風雲の如く   作:楠乃

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アマツキツネ その四

 

 

 

 ドンドンと何かを叩く音で、睡眠中から帰還する。

 音がする方は玄関から……って事は、あ〜……文が来たのか?

 ……ふわ。

 

 ……うあー、寝癖ひでぇし声もガラガラだ。

 水……ん、あー……ねぇし。

 ……そういえば昨日の掃除で、腐ってたのか茶色く変質しちゃった水を捨ててたんだった……。

 ミスったー……。

 

「……あー、そこに居るのって文か?」

「ようやく起きましたか……」

「あー、すまん……ゴホ」

 

 あ、あ゛ー、う゛んッ!

 駄目だ。喉痛い。

 

 ……川で顔とうがいをすべきだな。ついでに朝食の材料もそっちで取ってくるとするか。

 という訳で、微妙に乱れていた服装を直し玄関を開ける。

 

「おはようさん。中でちょっと待っててくれ」

「はい?」

「おらぁ顔洗ってくるから。ゴホッ! あと喉も゛な゛んとかしてくる」

「は、はぁ……分かりました」

 

 文を迎え入れ、入れ換わりに水辺へ近付く。

 顔を洗ってうがい手洗い、ついでに髪の毛も一応整える。

 新鮮な川の水だ。未来の飲んだらヤヴァイ工業用水なんて混じっていない。河童や山椒魚の住む、とても冷たくて美味しい、素晴らしき太古の川である。

 

 あー、あー、マイクテストマイクテスト。うん。

 よし、治った。

 

 しっかし……口開けながら寝る癖は直さねば。

 詩菜の時には起きないのになぁ……アレか、美少女補正か。

 ……ないわな。言ってて自分に幻滅してきた。

 

 

 

 予定通り、朝食用の川魚を二、三匹捕っておく。

 捕獲方法は単純明快。

 水の中で、ある一定の範囲内に魚が気絶する程の衝撃を響かせるだけ。

 ちなみにこれが電撃だったら立派な漁法である。現代だと完全に禁止されているがな。確かだけど。

 何もしていない筈なのに魚が水面に一斉に飛び出し浮かぶ姿は、まるで念力か法力によって魚を釣っているようにゲフンゲフン。

 

 まぁ、つまりはそういう事なのだ。何がそういう事なのかは知らないが。

 

 

 

 さーてと、四匹も釣れたし、

 

「うい、ただいまっと」

「……この場合は『おかえりなさい』と返すべきなのでしょうか……」

「さぁ?」

 

 ん~……まぁ、昨日と同じ塩焼きでいいか。

 手早く腹を切り裂いてー、内臓取り出してー、腸とか糞も取り出してー、色々と取り除いてー、串を口から尻尾まで突き刺してー、うーん、グロいー。

 あ、どうせなら川でやれば良かった。それなら台所も汚れないし取り出した部分は餌になるんだし。あっちゃー。

 

「ま、後で川にでもばら蒔くか」

「美味しそうですねぇ」

「とある弟子直伝さ」

 

 でも、内臓も美味いと思うんだけどなー……ほろ苦さとか。

 あとはこれに大根おろしと醤油があれば、俺的には最高なんだが……。

 まぁ、そんな高望みはしないで、純度の低い都の塩を染み込ませるように魚を揉む。

 カセットコンロなんて物は一切存在しないので、部屋の中央の小さな囲炉裏に火を焚き串を挿す。大木の中にそんなものがあって大丈夫なのかと思わなくもないが、そこらはちゃんと対策済みである。具体的には妖力での結界。

 

「随分と早かったが、朝飯は?」

「……頂けるので?」

「そんな事だろうと思ったよ。半分ずつな」

「ありがとうございます!!」

 

 ま……感謝するのはいいが。

 

「そんなわざわざ畏まった口調は使わなくていいぞ?」

「いえいえ」

「いや、いえいえじゃなくてだな……」

「あ、もうこれは焼けそうですね。これをいただきましょう」

「……」

 

 ……普通、捕ってきたヒトから食べるのが当たり前じゃね?

 いやまぁ、別に良いけどさ。

 

 

 

「そういえば荷物はどうしたんだ?」

「……私はこの里に来てから、あまり日数が経っていませんでしたので。それほど無いんです」

「ふーん。ま、荷物がないのは別に良いがね」

 

 俺は二本目。文は二本ともとっくに食べ終わっている。

 ……ん、コイツは塩が足りなかったか? ちょいと薄いな。まぁ、上からもう一回掛ければいいか?

 

「日数が経ってないのに、同世代らしき女の子には随分と応援されていたような気がしたが?」

「……あれは……」

 

 何故か言いにくそうな顔になる彼女。

 ……ふむ。

 

「……ごちそうさまでした。んで」

 

 

 

 変化、詩菜。

 

 

 

「これなら話しやすいかな?」

「……ふふ」

 

 我ながら機転を利かせたつもりなんだけど、笑われた。何故だ。

 むぅ……。

 

「まぁ、気にしなくていいわよ。天狗の組織の、私が思っている事なのだけど、固い部分」

「……それはそれでどうかと思うけどねぇ」

 

 日本古来の縦社会か。

 昔からの伝統だって知ってたはいたけど、こうも目の当たりにすると嫌な感じだなぁ。

 ま、それを即座に見抜ける程には文も達観してるって事なのかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というか、口調は?」

「さぁ? 何の事かしら」

「……」

 

 何なんだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅は道連れ、世は情け。はてさて、意味は何なのだろうか?

 旅は道連れの部分は何となく分かるとして、世は情けは何なんだろう?

 世界は情けないとか? 世界は情けで出来ているとか? そもそも情けって何よ?

 カルタも深く考えてみたら、案外面白いのかも知れない。

 ……ていうか、これで合ってたかな? あれ? 間違ってる? いかん、確かめる方法がない。

 

 

 

 てな所で、閑話休題(かんわきゅうだい)

 

 

 

 別に急ぐような旅路でもないので、文と共に歩いて寺に向かっている。

 旅の途中で話し合って親交を深めようではないか。

 

 とか言いつつ、結局ほとんどが私から文への質問ばかりなんだけどね……。

 

 

 

「ねぇねぇ、妖怪になったのが最近ならさ? それ以前は何だったの?」

「鴉ですね。そこから妖怪『鴉天狗』になったんです」

 

 ……口調に関しては、もう何も言うまい。

 私だって詩菜と志鳴徒の時の口調が別れている理由を巧く説明出来るとは思わないし。

 

 

 

「カラスかぁ。てなると由緒正しい天狗、って事になるのかね」

 

 僧とかが修行を積み、培った力を邪道の為に使い、高慢ちきになると天狗になる。とかいう話もあるけどね。

 まぁ、諸説あるけどね。鎌鼬だって諸説あるし、『これだ!』っていう由来がある妖怪の方が珍しいか。

 

「でしたら貴女は何の妖怪なんですか?」

「……うーん、紫……ああ、私の上司ね? 上司曰く」

 

 貴女は種族が『鎌鼬』にも関わらず、

 『三体で行動しない。』

 『妖獣のような獣に変身もしない。』

 『獣人のように人間ではない部分が存在・付属している様子もない。』

 だから貴女は鎌鼬であっても、他の『鎌鼬』のような三位一体の妖怪じゃあなくて、私のようなある種の特異な妖怪なんじゃないのかしら?

 

「──との事」

「……はぁ、分かったような分からないような」

「まぁね。私もイマイチ良く分かんない」

「……」

 

 私が鎌鼬だって名乗っているのは能力に関係なく、爪で色々切り裂く事が出来て姿を消す事が出来るから。

 それと、始めに確信出来てしまう御告げにも似たような感覚があったから。

 

 能力も『衝撃を操る程度の能力』で、私が衝撃を風と捉えれなかったら、鎌鼬とくっつかなかっただろうしね。

 私の生前がオタクで、能力とゲームが結びつく人物じゃあなくて、普通の一般人だったら『衝撃=風』なんて結びつかないだろうよ。

 

「能力と言えば、文の能力を結局教えてもらってないんだけど?」

「……私の能力は『風を操る程度の能力』です」

「ふむふむ……なるほどね」

 

 普通の天狗ですらかなり速いのに、その『風』を思いのままに操れる文はそらもう、トップクラスのスピードスターになれるだろうねぇ。

 それならあの自信も納得だわ。あの速度だともしかしたら天魔よりも速かったりするんじゃない? 最近天魔とは競り合ってないから分からないけどさ。

 

 ……地上専用の私に、空中専用の文か。ふふん、良いね。

 

「……それなら」

 

 

 

 変化、鎌鼬。

 

 

 

 これが唯一、私が空中で自由に動けるタイプって訳だが……。

 

「文、今の私を操作できる?」

「……風のようですが……私には操れなさそうです」

「ふむぅ、そっか」

 

 まぁ、そういった情報が入っただけでも良かった良かった。

 操れない理由を考えてみるに、明確な意識のある風だから? 鎌鼬だから? 文自身が風と無意識で認識してないから? そもそも文の言う能力が嘘で風を操れないとか? 実は操れるけど操らないだけとか?

 色々と思い付くけど、まぁ……どうでもいいか。

 

 

 

 変化、詩菜。

 

 

 

「……ややこしいですねぇ」

「私はこういう無駄な事とかが大好きなのさ。本当に大好きッ!」

「無駄な事なのだという自覚はあるんですね……」

「無駄な事じゃないさー。ちゃんと意味もあるよ? 多分」

「多分って……」

 

 そんなに意味を探していたら、結局最後には、

 『生きる為』

 『何故生きる?』

 『生きる為』

 『何故生きる?』

 というエンドレスになると思うんだ。これはまぁ、単なる私の自論だけど。

 

 

 

「……随分とまぁ、面白い考えの御方の様で……」

「自覚はある気がする」

「……」

 

 なんだ、その眼は。

 半目で奇異の視線で見ても、私は喜ぶだけだぞ? ドMって訳でもないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてはて、そんなこんなでうろうろと歩きつつ、それでも聖達の寺には真っ直ぐ向かいつつ、要するに気分的にはぶらり旅気分だけど、目的地にはちゃんと向かっている気分。

 要は、目的地まで時間もあるし、ここでお土産探そうぜ!! 的な感じの修学旅行。

 

 うん、まぁ、心底どうでもいいな。

 

 

 

 そういう訳で、地道に徒歩で聖達の元へと向かっている私達だが、使っている道というのは普通に人が使う道を通っている。

 当然、人間とすれ違う訳であるのだが、その場合は当然私は妖力を隠して、というか抑えているので大丈夫なのだが、文はその限りではない。

 そういった場合は、相手の人間が退治屋でもない限り、迂回したり隠れたり逃げたりするだけなのだが……。

 

「……さてさて、どうしたものかな」

「はあ」

 

 目の前で、人間が妖怪に襲われている。

 巨大な蟻のような怪物に人が襲われている。襲われている人は武装している様子もないし怯えて腰を抜かしている為、恐らく退魔師とかではないだろう。ていうかあの怯え方は初めて妖怪に遭ったのかってぐらいだな……。

 遠目に見てもあの肉体は、妖怪退治に全く縁のなさそうな程の細さしかないし……。

 

 結論、このまま観ていれば確実に10分以内には死ぬだろう。というか吹き飛ばされたりしたら死ぬね。

 あっさりとあの妖怪の血肉に変換されて、あっさりと吸収されてしまうのだろう。

 

 ……とりあえず、隣の文に声をかけてみる。

 

「文ぁ、君はこの光景をどう思う?」

「これにですか? 別に何とも思いませんね。普通の妖怪と人間の関係でしょう」

 

 そりゃあそうである。彼女は妖怪なのだから。

 

 

 

 しかしこの天の邪鬼体質な私。どうとも思わないと言われると、つい助けたくなる。

 ま、一応は神様でもあるしね。ここは助けるとしよう。

 

「へい、そこの蟻妖怪」

「ギ? ギギギ……ナンダ?」

「そこの人、見逃してくれないかなぁ? ……いや、そうじゃないな」

 

 いつもだったら気に入った方を助ける為に何かしら会話を交わすんだけど、さっさと終わらしましょうかね。

 

「四の五の言わず、さっさと退けや虫けら」

「ッギサマ!! ギサマカラクッテヤル! ギギ!!」

 

 神力を開放して、妖力を抑える。

 うっかり神力を開放する力加減を間違えると、未だに腰を抜かしっぱなしのオヤジが粉微塵になっちゃうので、そこら辺は気を付けつつ蟻の攻撃を避けていく。

 

 まぁ、攻撃方法と言っても酸を飛ばしたり妖力で作った弾丸を飛ばしたりするだけなんで、とりあえず避けまくって高速で近付いて、

 

「どりゃー。右ストレート」

 

 で粉砕出来るから、結局はどうでもいいんだな。

 

 うん、死体も残さず削除完了♪

 

「さて、おじさん平気かい?」

「……」

 

 見事にポカーンとした表情を浮かべたおっさん。

 ……ここはあの方式でいってみよう。

 

 指先から神力をなくし、妖力もなくし。

 次弾装填!

 目標確認!

 方向良し!

 距離良し!

 発射準備!

 3、2、1、ファイヤー!!

 

「喰らえデコピン」

「あだっ!?」

 

 衝撃を操り驚愕の感情を引っ込めさせる。

 やってる事は単にイタズラにしか見えないが、実は気付けである。なんたる罠。

 

 

 

 ……『イグニッション・ファイヤー!!』の方が雰囲気出たかも。

 

 まぁ、そんなデコピンでおじちゃんは再起動出来たらしく、私を見て目を白黒とさせている。

 ……あ、私が神力出してるからか。

 

「おっ、お嬢ちゃん!? い、いや神様……?」

「どちらでも良いよー? 助けたのは『私』なんだから、結局は変わらないよー?」

「ん、んん? ま、まぁ、いいか。すまない助かった。ありがとうございます」

「いえいえ。好きでやってる事ですので」

 

 受け答えが間違っているような気がしてならない。

 というか、絶対に間違ってる。うん。でも気にしない。

 

「おじさん、ここは危険だよ。何処に向かおうとしているの?」

「え? ああ、守矢の神社に向かおうとしてるんだ」

 

 へぇー、ほぉー。

 それはそれは。随分と長い旅路ですなぁ。武装もしていないおじさんは間違いなく守矢の神社に辿り着く前に三途の川へと向かうと思うけどね。

 

 ……ふむ。

 

「どうだろうおじさん。私にちょいと捧げ物をしてくれたら、神社の所までの安全を保障してあげよう」

「おお! それは本当か!! ありがたやありがたや!!」

 

 自分が話している相手が偉いヒトだと分かると急に態度を変える。

 まぁまぁ、人間らしくて結構。実に人間らしい。

 

「じ、じゃあ好きなだけ持ってってくれ!!」

「お、本当に?」

「ああ!!」

「……んー、じゃあこの魚と芋を貰っていくよ」

 

 これで当分の食糧は問題なし、と。

 計画通り、とは思わなくもないけど、まぁまぁ予想通り。

 

「じゃあ……汝の往く先に障害が顕れん事を祈って……眼を閉じて」

「? は、はい!」

「空気が変わって私の気配を感じなくなって、人の話し声が聞こえたら、眼を開いてね?」

「わ、分かりましたッ!!」

 

 よーしよしよしよし。

 神力が明確に回復していくのが分かる。実に素晴らしい。

 

「行くよ」

「ありがとうございました!!」

「うん。貴方を助けた『詩菜』をよろしくねー?」

 

 スキマオープン。

 いきなり地面に穴を開けるようなドッキリではなく、対象は動かずにスキマが動いて対象を呑み込んでいく。

 何気に難易度が結構高い技である。紫ならあっさりとやってのけるんだろうけどね。

 

 

 

 うし。移動完了♪

 

「おっけー。文も出てきて大丈夫だよ」

「……本当に噂通りなのね」

 

 

 

 ……予想通りの内容だろうけど……。

 

「ちなみにそれって、どんな噂?」

「『お人好し』」

「……」

 

 ……ま、まぁ、言い返……せないわな。

 

 

 


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