんよ。陰陽師であるお主の攻撃を避けれる儂じゃぞ? 月の軍勢なぞ、恐れるに足らぬわ!」

「そんな生温い攻撃じゃないから言ってるんだ!」

「……何故、お主はそこまで知っておる?」

「……」

 

 ……くそ。分からず屋め。

 月の力は、俺が詩菜として生まれる前の現代、アレ以上の力を持っている筈だ。

 だが……それを説明するには輝夜の事を話さなければならないし、何よりも俺自身の事も詳しく話さなければ……。

 

「無言か……ふん、前からお主は何かを隠しておるよな」

「……頼む。何も訊かずに、この場から帰ってくれ」

「断る。お主に譲れぬ物があるように、儂にも譲れぬ物がある」

「……くっ」

 

 平行線の話し合い。いや、話し合いにもならないか。

 ……ただの意見の押し付け合いかな。

 

 仕方ない。とは思いたくないが、睨み付ける藤原から離れるように俺は立ち去るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最悪だ。最悪な別れ方だ。そして最悪な気分だ。

 

「そしていつまでついてくる気だ、妹紅」

「……バレてたか」

「当たり前だ。ナメんな」

 

 藤原氏の目線が届かないように角を曲がり続けてたんだから。

 後ろからずっと視線が突き刺さっていたら、気付くっての。多分。

 

「……無理だって。父上は頑固だから」

「ああ、馬鹿野郎だ」

 

 アイツの事だ。妹紅がこの屋敷に忍び込んでいる事にも気付いているに違いない。

 なのに娘の事を考えて、自分を省みようともしない。

 子供は親の背中を見て育つって知らないのかね?

 

 

 

「……志鳴徒も、輝夜の護衛か?」

 

 ……完璧に俺の呼び方が定着したようで……。

 

「友人を見捨てるってのは大嫌いなんでね……まぁ、それでも話を聞かない馬鹿が居るがな……」

「……」

「それに、お前もさっさと帰れ。数少ない友人を死なせたくねぇ」

「……友人か?」

「友人だ、それ以上でも以下でもない」

 

 あ~あ、憎まれ役は辛いったらありゃしない。

 ……ほんと、何やってんだろ自分……。

 

「……はぁあ」

「溜め息多いな」

「誰のせいだと……俺か」

「自分かよ」

「自分からまいた種が自分を無尽蔵に縛り付けて来やがる」

「まるで蛇だな」

「……はぁ、その蛇の一人でもあるんだぞ。輝夜」

「あら、私までばれちゃった」

「っっ!?」

 

 今度はお転婆な姫様が、屋敷の塀を乗り越えて来やがった。

 兵共が見たら卒倒するな、間違いなく。

 

「……お前なぁ。姫の護衛の為に兵がそこかしこにいるんだぞ?」

「まだ日は高いわよ。月すら出てないわ」

「いや、満月だから当たり前だろ」

「それでその子は?」

 

 スルーですか。

 やれやれ……。

 

「藤原の娘、元弟子」

「そう……貴女が……」

「……」

 

 輝夜を睨み付ける妹紅、それをどことなく申し訳なさげに受け止める輝夜。

 ……あ~あ、だから言わんこっちゃない。

 

 

 

「……ふん!」

「まぁ……気ィ付けて帰れよ~?」

 

 捨て台詞(?)的な言葉を残して去っていった妹紅。

 

「……そうよね、私は大切な父上を奪った女」

「……プラス、好きな男を奪った女、かね」

「え?なに、貴方……」

「俺は今は人間」

「いや、妖」

「人間なの。今は」

「……そう。何やってるんだか」

 

 ……本当にな……さっさと明かせば良かった物を。

 そして今からでも遅くはないかも知れないにも関わらず、打ち明ける自信がないというヘタレっぷり。

 全くもってどうしようもない……あ〜あ。

 

「……んじゃ、色々準備に取り掛かるとしますかね」

「準備なんてあるの? あの紅い玉以外に」

「変身ぐらいしかない」

「……準備じゃないわよね?」

「……さぁ」

「テンション低いわね」

「誰の所為だと……俺か」

「貴方なの? てっきり私の護衛に来たからって言うかと思ったのだけれど?」

「いんや、俺だよ……そもそも、好奇心で今までやり続けてきたのが悪かったんだ」

 

 好奇心は猫をも殺す……ってな。

 あ~……なんでこんなローテンションにならんといけんのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八月十五日、午後十時、満月。

 私は上空で待機していた。志鳴徒はここには居ない。

 

 もう知らない。藤原氏の事は。たかが知り合って半年の人間なんだ。

 ……そんな『たかが半年の人間』で、ここまで考えないといけないって事も事実なんだけどね。

 

 元人間。現妖怪。妖怪として生きた年数、一五〇。

 友人とも呼べる妖怪、十人弱。家族一人。知り合いと呼べる人間、数人。

 

 人間っていうのは、どうも調子が合わなくなってきたよ。

 それとも……私という妖怪が狂ってきたのかね。狂ってるのは元々だろうけど。

 

 

 

 現在、屋敷には数百人もの兵士、術師、退魔師が集まっている。

 私は風、いわゆる鎌鼬の状態で遙か上空で待機中。志鳴徒は戦場からいつの間にか消え去っている。まぁ、当たり前っちゃあ当たり前。何故って私が居るのだから、ね。

 この戦、妖怪にも既に知れ渡っており、私のように遠く離れた所からじっくり観戦してやろうとしている連中がわんさかといる。それ以外にも居るけど。

 ……まぁ、近くで観戦しようとすれば流れ弾に当たるからねぇ。それを覚悟して見学しようとしている奴は、余程の好奇心があるのか、それとも私と一緒か。

 

 上空に雲は一欠片もない。真っ暗な夜のカーテン。

 あるのは星の輝きと、眩しい程に光る大きな満月。

 

 綺麗な月……昔やり込んだゲームを思い出すね。満月を見ると。

 あれはかっこよかったなぁ……歌詞も思い出せないけど、ラストバトルが最高に燃えたなぁ。

 ……何気に『緋色玉』が最後のラスボスの技に似てるような気がしてきた。

 全てを終わらす、終わりの卵……ってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来た。

 

 月の使者の到来だ。妖怪の目ですぐさま捕捉。小さな点だった物がどんどん大きくなって近付いて来ている。

 牛車のような乗り物に、周りにいるお世話をする下人らしき女性たち。不思議な色をした雲に乗って、明らかに異常なスピードでこちらに向かってきている。本体と車輪の回転が一致してねぇぞオイ。

 屋敷の敷地の外にはかなりの結界が張ってあったにも関わらず、あっさり突撃、崩壊、バリーン。月の科学力パネェ。

 兵士たちも弓を向け矢を発射しようとしても、手も足も動かず顔だけがキョロキョロと動き回る。周りを見て全員が止まっているのを確認し、動揺して急いで矢を放とうとしても、身体が全く動かない。

 

 私も身体の調子を確かめる。

 恐らくは月の技術で彼等の動きを止めているんだろう。こっちにまで被害が来ていたら作戦も何もない。

 でもまぁ、案外私の身体はあっさりと動いてくれた。私達を捕捉してないのかね? まぁ、隠形してるしね。

 ……まだ、動く時じゃない。

 

 そうして下の様子を監視する。

 ん? あっさりと輝夜が出てきたねぇ。

 おいおい、みんなお前の為に頑張ってるのに……。

 

 

 

 ……そうでもないみたいだな。

 さっき明らかにこっちを見てたし。翁に薬を渡したのが見えたし。帝にも既に薬を渡してあるのかな?

 っていうか、輝夜には気付かれちゃうかぁ……結構隠していたつもりだったんだけど……。

 これが月の軍勢と姫の実力差って訳? どうでも……よくはないか。今回は。

 それだけ私達に勝機があるって事なんだから。

 

 とすると、その……横の奇抜なファッションの付き人は、もしかしての仲間かい?

 ……ふむ、味方は地球人だけではなかったと。これまた嬉しい誤算。

 

 

 

 ま、何にせよ。

 (ようや)くの出番かな。

 

「輝夜に惚れてる妖怪共!! 準備は良いかい!?」

「「「「「「うおおぉおぉぉぉ!!!」」」」」」

 

 京で一番の美貌ってのは、そりゃまぁ妖怪にも通じる訳で、

 『衝撃』を使えば、その恋心を刺激する事も挑発する事も乗せる事も、容易い容易い。

 

「妖怪を縛る結界は向こうが解いた!! 人間は動けない!! 動ける奴は敵だ!!」

 

 嬉しい誤算もあったしね。人間が張った『地球側の妖怪の立ち入りを封じる結界』も、月の軍勢が壊してくれた。予定だと私が一発ぶん殴って破壊する予定だったけど、それも要らなくなった。

 

 さてさて……第二次人妖大戦勃発だ。準備はいいか? 私は出来てる。

 

「行くぞテメエ等ァ!!!」

「「「「「「「ウオオオオォォォォォ!!!!」」」」」」」

 

 ……なんやかんやでまた大将をやってるけど、そんな事は良いんだ。頼んだのはこっちだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね」

「……先程、あの妖怪の群れを攻撃するのを止めた理由をお聴かせして貰っても?」

「そうね……地球で初めての友達、そのご好意を潰しちゃダメでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり出現し、月の奴等を対応する暇も与えずに全滅させる。

 ……そんな風にうまく行けばよかったんだけどねぇ。中々向こうも実力があったようで。流石に月を舐めすぎたか。

 

 予想通り、月の科学力は物凄かった。

 何そのガン○ムみたいなビームライフル。いや、大型メガ粒子砲?

 とりあえず、そのよくわからないプラズマ銃はかなりの威力も持っていた。

 脳天に直撃した妖怪の一人が、その場で蒸発したぐらい。

 

 ……どんだけだよ。

 

 まぁ、そんな弱音を吐く余裕もないし、吐く気もない。

 周りの妖怪共に至っては、助ける勇者みたいなヒーローになれる事を願っているような奴らばかりだし、一つでもかっこいい所を輝夜に見せようと頑張ってるからね。

 死ぬなんてこれっぽっちも考えてない。頭にあるのは姫様だけ。格好良すぎるぞお前ら。

 

 それでも的確に狙われて、妖怪は一人ずつ確実に減って行っている。無論月の方もそうなんだけどね。

 

 

 

 私も頑張らないといけないと思っていたけど、それ程でもないかな?

 ……これなら、挨拶する余裕もある。

 

「やっほー、君が藤原氏だっけかな? 初めまして、だよね。『詩菜』です♪」

「何じゃ何なんじゃこれは!? お主、何を始めよった!?」

「ん~? かぐや姫を拉致しに来たんだよ?月の人達も来るって聞いたからね~。漁夫の利美味いです」

 

 サムズアップ!! 特に意味は無い。

 あるとすれば……志鳴徒と同じ印象を受けない様にする為の措置だ。

 

「月の人達が来る!? 誰がそんな情報を漏らしよった!? 庶民ですら知り得る筈がないのじゃぞ!?」

「そりゃ志鳴徒から。知ってる? アイツは妖怪と仲良くする非常識な馬鹿野郎なんだよ?」

「なっ!?」

「京で一番美しいと言われるかぐや姫、それを狙っていた私達だったんだけどねぇ。全然隙がないったらありゃしない。という訳で、情報と協力の為にアイツと組んだのさ♪」

 

 無論、全部デタラメだよ?

 まぁ……非常識な馬鹿野郎は、否定のしようがないけどね。

 

「志鳴徒……!! 貴様、奴は何処におる!?」

「その動かない身体が動く頃には、遠くの方にでも行ってるんじゃないかな? あ、でも人間が止まっているのなら彼も止まっているのかな?」

 

 目の前に居るけどね。

 ……やれやれ、言葉と表情はハイテンションなのに、内心は鬱に近い状態ってね。

 

「ま、使えない人間共はそこでおとなしくしてるんだねぇ♪」

「……ッ待て!!」

「まだ何か用? そろそろ助けないといけない奴が居るんだけど?」

「……志鳴徒に伝言じゃ。お主は絶対に許さぬ。妹紅の事も! この件でもな!!」

「……了解必ず伝えとくよ」

 

 

 

 そして、受け取りましたよチクショウ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれだけ藤原に啖呵を切ったのだから、勝たなければ。

 そしてまぁ、この調子ならば妖怪がぎりぎりで勝てるかな?

 

 いや……月と妖怪の戦争は妖怪側に僅差で勝利があがると思っていたけど、どうやらそう上手くもいかなそうだ。

 

 月から増援部隊がやってきた。

 それも、完全に戦争をやるような重装備で。

 

 

 

 まぁ、予想はしていた。増援が来る可能性も一応は考えていた。

 けれども早すぎる!! まだ月側は半分も倒せてないってのに、なんでこんなに早くに来られるんだよ!?

 ……このままじゃ、妖怪が全滅する!! 既にこっちもやられてる奴等が多くなってきた。

 

 チッ! えぇい!! 前言撤回!!

 

「お前ら!! 敵は月の軍勢だ!! 人間共と協力しなけりゃ勝てない!!」

 

 能力を使い、辺りの妖怪達に衝撃、『言霊』をぶつける。

 次は、人間に。

 走り回り、人間を倒すぐらいの押し込み、寧ろ突っ張りを加えながら、人の彫像をすり抜ける。

 

「人間共!! 手伝いな!! かぐや姫を取り戻したいなら協力しな!! 目的は一緒でしょ!!」

 

 どうやらこの人間がかかっている術式。外部から何かしらの物理を加えると術式が解けて行動出来るようになるらしく、私が触れて行く度にどんどん人間が動き始めていく。

 案外、月の科学の手抜きだなと思いつつ、全員の封印解除完了。

 

 この行動、問題は人間が協力するのか。という問題点がある。

 妖怪は既に月の兵士と輝夜しか見えてないから、別に良いんだけどねぇ……。

 

 まぁ、多少は私が声に含ませた『衝撃』の効果で共同戦線を張ってくれると良いんだけどね……。

 

 ……この能力、集団催眠に使えちゃったりするね……我ながら恐ろしいわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 形だけの共同戦線を張ってから、約半刻が過ぎた。

 状況は、まさに乱戦状態。

 こうなると、何処に藤原氏がいるのか何処に輝夜がいるのやら、さっぱり解らなくなってきたよ。

 

 しかも、私の能力にあてられたにも関わらず、妖怪に攻撃を加えてる人間が居るし………。

 どうしようもないなお前!

 ……あ、死んだ。死ぬのはちょっとなぁ……。

 

 

 

 ま、そんな事はほっといて。

 問題は輝夜だ。何処にも見当たらない。

 

 仕方がないので、上空から探す事にする。無論『鎌鼬』状態で。

 実はこの状態。何気に防御力がゼロなので、月の銃とかに当たれば即座に霧散し、死体が残らない無惨な姿になってしまう。無惨というか誰にも見付けてすら貰えなくなる。

 という訳で、細心の注意を払いながら上空から輝夜を探す。

 

 

 

 ん、いた。無茶苦茶遠くに。

 奇抜なファッションで銀髪の人と一緒に逃げ回ってら。

 それを追い掛ける月の兵士二人に、妖怪一人と人間二人。

 嬉しい事に見事な連係プレーを……死んじまった。

 

 即座に実体化し、地上に降りて高速で彼女達の元へ向かう。

 ……間に、合えっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……随分と逃げ回りやがって、どうしてくれるんだよ? この穢れ。地上の穢らわしい妖怪をあんなに集めやがって……」

「おい、姫の前だぞ。口に気を付けるんだ」

「はぁ? これだけ穢れにまみれた姫様なんて月に入れると思うか? ぜってぇどこかに幽閉されるね。断言するぜ」

「……まぁ、そうかも知れんが……リーダーである貴女も裏切るとは」

「……」

「あ~あ、この穢れを落とすのにどれだけかかるやらなぁ………おら、姫さん行きますぜ」

「くっ!」

 

 

 

「……うむ、酷い。これは非道い」

「ッ誰だ!?」

「どうも初めまして。今回の妖怪の大将『詩菜』と申します」

「……お前が?」

「……まぁ、身なりはこれですが」

「「ハッハッハッハッ!!」」

「こっ、こんなロリがか!? おいおい、冗談はよせよ!!」

「あり得ないだろ!? ハッハッハ!!」

「まだしも、アイドルとして祭り上げられてるだけだろ!?」

 

 ……祭り上げてるのは、あるかもね。

 実際にそれっぽい噂話もチラホラと聴いたような聴かないような。

 

 

 

 ……まぁ、そんな事は今、どうでもいい。

 

「カパッ……」

「っおい!?」

「てかまぁ、とりあえず、妖怪『鎌鼬』の刃を、なめないでよ?」

 

 高速で動いて爪であっさり首をちょん切る。相手の背後を一瞬で取り、輝夜達を守るように立ち塞がる。

 ……ハハハ、知り合いじゃなければこんな簡単に殺せるんだもんね。参っちゃうよ。

 

「テメェ! 穢れの癖に……なめた真似してんじゃねぇぞォ!!」

「穢れて何が悪いってんだこのヤロォ!!」

 

 

 

 先程は相手がかなり油断してくれたから首を切断出来た。

 けれども残りの一人は、既にスイッチが入っているのか、確実に私の姿を捉えている。

 なんで音速の速度に近い私を完璧に銃で狙えるんだ!?

 チィッ! 直撃どころか、かすっても致命傷ってどういう事だよ!?

 近付いたら、何でも切れる高速で振動しているナイフで斬られるちゃうし、

 遠のいたら、それだけ輝夜から離れる事になるし……どうしようもないなこりゃ。

 

「っ……詩菜!! 逃げてッ!!」

「えっ、ちょ!?」

 

 アンタ、私がこんなにも頑張ってるのに見捨てろと言うのか!?

 

 

 

 と、文句が口から出そうになった私は悪くない筈だ。

 ……輝夜が手に持っていた『緋色玉』を持っているのを見るまでは。

 

「ッ!! ……良いの!? (隣の人は)大丈夫なの!?」

「ええ! 大丈夫よ!! だから……早く逃げて!!」

「……姫?」

 

 オッケ、隣の人は何も解っていない様な気がするけど、そういうなら信頼するよ!?

 

 でもまぁ……その前に、ちょいと確認。

 

「ねぇねぇお兄さん?」

「なんだ嬢ちゃん? 言っとくが見逃す訳にはいかねぇからな? 全員抹殺命令が出ている」

「いやいや、お兄さんも不老不死の薬とか飲んでるの?」

「『蓬莱の薬』か? いやいや、こんな穢れた所に追放されたくないし、元から不老だしな。今はお前らの所為で穢れてるがな!!」

「おっと」

 

 ……随分とまぁ、口が軽いねぇ……。

 まぁ、これで輝夜のように不老不死が他にも居るって可能性は無さそうだ。

 

「そっか、そりゃ良かった」

「良かったのか? 俺から言わせりゃテメェは詰んでるぜ? 後ろを見てみな」

「……げっ!?」

 

 

 

 見た感じ、月のほぼ全軍勢が集結してる。

 ……こりゃ確かに詰んでる。かも。

 

 でも、まだまだ。

 

「オイオイ、ここまで来てまだ諦めてねぇのかよ?」

「だって、そもそも救出が目的じゃないし」

「は?」

 

 場所が悪かったね。ここは開けた土地。しかも月の軍勢が私達を囲むように動いていないのも失態と言える。

 アンタを通り越せば、簡単に抜けられるから。

 

「ハッ! 何だ!? この人数を三人で押し通るってか!?」

「んな訳ないじゃん。言ったでしょ? 『救出が目的じゃない』って」

「はぁ? 意味わかんねぇよ。お前、行動と言ってる事が矛盾してるぞ?」

「してねぇよブワァカ!! ザマァ!」

「テメッ!!」

 

 あっさりと挑発に引っかかり、斬り掛かって来た所を避けて背後を取り、蹴ってやってすぐさま輝夜の元へ行く。

 

「輝夜、頼んだよ!」

「はいはい。後これも」

「えっ!? なんで髪の毛切るんですか!?」

「永琳、付き合ってもらうわよ」

「確かに受け取りました、っと!!」

 

 おっけ、この人も不老不死って訳だ。

 

 救出が目的じゃないさ。

 目的は『殲滅』だよ。味方も含めて、ね♪

 

「待ちy               」

 

 

 

 ……ていうか、逃げ切れるかな? 爆風から。

 爆心地から結構近、あ、ヤバイわコレ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理無理無理無理!? マジでぎりぎり!? 死ぬ!! もう無理ィィィ!! でも行けたァァ!!」

 

 結局、輝夜が爆発した位置が人里離れた位置だったのが幸いだった。

 何時の間にそんな遠くに来てたっけ? まぁ、人的被害が出ないのは良い事だ。

 

 ……ハァ、疲れた……。

 小高い丘に座り込み、爆破跡を眺める。もうその跡には何一つ残っていない。赤黒い大地が広がっている。

 ……アレを自分の力がやったってんだから、妖怪ってのは凄いもんだ。

 

 

 

「……お、ほんとに再生が始まった」

 

 ……見ていて、気持ちが良いもんじゃないね。髪の毛から再生が始まるって。

 

 ……この調子なら、服でも取りに行く余裕もあるかな?

 様子見プラス、屋敷でどれだけ人が死んでるかの確認もして来ようっと。

 とりあえず、神力を込めた頑丈な結界で保護し、都へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うわ」

 

 殆ど死んでるじゃん。寧ろ原型を留めてる方が少ないし。

 妖怪に至っては、妖気の欠片も残っちゃいやしない。

 幸いにして、緋色玉の爆破範囲に都は入ってなかったから破壊されては居ないけど……酷い。

 

 

 

「こりゃ、藤原も死んだな」

「……まだ、生き……とるわ……」

 

 そう呟いて曲がり角を曲がった途端、声が掛かる。

 曲がった先、壁に寄りかかって座っていた。

 

「……よく生きてたね」

「ふっ、この傷じゃ……もう、死ぬわい……」

 

 もう人としての原型を留めていない。両手は無いし両足も無事とは言えない。片目もないし、寧ろよく生きているといった状況だ。喋れてるのも奇跡に近い。

 

 ……だから言ったのに……。

 

「……姫は……? お主ら……妖怪が守りきったのか?」

「無事だよ……月の奴等も死んだ。関係者はこれじゃあ誰一人として残らないだろうね……この戦の当事者として残ってるのは、姫とその従者、そして私とあんただけ。妖怪も全滅さ」

「……そう、か」

 

 ……これじゃあ『かぐや姫』っていう童話は残るのかね? 伝えれるような人が残っていないし。

 

 ……あ、翁とか? 帝とか?

 まだ生存を確認してないけど、彼等はこの戦に参加していなかった筈。

 

 

 

「……志鳴徒の、言う通りに……なってしまったの……変な所で、奴の勘は……当たりおる」

「……全く、馬鹿な奴等ばかりだね」

「ふん……」

 

 藤原の鼻を鳴らす、その辛そうな喋り方と顔に、どこか既視感を覚える。

 そう……これは、彼女を、妖怪にした時……。

 

 そんな事を思い出した途端、私は彼に提案をしていた。

 もう、彼の命は残り少ない。

 

 

 

「……藤原、まだ生きたいか? 生きたいなら妖怪になって生き延びれるよ?」

「……お主は、敵じゃ……」

「敵味方の話じゃない。アンタの命の問題だ」

 

「……金とか、『また』言わないでよ。聞き飽きたし見飽きたよ、貴族の力なんて」

 

「!!……ふっ、なるほど……道理で、お主が捕まらん筈じゃな。こんなにも、近くにおったとは」

「……返答は? その生命、私に捧げて生き延びない?」

「だが断る」

「……お前、本当に自重しないな」

「ふん……儂じゃからな……では、な……志鳴徒」

「ああ、馬鹿藤原氏」

「……ふっ、呼び捨てに……したのではないのか……?」

 

 そう言って彼は、息を止めた。

 ……随分とまぁ、あっさり死にやがったよ。クソッたれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、くそう。気分悪い。

 

 乱暴に屋敷から服を強奪し、人の無残な死体と忽然と姿を消した輝夜とか妖怪で遂に失神したらしい翁と(おうな)の横を素通り、誰にも知られずに移動する。

 

 だけど……どうやら、誰にも知られずってのは、不可能みたいだった。

 ……ハァ……演技ってのは苦手なんだけど……。

 ……むしろ、嫌い、かな?

 

 もう、やだ。だけど、やらなければ。

 

「……君が、藤原の娘?」

「ッッ! 誰だ!!」

「どうも。君とも始めましてかな? 『詩菜』と申します」

「ッ……お前がっ!?」

 

 む……意外と記憶は簡単に復活しないのかな?

 もしかしたら私の姿で思い出しちゃうかも、って思ってたんだけど……。

 

「ああ……別に攻撃する意思はないよ。そんな暇もないし……」

「……そんな言葉が信じられると?」

「だろうね。まぁ、私が逃げれば済む事なんだし。どうでもいいよね」

「……待て、どこに行こうとしている?」

 

 っ……。

 ……ごめん、輝夜。これ以上恨まれたら、耐えれる気がしない。

 

「……依頼者の輝夜の所だよ。爆発に巻き込まれてね。服が無いのさ」

「どこだ!? 案内しろ!!」

「あのさぁ? 依頼人の命を脅かすような真似を、すると思う?」

「知るか! ここで捕まえればいいだけの話!!」

 

 勇猛果敢に突っ込んだつもりだろうけど……それは『蛮勇』って言うんだよ?

 高速で動き、頭を掴んで地面に押し付ける。

 ……妹紅の動き、一年も見続けていたんだよ? 妖怪の力を存分に発揮できる今、アンタに勝つなんて事は赤子の手を捻ると同義だ。

 

「たかが十いくつの娘に捕まってたまりますかっての」

「ムゴッ!!」

「では。また運が良ければ逢いましょう……いや、逢いたくはないかな? ……あと、志鳴徒から伝言」

 

 志鳴徒ならともかく、詩菜も復讐の範囲内に入ってるだろうなぁ……。

 ……胃が痛い。キリキリと傷んできた。

 

「藤原氏を救えなかった。スマン」

「……志鳴徒はどこだ」

「さぁ? 生きてるか死んでるか。まぁ、死んでる可能性の方が高いだろうね」

「……く、っそがっ! ……輝夜ぁ!!」

 

 手を頭からそっと放し、衝撃を使って即座にこの場から離れる。

 志鳴徒の姿で見せた速度なんかよりも、もっと素早く、尋常じゃないスピードで。

 ……吐きそうになる感覚を、必死に耐えながら跳んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく結界の所に到着。

 ここまで来るのに何度、吐きそうになったか。

 

「……ほら、輝夜……服」

「有難う、ちゃんと二人分あるわね」

「……今度からやる時はちゃんと私に説明してくださいね?」

「ハイハイ」

 

 ……着替え終わったところで、どなたですか?

 

「『蓬莱の薬』を開発した人よ」

「姫様!?」

「大丈夫よ。この妖怪は信頼出来る」

「……そうですか」

 

 ……その言葉でグッと来た涙を抑えつつ、言葉を喋る。

 号泣の『衝動』。収まれ。

 

「ご紹介に預かりました。詩菜と申します」

「……私は『八意(やごころ) 永琳(えいりん)』よ」

 

 ……八意、って……『八意思金神(やごころおもいかねのみこと)?』

 

「……もしかして、天才。なんて呼ばれてません?」

「! ええ、なんでわかったのかしら?」

「『八意』なんて呼ばれているのでもしかしたらと、思いまして……」

 

 その言葉で視線、というかようやく波長があったような気がする永琳さん。

 ……そんな見詰められても。

 

「……貴女、大丈夫なの?」

 

 ……はは、流石は天才。って訳ですか?

 あっさり見抜かれちゃったよ。

 

 ぶっちゃけ、大丈夫じゃないです。

 

「誰も居なくなった所で、思い切り爆散させますので。大丈夫ですよ……」

「……今すぐ吐き出した方が良いわ。溜め込むと後々、辛くなるわよ」

「それもそうですが……初対面の方に泣き顔を見せる訳にはいきませんって」

 

 恐らく、彩目に再会した途端に思いっきり泣きますよ。

 見付からなかったら、紫か幽香か。

 場合によっちゃ天魔もありえる。

 

「……医者としても人としても、恩人である貴女のPTSDを見逃す訳にもいかないわ」

「あら……お医者様だったんですか」

「転生する前、貴方は医者の前で泣いたりしなかったの?」

「……いや、輝夜? それは誰だって子供の時があるんだし、誰でもあるでしょ……」

 

 ……でも、ま。どうせ詩菜は子供なんだし。

 いっかな……?

 

 

 

 良いかな。って思った途端に能力が解除され、普通に立つ事すら、維持出来なくなった。

 膝が崩れ、手を地面に付き身体が倒れるのを支える。

 それと同時に、私達を包んでいた結界が割れていく。結界維持のパスさえも途絶えてしまったようだ。

 

 藤原は死んだ。妹紅には恨まれた。友人とは言えないまでも知り合いだった妖怪は全滅した。

 この世界を牛耳ろうとかは更々思わないけど、この文句は言わせてくれ。

 

 どうして……どうして、この世界はここまでままならないんだ?

 

「……ぁぁぁぁああああああああアアアアッッ!!!」

 

 思いっきり、

 右手を握り締め、

 後ろに振りかぶって、

 能力をここまでかと言う位に集中させて、

 地面を叩き、砕き、貫く。

 

 

 

 ……しばらく、寝よう。

 頭がスッキリするまで。そう『衝撃』が私を揺り起こすまで。

 ハハハ。そうだな……ちょっと疲れたよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詩菜が叫びながら拳を地面に叩き付けた。

 それだけで小高い丘は抉られるかのように吹き飛び、ひび割れが縦横無尽に走り始める。

 

「って!! これ大丈夫なの!?」

「姫様! 離れましょう!!」

「ッ! 詩菜っ!!」

 

 空に飛び上がり、衝撃で吹き飛んだ詩菜を抱える。

 真下ではひび割れが更に深く広がって割れていき、丘は完全に姿を消した。

 

 彼女は……どうやら拳を叩き付けた直後に失神したみたい。

 ……色々、迷惑をかけちゃったわね。

 

「……永琳」

「……恐らく、能力のリミッターがいきなり外れたショックで気絶したのだと思います。しばらくは寝かせておいて……そうですね、もう少し落ち着ける場所に移動して寝かせましょう」

「……そうね」

 

 ……ごめんなさい詩菜。まさかそこまで追い詰められていたなんて…。

 

 

 

 そのまま二人で移動し、森の中へと逃げ込む。

 月の軍勢は詩菜の技で殲滅したけど、また増援が来る可能性もある。というか、来るでしょうね。確実に。

 

 森の中で辺りの警戒をしながら、詩菜の様子を永琳が確かめていく。

 

「……彼女が、地球で初めての友人。ですか?」

「そうね……彼女は『詩菜』っていう名前で『志鳴徒』っていう名前でもあるわ。見掛けは少女だけど志鳴徒になると青年になるわ……不老不死なんてどうでもいいって精神の持ち主よ」

「……すみません。何処から突っ込めばいいんですか?」

「本当よ。驚く事に前世の記憶を保持してるわ。なんでも前世は男で……月に人が移る前の時代に産まれたみたいだわ」

「……」

 

 あ、永琳が弄くりたそうな目付きになった。

 

「言っておくけど……その子に何かしたら怒るわよ」

「……姫様も変わりましたね」

「あら、そうかしら?」

 

 ……この子に影響されたのかしらね?フフ。

 

 

 

 


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