風雲の如く   作:楠乃

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 鬱? 私にとっての鬱。
 まぁ、後半は違うだろうけど。


妖怪寺 その3

 

 

「……」

 

 私は……ほんっとうに何をしていたんだか……。

 期待に添えずに、何をやってるんだよ……ハハ。

 

 

 

「……ハハハ、ほんと。馬鹿な事をしてる愚か者(ピエロ)だよ。まったく……」

 

 目の前にあるのは、どう見ても……どう解釈しても、

 『争った痕がある寂れた寺』にしか見えない。

 

 ……私が天狗の里でどんちゃん騒ぎをしていた時に、聖達は必死に戦っていた訳だ。

 『妖怪との共存』を受け入れる事の出来ない人々と、それを騙している事を知った上で助ける彼女達の意志。

 それらがぶつかるのは……目に見えてたのに。

 

 

 

 力が抜け、膝から崩れ落ちる。崩れ落ちていると気付いたのは既に地に膝がついた時。

 能力も全く発動せずに、膝に尖ったものが突き刺さる。足元を見れば木の破片や鉄の破片……恐らくは武器が壊れたものが辺りに散らばっている。

 

 ……本当、情けない。

 

 

 

「……詩菜さん」

 

 文が声を掛けてくる。それにも反応出来ない。

 

 ……人間は、自分より違う存在を知恵を惜しみ無く使って排除する。

 そういう存在だったんだ。それ自体は昔から認識していた筈なのに。

 私も元は人間で、それも生前から薄々認識していた筈で、理解していたつもりだったのに。

 

 今、その人間に対して、猛烈に憎しみしか湧いてこない。

 

 

 

「……貴女が絶望するにはまだ早いみたいよ?」

「………え?」

 

 文に言われ、視界をあげる。

 

 ボロボロになった寺の裏から、二つの影が飛び出しこちらへと向かってくる。

 もう見なくても分かる。あの声は寅丸と、ナズーリンだ。

 

 

 

「詩菜ッ!!」

「詩菜さんっ……御無事でしたか! 良かったぁ」

「……寅丸も、ナズーリンも……無事だったんだね」

「はい……けれど……」

「……他の皆は、殺されたのか……」

 

 再び黒い気持ちが沸き上がって来る。

 壊したくなってきた。人間を。あの存在を。

 

「……いえ、封印されたんです」

「……封印された?」

「ああ、魔界に……村紗や一輪達は地底に封印された」

「私達は、運良く逃げ切る事が出来たみたいで……」

 

 ……大方、聖が別々の方向に逃げろ。とか言って皆を逃がした後に自分一人だけが殿(しんがり)を務めようとしたんだろう。

 それを一輪達が見ていて加勢に乗り出そうとした時に、纏めて一網打尽に……か……。

 

 ふふ、簡単に予想出来ちゃうんだもんなぁ。みんな……。

 

 

 

「……詩菜さん?」

「は……ははは」

 

 ……憎い。

 正直に言ってこれほどまでに、自らの正義を馬鹿正直に通そうとする人間が、本当の本当にムカつく。

 そんな存在に自分もなっていたというのも腹が立つ。

 

 ……ああ、くそ。ムカつく。

 迂闊に手を出して、そのまま人を食べそうな自分にも、腹が立つ。

 

 

 

 ……自身の『衝撃』……衝動を抑える。

 

 紫との契約もあるし、私の思いもある。

 私はそれでも元人間であった身として──中途半端な存在として──妖怪も人間も平等に扱いたい。

 今回の思いは……本当に心の奥底に仕舞い込もう。

 

 ……今度、輝夜か永琳の所に行ったら、ストレス発散方法でも聞いてみようかな。

 ついでに死ぬ程の弾幕でも浴びてみようっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「詩菜ッ!!」

「えっ?」

 

 顔をあげてみれば、皆が私を見詰めていた。

 崩れ落ちた先……主に、左手を。

 

「……ありゃ」

「おい詩菜!? 平気なのか!?」

 

 ナズーリンが心配して大声を挙げるのも、まぁ……これを見れば仕方無いかな。

 私の左手はとても強く握り締められて、鎌鼬の爪が私の掌を貫通している状態だった。

 どうやら今の考え事をしている内に、無意識に握り拳を作ってしまい、殺意を抑えたつもりが鎌鼬の爪が出てしまっていたらしい。

 

 ゆっくり、ゆっくりと爪を元の長さに戻す。どす黒い気持ちは押さえ込んだけど、いつ咄嗟に出てくるか分かったものではない。

 そして右手で柔らかく左手を揉みほぐして、左手を開かせていく。傷から流れ出ている血はダラダラと垂れていて、そのせいか握り拳は滑って中々に開きにくい。

 

「……大丈夫だよ。ナズーリンが私の回復力を知らない筈、無いよね?」

「それはッ! ……そうだが」

 

 親指の爪を刺さっていなかったが、他の指の爪は手の甲まで貫通していた。

 地面へと掌を付けて、そこから握り拳を作ったせいか中には石なども入っていた。それも爪が見事に斬ってしまい、荒い断面の石も刺さってしまっている。

 ……どうやら、それほどまでに力強く握りしめていたようだ。

 

 あ~あ……。

 

 

 

「……とりあえず、寺の中に入りましょう」

「そうだね……詩菜さん、そちらの方は誰なんだい?」

 

 おっと、文の説明をしてなかった。

 

「こちら私の相方」

「……鴉天狗の射命丸と申します。よろしく」

「そうか。じゃあ射命丸さん……まぁ、今は散らかっているが、ゆっくりしていってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広間の障子はそのほとんどが破られ、柱の木片が其処ら中に飛び散っていた。

 外に比べて、寺の内部は異様に綺麗だった……血痕があるかないか、という意味では。

 

「お茶も何も用意してはやれないが……まぁ、破片をどけて座ってくれ」

 

 所々に血痕もある。けれど死体は何処にもない。

 多分、人間は誰一人死んでないんだろうね。どうせ。

 

 

 

「……これから、寅丸達はどうするの?」

 

 私はこうなった以上、ここに留まるつもりはない。

 ……ここに居れば居るだけ、人間へ対しての憎しみが溜まりそうだし。

 

「……今の私達に封印を解く程の力はありません……守ります。此処を、聖達の帰る場所として」

「そっか……そうだね……」

 

 私は……。

 

「……君はどうやら、此処を出ようとしているみたいだね」

「ッ……うん、ごめん…」

「何を謝るんですか?」

「……だって、用心棒みたいな感じで私を受け入れたんじゃないの……?」

 

 

 

「……馬鹿だな君は。生粋の馬鹿だ」

「そんな事で聖が貴女を受け入れると思っていたのですか?」

 

 

 

「……ふぇ?」

 

 笑いを堪えているような表情の寅丸と、多少小馬鹿にした感じの卑下した表情のナズーリンが私を見ている。

 

「大体、妖力が私達よりも少ない妖怪を当てになんかしないよ」

「ぐっ……」

「此処を何処だと思ってるんですか? 通称『妖怪寺』ですよ?」

「御主人様、それは何も関係無いんじゃあないかな?」

「……えっ?」

「兎に角、私達は受け入れただけだ。言っただろう? 『来る者拒まず』だと」

 

 え……ええ~!?

 

「全く……何を恥ずかしい勘違いをしてるんだか……」

「詩菜さん……それはないですよ」

「じゃ、じゃあ受け入れただけなのなら、どうして私だけあの団欒の中に入ってたの!?」

「いつもあんな感じですよ? 聖曰く、大人数の方がご飯は美味しい。だそうですから」

「たまたま君が、他に寄って来ていた妖怪が居ない時に来ただけだ」

 

 

 

 うわぁ……。

 

 うわーーーーーッ!?

 恥ずかしい!! 超わたし恥ずかしい!!

 何これ何これ!? どんだけ恥ずかしい事を素で考えてんの私!? なに自意識過剰になってんの私!?

 一気に汗が噴き出してくるし暑い!! 寧ろ顔が熱い!! 季節はもうすぐ冬じゃなかったっけぇ!?

 

 

 

 うわぁ……。

 やだ……もう顔を挙げられない……。

 

「……まぁ、こんな恥ずかしい妖怪は放っておいて、射命丸さんとやらは詩菜さんについていくんだろう?」

「はい……私もこんな恥ずかしい事を考えてる妖怪だとは、思いもしませんでしたが……」

 

 やめて!? もう私のヒットポイントはもうゼロよ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……此処は寂れていくだろう。妖怪達や……人々を吸引する魅力を持った、聖が居ないのだから。今は復興を手伝ってくれる人間や妖怪が居ても、それもすぐに来なくなるだろうな……」

「私達は……それでもこの寺を守って行きます」

「君達は前の妖怪達と同じように……いつも通りに、この寺から旅立つと良い」

 

 ナズーリンと寅丸の、確固たる決意。

 その決意に私が考えていた、妖怪の山付近に寺ごと引っ越してみる。という提案も言う事が憚れた。

 ……仮に提案したとしても、今の彼女達ではそれは聖の意思に反するとか言って、賛成しないのだろう。

 それも……予想出来た。

 

「寅丸達は……それで良いのね?」

「ああ。何が問題あると言うんだい?」

「封印はいつか壊れる物です。その時まで私達が聖達の帰る場所を護るだけですから」

「……分かった」

 

 その時、その封印が解かれるのはいつかは分からないけれど、

 

「頑張って……そして、泊めて下さって」

 

 ありがとうございました。

 

 

 

 二人は私の見た所、今日一番の笑顔だった。

 

 

 


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