風雲の如く   作:楠乃

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鬼と精神?

 

 

 とある山の中腹。具体的には彩目と慧音の今日の野宿場。

 何となく旅をしている内に、また出逢ったこの二人。

 

 

 

「なぁんか忘れてるような気がするんだよねぇ」

「いや……いきなり現れて私達に言われてもだな」

「……相変わらず理解不能だな、君は……」

「あれ? 慧音さんからの敬語及び尊敬の感じが消え失せてるように思うよ?」

「日頃の行いだろ」

「くっ! ツンデレめ!!」

「……? ……つん?」

「あー、慧音は気にしなくて良いからな? コイツの妄言だからな? 覚えなくても良いからな?」

「その内どうせバレるから隠さなくても……」

「で!? 用件は何なんだ!?」

「……ハァ……いや、忘れてる事があるような気がしたから来ただけだよ?」

「「……」」

「京で遣り残した事も無い筈なんだけどなぁ……」

「詩菜殿が分からない物を、私達が知る訳が無いだろう」

「いやいや、別にそんな物知りって訳でも無いからね? ……ん?」

「……どうした? ようやく思い出せたのか?」

「物知り……知識……記憶………………ああ! 酒呑童子!!」

 

「『大江山の酒呑童子』だ!!」

 

「話題の鬼の頭じゃないか? それがどうかしたのか?」

「今年って何年!?」

「……え~っと、長徳2年だ」

「もう時間がない!? っていうか今年じゃん!? クソッ、なんで忘れてた私!!」

「お、おい!? どういう事だ!?」

「今すぐ山に戻らないと!!」

「ここは飛国だぞ!? どれだけ遠いと……!」

「……私等に出来る事は?」

「彩目!?」

「……うん。大丈夫」

「……危ない事をするなとは言わないが、気を付けろよ?」

「ありがと!! んじゃ!!」

 

 

 

「……忙しい方だな、いつも」

「むしろ周りが振り回されるがな……」

「……さて、私達は私達で進もうか?」

「ああ。アイツに振り回されずにな」

「ふふ……」

「……なんだよ」

「いや、何も?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長徳2年(西暦997年)

 大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)が討伐される。

 酒呑童子、というか、伊吹(いぶき)萃香(すいか)が討伐される。他の鬼も当然そうなるだろう。それはつまり、星熊(ほしぐま)勇儀(ゆうぎ)も討伐されてしまう。

 

 オイオイ、ちょっと待てよ勇儀姐さんや。

 確かにいろいろあって、ここ最近引き篭もっていたけどさ?

 まだ勝負は着いてないでしょ?

 

 日本三大悪妖怪の一つ、酒呑童子。まぁ、どちらかと言うと触れ合ったのはその部下の方なんだけどね。

 『星熊童子』……星熊なんだから、星熊勇儀がその『星熊童子』なのだろう。

 ……伝承の通りだったら、男で目が何十個もあって、数メートルもの巨体の筈なんだけどねぇ。

 

 まぁ……この世界が、私の前の世界からすれば常軌を逸した世界なのは、もう当たり前なのだ、ウン。

 

 そんな事をグダグダと考えつつ、野を駆け山を駆け、何者も歯牙に掛けずにただ鬼の元へと向かう。

 

 

 

 さて、もし『運が悪く』酒点童子討伐が『この世界にも存在する』としたならば、間違いなく彼女達『鬼』は、源頼光や渡辺綱を筆頭とする頼光四天王による討伐隊に鬼に対してのみ、毒となる『酒』を呑まされ、『鬼』が嫌う『誠実さ』の欠片も無い『だまし討ち』により『退治』されてしまうだろう。

 

 それは嫌だ。

 ……紫も、もしかしたら動き始めてたりするかも知れない。本当に私の考える『御人好し』ならば、だけど。

 

 幾ら私の能力等で、音速に近いスピードが出せたとしても、私の持久力や、山や川、湖や人間と妖怪の妨害等によってスピードが落ちてしまう。

 もし直線距離だけだったなら、一日で辿り付けれるだろうに。

 ……今の私には、とてつもなくと置く感じられる。

 

 

 ……輝夜、月、藤原、妹紅の一件から既に何百年も経っている。

 確実に妹紅は死んでいるだろう。年齢的に考えて。

 もう過去の話だけれど、この自分が未熟だと思ったこの気持ちは何があっても晴れやしない。ずっとうじうじと考え続けている。

 ……そんな憂鬱な気分で助けられても、あの戦闘狂の鬼達だって困るだろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇儀達と出会った場所に着いた。

 あの時に切り開かれた更地は、二百年の月日でにより木々が生え揃っていて、既に面影は無い。

 山から都すら見えてきたにもかかわらず、今ではその面影もない。山も都も。

 寧ろ私が永琳や輝夜の目の前で起こした能力の暴発の跡の方が、ここからでは良く分かるほどだ。

 

「……やっぱり、大江山の方か」

 

 妖力も何も感じない。

 いや、鬼が持つような強力な妖力は全く感じない。

 居るとしても、中・小妖怪ぐらいで……私の知り合いらしき妖力は、何一つ感じられない。

 妖怪ならば、普通に生きていてもおかしくない年月しか経っていないというのに。

 

「……ふぅ……っ!!」

 

 休んでる暇なんて、私にはない。

 もしかしたらまだ時期が違ったりして、まだ討伐隊すら組まれてない事もあるかも知れない。

 神奈子・諏訪子の時のように、私の勘違いで終わるかも知れない。

 

 でも、私は走り続けている。

 何でだろう?

 

 ……自分だけが楽しくても、別にいい。

 でも、やっぱり皆が楽しくないと。ね。

 

 ……うぅん、でも、なにか……気持ち悪い。

 どす黒い気分と、偽善心の塊。ああ、嫌だ嫌だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感は、嫌な時に当たる。それこそ勘と呼ぶ。

 それも最高に最悪にばっちりのタイミングで勘は当たってしまう物。

 

 山を見付けて、入った瞬間に感じた。

 鬼の強烈な妖力。それも一箇所に集中した物が。

 妖力は殺気の証。殺気がここまで滾っているのは、誠実さが欠片もない事をされた証。

 

 

 

 まだ……ッ! まだ終わってない!!

 

 更にスピードを上げて、後ろがどうなろうと考えずに本気で山を駆け抜ける。

 そして山の奥にあった廃屋へと、突撃する。

 

「まだ勝負は終わってねぇぞ勇儀イィィ!!」

「ッ……詩、菜……!?」

 

 襖を切り飛ばし、邪魔な妖怪及び侍どもを蹴り飛ばして、奥の間に進む。

 予想通り、毒を喰らった鬼達に混じって、勇儀や萃香も倒れているのが見える。

 

「新手か!? 妖怪!?」

「こいつ『逃げの大将・詩菜』じゃ!!」

「ヘッ! なんだそのヘタレな二つ名はよぉ!!」

 

 ……うるさい。

 五月蠅いよ、外野。

 

「やぁ、勇儀に萃香。久しぶりだね」

「……そう、だね……すまないが……約束は」

「守れねぇってか? ふざけんな」

 

 口調が志那徒っぽくなってる。

 けど、気にしない。

 気にする必要なんて、無い。

 

「鬼なら最期まで誠実さを見せろボケ。幾ら騙されたからって簡単に死んでんじゃねぇよ」

「……ッッ! だから、って……」

「そこの人間達。大江山の酒呑童子の討伐隊だな?」

「……『逃げの大将』とやら、鬼も逃がす気か?」

「何? 五月蠅いな。こんな小さな妖怪に武士が何十人もかかって殺そうって?」

「そこの鬼は甚大な被害を出した。見逃す訳にはいかぬ」

「お主も共に討伐してくれようぞ」

「さて、そこの妖怪よ。この人数に一人でどう立ちまわる?」

「……卑怯だねぇ、たかが鬼の為に毒まで飲まして騙すって、さ」

「何と言われようが、これが人間の知恵じゃ」

「ま、大切な人間様だもんね。仕方ないっちゃあ仕方ないよねぇ」

「……貴様、何が言いたい」

 

 別に~? 何も無いよ~?

 ただちょっとブチギレたいきっかけが欲しいなって。

 鬱だからって、何も行動出来ないって訳じゃない。鬱だからこそ、攻撃的な物もある。

 

「……さて、私は二つ名に恥じない様に行動する。お前等は人間として鬼を退治する。ほら? 結論は決まったよ?」

「……」

「ああ、大丈夫。殺しはしないよ? 骨は折れるかも知れないけど」

「ふっ、ふざけブフッ!?」

「……うるさい」

「ガぱっ……!!」

「ゴガッ!?」

「みんな……黙れば良いんだ」

 

 脳みそとか内臓に衝撃を直接、ぶち込む。

 多少荒っぽくしてね。はい、全員気絶。

 殺さないだけその分、慈悲を与えてやってんだ。

 

 結果、死屍累々。

 死んでないけど。気絶してるだけだけど。

 前線にはもう出れないだろう傷が出来てる人が多数居ると思うけど。

 

 

 

「……毒」

「へ……?」

「毒は大丈夫? けっこうキツイ奴だと思ってたんだけど」

「……ああ、まだちょっとふらつくが……大丈夫だ」

「なんでそんな勇儀は元気なの……?」

「見た感じ、無事なのは勇儀だけみたいだけど?」

「……ま、まぁ誰も死ななかった訳だし、良かったじゃないか?」

 

 ……酒に入っていた毒薬で鬼達を動けなくし、その隙に鬼を皆殺しにするつもりだったんだろうね。

 そして私は、その酒が効いて鬼達が倒れたと同時に突っ込んできた。って訳だ。

 

 ふん。

 ……御都合主義かい。

 

 

 

「そういえば、なんで私等が襲われたってわかったんだい?」

「……勘で」

「……うさんくさいねぇ。まるで」

「美しい八雲さんのようね……フフ♪」

「……紫、いつからそこに居た?」

「フフ、私も一報を聴いて即座に駆け付けたのだけれど、そこの詩菜ちゃんに追い越されたみたいね」

 

 胡散臭いって自認してるんだね、紫……。

 ……ああ、もう。

 

「……紫、この人間達、何処かに放り込んでくれない?」

「あら? せっかく美味しい人間が来たのに。って感じで鬼が見てるわよ?」

「……もう血とかグロイものを見たくないから、気分悪くなるから帰るよ。気が変わった。それら人間は鬼が好きにしていいよ」

「いきなり、どうしたのよ? ……やけに大人しいわね?」

 

 テンション最底辺。

 鬱だ。

 憂鬱だ。

 疲れた。

 だるい。

 死にたくなってくる。

 死にたい。 死ねない。

 

「いんや。気分悪いだけ……」

「さっきまでやけに激昂してなかった? 勇儀に」

「……まだ毒が抜けてないの? 萃香?」

「腰が抜けてるんだよ!! 決してあの卑劣な罠のせいじゃない」

「怒る所違わないかい?」

「……とりあえず、数日は平気じゃない? 人間は当分来ないでしょ……」

 

 これでもまだ来るようだったら、問答無用で皆殺しするけど。

 まぁ……一応これで避難する位の余裕は出来た。

 

 ……問題は、鬼達が素直にここから引き下がるかどうかなんだけど……ありえないだろうなぁ……。

 

 ……駄目だ、今度は眠くなってきた。

 何処ぞの鬼達が摂取した毒でも飲んじゃったかな…?

 

「……勇儀」

「ん?」

「何処かに寝る場所、無い?」

 

「「「は?」」」

 

「眠い……ふが……」

 

 あ……堕ちる……。

 ……意識が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり崩れ倒れる詩菜。

 即座にその身体を支える八雲紫。

 

「ちょっと!? 大丈夫なの!?」

「詩菜!?」

 

 紫が額に手を伸ばして体温を測る……特に熱がある様にも思えない。

 その割に身体はやけにぐったりしている。

 

「……どうしたのよ、一体……?」

「とりあえず寝かせよう。こっちの部屋へ通す」

 

 勇儀の案内で、彼女をとある寝室に運ぶ。

 今のところ普通に動けるのは紫と勇儀だけなのだ。

 

 廊下は人間がそこら中に転がっている。部屋に入った後の詩菜は誰一人として殺してはいなかったが、廊下の人間たちは見るも無残な姿と化している。

 そんな廊下を通り、特に装飾もない質素な部屋へと三人が入る。

 

 詩菜は床へと降ろされ、紫のスキマから布団が取り出されてそれに寝かされる。

 

 

 

「……」

「私は仲間を見てくるよ」

「ええ、わかったわ」

 

 部屋には紫と、眠ったままの詩菜だけが残った。

 

 

 

「ほんと、理解不能ね。貴女は……正体不明でも合ってるかも知れないわね……」

 

 紫がボソリと呟く。が詩菜には当然聞こえる筈も無い。

 

 

 

 ここ最近、彼女はおかしいような気がする。

 鬼退治としてここに派遣された時も、自分から狂っていると言うほどの状態。

 前に幽香の所へ遊びに行った時には、詩菜と大規模な模擬試合をしたと聴いた。

 その時もなにやら尋常じゃない雰囲気だったとの話だった。

 その前に逢った時は、娘とその友人の為にその能力を貸してくれ等、まだまともな事を聴いたけれどもやはりどこかおかしいように感じた。

 

 今回の騒動も、やけに詩菜が情報を掴むのが早すぎる。

 スキマで多方面に網を張っている私が遅れてきたのだ。

 幾ら鎌鼬でも……いや、妖怪の種族や能力という問題ではない。

 異常なのだ。行動や理念が。

 

「……んぁ? ……また何処かで見た事のある図だ……」

「ッ! 大丈夫なの!?」

 

 紫から詩菜への疑いは、どんどん深まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んん、眠いけど大丈夫」

「そう、良かった……」

「……紫、ちょっと頼みがあるんだけど」

「何かしら?」

「ちょいと私の境界を弄くってくれない?」

「……何の境界を? それによるわね」

「最近、精神が不安定でね。それを治して欲しいんだ」

「何が……何があったのか、訊いても良いかしら?」

「……いんや、元が人間だったからかねぇ、怨まれるのに慣れてなかったんだよ」

 

 恐らく、妹紅に父親の事で睨まれたのが原因では無いか、と思う。ていうか多分それしか無い。

 

 今まで逢った事のある妖怪、人間達は皆仲良くしてきた。

 神奈子と諏訪子はまだ良かった。仲直りもしたし、ちゃんと別れも告げれた。

 彩目は……仲直りと言うのもおかしいが、とりあえず水に流すまでがとても辛かった。

 藤原は、最期は華々しく散ったかも知れないけど、あそこまで仲良くしていたのが死ぬと辛い。

 

 薄情だって言えたし思えた、あの妹紅と将棋をしていた頃の志那徒を、問答無用でぶっ殺したくなってくる。

 

「単に私は物事をウジウジと引き摺る性格だって事だよ」

「……」

「四百三十五歳。妖力やら神力やら肉体が強くなっても、精神がこれだもの……」

「……そこまで生きれば、人間の精神じゃあ磨耗してしまうでしょうね」

「人間と妖怪……ね」

「……分かったわ。貴女の境界、曖昧にして差し上げましょう」

「……正直な所、このやり方は卑怯だと思ってるけど」

「けど……?」

「……いや、卑怯なのはいつもの事かな?」

 

 まぁ、他人の力を借りてしか生きていけないってのは、人間だった頃と変わってないようで、

 

「……紫」

「はい、終わったわよ」

 

 ……。

 ……はい?

 

「え!? もう!?」

 

 実感が無い。

 が、何か変わったのだろうか?

 

「……はぁ……紫」

「何かしら? 実感は何かしらの行動すれば分かると思うわよ」

「そう……いや、そうじゃなくて……」

 

 ……あ~……。

 ああ、もう……恥ずかしいな……。

 

「式神の話、やっても良いよ?」

「……え?」

 

 

 


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