風雲の如く   作:楠乃

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一方……

 

 

 

 私は京で何が起きたか。そして詩菜に何があったか等とは露知らず、退治屋として旅を続けていた。

 なんやかんやで詩菜とも逢わずに50年が過ぎ、そしてこの依頼をどうしようか必死に悩んでいた。

 

 

 

 単に依頼内容は簡単に見えたのだ。

 『あの村にいる妖怪を退治してくれ』という、至極簡単な物だと思っていた。

 依頼してきた者が人間とは思えない風貌で、依頼された場所も山の中というおかしな状態だが、依頼されたのなら請け負おう。内容が人間退治ならお断りだが。

 

 それにしても、村の中に居る妖怪という所で気付くべきだったかな……。

 

「……簡単だと思ったんだがなぁ……」

「ん? どうした?」

「……いいや」

 

 そして今、その妖怪が目の前にいる。

 私が居る所は彼女が住んでいる住居で、その住居も村の中心にあったりした。

 ……そして例の妖怪は、普通に寺子屋で子供たちに様々な事を教えていた。村の人間たちからとても好かれていた。

 

 ……参った。

 この妖怪『上白沢(かみしらさわ)慧音(けいね)』は、予想以上に人に好かれている。

 同じ半人半妖みたいだとか、いきなり訪ねた私を快く泊めてくれたとか、本気で人間が好きだとか……なんか、もう、そういう所を見せられたら、色々と斬れないじゃないか……。

 

 私は自分の事を『情に弱い』性格だと思っていたが、ここまでとは!!

 

 

 

「……彩目さん。キミはいきなり机に頭を打ち付けて何がしたいんだ?」

「ハッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくり風呂に入りながら(この風呂も彼女の家の物だが)、今後の事について結論を出した。

 

 ……断ろう。

 この依頼は果たさず、依頼人にも逢わず、何処かへ逃げよう。

 三日間と少しの間、考えて決めた結論だ。後悔はない。

 

 ……この村からお暇する事を上白沢に話すか。

 彼女が妖怪であるという事は既に確認済みだ。そういう類の感知はそれなりに得意だからだ。問題は私が彼女を退治しに来たという事を話すべきかどうかという事だが……話した方が良いだろう。

 この村を守りたいという熱意は、数日しか接していない私でも充分に感じ取れた。

 あの熱意は本物だ。ならば私もその手助けをしたい。

 

 

 

「上白沢氏、ちょっと話が」

「……そうか。なら人目がない所へ行こうか。彩目さんもその方が良いだろう?」

 

 ……勘付かれた?

 私が自身を討伐しに来たと、気付いていたのか? いや、そんな素振りは一度も無かった筈……それとも私が未熟なだけか?

 

 何やら異様な迫力で上白沢氏は迫り、私はその勢いに流されるままで頷いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村から外れた森の中。

 

 私は上白沢氏と一対一で向き合っていた。それも、かなりの険悪な雰囲気の中で。

 

 

 

「そうだな……単刀直入に訊こうか。キミは私を退治しに来た刺客だろう?」

「……まぁ、そうでしたが」

 

 やはり、気付いていたか。

 簡単な仕事だと思っていたが、どうやら彼女も中々の実力を持っていたようだ。確かに村で妖怪である事を隠すにはそれなりに必要だったな。私もそこを見抜けないとはまだまだ未熟だ。

 

「そうか。やはりな……」

「……うん?」

「私はここで死ぬ訳にはいかない。頼む! 見逃しては貰えないだろうか!?」

「おーい?」

「確かに私は半獣で獣人だ!! だが、寺子屋の子供達には関係無い!!」

「いや、人質を捕った覚えも無いんだが?」

「あの村の人達は皆いい人達ばかりだ!! 彼等は関係無い筈だ!!」

 

 ……なにか、勘違いが起きてないか?

 あ~、上白沢氏の欠点はヒトの話を聴かない事か?

 

「いや、だからそれは勘違いであってだな」

「……何が勘違いなんだ? 既に包囲しておいて……!」

「は? ……ッッ!!」

 

 言われた瞬間に、周囲に現れる複数の気配。

 

 

 

 ……ふん。なるほどな。

 

 森の中だった事もあってか、いつの間にかかなりの人数に囲まれている。

 私以外にも、退魔師に討伐を依頼したという訳か。

 ……それも集団組織に。全員の動きが多人数に慣れている動きだ。。

 

 上白沢氏が私と一緒に外に来たのは、戦闘で村に弊害が無いようにという訳か……なるほど。

 囲んでいる奴等の一人が前に出てきて、私に声を掛ける。

 上白沢氏からは視線を外さず、得物を携えた格好で。

 

「おぅ、彩目だったか。連れ出しご苦労だ」

「……お前等は? 話は聴いてないが?」

「テメェと同じだ。そこの妖怪の退治で来た」

「まぁ、女は下がれよ? 退治は男の仕事だぜ」

 

 上白沢氏を囲む奴等の円は、だんだんと小さくなりつつあり、その中からまた新たな声が掛かる。

 

 ……まぁ、詩菜に再会してから男装は止めたしな。女か。

 我ながら、こんな身長の高い奴を女と言うか? とは思うのだが……。

 

「なんでもこいつ、かなりの実力だそうだ。お前ら下手こくなよ!!」

「「「「へい!!!」」」」

「くっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はぁ。駄目だな私は。

 これじゃあ母親殿に甘いなんて、言えないではないか。

 ……遺伝かな? ……まぁ、それもいいな。

 

「いでぇ!! おっ、俺の腕がぁ、ねぇ!?」

「……なんだ、女? 裏切りか?」

「ッ彩目さん!?」

「裏切ってないぞ? そもそもだな、元から私は」

 

 妖力解放。霊力解放。能力展開。

 ふふん、この辺りも母親譲りってか。格好つけたがる、悪い癖だ。

 

 だが、気分がいい。

 

「半妖だ」

「なっ!?」

「ッんならよ! テメェから退治してやるわァア!!」

「五月蝿いぞ。人間?」

 

 あ~あ、これではまんま母親殿ではないか。

 

「上白沢氏。援護を頼むぞ」

「キミも半妖だったのか!?」

「それは、後だ!! 来てるぞ!!」

「あ、ああっ! 分かった!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の能力は『刃物を操る程度の能力』

 言葉にするなら、刃物ならば全て操れる。

 

 だが逆に私は凄腕の剣術を持っている訳ではない。

 名刀も素人が使えばただのカミソリだ。まぁ……素人のつもりもないが。

 詩菜が言うには、

 

『刃物による能力ならば、それも再現できる』

『そしてそれを引き出すのは彩目のイメージ力、想像力で決まる』

 

「ッテメ!? どっから刀を出した!?」

 

 詩菜はどこからこんな物語を引き出したのだろうか……?

 しかし、念話を通じて送られてきた映像(イメージ)はかなりはっきりした物だったが……まぁ、良いか。

 

 腕を斬り飛ばした刀を放り捨てる。上白沢氏と相手が疑問の表情をするが無視しておく。

 

 目の前に手を伸ばし、虚空から刀を掴む。

 刀によくある装飾は一切なく、綺麗な木目だ。初めて見た時は単なる木刀かとも思ったが……。

 腰に添え、目の前にいる人間を睨む。

 

 ……まぁ、五ヶ衛門とやらは凄い腕前だ。服だけを切り裂くとはな。私には到底出来ないな。

 

 キン!! と音が鳴り響き、目前の男が持つ刀が十等分割される。

 

「あ? あ……」

 

 しかしまぁ、流石は『斬鉄剣』だ。刀を刀で微塵切りに出来るとは。

 私がやるにしても、何かを斬らずに何かを斬るという事は出来ない。服になればなおさら難しいだろう。

 

「お、お前……あ、悪魔か……!?」

「ふん。私にとって悪魔とはいたずらを思いついた母親殿だ」

「に、逃げろォ!!」

 

 ……ふむ。

 

「上白沢氏、逃がすのか? 後で村に迷惑がかかると思うが」

「へ? ……あ、ああ! しかし、人を躊躇いもなく殺すのは……」

 

 ……予想以上に、このヒトも甘かった。

 ふふっ、なんだろうな。笑えてくる。

 

「決断は早い方が良い。今ならまだ追えるぞ」

「既に姿すら見えないのにか!?」

「これ位なら母親殿の方が完全に早い」

「……そ、そうなのか?」

「ああ。それでどうする? 貴殿に任せる」

「……村には迷惑をかけられない……っ、頼む」

「了解。早く村に戻れ。人質を取られるかも知れない」

「ッ!? わかったッ!!」

 

 そう言って駆け出す、上白沢氏の後ろ姿を見送り、私も駆け出す。

 久し振りに行う、鎌鼬を追う走り方だ。ふふん、遅い遅い。

 鎌鼬どころか風よりも遅い貴様等に、私からは逃げられん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの場に居た全員を斬ってから、一目散に依頼人の居た場所に向かった。

 にも関わらず、何処にも居らず既に山からも(もぬけ)の殻とは。

 むぅ……何か私に監視でもついていたのか? それに気付けない筈がないと思うんだが……。

 

「……その様子では、終わってないのか?」

「分からん。が、とりあえずは安心だろう」

「そう……か」

 

 上白沢氏の家に結局四日間も泊まる事になった。

 血塗れになって帰ってきた私を見て顔がひきつってはいたが、いつものように迎え入れてくれた。

 ……本当、優しい御人だ。

 

「結局、彩目さんはどういう立場なんだ?」

「……そうだな、説明しなければな」

 

 私は半人半妖だ。

 今回は……まぁ、人間として『村にいる妖怪討伐』を受け取り、この村にやってきた。

 ……後で気が変わったので、上白沢氏の味方をした。

 

「貴女を呼び出し、話があると言ったのは依頼を話して注意を促すのと、この村からお暇しようとしていたのだ」

「……わ、私の勘違いだったのか」

 

 なるほど……これが詩菜から大分昔に聴いた『おるぞ』とやらか。

 ……本当、何処からそういう話を取り入れてるんだ? アイツは?

 意味は分からないが……何となく理解した。

 

 

 

「……人間よりも長く生きる私達が一ヶ所に留まるのは、危険だぞ」

「分かってる」

 

 ま、私はこれでここを出るがな。

 

「まぁ、上白沢氏が死なないつもりであるなら、また逢えるだろう」

「……ふふ、逢えるんなら上白沢ではなく慧音と呼んでくれ」

「……それもそうか。では慧音。私もさん付けではなく、呼び捨てでいい」

「わかった」

「……ふふふ」

「はははははは」

 

 夜遅くまで、友人となった私達は互いについて話し合った。

 互いの能力や、何が好みとかも。何から何まで話し、気付いた時には既に朝日が登ろうとしていた頃だった。

 二人してそれに気付き、どちらともなく笑い出す。

 詩菜に人生を壊されて以来の、気兼ね無く話せる友人の誕生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『予定通り』とはいかなかったが、二日遅れで旅を再開する。

 慧音と話し合ってしまった為に、また一日遅れてしまった。という事もあったが、まぁ、割愛する。

 

 ……が、ここで予想外の『仲間』が増えた。

 

「しかし、良いのか? 守るのではなかったのか?」

「……別れは確かに辛い。だが嫌われて別れるのは嫌だ」

 

 慧音が私について来たのだ。

 ……まぁ、気軽に話す事が出来る仲間というのは、なんか、良いな。

 

 

 

「……それに」

「それに?」

「ここで一網打尽に出来れば、守った事になるだろう?」

 

 朝早くに村から出たにも関わらず、既に私達の周りには何十人もの武装した奴等がいる。

 お前ら……まだ子供が寺子屋に行く時間よりも早いんだが?

 

「大丈夫か? 私と違って戦闘に慣れてる訳ではないのだろう?」

「私も戦うさ。生きていく為にな」

「……わかった。私も尽力しよう」

「ありがたい……まぁ、その前に」

 

 奴等の中には、私に依頼をしてきた奴も居る。

 丁度良い。お前には依頼失敗の報告をしようと思っていた所だ。

 

「この事を無かった事にしてやる!!」

「刀の錆にしてやる!!」

 

 

 


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