風雲の如く   作:楠乃

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雨の中

 雨というものは不思議なものだ。

 例えば、私は今雨にわざと打たれているけども、人々は傘を差して歩いたりする。

 例えば、屋内から見る静かに振り続ける霧雨は、心も静かにしてくれる。

 例えば、嵐のように吹き荒ぶ大雨は、何もなくてもテンションが高くなったり、我が家や誰かの事を心配して慌てる人々が出てくる。

 

 雨というものは不思議なものだ。

 こんなにも私を責めてくれる。誰にもそんな気がなくとも、そう思わせてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輝夜と妹紅の事件が起きてから、既にもう20年。

 妹紅は今頃普通に生活している頃か。そして輝夜は未だに逃げ続けているか。

 ……そんな事を確認する勇気も、今の私にはない。

 

 その割に、妖怪を助ける『逃げの大将』はご存命なんだよね。ふふっ。

 あ〜あ、ほんと、嫌になっちゃうなぁ……。

 

 

 

 全国を周る、というよりかはただ計画もなしに歩き続ける日々。

 まぁ、これでも精神は復帰してきた方なのだろう。意欲的に妖怪を助けるという事はしてないけど、少なくとも輝夜達と別れた頃のように、誰かが目の前で襲われいても無視するという事は少なくなった。

 それでも20年間の間、彩目や紫、幽香や天魔には一回も逢っていない。勿論鬼達にも、知り合いと呼べそうな妖怪達にもだ。

 そして本音を言うならば、今は誰に逢う気もない。

 

 もう少し、一人で考えていたい。今逢ってしまったら、何かとんでもない事を口走ってしまって怒らせちゃいそうな気がする。

 だからここ暫くは逢わないつもりだ。皆の為にも、私の為にも。

 

 

 

 雨はまだ降り続いている。梅雨だから恐らくまだまだ続くだろうし、止む気配は一向に無い。

 夏真っ盛りのこの時期。雨自体は冷たくて気持ちいいけど、蒸れたりするのが困る。と言うか蒸し暑いのが嫌。暑いなら良いけど蒸し暑いは嫌。

 最近というか、ここ20年はずっと鬱な気分だったりするので、雨の日に動きまわると少しは良い気分になる。

 まぁ、雨が私の嫌な部分を流してくれないかなーとかいう、アホみたいな考えの元で動いているので、そう考えると別にテンションが高くなるという訳でもないのだが。

 

 山道をのんびりと歩く。

 ここは妖怪に襲われやすいという事で、あまり人通りはない。

 ……まぁ、逆に言えば妖怪退治屋がここで仕事をしているという意味でもあるので、私にとっても仕事しやすい場でもあるのだが。

 

 妖怪は山から人里へと向かう。人里は退治屋を雇って山の入口で追い返す。

 そんな状況がずっと続いている山なのだとか。まぁ、ここの妖怪に聴いた話だから本当かどうかは怪しいけれども。いや、人間でも怪しいか。

 ああ、何だか人間不信になってるなぁ……文字通り、種族としての人間不信、ってね。

 ……ふん、洒落にすらなりゃしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事をぼんやりと考えながら山道を歩いていると、大分向こうから争いの音が聴こえてくる。

 ……どうやら、妖怪軍と人間軍の争いかな?

 

「さてさて……仕事のお知らせ、って奴かね」

 

 まぁ、勝手に乱入していきなり助けたから何かよこせ、っていう押し売りなんだけどね。

 

 地面を蹴り、傍に生えていた木を蹴り、一気に跳んでいく。

 いきなり真ん中に跳び込む事はせず、ある程度の速さは保ちつつ、付近を周回しながら中の様子を探ってみる。

 

 ……どうやら人間と妖怪が戦っているのは間違っていなかった様子。

 妖怪退治屋が一人で妖怪何人かと戦っている。しかし、押しているのは人間側。

 あの短槍使い、中々の手練と見た。まぁ、妖怪がヘボいっていうのもあるかも知れないけど。

 

 う〜ん、この山に住む妖怪達は長い間人間と戦ってきたって聴いたから、それなりに実力者が集っていると思ったんだけど……要は量で戦っていただけなのかね?

 ……ま、どうでもいいか。仕事の時間っと。

 

 

 

 人間の短槍が、まさに地べたに倒れた妖怪の一人に突き刺さろうかという瞬間に、その間に割り込んで槍を弾く。

 まぁ、爪で一気に叩き斬っても良かったし、衝撃で思い切り弾き飛ばしても良かったんだけどね。そこは攻撃を中断させるくらいの衝撃にしておく。

 理由は……多分、ない。

 

「ッ!? 新手か!?」

「……」

 

 そう短槍使いが叫び、距離を取る。

 私は……何か言おうと思って、結局口を閉ざした。

 ……何を、言おうとしたんだろうね。

 自分の事だからこそ……余計に分からないや。

 

 

 

 爪を構えて人間と相対する。更に後帯に挿したままの扇子を抜き取り、私の後ろに隠れて立ち上がろうとした妖怪に突き付ける。

 

「なっ!? お前妖怪だろ!?」

「……何で助けないといけないのさ。私はそんな事よりもそこの人間に訊きたい事がある」

「ッそ、そんな事だとテメェ!!」

「うっさい」

 

 いきなり殴り掛かって来た違う妖怪を、素早く移動して正拳突きを正中線に沿って叩き付ける。具体的には鼻っ柱に。

 いやはや、襲ってきた奴が動物型で良かったよ。人型だったら絶対に身長が足らないしね。

 

 そして人間に扇子を突きつける。今は妖怪なんざどうでもいい。

 

「そこの人間、幾つか質問がある。内容によっては私も見逃さん事もない」

「……なんだと?」

 

 まぁ、いきなり現れといてこんな上から目線ってのもむかつくだろうから、先に手を打って反論を封じておく事にする。

 実力はさっきの戦闘と、私が攻撃を跳ね返した時に感じた衝撃の威力で大体分かってるからね。

 結論として、恐らくコイツは私よりも弱い。まぁ、能力とか持っていたら別だろうけど。

 とは言え、そんな『もしかしたら』でやっていたら何時まで経っても先へと進めないので、さっさと交渉を進めるとしよう。

 

 衝撃を操り、地面を蹴って一気に人間に近付く。どんなに鍛えた動体視力でも捉えられないような、とんでもないスピードで。そして再度鼻に扇子を突きつける。

 

「なっ!?」

「これで実力が分かってくれた?」

 

 もはや脅迫である。まぁ、いつもの事。

 

 私が訊きたいのは、今此処に居る彼は、どうしてこんな山の中に来たのだろうか? という事である。

 

「もう一度訊くよ? 『何故、この山に来た?』」

「ッ」

 

 私の言葉に衝撃を受けるように能力を使って質問を続ける。

 まぁ、これで質問に答えられなくなったりしたら、コイツがそれだけの実力しかなかった、って事。

 

「……俺は、旅をしながら妖怪退治を生業としている者だ」

「ほう」

「今回のも、村で依頼を受けて妖怪を殺しに来ただけだ」

「ふぅん?」

 

 まぁまぁ予想通り。違う言い方をするならば、つまらない内容だ事。

 

 ……そうだね。ちょっと変わった質問でもしようか。

 

「ねぇ? 貴方は神様を信じてる?」

「は?」

「だからさ、旅をして妖怪退治をしてる訳じゃん。その途中で神様とかに逢ったりしなかったの? 信仰とか、してる?」

「……いいや。俺は自分の力で旅をしているんだ。神様なんて知らん……依頼されれば、神様だって討伐対象だ」

「……なるほどね」

 

 自分の力だけで旅をしているなんて、どれだけ思い上がってんの?

 とか言って、いつもの私ならぶち殺してるかもしれないけど……良いね。

 

 神様だって討伐対象か……気に入ったよ。

 

「良いね。面白い」

「……さっきから、お前は何なんだ? 俺の仕事を邪魔するならお前も討伐する」

「これほどの実力差があっても?」

 

 この会話も私が上から扇子を突きつけた状態でしてるんだけどね。

 それでも引くような姿勢は取らない、か。

 

「オラァっ!!」

「おっと」

 

 それどころか、短槍を私と自分の間に挟み込んで攻撃してくるとはね。

 随分とまぁ、素晴らしい精神をお持ちのようで。

 

「……お前は何なんだ? そこの妖怪とは仲間じゃないのか?」

「わたしゃ最近になってここに来た新参者さ。そこの三人とも初対面」

「そうだ! お前一体何なんだ!? さっきも俺をぶん殴りやがってよ!!」

「そりゃアンタ、邪魔したら誰だって怒るでしょ」

 

 まぁ、別に私は怒りはしないけどさ。

 

 

 

 さてさて……良し。今回の仕事決まりっと。

 

「そこの人間。今の私の全財産を払うからここから引け」

「……なんだと?」

 

 人間に袖から出した小袋を投げる。緑色の袋はドチャリという音を立てて、人間の足元に落ちた。

 あれが全財産という訳ではないけども、都での陰陽師として儲けた物のほとんどが入っている。今の私には、それほど必要ない物だ。

 

 ……そういえば、あれから志鳴徒に変化したこと無いな……。

 

 そんな事をぼうっと考えていると、妖怪から抗議の声が上がる。

 

「オイッ!? 何しやがる!?」

「アンタ等もさ。グダグダ言いたいのは分かるけど、そこの人間に勝てるの? しかも3人で掛かってさ? 私が見た感じ絶対に勝てないと思うんだ」

「ぐっ……」

 

 山の中に居るというのに、増援も来ない。

 雨が降っていて、時刻としてもそろそろ日が落ちる時間帯。妖怪としては襲いやすい時間帯だというのに、三対一でこれじゃあねぇ?

 

 

 

「……断る」

「お? 断るってのかい?」

「ああ。妖怪から金貰って引き上げましたってのも気に食わねぇし、人間を守るのが俺の仕事だ」

 

 そう言って、短槍を構える人間。

 地面の小袋を蹴り返し、今度は私の足元に落ちる。

 

「妖怪の頼みなんざ、聴けねぇよ」

「……良いね。ますます気に入った」

 

 そう言って、足元の袋を拾う。

 あーあ、随分と泥に汚れちゃってまぁ……投げたのは私だから、自業自得か。雨もまだ止んでないし。

 

「スキだらけだぜ」

「オイッ!?」

 

 そんな私の隙を見逃す訳もなく、短槍で付き刺しにしようとする人間。それを見て声を掛ける妖怪達、

 顔を上げて、その人間の顔と槍をはっきりと捉える。

 

 鈍く輝く鉄。使い込まれて様々な傷跡がある持ち手部分。

 筋肉が簡単に見て取れる腕。自分を守る為の鎧。漂浪者のような風貌。

 そして信念のある瞳……羨ましいね、その目付き。

 

 

 

 左手に持っていた扇子で少しだけ、ほんの力で槍の軌道をずらす。

 それだけで、真っ直ぐな槍の狙いは私の顔から外れて、切先が頬を切り裂いていく。致命傷どころか動きが止められるような事もない。

 そのまま右の裏拳を人間の胴体部分に叩き付ける。

 

 衝撃はそのまま鎧を粉砕し、しかし肉体内部にはダメージを与えず、人間を彼方へと弾き飛ばす。

 槍を手放して木々を超えて空へと飛んでいく。まぁ、彼の身体なら受け身さえちゃんと取れれば生きているだろう。

 

 ……期せずして彩目の時と似たような感じになっちゃった。

 違うのは、まぁ、彼に道祖神『旅人の神』として、旅路の安全を祝福したって所か。

 彼の、人生の旅路に祝福を……ってね。

 

 

 

 さて、と……、

 

「君達は、どうする?」

「……どうする、ってお前……」

「ま、そうだよね」

 

 私の後ろには妖怪が三人。

 扇子を帯に仕舞い、彼等に振り向く。

 ……いきなり臨戦態勢を取られたけど、もう私は戦う気なんて無い。

 

「私はしばらく此処に住もうかと考えてるんだけどさ? 良いかな?」

「え? ああ、別に誰も止めねぇと思うぜ?」

「そっか。んじゃ、何か助けて欲しい事があったら呼んでくれ。その度に物々交換で助けるから」

 

 これからが寧ろ仕事の本領発揮すべき所である。まる。

 

「……この山に住んでくれるのか?」

「それは嬉しいが……物々交換って」

「等価交換だよ。まぁ、手持ちで高価な奴なら何でも良いよ」

 

 結局、私が払おうとしていたお金も戻ってきたしね。今回私は何も出費していないのである。

 さ〜てさて、何処かに大きな穴をくり抜けれる程の巨木はないかなっと。

 

 

 

 まぁ、いつもの事いつもの事。

 

 


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