風雲の如く   作:楠乃

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旅する鼬と天狗 その2

 

 

 

 雪女から逃げる為に、日本列島を南下していく私と文。

 逃げるとはいえ追っ払ったのはこちらだから、本当は逃げる必要なんて無いんじゃないかと思うわなくもないけどね。

 

 まぁ、こんな強敵に出逢って交渉して、出来れば関係、繋がりをつくれば紫からの仕事もこなしていると言えるんだけど、そういった連中ほどプライド・矜恃が高いから困る。

 会話が進まない。そもそも聴かない。聴こうともしない。あぁあイヤだイヤだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ないね」

 

 そしてその旅の途中。時刻は午前零時。決して迷子な宝具ではない。まぁ、どうでもいいか。

 既に辺りは真っ暗。現代では到底味わえない正真正銘の真っ暗である。

 とは言え、妖怪である私達に取って星明りしかない暗さというのはそれほど辛いものではないのだが……。

 

「……そうですね。何もありませんね」

 

 私達は小さな小川に沿いながら歩いていた。

 こういった綺麗な場所というのは人間が今まで入った事がないので、妖精やら妖怪やらが大抵は大量に存在したりする。

 残念ながら今の所、出遭ったりはしていない。残念。

 まぁ、喧嘩売られるよりかはマシかね?

 

「……見えないね」

 

 しかも午前零時というのは人間が寝静まり、妖怪が動きまわる夜の時間とも言うべき時刻なのに、遭いやすい時間だっていうのに。

 ……これだもんねぇ。

 

「ええ……誰も居ませんね」

 

私達は、一メートル先の大木すら目視出来ずに激突するほどに、『闇』に包まれている。

 

 

 

 明らかに誰かからの攻撃を、もしくは能力による撹乱をされている。

 隣にいる文の存在も、手を繋いでいなければ即座に見失ってしまいそうだ。

 

「……明らかに誰かからの攻撃、と考えるしか無いよね」

「そうですね……視界が完全にありませんし、妖力を感じ取る事も出来そうにありません」

 

 恐らく能力によって発生しているこの暗闇は、妖力が微かに混じっていてそれが索敵を邪魔してきている。相手に位置がばれないレベルの薄さの妖力で、それでいてこちらも感知できるけど薄すぎて逆に邪魔になるレベル。

 隣にいる筈の文の妖力もこの暗闇のせいでうまく感じ取る事が出来ない。

 いやはや……こりゃあ強敵だ。

 

 おまけに此処は森林……だった筈だ。もう見えないけど。

 迂闊に動けば障害物や樹に当たって隙が出来てしまう。私ならその衝撃で加速できるけど、文だとそうはいかない。

 上空ならばそんな事もないけど、私はそもそも飛べないし飛べるように鎌鼬になると、打撃が出来ないし防御力も皆無になる。攻撃されたらその時点でゲームオーバーだ。

 

 

 

「八方塞がり、かな?」

「……そうみたいですね」

「そんじゃあ、まぁ……」

 

 いつもの如く。

 チートで脱出。

 

 文と繋いでいた手を引き寄せ、足下にスキマを開いて逃走。

 会話も合図も無しにいきなりだったけど、文はどうやらこの脱出も予期していたみたいでそれほど驚いてもいなかった。いやはや理解の早い相棒で実に助かる。

 

 

 

 薄ボンヤリとして良く分からないスキマを通り抜けて逃げた先は、今日の朝に通り掛かった平原地帯。

 辺りを確認し、闇に囲まれてない事を確認してから降り立つ。

 まぁ、ちょっと逆戻りしちゃうけど安全の為に……ッッ!?

 

「ッ!? また闇が!?」

「あの距離を一瞬で詰めてきたっての!?」

 

 星も普通に見えて何も異常が無かった平原は、一瞬にして闇の世界になってしまった。

 んなバカな。

 少なくともあの森からは徒歩一日分は離れてるのに!? 瞬間移動能力!?

 くっ! ……多人数、それとも一人で複数の能力?

 

 

 

 また文と背中合わせになり、両者共に最大限に周りを警戒する。

 闇で何一つとして見えやしないが……まぁ、何があったとしても対応できるようにしておく。

 

 ……が、どうやらそんな警戒も、必要はなかったみたいだ。

 薄くて何処まで感知出来なかった妖力が、急に一箇所にまとまりはじめる。

 

「中々に驚いたぞ。あんな隠し玉があったとはな」

「……お褒めに預かり、光栄至極」

 

 その一箇所に目を向けると、相手の方もそれを知覚したらしく声が掛かる。

 相変わらず、闇によって紛れられて相手の姿を確認する事が出来ないけど……。

 

「……どうやら私達を知っているようですが、そちらはどなたでしょうか?」

「名前などない。私は『闇を操る』原始の妖怪。それだけだ」

 

 やっぱり『闇』か。それにしても名前が無いとはねぇ。原始の妖怪って。それなんて無理ゲー?

 

 名前が無い、ねぇ……でもまぁ、名無しよりも名前があった方が駆け引きはやりやすいしなぁ。

 まぁ、適当にお呼びする名前でも決めましょうか。

 

「んじゃまぁ、名無しと呼ぶのもアレですし、貴方の事を『アルシエル』とお呼びしましょう」

「……ふふ、良いだろう」

 

 笑いやがったよこいつ。日本に居たら絶対に知らない名前を名付けたってのに。

 意味まで知っているってのなら……なるほど、原始の妖怪だというのは本当みたいだ。

 

 それにしても……どんだけ上から目線なのコイツ。

 

「ではアルシエルさん。貴方は何故『私達を闇で囲っているのでしょうか』?」

 

 そう訊くと闇の中からぼんやりと姿が浮かび上がり始める。

 文とか足元の草は全く見えないのに、このアルシエルだけは普通に見えている。

 見えているのは良いけど、比較対象が全く無いからか遠近感が全然掴めない。

 

 首から足まである黒を基調としたコートを羽織り、こちらを貫くような鋭い目付き。

 綺麗な金髪に……なんかむかつくほどの胸元の肉の塊。

 ……で、文と私の妖力を合わせても敵わない程の力の質と量。

 

「何故囲ったか? それは当然、喰う為だろう?」

「あ~……やっぱりそんな感じなんですね……」

 

 そんな事だろうと思ったけどさぁ……。

 闇とか使う妖怪なんか勝てる訳がない。唯でさえあの距離を一気に零にする妖怪ですぞ?

 はぁ……。

 

 こんな時は、三十六計逃げるに如かず!!

 と、言いたい所ではあるんだけど……。

 

「逃がすと思っているのか?」

「にゃっふっ!?」

「あややや!?」

 

 そんな隙など、微塵もありません。ですよねー。

 再度スキマを開こうとしても、闇に防がれているのかうまく開いたという実感がないし、そもそも感覚としてはどこに開いたのか分からないし視認も出来ない……あ〜あ。

 

 戸惑っていると攻撃をしてきた。何故弾幕。こちらとしても弾幕勝負というのはありがたいけどねぇ。近付いて闇に触れるのも危ない様な気がするしね。

 

 しかし……なんでまた視界を防いでいた闇を取り払ったのかね?

 それを維持していたら私達なんてあっと言う間に終わるだろうに……。

 ……あれかな? 『遊んであげる』って奴? ま、それぐらいしか無いか。

 

 数々のばかでかい大剣を精製したかと思えばそれを投擲し、視界を防いでいた闇は何でも切り裂く刃と化している。

 時たま投げてくる動きの遅い大きい球体状の闇は、文の弾幕を吸い取って向こうの弾幕にして跳ね返すとかいうチート。

 肉体まで吸い込まれるので、彼女の弾幕を避けるコースから外れてしまい直撃してしまう事も多々ある。それでも致命傷とはならない。

 如何に彼女が手加減してるかが……よーく分かる。腹立たしいけども。

 

 流石に雪女の時のように文だけ攻撃を集中させて、大技を出そうとしたんだけど、寧ろ今は二人だから避けれているのだ。

 これが一人に集中した弾幕になると、もうどうしようもなくなる。

 ただでさえ地面に触れれば土や草花がごっそり消える『闇』だ。肉体や重要な頭や心臓に当たればどうなるか。想像もしたくない。

 

「そんなものなのか? 貴様等は」

「無茶言わないでよ!? 限界よ!!」

 

 いくら衝撃刃を放っても避けられる避けられる。コートにすら当たりゃしない……。

 いや、当たりはするんだけど……ダメージが眼に見えない。気が滅入る。

 

 

 

 圧倒的な妖怪を相手に必死で頑張り、流石に死を覚悟して戦っていると、文がいきなり声をかけてきた。

 

「ッッ……くっ! 詩菜ッ!!」

「なによ!?」

「こっち!!」

 

 アルシエルの弾幕を掻い潜り、何とかして文の近くに移動する。投擲される大剣すら踏み台にしないとすぐに八つ裂きだ。

 私達が彼女・アルシエルに唯一勝っている事は、単純な移動速度だけである。

 ……まぁ、闇の中を滑るようにして移動されると、簡単に追い付かれちゃうけどね。

 

「ん? 第二戦目の為の作戦会議か? フン、終わるまで待ってやろう。このままでは詰まらんしな」

 

 あ~……腹立つ。

 けれども攻撃を一時止めてくれたのは有難い。圧倒的強者の余裕っていうのは馬鹿馬鹿しいけども。

 警戒は引き続きしつつ、文の近くへと移動する。会議の内容を聴かれないように結界も張って準備オッケー。

 

「……で、どうするの?」

「上空に行きます」

「……私、飛べないよ?」

 

 上空に行けば確かに逃げれる方向は増える。地上よりかは立体的に回避出来るだろう。

 けれど……私は飛べない。さっきの弾幕を踏み台にするというのも、彼女が踏み台に出来ないような弾幕を撃って来ればおしまいだ。回避は素早くなるけども、回避方法が無くなる。

 今、アイツが私達をなめている間に攻撃を与える方が先じゃない?

 

 

 

「私が貴女を背負って動きます」

「……はい!?」

 

 いやいやいやいや!! なんでそうなるの!?

 

「このままじゃ逃げる事も出来ません。なんとしても彼女に攻撃を与え、隙を見付け出さなければなりません」

「そうだけど……どうやって?」

「私は能力を全て移動に注ぎ込みます。その間に貴女は彼女を倒す手立てを考えてください」

「結局私なの!?」

 

 えー……?

 

 アルシエルは闇を操る妖怪。出逢った時の瞬間移動は闇を使った技だって分かったから、能力の二つ持ちの線は薄くなった。

 私が撃てる弾幕は風の刃、衝撃刃、ガル系のインチキ魔法、インチキ言霊洗脳、後は物理技だけ。

 どうする……どうすればアイツに一泡吹かせてやれる……?

 

 そんな風に考えているとアルシエルから声が掛かる。あの様子だと会議の内容は聴こえてないみたいで安心するけどね。

 

「そろそろ良いか? 時間は待ってはくれないぞ」

「詩菜さん」

「……本当にその方法をやるのね」

 

 おぶるって……どういう事だってばよ。

 

 ……まぁ、いいさ。彼女の言葉で案が一つ出たしね。

 『時は、待たない』ね。フフフ。なるほどなるほど……。

 やってやろうじゃないの?

 

 

 

「よーし♪ 文。移動は任せたよ? 私が前になるから」

「あやややや。ノリノリじゃないですか」

「いや〜、ノリノリだね♪ 文もでしょ?」

「バレちゃあ仕方ないわねぇ」

 

 文も何か私に汚染されちゃってる感じがしてきたなぁ。

 ま、過度な緊張は禁物、適度にリラックスし……反撃はキチンと決めましょう。

 

「……? 貴様等、何を……」

「おやおや、時間を与えて下さったのは貴女からでしょう?」

 

 私達はそれを有効活用しているだけですよ?

 相手に気付かれないように、そっと自分の言葉に小さく衝撃を乗せていく。

 憤怒の衝撃・衝動よ。湧き上がれ。

 

「さーてさてさて、ちゃんと持っててよ? 落したりしたら許さないからね?」

「落とした時点で負けが決定でしょうに……」

「まぁね~」

 

 

 

 へらへら暢気に笑って、何気に必死に頑張って、土壇場で何かしでかしちゃう。

 そんな風なわたくし、四百五十年前からの『詩菜』で御座います。

 

 

 

「プッ、アハハハ!! なんだそれは!! ……ふざけてるのか?」

「ほ~ら、やっぱり相手の怒りを買ってるじゃん」

「もう遅いわよ。それに……今更止める気も無いでしょ?」

「勿論!」

 

 文が私の腹に手を回し抱える様にして、空へ浮き始める。

 

 ……ん、私の足がちょいと邪魔になるかな。

 バサッバサッと音が聞こえるという事は、文も本気を出して羽を解放しているのかしらん?

 

 アルシエルも浮上してきた。まだ攻撃してくる様子は無いけど。

 最後にスキマに手を突っ込んで扇子を取り出す。

 ……あれ? これ、最後に使ったのはいつだろう?

 

 まぁ……どうやらこの扇子が最後の一本。派手にやりますかね♪

 竹で出来た骨と要、扇面は和紙で、描かれている扇絵はサクラの木。無論お気に入りの一つだ。

 

「……そんなの馬鹿な格好で、私の闇から逃れられるとでも?」

「さぁ、確かめてみれば良いんじゃないかな? 文、速度を加減する必要は無いからね」

「当たり前よ。貴女こそ攻撃を外したりしないでよ?」

「アイサ、了解!!」

「フン。闇で粉々にしてやる!!」

 

 

 

 今まで地上で回避を鍛えた私と違って、空を飛び回る天狗の方が回避は得意なんだろうね。

 慣れていない私はこういう三次元的な避け方は、咄嗟に考えて避けるなんて無理だ。

 その点で言えば、文は素晴らしい避け方をしている。ギリギリまで引き付けて確実に避けている。

 

 文は回避に専念し、担がれている私はぶれる視界の中で必死にアルシエルを狙っている。

 

 

 

「喰らえ」

「文ッ!!」

「貴女も攻撃しなさいッ!!」

「してるさー」

「……まだまだ余裕のようだな」

「私はね♪」

「なるほど、私も本気を出すとしよう」

「ちょっとぉ!?」

 

 ふふん、内心はかなり焦ってるけどな!

 しかしてそれを隠すのも勝負の内ってね。

 

「行くよ! 『ザムクレート』!!」

 

 全てを輪切りにする真空刃。

 アルシエルの弾幕を次々に破壊して、本人に向かって飛んでいく。その数30。

 

 それでも余裕を持って避けられている。

 次の弾幕を用意。

 後悔やらをしてる暇なんてない。してる暇があったら畳み掛けろ、である。

 

「『マハザンダイン』!!」

「チッ!!」

 

 アルシエルを包み込む竜巻を造り出す。

 動けば即座に風の刃の餌食だし、吹き上げる風が地面から砂利を浮かして弾き飛ばし、身体に叩き付けていく。

 それを彼女は身体に闇を纏う事で防御した。砂や木片が凄い勢いで闇に吸い込まれていき、後には何も残らない。

 ……ほんっとうに、何でもありだなその闇!?

 

 ん~……うし。

 

「文! 行くよ!!」

「ッッ!!」

「『エアロジャ』!!」

「なっ!? 気象操作か!?」

 

 辺り一帯を大型台風が来たような天候にする。

 これは文の能力妖力と、私の能力妖力神力を、織り混ぜて相乗させた技のようなものである。

 巻き上げられた大量の岩や樹の枝が弾幕となり、風を操る文は更に自身のスピードが上がる。

 

 闇で打撃や切り傷は防げても、直接圧されるのはガードできまい。

 アルシエルには自分の体勢を維持するのも辛い程の暴風が叩き付けられているんだしね。

 

 更に追撃ィ!!

 

「突撃!!」

「ッ分かったわ!!」

「喰らいなァ!! 『超破壊拳(ビックバンインパクト)』!!」

「ッッ!?」

 

 ぶっちゃけると、単なる右ストレート(ry

 電光石火のように近付いて、アルシエルを殴り付ける。その途中までに撃たれた弾幕を避けながらも接近する文にはもはや脱帽である。帽子なんて被ってないけど。

 直撃した衝撃を最大限までブーストさせたけど、それでも威力は闇に吸収されて弱くなっている。闇を避けて殴った筈なんだけど瞬時にガードされたって事はオートガードまで付いてんのか。無茶苦茶過ぎない? その闇。

 まぁ、それでもアルシエルを地上まで落とさせる程の威力はあったか。叩き付ける程はなかったみたいだけど。

 

 

 

 落下しながらも弾幕を放ってくるアルシエル。

 しかしまだ『エアロジャ』の効果は持続している。

 彼女の放つ弾幕は暴風雨に妨げられ、在らぬ方向へ曲がっていく。

 

 

 

 さてさて……本日のラスト!!

 

「いっ、けぇぇーっ!! 『万物流転』!!」

 

 マーガレット戦の時に重宝しました、ノルン様。

 私も四百年という歳月を掛けて、漸く(ようやく)衝撃属性単体最強攻撃技を身に付ける事が出来ました。まぁ、あれの属性は『疾風』ですけどね。

 

 ……でも、まぁ……威力の方はまだまだみたいです。研鑽あるのみですね。私の持つ力を根こそぎ注ぎ込んだのですが……。

 

 

 

 まず巨大な竜巻がアルシエルを中心に一つ出来た。

 更に周りに、竜巻が複数立ち上がって、地面を削りながら中心の竜巻に集まり、巨大な竜巻は更に範囲が広くなっていく。

 更に同じ位の竜巻が立ち上がり、どんどん中央に集まって行く。

 

 大分昔から考えていた技で、神力で回路を創り上げてその上に私が注ぎ込んだ力が走っていき、後は回路の先にある立ち上げ部分の術式が、自動で全ての竜巻を構成していく。

 この技全体は既に創り上げていたんだけど、中々に試す機会もなかった。とんでもな………………。

 

 

 

 とんでも……ない、わ。こりゃ。

 ノルン様。どうやら寧ろ、やりすぎたようです。

 

「文!! 風に乗ってここから離れて!!」

「はい!?」

「ッッ!? 駄目だ、スキマ開くから早くそこに飛び込んでッ!!」

「何よ一体!? もうッ!!」

 

 アルシエルを中心に集まったトルネードは、既に文すらも引きずり込み始めている。

 ……妖力も尽きてたりしたら本当に粉微塵になってたかもね。

 

 

 

 ……要は、

 この技『万物流転』は私の手に終えず、私の制御下から外れ暴走している。

 

 

 

「何してくれてるのよッ!?」

「そんな事より早くスキマに入ってよッ!?」

「遠すぎるわよ!! もう少し近くに作り出しなさい!!」

「この状況下でそんな精密さを求めないでよ!?」

 

 スキマにまであと数センチ。

 もう一個スキマを開く暇も妖力もない。オワタ。

 

「~~ッッ!! あともうちょっと……!!」

「もう……無理よ……!!」

「ふざけんな!!あとは……そう、体格の問題だ!!」

 

 

 

 変化、志鳴徒。

 

 

 

 ギリギリの状況で男の身体に変化して、体格が成長したお陰でスキマに手が届いた。鎌鼬状態経由じゃないのが幸いした。お陰で全身成長痛だけどな。

 同時に反対の手を文の身体に回し引っ張りあげる。

 

「ぬうぅううがあぁぁあ!!」

「わわっ!?」

 

 文も手を伸ばし、スキマに手が届いた。

 その瞬間。

 

 

 

 トルネードの内部で、妖力が膨れ上がった。

 無論、俺の妖力などではない。既に空っぽに近いというのに。

 

「まだ生きてんのかよ!?」

「えっ!? あの妖力は貴女のじゃないの!?」

「アレは殆どが神力で構成されてんだ!! 大体、誰の妖力か判別出来るだろ!!」

「この状況下で精密な事は出来ないって言ったのは貴方でしょ!?」

「でしたねぇ!! 良いから入れやッ!!」

「あやややや!?」

 

 文をスキマに押し込み自分もスキマに突っ込み、急いで閉めようとすればでっかい闇がこちらへ突っ込んできている。

 どうやら極度の緊張で体感速度があり得ないほどに圧縮されているようである。闇が動いているのが見えている。

 

 ……ふぅ。

 

「どうだい? 逃げ切ってやったぜ?」

 

 最後に……『万物流転』にだめ押しの妖力追加。

 更に吸引力が増したトルネードに引っ張られ、速度が落ちた闇の目の前で、スキマを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……スキマの中には暴風も闇も存在しない。

 居るのは、精魂尽き果てた妖怪が二人だけである。

 無駄に恰好を付けるんじゃなかったよ……。

 

「……妖力は残り一割、神力に至っては完全にゼロ……」

「ううぅ、羽が……背中が痛いわ……」

 

 

 

「「……疲れた……」」

 

 

 


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