風雲の如く   作:楠乃

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心と式神?

「式神の話、やっても良いよ?」

「え? ……何故いきなりそんな事を言い出すの?」

「いや、前から考えてた事だったんだよ」

 

 鬼の屋敷にて。

 私は……寝ながらではあるが、紫と向かい合っていた。

 

 紫と式神の契約を結ぶ。

 当然、私から自由は少なくなるだろう。

 もしかしたらそんな物は無くなる可能性もある。

 ……まぁ、それらは紫の采配によるだろうけど。

 

 私は妖怪だ。前世が人間なんて関係ない。重要なのは『今』なのだから。今のこの肉体こそが、今の私であるというのに。

 にも関わらず、私は人間と触れ合いすぎた。だから精神が強くならなかったのだと思う。肉体は制限なく成長していくというのに。

 

 そして今回。

 未だに実感は湧かないが、紫の能力によって私の境界は曖昧にされた。人間の精神と妖怪の精神が。

 人間卒業。妖怪学へ進学。という訳だ。

 

 妖怪と触れ合えば、私もまた何処かの妖怪を悲しませる事もないかなって、ね。

 

「まぁ……気が変わったんだよ」

「……後戻りは出来ないわよ?」

「うん。むしろその方が安心できる」

「……困ったわ。ずっと断られてきたから、どういった顔をすれば良いのかしら……?」

 

 そう言って紫は頬に手を当て、深く溜め息を吐いた。

 贅沢な悩みだ事。

 

「紫はいつもみたいに私達を煙に巻いてれば良いんだよ」

「私以上に貴女の方が煙よ……いえ、『風』かしら?」

「なるほど、そりゃ私らしい」

 

 思わず笑ってしまう。

 

 

 

 ……うーん、心から笑えたのはいつ以来かな?

 少なくとも妹紅と輝夜の件以来、心の底から笑った覚えはないかな?

 

 そう笑っていると、襖の戸が開いて鬼達が入ってくる。

 

「おや、大丈夫なのかい?」

「うん。勇儀に萃香も毒は平気?」

「鬼をなめないでよ?」

「あらあら、その毒を飲んでしまったのは誰なのかしら?」

「うっ……」

「ハハハ」

「……その様子だと本当に大丈夫なようだね」

 

 私が笑う様子を見て、萃香がそう言った。

 ……そうだね。色々と吹っ切れたかな?

 

 

 

「んじゃあ紫。さっさと式、打っちゃおうか」

「……」

 

 布団から抜け出て身体を起こし、紫に向かって正座をする。

 紫も真面目な顔になり、雰囲気ガラリと変わったのを感じたのか鬼も黙った。

 

「……最後の確認よ。本ッ当に良いのね? 貴女から志願した事だから、後悔なんてして貰いたくもないわ」

「ん?……何か矛盾してるなぁ。式になるのは私なのに」

「初めに頼んだのは私でも、貴女は既に友人よ」

「フフ、良いよ。大丈夫……あ、でも色々と条件は出したいかな?」

「……わかったわ。貴女との契約。きちっと決めましょう」

 

 紫の言葉を受け、私は自分が出すべき条件を整理、考え始める。

 

 少しばかりの沈黙がこの部屋に流れ、そしてそれを打ち破って勇儀が立ち上がった。

 

「……どうやら、私らはお邪魔みたいだね」

「そうね。誰も入らないようにしてくれるかしら?」

「あいよ。ほら萃香、行くよ」

「はいはーい」

 

 四天王が部屋から出ていくと、それに付き添う形で廊下に居た大勢の鬼達も移動していった。

 ……なんでまた私の所に来たのかね? 部屋にすら入らなかった奴は何がしたかったのやら。まぁ、部屋に入れないほどの体格の奴も居たけど。

 

 スーッと襖が閉じたのを確認して、能力を使って遮音効果を部屋全体に付け加える。

 なんとなくの用心。意味は無い。多分。

 いや、意味があるかどうかはこの後の展開で変わるのかな?

 

 

 

 また沈黙がこの部屋を包み込む。

 まぁ、既に条件は決まった。

 

「……で、貴女が示す条件は決まったかしら?」

「うん」

 

「1つ、式になるのは私だけ。彩目は私の娘だけども式神には関係無い。

 2つ、私に紫の能力を一部使えるような権限が欲しい。

 3つ、式神の関係になったとしても、友人であって欲しい。 以上」

「……ぷっ、はははははは!!」

 

 ありゃ、中々に外した?

 ここまで腹から笑ってる紫も初めて見るよ。

 

 ……なんだろう。急に恥ずかしくなってきた。

 端から見たら私、相当恥ずかしい事を言ってないか? 特に3つ目。

 

 

 

「ククッ……ええ、良いでしょう。その条件を飲みましょう」

「……そうなれば、私も『八雲』って名乗らないといけないのかな?」

「ふむ、そうねぇ……名乗る名乗らないは別に関係はないと思うわよ? 生粋の式神という訳でもないもの。あの条件は……ククク」

「いちいち笑わないでよ……」

 

 ああ、やっぱり何だか恥ずかしくなってきた。

 熱い熱い。顔とかが熱い。汗が吹き出してきた。こんな事で吹き出すってのもおかしいでしょうに。

 

 まぁ、それは置いといて、

 

「別の姓を名乗るのは?」

「……それは、不味いんじゃないかしら」

 

 ……まぁ、当たり前だよね。

 微妙に八雲を変えて『東雲(しののめ)』とかって名乗ってみたかったけどさー。

 

「……関連しているような名前なら良いんじゃないかしら?」

「あれ? 良いの?」

「眷族の縛り型に近い形になるわね。条件に沿うような契約なら名を縛る真似は出来ないわ」

「……ああ、3つ目ね」

「それなら私も条件を出しましょうか」

「訊けるような条件ならば従いましょう。そうでなくとも善処致しましょう」

「ふふふ……貴女、面白い時は面白いのね」

 

 ……それは果たして褒め言葉なのだろうか……?

 

「1つ、私の夢に邁進する為に誠心誠意協力する事。

 2つ、私達はお互いに能力の権限委譲を行う。無論も能力の持ち主が上の立場。

 3つ、私の命令に強制力はない。反抗するもしないも貴女の自由。 以上よ」

 

 ……いやいや。

 それは……それでいいのかい?

 

「いくら何でも……それは私に有利すぎる条件じゃない? 特に3つ目」

「あら、友人に命令なんて……可愛い私にそんな恐ろしい事なんて出来ないわ……」

「良く言うよ……」

「何か言ったかしら?」

「私一応さっき倒れたんだけど、それでも扇子を刃物のようにを私に向ける紫さんは果たして可愛いのでしょうか?」

「チッ……」

「舌打ちしたよこの人」

 

 美少女にあるまじき行為である。なんつって。

 

 しかし、少なくとも、私は自分で自分を可愛いと周りには言えないなぁ……。

 ……可愛いと思ってしまった事はあったけど。

 

 それも、アウトか……?

 

 

 

「では、契約といきましょう」

「僕と契約して魔法少女になってよ!」

「……なに、それ」

「いや、戯言。気にしないで。そしてその吐きそうな顔を止めて。グサッと来るから」

 

 地味に傷付くから。

 こんな時にネタを喋った私が悪かったから。ごめんなさい。

 

 

 

「気を取り直して」

「誰のせいよ……」

「ま、まぁ、やりましょうや!」

「ふふ……そうね」

 

 全く、からかってんだか、からかわれてるんだか……。

 

 ……まぁ、いいや。

 これで、私は妖怪に成るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新生『詩菜』であります。今後ともよろしく。我が汝の向かう先の礎とならん……」

「……何よそれは」

「いや、これは言っておかないといけません」

 

 仲魔と言えば、やっぱ『コンゴトモヨロシク……』でしょ?

 

「終わったかーい?」

「……勇儀ね」

 

 空気を読んだのか、勇儀が声をかけてきた。

 ものすごくベストタイミング?

 

 ……あ、遮音効果を壁に付加したまんまだった。

 

「ええ、良いわよ」

「……紫様、こちらからの音声を遮断しているので、そのお言葉は無駄かと」

「敬語の貴女は、何か……気持ち悪いわね……」

「いえ、そのような事を言われましても……」

 

 勝手に変換されてる感じなんだけど?

 私の口調のように、いつの間にか女言葉に変換されてるみたいな感じ。

 

 ……まぁ、昔はとにかく、今じゃ違和感を感じるどころかしっくりくるもんだから凄いものである。まる。

 

「ふぅん……じゃあこうしましょう。『言語の自由』を許可するわ」

「へぇ、そんな感じに命令が下るんだ……お?」

「これで良いでしょう」

 

 おお、違和感なく喋れるようになった。

 『命令に強制力はない』っていう条件を付けたけど、こういう許可は普通に通るのかな?

 あ、命令が下りて、私が認知すれば命令になって、許可不許可は私が決めるのかも。

 

「……妖力が格段に上昇しているわね。それでも……少ない方かしら?」

「ん~……大妖怪の式神としての妖力と、私の年月分と努力値分の妖力の総合でも?」

 

 まぁ、同世代(?)から比べれば強い方。なのかな?

 そこら辺はいまいち良く解らないけど。

 

 神力は変わりなし。当たり前か。

 能力は……も、変わりなしかな?

 

「あ、能力はどうなってるの?」

「そうね……」

 

 そう言うと紫は妖力の弾をを一つ、手のひらに浮かべて、優雅に中指で適当に弾いて見せた。

 

 狙い違わず、その弾は私の眉間に命中。

 

「だっ!?」

「あっ!? ご、ごめんなさい! 大丈夫!?」

「い、いや大丈夫。平気。ダメージはなかったから……」

 

 避ける暇もなく、弾は私の顔面に直撃した。

 紫は自身の弾を指で弾く事によって『衝撃』を加え、高速で吹き飛んだその弾に私は命中した。という訳である。

 なんというチート。ただでさえ何処から来るか解らないというのに、更に早くなるとか。

 

「貴女はどうなのよ?」

「いや……どうも感覚が解らない……ん? これか?」

 

 紫を真似て指で空を斬ったりしてみても、何の実感も湧かない。

 これか? なんて言ってみても、単に空を切るだけである。空だけに。スキマだけに。

 

「んん~? どうやれば良いの?」

「どう、って……じゃあ、この結界を分解してみて」

「分解。分解ねぇ……」

 

 天狗の里で妖術云々を習ってなかったら、ちんぷんかんぷんだな。こりゃ。

 あ~、習っておいて良かった。

 宙に浮く回路を、手を伸ばして繋ぎ、切っていく。

 

「ここをちょん切って……ホイ、分解完了」

「……能力使ってないじゃない」

「あ」

 

 いかんいかん。いつもの通りにやっちゃった。

 スキマを覚える為だというのに。

 

「もう一度……ハイ」

「結界を分解。境界。スキマ……」

 

 う~ん、どうすれば良いのかな?

 紫の能力は『境界を操る程度の能力』

 結界を分解……何だっけ? 何処かの小説か映画でそんなのがあったなぁ……。

 結界を結界たらしめるのは単なる障壁ってだけじゃなくて、内と外を別つのが結界だっていう話で、修験道とかだったら山に入った女は結界を越えてしまうと石になる云々……。

 

 内と外を切り離す。それが結界。

 なら内と外をごちゃ混ぜにしてやれば良いのかな?

 ……いや、だからその発動の為の感覚が解らないんだから……あれ?

 

 今、紫はどうやって結界を創った?

 一回目は妖力だった。けど今、目の前にあるこの結界は妖術で出来ている?

 いや、妖術なら妖力を感じていい筈だし、妖力のケーブルみたいなのが見える筈。

 現に一回目は簡単に見付けれたから、あんなに簡単に結界を破壊する事なく分解出来たのだから。

 じっくり結界を見ればどんなに隠そうとしても、何処を隠そうとしてるか分かっちゃうものだけど、紫が本気でやろうと思えば私にはそんなほつれなど見付けれない筈だしね。なんたって彼女は境界を操る大賢者なのだから。

 

 って、思考が脱線してる。

 

 この結界には、そのようなほつれは一切見当たらない。完全に外と中を分けている。

 つまり、この結界は紫の能力で創られている。

 

 結界に触れてみる。ちょっとビリッと来たけど、問題なく触れる。

 触れている部分が奇妙に反転している感覚がある。押しているのに向こうから押される感覚。摩訶不思議な体験。

 ……ふむ。反転?

 

「そい」

 

 グリン、と結界が裏返って消滅した。

 ……なんか今、とても言葉では言い表せない裏返り方をしたような……プッ○神父かお前は。

 

「お見事」

「いきなり難易度が高過ぎでしょ? 気付かなかったらどうすんのさ?」

「ちゃんと私は技量にあった結界を出したわよ? 貴女も自力で解けたじゃない?」

 

 後からならどうとでも言えるからね? それさ?

 ……良いけどさ。分かったから。

 

「まっ、感覚は掴めたかな? ……よいや」

 

 スキマオープン。

 自覚すればあっさりと開けれるものである。意識しないとダメみたいだけど。

 なんだろう。あっさりし過ぎて逆に怖い。

 

 

 んん? ……あれー?

 

「ふぅん? 私のスキマとは独立しているのかしら? いつもの目や手が見えないわね?」

「さぁ……? 多分繋ごうと思ったら簡単に繋げれると思うよ? 多分」

 

 コピー能力が本家本元に及ばない訳がないのである。

 って、某チェシャ○ャットが言ってたよ。あれ? チェシ○キャットの上だっけ? まぁ、いっか。

 

「おーい? 返事はまだかー?」

「ねぇ勇儀? もう開いた方が早くない?」

「いや、そんな契約の真っ最中に飛び込むのは駄目じゃないか?」

「なら私が霧のように襖の隙間からスススッ、っと」

「あ! おい!?」

「あれ? なんでだろ? 能力か何かのせいで進めないよ」

「……まぁ、用心の為じゃないかい?」

 

 とか、襖の向こうから聴こえてくる。

 紫の境界を操る能力と、私の衝撃を操る能力が重なった襖である。

 鬼の剛力でも、何かの術式でも、たとえ何者でも通る事は出来ないだろう。多分。

 

「……そろそろ行きますか」

「そうね。行きましょうか」

「あ、じゃあ紫。この部屋全体に付け加えてる遮断効果、解除出来る?」

「……はい、これで良いかしら?」

 

 ……流石大賢者。能力の飲み込みが早過ぎる。っていうか、私よりも速くね?

 これが頭の違い? それとも才能?

 何にせよ、これが天才かチクショウ。

 

 

 

 能力を解除し、襖を開く。

 もう眠気もだるさもない。立ち上がって行動する事に何の支障もない。

 

「お、おお! どうなったんだい?」

「契約終了したよ。体調もバッチリ」

 

 そして鬱な気分でもない。

 むしろ全身からみなぎって来てるよ。何でも出来そうな予感すらしてるもん。

 

「いやぁ、いきなり倒れるからビックリしたよ」

「まぁね。色々と頑張りすぎたみたい」

「頑張りすぎた、って……」

 

 ……まぁ、色々とね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、私達からあなた方鬼に少しばかり提案があるのよ」

「なんだい、藪から棒に?」

 

 私達?

 いやいや、私は詳細どころかそういう話をするっていう事も知らないんだけど?

 

『話を合わせなさい。鬼達を移住させるわ。ここに居たらいつ討伐されるかわからないもの』

 

 そんな疑問の視線で私も紫に目を向けると、彼女もそれを察したのか一瞬だけ視線を合わせ、そして外した。

 いや、説明しろよと思う間もなく、頭の中に響くような紫の声。

 

 ……ああ、なるほど。念話(テレパシー)ね。

 いやはや、とても便利な物である。精神の会話だからか、一瞬で相手の言いたい事もわかるし、自分の言いたい事も伝えられる。

 

 まぁ、距離という制限があるけどね。

 

『なるほど、それは賛成。何処に移住させる気?』

『あなたの家がある山よ』

 

 ……へえ。

 あの山に移住させるって事は。

 

『……天狗の里にぶっ込む。って訳?』

 

 ああ、何か面倒臭い事が起きそうな予感がする……。

 ……いやもう……確定してね? これ。

 

『大妖怪が大人数住めるような地は、あの山ぐらいしかなかったのよ』

『……あー、もし天狗と鬼が喧嘩でもしたら、私は天狗を助けるよ?』

 

 あっちは生まれた時からの友人で命の恩人だ。特に天魔には肩入れするよ。

 うん、それは絶対そうする。

 

『ええ、それは構わないわ。貴女はあっちとこちらの調停者、ふふ……境界を巧く操ってきなさい』

『おぉおぉ、まさかこんな大事になるとは。大妖怪の式神は大変だ』

 

 まぁ……後悔はしないように生きてみよう。

 好き勝手に生きてみせるぜ。

 

 

 

 スタンd……げふんげふん、念話が終了。

 ちなみにテレパシーが繋がってから恐らく一秒も経ってない。万能過ぎる。

 

「頼みというのは、貴女方に移住をしてもらいたいのよ」

「……」

「『妖怪の山』という場所があるわ。この大江山よりは地脈が弱いかも知れないけど、広さはここよりも大きいわ」

「待ちな……それは私達に『人間から逃げろ』って言ってるのかい?」

 

 まぁ、極端に言えばそうだよね。こんなタイミングに話すのもおかしいもんね。

 逃げろとは言わないけど……流石に人間の罠で死んでもらってもねぇ?

 

「……それも入っているわ」

「なら、その頼みは受け入れられないな。私達は『鬼』だからな」

 

 

 

『……さて、どうします?』

『次に人間が襲ってきて、今回のような結果に終わるのなら、強制的に移住させるわ』

『りょーかい♪』

 

 ま、その前に事前説明を天魔とかにしないとね。

 ……ん? もしかしてその役割も私か?

 

 ありえる……。

 ま、まぁ、何とかしてみせようじゃ無いか。うん……。

 

「……そう……」

「まぁ、そこまで言うのなら、次に襲われた時に負けないでよ? 人間に」

「今回は油断したが、次こそは絶対に喰ってみせるさ」

 

 

 

 勇儀さぁん……それ死亡フラグ……。

 

 

 


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