風雲の如く   作:楠乃

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失意の中の後日談

 気が付くと、俺は居間でテレビを見ていた。チャンネルは何処かの報道番組のようだ。

 無論、こんな体験も二回目だ。既に俺は『これ』が夢だという事に気付いている。

 

 ……まぁ、気付いたからどうだという事も無いんだがな。

 

 

 

「おい、■■■■■」

 

 すると、いつの間にか向かいの席にお兄ちゃんが座っている。

 ……何て呼んだのか聞き取れなかったけど、多分俺の昔の名前だろう。もう本名は忘れてしまったが、その名前の所為で色々とからかわれた事があるのは覚えている。

 

「……久し振り、で良いのかな?」

「んな事よりもだ。お前、一体何がしたいんだ?」

 

 ……うん、変わってないね。こっちの話を聞かない所も。

 兄に、本当の意味で逢ったのはもう160年も昔の話。

 それでも……この兄の姿が変わってない事も、はっきりと分かる。

 

 自分は一体何がしたいのか。

 

「……なんだろうね。昔も今も、分かんないよ」

「お前それじゃ駄目だって、いっつも言ってるだろが」

「……分かってるよ」

「お前のは分かってる振りだっつの。いい加減にしろ」

 

 ……手厳しい所も。

 ほんっとうに、変わってない。

 

 そういう所、今まで逢った存在の中でお兄ちゃんが一番怖いかな……。

 

「……」

「オイ、黙んな。こっち見ろ」

「……じゃあ、どうすれば良かったんだよ」

「は? お前の人生だろが?」

「そう言ってさ……『お前が決めろ』って言って……結局間違えたら怒ってさぁ……」

 

 情緒不安定な今だからこそ出来るけど、昔だったら考えられない行動だ。

 兄貴にブチキレるなんて、昔じゃ到底考えられない。

 

「じゃあどうすりゃ良かったのか言ってくれよ!! 勘違いだけで嫌われたくねぇよ! そんなんだったらいっその事なんでも命令してくれた方が楽だしマシだわ!!」

「テッ、メェ!!」

 

 殴られた。理不尽な位にダメージが来た。

 マジ頬痛い。能力なんて夢の中ではなかった。

 くそ、泣きたくなってきた。泣けてきた。泣いた。

 

「……クソ、時間切れだ」

「くっ……」

「もうすぐ『お前』が目覚めて夢が覚める。俺も消える」

 

 ……夢なのに、夢っていう自覚あるんだな。

 

「いいか? そろそろ覚悟決めろ。テメエで目標定め……やg……─────────

 

 ノイズ音が頭に響き渡る。ついでに映像も古くなったビデオテープのように、すりきれたように砂嵐になっていく。

 世界が砂の中にまるで沈んでいくかのように、俺の意識もだんだんと落ちて暗くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしろってんのさ兄ちゃん……」

「詩菜!? 起きたの!?」

 

 声がする方を見ると輝夜がこちらを心配そうに見ていた。

 

 

 

 ……ああ……衝撃を一挙に解除して、倒れて気絶したんだっけ……。

 それであんな夢を見たのかな……?

 

「……どれくらい寝てた?」

 

 私が倒れたのは夜明け直前だったから……今、見えてる星空は一日中気絶していたのかな?

 

「一週間位よ? 貴女を庇いながら追手から逃げるのは大変だったんだからね!?」

「……そんなに寝てたのか。ありがと」

 

 動く気が起きない……まだ寝足りないのか、私?

 ……立ち上がろうとするのもだるい……身体全体がやけに重く感じる……。

 

 

 

 ……ん?

 

「……何その顔」

「いや、その……貴女が礼を言うなんて……」

 

 ……失敬な。

 私だって礼を言うさ。そこまで横暴じゃないよ……うん。

 

 

 

「……そういえば、八意さんは?」

「呼びにくいでしょ? 永琳で良いわよ」

「……居たのか。しかもそんなに近くに」

 

 声のする方向、それは頭上、つまりは枕元。

 ……枕元に居た事に一切気付けなかった。弱体化……するのも当然か。

 

「……んじゃ永琳さん……えーっと」

「? ……何かあったんじゃないの?」

「……忘れた」

 

 何か言おうと思ったんだけど……ね。

 

「何よそれ……」

「……あ」

「「?」」

 

 

 

 変化、鎌鼬。

 

 

 

 一瞬にして肉体が消え、私にかかっていた布団のような物がパサリと落ちた。

 

「「!?」」

「ちょいと失礼」

 

 一応声をかけておく。

 

「詩菜ッ!? どこにいるの!?」

「……いつもらしくないねぇ輝夜。前にあっさり見破ったでしょ?」

「ッあっ! 風!?」

 

 その返答には答えず、まっすぐに上昇する。

 ……どうして人間の姿というか実体化した時は、空をこんな風に飛べないのかね……?

 

 木々を超え雲を超え、空を超えて大気圏ギリギリのつもりまで高度を上げる。

 気だるさはまだ残っているけど、この状態ならば力を入れなくても動ける。

 

 

 

 あぁ、そういえば初めてこの世界に来た時もこんな感じだったなぁ……。

 太陽の下、大空を駆けたのは快感だったなぁ……あの時は猛烈に喉が渇いてて……。

 ……その後すぐに生き物を殺したんだっけなぁ。

 なんで殺したんだっけかな? ……ああ、攻撃されたからか。

 それで何でか女の子になって能力が開花して、解んない事ばっかだ。

 

 お兄ちゃん、覚悟って何さ?

 結局、目標も何がやりたいのかも解んないし……。

 こんな愚かな弟……いや、妹? ……まぁ、私を許してくれ。

 

 でも、相変わらずのこんな世界だけど、

 精一杯生きてみようと思ってます。

 

 ……そうしたら、お兄ちゃんはやっぱり怒るんだろうけど、さ。ハハ……。

 

 

 

 変化、詩菜。

 

 

 

 空気が無くても、案外妖怪は平気なのかね? それよりも寒いと感じるんだけど。

 実体化すると、空中に固定されたような感じにしか浮遊出来ないんだよね。

 

 さて……実体化して辺りを見渡す。

 遥か下の方に雲海が見え、地球が丸いのが分かる、そんな高さ。

 私の後ろからは、太陽が落ちていくのが見える。下に居た時は真っ暗だったのにね。

 

 

 

「……」

 

 それを見ながら、ゆっくりとバランスを崩さないように両手を胸元で構える。

 そのままゆっくりと、空間圧縮を始める。勢いがないと衝撃は作れない。だから極小に急激に動き、精緻に止めて何段階も圧縮する。

 能力発動。空間を指定。両手からの衝撃。圧縮。圧縮。圧縮。

 

 その状態で真下を見る。輝夜達なんて到底見えない高さ。

 この世界に初めて出た時のような、高度4,000mなんてとっくに越している高さだろう。

 

 

 

 圧縮完了。流石に大きさはビー球程度には納まり切れなかった。

 ……ハハハ。

 

「……な~に作ってんだか……ほんと」

 

 ちょっとしたサッカーボール位の赤黒い玉を上に投げる。バランスを崩すのも無視して無理矢理上に投げる。

 

「●●●●●●●●●!!」

 

 声とすら呼べない雄叫びを上げて、落ちてきた緋色玉。それを真上に蹴り上げる。

 そのまま私は落下。重力に引かれて墜落していく。蹴りあげた緋色玉はあっという間に見えなくなった。

 

 あ~……身体が急速に凍り付いて行くのを無視すれば、中々に落ちるって快感かも。

 全てが私を追い越して行く様で、ちょっと悲しくもなるけど……ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落下を初めて十秒後。

 『緋色玉』が爆発。

 

 そんな爆破範囲を計算した訳じゃないけど、感覚からして爆破範囲は10kmを超えているだろう。

 

 流石の範囲。自由落下じゃ回避が間に合わなかった。

 重度の火傷、全身複雑骨折、内臓破裂、全身打撲。

 

 ……永琳に怒られるだろうね、ハハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……姫から貴女に関する事を色々と聴いたわ。それと……今回の行動で分かったわ。貴女の事」

 

 目の前に手を素早く動かし治療をしながら私を見つめ、しかも目が完璧に笑っていない阿修羅が居る。

 まぁ、完全に自業自得。

 

「貴女、馬鹿じゃないの?」

「永琳、違うわ」

「姫様……」

「彼女は馬鹿じゃないわ。変態よ」

「それは本当に傷付くから止めてくれない!? イタタタ……」

「……そうですね」

「納得された!? あだだだ!!」

 

 衝撃反射で見事な着地をしても、そもそも瀕死どころか三途の川を渡ってもおかしくないレベルの傷を負いながらも、生きていた私ではあるが、如何せん治療しなければ即座に御陀仏である。妖怪だけど。

 

 ……それにしてもこの手際。実に何処かの白黒の医者を彷彿とさせる。

 永琳さんは医者っていうか、天才ドクター?

 

「応急処置は終わったわ……よく死なないわね」

「妖怪ですんで」

「妖怪でってだけじゃあ、これは説明出来ないわよ……喋れるのも奇跡に近い筈なのよ?」

「……ハハハ」

「それで? ……見た感じ、スッキリ出来たみたいだけど……?」

「うん。まだ懸案事項は幾つかあるけど、大丈夫」

「そう、よかったわ」

 

 何か……スカッとした。

 懸案事項は……一生終わらないような気もするけどね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、あれから一ヶ月。

 傷も完治して、輝夜一行とは別れた。一ヶ月間の間に私のメンタルケアも同時に行われていたみたいである。身に覚えがないけれども、彼女達の雰囲気で何となく分かった。

 私が付き添って援護、護衛すると言う案もあったはあったけれど、これは丁重に断った。

 いつ終わるかすら分からない逃避行なんぞ御免である。

 

 ……う~む、これだけ言うと冷たく聴こえるな私。

 まぁ、否定しないけど……ね。

 

 まだ見てない有名な妖怪がいるし、旅はまだ続けるつもりだ。定住はしないように心掛ける。

 ……それに人の流れと言うのは、流れに接してないと解らなくなるからね。うん。

 

 ……でもま、妹紅の事もあるし……とりあえず、京に一度戻ってみる。

 まぁ……様子見って事で、ね。

 

 その後は何時ぞやの様に天狗の家を拠点にして、全国をうろうろしようと考えているけどね……。

 ……いや、こんな精神状態で天魔には逢いたくないな……彩目にも。

 

 

 

 等と、つらつらと考えつつ藤原氏の家を訪ねた。

 しかし既にそこは、廃墟になっていた。

 

 ……当主が死んだからって、1ヶ月であの家がここまで寂れる?

 幾ら何でも妹紅が住んでたでしょ? 彼女は何処に?

 

 ……あ~、くそが!!

 藤原がここに寄らない時に、何処に居たとかそういう場所も調べとくんだった!!

 それならアイツの関係者を何とか伝って、妹紅の場所が調べられたかも知れないのに!

 

 ……いや、あそこまで娘の事を秘匿してたのなら、もしかして誰も知らない可能性もあるのか。

 どちらにせよ、もう……手詰まりだ。私にはもう、調べる手段がない。

 

 

 

 一応、帝と翁に与えた不老不死の薬『蓬莱の薬』も探ってみた。

 結果、私が知っている物語とほとんど変わらなかった。翁は暗殺、帝は結局薬を使わずに山で焼くように兵に指示を出した。

 変わっていた部分は、富士山じゃなくて八ヶ岳に後で変更になったって事ぐらい。

 

 ……まぁ、別に妹紅に逢ったって何を言えばいいのかも分からないし……。

 このままの方が……良いんだ……。

 

 私の中で……この事件は藤原が死に、妹紅の最期の絶叫を聴いて、そして輝夜達一行と別れた事で……私の中では完全に終わったんだ。

 

 

 

 あー……メンタルがどんどん弱くなってきてるな私。

 

「っ、しっかりしろ私!!」

 

 頬を衝撃で思い切り叩き、旅を再開。

 定住はしない……もう、藤原氏みたいな奴を出さないと決めた。

 

 

 

 


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