風雲の如く   作:楠乃

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旅の再開。

 

「え~、これで最後の授業を終えますよ~。あとはあなた方の発想がぁ、新たな術を創っていくんですからねぇ~」

 

 最後までこの喋り方を徹した先生だった。何なんだよ、その喋り方は。

 

 

 

 さて、これで天狗と混じって生活をし始めて十年が経った。そしてこの十年の間に色々あった。

 

 私が始めにブッ飛ばした天狗の三人が弟子にしてくれと頼みに来たり、

 天魔と家数件を半壊させちゃう程の大喧嘩をしたり、

 始めて人間を殺してみたり、

 天魔に真面目にガチで襲われたり(性的な意味で)、

 反撃して天魔の妻達と一緒になってボッコボコにしてやったり、

 酒を記憶が吹っ飛んで無くなっちゃうまで呑んでみたり、

 呪術及び能力と妖力・体術を鍛錬してみたり、

 他の妖怪をストレス解消でつい吹っ飛ばしたりしていた。

 

 ……まさに縦横無尽の妖怪ライフ。

 

 あれぇ?前世の私はもっと大人しい人間じゃなかったかな?

 …まぁ、良いか、楽しいし。

 どんなに酷い喧嘩をしても、酒を呑んで宴会すれば仲直り。

 現代の人間に見せてやりたい程だね。これは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ行こうかねぇ……」

 

 自宅で何の予定も無くごろごろしていた所を、これまた何の予定も無しに唐突に来た天魔と、本当にごくたまに会話を交わすだけのだらだらしていて、それで尚且つ何処か安心感があるような気がする、そんな一時。時間さえものんびり過ぎていくような午後三時ぐらい。

 

 この時代、娯楽という言葉すら生まれていないような状況みたいなので、単に私と天魔は卓袱台を挟んで寝転がっているだけである。

 …まぁ、天魔の方は身体を物凄く曲げないと身体を横には出来ないから、寝転がっているのは私だけだけどね。

 

 

 

 閑話休題。

 

 そんな時に私が唐突に言った言葉。要は私が旅をまた再開しようかな。という意味。

 いきなりそんな事を聞いただけじゃ解らないような言葉を、未だに私に対する熱が冷めないとの噂の天魔は、即座にどういった意図で私がその言葉を喋ったかを理解した。理解してくれた。

 

「……此処からまた旅に出るのか?」

「ん。色々見てみたいし」

「…そうか……」

「……私が言うのも何だけど、止めないの?」

「止めてもどうせ聞かぬじゃろ?」

「流石天魔、分かってるじゃん」

「何年付き合っておると思っとる」

「…まぁねぇ……」

「……」

 

 暫しの沈黙。

 

 

 

 ……私は十年も共にして、そして転生してからの始めての友人と断言出来るこの天魔には、とても感謝している。恥ずかしくて言えないけども、それは本音だ。

 もし仮にだけれども、私が転生前の記憶が無ければ…別にこいつとの結婚も良いかな?とも想えている。

 

 でも、ダメだ。

 前の記憶が私を離さず、そして私もその記憶を忘れようとも思えない。

 がんじがらめに縛られている『私』と『俺』は、どちらも優先出来ずに優柔不断という結果になり、結論の先送りで逃亡を繰り返している。

 それでもこのままではいけない。というのはなんとなく分かっている。

 いや、それすらも分かっている『フリ』なだけなのかも知れない。

 

 要するに、私は自分からも結論からも逃げて結局は相手の決断に全て任せてる、卑怯者なんだ。

 

「…天魔ぁ」

「なんじゃ?」

「…私の事、どれだけ解る?」

「自由奔放・唯我独尊、神出鬼没で一長一短が激しく、掴み所が無い、気分屋」

「……お、お見事」

「…それがどうかしたかの?」

「いや、まぁ…その……私についての事」

「…お主について、とは?」

「……天魔ぁ」

「…今度はなんじゃ?」

「まだ私に妻になって欲しい?」

「っ!?ゴホッゴホォッ!?なんじゃいきなり!?」

「良いから。本音は?」

「……それは…まぁ、なって欲しいのう」

「年齢差凄いよ?」

「そんなもん関係ないじゃろ」

「私はそもそも天狗じゃないよ?」

「知らんわそんなもん」

「……格好いいね。だからモテるのかな?」

「…何なんじゃ先程から…?」

「…私、前世は人間だよ?」

「……は?」

「更に言えば、その時は男だよ?今じゃこんななりだけど」

「ちょっと待てぃ!?なんじゃそれは!?初耳じゃぞ!?」

「そりゃそうでしょ。私も始めて言うんだし」

「ええー……」

「ハハハ……さて、そんな事実を知った天魔君はそれでも私が好きでしょうか?」

「……お主はお主、前世は前世じゃろ。今のお主とは関係無い」

「……」

「…なんじゃその驚いた顔は…」

「……格好いいね。ホント…天魔は」

「フン……で、何なんじゃいきなり?…もしかして本当に結婚してくれるのかの?」

「……どうしようかな…」

「え?本当?」

「…まだ……まだ『私』と『俺』は決断出来てない……だから…待ってて」

「……」

「本当に私達が納得出来る様な答えが見つかるまで」

「……そこまで言うのなら、ワシにも納得出来るような答えを見付けてこい。良いな?」

「…ん。わかった」

 

 ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は今、空をふよふよと飛んでいる。

 つまり天狗の集落を出て旅を再開したのだ。

 

 風になり、風の吹く方向に、それこそ雲のように、流されて旅をしている。

 妖力を隠せば、よほど力のある妖怪でない限りは見付からないし、簡単に人に近付けるって訳だ。天魔曰く『妖力を隠す技術は天性の才能があるやもしれんな』だとか。

 ……あんまりそれは言われても嬉しくないような嬉しいような……。

 

 近付くっていうのは、別に喰う為に近づいているんじゃない。

 まぁ、殺した事は有るけど、流石に人間を喰う訳にはいかない。

 ……とか言っちゃって結局はさ?人間を食べちゃったりしてね。

 現に殺しちゃったしさ。人間。

 …前は『殺さない』って決めたのにね。

 

 

 

 まぁ、なんやかんや言って私が人里に近付いて何をしているかというと、単に人助けである。

 妖怪らしくないとは百も承知の事。その時の気分で私は動くからねぇ。

 

 こうやって、まぁ、人里を襲おうとしている妖怪をぶん殴って吹っ飛ばしてる訳さ。

 

 妖怪退治や陰陽師やらが人里を渡り歩き、路銀を貯めてまた次の村に渡る事が成立しているこの時代。

 そんな旅商人みたいな真似をしながら、私は旅をしている。

 妖怪の特徴(?)として私は真っ赤な眼を持ってるけど、そこら辺は呪術で隠せば大丈夫だしね。

 

「詩菜さん!村を困らす妖怪退治!ありがとぅごぜいやした!!」

「いえいえ、困った時は御互い様ですよ」

「ヘヘへ……それで報酬なんですが…ほんとに食料品だけでよろしぃんですかい?お金は確かに辛いっちゃあ辛いんですがねぇ…」

「ええ、これだけあれば充分ですから」

「妖怪退治までさせて頂いたのに…本当にすまんのう……こんな小さいのに」

「ほんとになぁ、こんなめんこいのにあんだけの馬鹿力だもんなぁ」

「しかも一人で旅なんて……かわいさげに…」

「いやぁ、それにしてもかわえぇ容姿じゃのぅ」

 

 …小さい言うなっ!!

 気にしてんだよ!?一応さぁ……?

 

 

 

 ゴホン、閑話休題。

 

 会話に出てきた金銭の問題は確かに旅には必要な物だ。宿とか食事代とかね。

 でも、案外お金は妖怪が意外と持っているんだよねぇ。だから路銀は結構あったりする。

 カラスの光り物を集める習性みたいなものなのかね?……いやまぁ、現代のカラス扱いしたら怒られると思うけどさ。

 

 さて、妖怪なのに妖怪退治をしてるからだけど、ぽつりぽつりと悪評も出始めてるし……妖怪の間で、ね?

 そろそろここも潮時かね。いつもの事だけど。

 

 まぁ、次の土地で妖怪退治は一旦止めてみるか。今度は妖怪側にでも立ってみようかな。

 これまた気分で、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んで、移動した先で妖怪の奇襲に遭ったから逆にブチのめして捕まえて事情聴取中なう。

 ……いや、そんな大したもんでも無いけどね…。

 それに『なう』と『中』が被ってますよ。うふふふふ。

 

 

 

「守矢の神社?」

「ああ、あそこにゃえれぇ神様が二柱もいんだよ」

「片方はミシャクジって言ってな?呪うんだとよ。相手をさ。んでもう片方は軍神でな、俺等みたいな妖怪なんて叶いっこないんだ。どっちも強すぎるんだ」

「ふぅん……それはまた面白そうだね」

「……アンタでも気ぃつけた方が良いぜ?これまで人間を襲いに行こうとした妖怪が何匹も殺られてんだ。今じゃ境界に入らないで周りをぐるぐる囲ってる奴等ばっかりさ」

「…ま、そこらはなんとかするよ。ほら酒呑め酒を」

「おう…ありがとよ」

「いんやぁ!人間かと思って近付いたら妖怪だしよぉ?しかもなんか奢られちゃって、悪いねぇ!!」

「…あー、すまねぇ。こいつ酔ってやがる」

「いやいや、私も情報を教えて貰ったし?持ちつ持たれつだよ、多分」

「……あそこに入るつもりか?」

「まぁね」

「…アンタなら大丈夫かもわからねぇが…今じゃ妖怪も滅多に神域に入ろうとすらしねぇし……案外アンタなら簡単に襲えるかもな」

「ハハハ…まぁ、自分の力が通用しなかったらすぐさま逃げるよ。当然」

「あれだけおれらをボコった奴が良く言うよなぁ!?姿は可愛い人間の女の子の癖によぉ!?ヒック!」

「……あー、すまねぇ。こいつ話聞いてねぇな…今すぐ潰すから」

「いやいや、大丈夫。私が潰すから」

「…え?」

 

「おらおら呑めよ呑んでみろよぉ!え?無理?諦めんな!諦めんなよ!!どうしてそこで諦めるんだ!そこで!!周りの事も考えろよ!皆応援してんだぞ!!お前が諦めてどうするんだよ!!ダメダメダメ!!行けるって!頑張れるって!!諦めなければ妖怪も頑張れる!!今こそ!ネバーギブアップ!!オラ呑めさぁ呑めよし呑めイッキ!イッキ!イッキ!!んん?無いの?よし分かった待ってて、今から近くの人里から盗ってくる。逃げんなよ!!」

「……なんだこりゃ……イヤ、なんだこいつ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、襲ってきた妖怪を逆に熱血させて情報をゲット。

 え?修造?気にしないで欲しい。前世の友人の影響だよ。うん。それだけだよ。

 

 妖怪も元は人間の心から生まれたような物だしね。仲良くなればこっちのものという訳である。

 結局、朝まで宴会みたいな真似をして、朝が来ると妖怪達は去ってった。潰れた妖怪を背負って。

 

 ……アイツ、やけに酒に強いな。普通に走って帰ってったよ…。

 私もちょっと頭がふらついて今日一日はあまり無理しないで行こうかと思っているのに…。

 …酒に強いのは鬼だけじゃないのか?もしかして妖怪という種族全体が酒に強いとか?まぁ、鬼に出会った事なんて無いんだけど……。

 潰れた横の奴はたまたま弱かっただけとか……ありえそうだなぁ。

 

 まぁ、それはさておき。

 いつもの如く、人助けしながら潜入と行きますかね。

 まずは根を張って……。

 

 …って、待て私。

 ……いつから私は、こんなどっかの詐欺師みたいな感じに、参謀役みたいに私はなったんだ?

 あんな枯れた木みたいにはなりたくないぞ。ある意味枯れてるかもしれないけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは普通に普通の日だった。

 人々は私等の社に御詣りして、その願いが私等に出来る事ならば願い事を叶えるという、そんな事を繰り返し信仰心を集めている。そんな日常的な普通の一日だった。

 信仰心が私等神の力の源だから、まぁ、当たり前の事だった。当たり前の日々だった。

 

 

 

 その時はここいらにも既に私等の名前が広がっていて、妖怪が襲って来るなんてもうほとんど稀の事だった。

 だからアイツが来た時も、何処か緊張感が足りてなかったのかね……と、今でも思っている。

 

 それは諏訪子とも仲良くなり始め、順風満帆とは言えないかも知れないけど、それなりに上手いことやってきた所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ~、神奈子?」

「なんだい、いきなり?」

「最近人間と妖怪の間で全く同じ評判の『詩菜』って妖怪、知ってるでしょ?」

「詩菜…ねぇ……」

 

 同じ評判。

 人間を襲う妖怪を人間を護るように吹っ飛ばし人間の味方をするかと思えば、妖怪に効率の良い奇襲方法を教え今度は妖怪の一部として人間を襲う、謎の人物。

 妖怪にしては人間を喰おうともしないし、人間にしては身体能力がずば抜け過ぎている。

 しかもある程度働くと、その土地から忽然と姿を消すという。何がやりたいのか全く以て理解しがたい。というか出来ない。

 噂の内容は、人や妖怪・果てには土着神までがこの話を膨らませて虚実が入り交じっていた。

 その噂の中に『彼女が神社や霊山等を目指している』という信頼出来るのかすら判別出来ない噂も混じっていた。

 ……まぁ、だから私達もその噂を聞く事が出来たんだけどね。

 

 …こちとら神様だけど、そんな自分の事が知れ渡っちまうと妖怪として大丈夫なのかねぇ……?

 神様なら信仰を得られるから、自分の噂が広がるのは嬉しい事なんだけど……。

 

 

 

 っと、いけないいけない。諏訪子と話してたんだっけね。

 

「…ああ、人間も助けるし妖怪も助けるっていう変わった妖怪の事だろう?見た事は無いけど、聞いた話じゃあ可愛らしい女の子って話じゃなかったかい?」

「う~ん。そいつがさぁ……」

「……?…そいつが、どうかしたのかい?」

「…その詩菜っぽいのが人々と一緒に御詣りしに来てる」

「……はい?」

 

 言われて諏訪子の横に立って、神社の前を見てみれば社の入口付近に、境界の外に住んでいた筈の老夫婦が女の子と一緒に社を眺めている。

 確かあの老夫婦は私等の庇護が得られる境界内に入りたがっていたが、途中の険しい山道や妖怪などを恐れて、年老いた自分等の身体では到底無理だ。との事で仕方無く危険な山奥に住んでいた筈。

 

 フム……。

 恐らく隣の見た事がない、着物を着ている女の子が彼等を連れてきたのだろう。

 成る程、確かにその子は可愛らしい女の子だ。身長は諏訪子よりも少し大きいぐらいだし、髪は黒くて首辺りで切られている。

 噂じゃあ天狗のように大きい姿だっていう話もあったけど……何処でそんな噂に変わったんだか。

 

 異様なのは、眼が真っ赤な事だが……恐らく妖術か何かで人を騙しているのだろう。

 妖力も上手いこと抑えているのか、周りの人間には一切感付かれていない。上手く隠したもんだ。

 

「…どう思う?」

「……接触してみないとよく分からないねぇ…」

「だよね…じゃあ……」

 

 

 

 


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