「ねぇ、詩菜」
「んー?」
詩菜が一人旅を始めて数年、言い換えれば牡丹との出逢いと別れがあってから、数年が経った。
彼女は特に何事もなく、時たま人を脅かし殺し、時たま妖怪を引き止め殺す毎日。
どちらかというと、何もせずにボンヤリと空を漂う生活がほとんどだった。
そこへ紫がやってきた。
いつも詩菜や幽香にみせているような『御人好し』の顔ではなく、
正真正銘の『妖怪』として。
「妖怪の山は大変ね。相性の悪い仲間が居るというのは」
「……」
「天狗は強い相手には礼儀正しく、弱い相手には強気に出る。捉え方によっては卑怯にも見える態度をとってしまう。それが鬼は嫌いなんでしょうね。フフ」
スキマに腰掛け、口元を扇子で隠して優雅に笑う。
友人や式にみせる優しさはそこにはなく、あるのは妖怪の底知れなさだけ。
「……そっか、喧嘩してるのね」
「あら、彼等を助けないのかしら?」
「助けるよ。勿論」
「ふぅん? その割にはあまり慌ててないわね?」
「慌てても仕方ないじゃん。そんなの」
ここで詩菜は、ようやく紫の方へと向き直り笑いながらこう言った。
「それにさ? 紫もそんな回りくどい事なんて言わずに手を貸してあげたらどう? とか、鬼と天狗が手を取り合うように調節してくれないかしら? とか、言ってくれりゃあ良いのに」
「……」
「ま、さっさと行こうか。紫はどうするの? また見てるだけ?」
「……そう、ね。観戦させて頂くわ」
「ん、りょかい。さぁて……どうやって双方を潰してやろうかな?」
「……両方倒すの……?」
「そうじゃないとねぇ? 双方に強制的に納得させるような条件を出すには、まず実力で叩き潰さないとね。両方共頭が硬いからねぇ」
古来から住んでいる天狗と、実力のある新参者の鬼、双方が納得しないと、この戦争は解決しない。
そして詩菜には、天狗と同等の瞬発力と速度。鬼の腕力を跳ね返す力がある。
そもそも詩菜は、こういう問題が起きた時『天魔に協力する』と約束を交わしたのだ。
日頃からお人好しと呼ばれる彼女が、助けない訳がない。
「さて、行きますかね」
「ええ。お願いね」
「それは無論」
「……そう」
双方が独自にスキマを開き、同時に中に入って同時にスキマを閉じた。
行き先も、移動方法も到着時刻も全て同じだというのに、違う道筋を辿って、二人は山に到着した。
スキマに入り、妖怪の山の上空へと通り抜ける刹那の間に、八雲紫は先程の会話を振り返る。
怒らないのね。貴女の知らない間に鬼達を貴女の友人達の住処へと向かわせ、山を無理やり荒らしたというのに。
友人と友人が敵対するように仕向けたというのに。喧嘩をしていると教えたというのに。
そんな風に私がしたと言外に匂わせたというのに、それを理解して尚、私に笑顔を見せて両方共を助けに行くというのね。
「やはり貴女は……何処かズレてる」
所変わって、妖怪の山。
今ここに、山を代表する妖怪が二種族、集まっている。
古来から山を統括し、排他的な社会生活を営んでいた『天狗』
妖怪の代名詞にして、誠実さと豪快さを併せ持つ最強種『鬼』
鬼は、その豪快さで『山の頂点』を目指し、天狗は新しく入った者に抜かれまいとして、多少卑怯な手を使ってでも押し止めようとする。
それは鬼が最も嫌う『嘘』に他ならないとして、鬼の方もヒートアップして過激な喧嘩が急増する。
鬼の現トップである勇儀と萃香は、元よりこういった争い事が大好きであるし、天狗の殆どが鬼を認めていない。
だが、天狗の中にもこの争い事に否定的な者も確かにいる。
一番の代表としては文である。
彼女は詩菜・志鳴徒の教育の賜物か、こういった順序や上下関係を忌み嫌うようになっていた。
実力的に言えば、天魔の右腕に近いと言われる程の実力を持っているからこの戦争に参加しているが、本人の方と言えばあまり乗り気ではない。
そんな複雑な心境の文。彼女の数列後ろに立っている天狗の大将『
彼は天狗の代表で此処に立っている。内心は兎も角として、戦争をする国の代表として争い事を避けるべきという心を奥底へと仕舞わなければならない。
規律正しい社会を築いた妖怪として、こういった謀反は許せはしないし、周りの意見も採り入れなければならない、リーダーの重責もある。彼の内心は文よりも数段複雑だろう。
『妖怪の山』に住む鬼は、全員がこの合戦の場に集まっている。
喧嘩、寧ろ戦争・殺し合いならば、彼等は嬉々として現れて参戦するだろう。
中でも一番楽しみにしていると言えるのは、彼女『
『怪力乱神を持つ程度の能力』を持つ彼女は、こういった場所にうってつけの能力と性格を持っている。
その隣に、鬼のトップの片割れ『
彼女は鬼の中ではやや誠実さに欠け、鬼からも『異端児』とされている。
その為、彼女もこの戦争に然程興味はなく、愉しい事がないかなぁ? という想いで前線に居たりする。
酒気で微妙に赤い顔、とろんとした目線で天狗の集団を見詰めてはいるが、酔っていても鬼は鬼。能力で全方向に注意を飛ばしたりしている。
天狗の大軍と鬼の集団。数百の天狗と数十の鬼。
要するに、妖怪の代表格『天狗』『鬼』が、妖怪の山の頂点を決める為に、それぞれの一族のほぼ全員がこの場に集結していた。
そしてその戦場の、遥か上空。
志鳴徒が、スキマから飛び下りた。
天狗も鬼も、遂に準備が整った。
「おらぁ!! 天狗共ォ!! さっさと山を寄越しやがれぇ!!」
「五月蝿いぞ筋肉達磨!!」
「卑怯なマネなんかしやがって! もう許せねェぞ!? ああ!?」
「単純な野郎だ。だから人間にも騙されるのだ」
「俺等は『嘘』なんつうのは認めねぇ!!」
「お前等は手っ取り早く山を明け渡せば良ぃんだよ!!」
双方のテンションが揚がっていく。
数では天狗が上回ってはいる。だが、相手の鬼は妖怪からみても規格外の力を持っている。
数で言えば天狗の圧勝。しかし、戦力で言えば同等の力なのだ。
そんな混沌とした中。天狗のある少女が上空を仰いだ。
「……うん?」
同じタイミングで、ある鬼の大将が空を見た。
「……んー?」
「うん? どうした、いきなり?」
「……いや……」
流れ星が真っ直ぐ墜ちて来ている。
だが、距離はまだ遠い。
「……天魔様」
「……そうじゃな。士気も充分……決戦、じゃ」
「わかりました……山の天狗達よ! いくぞ!!」
「「「おぉォおおおおぉぉォォおおぉォォぉ!!」」」
「勇儀姐さん!!」
「……萃香?」
「うん……気のせい、なのかな?」
「一体どうしたんだい?」
「ああいや、なんか嫌な気配を感じて」
「上空に、かい?」
「……うん。でもやっぱり気のせいだったのかな?」
「ふぅん?」
「姉御!! 行きますぜ!?」
「ああ、喧嘩の始まりだ!! 相変わらず曖昧な返事だけど、無視しても大丈夫なのかい?」
「分からない……いや、来ているけどそんな近くじゃあないから、多分平気かな?」
「分かった。さてお前ら! 行くぞ!!」
「「「よっしゃあ!!」」」
「……これは……」
「おい射命丸!? お前も早く行け!!」
……うるさいわね。などと思いつつ、彼女は上司の命令を聞かずにただ上空を見詰める。
ようやく雲を抜けた。あ〜寒かった。
もうこの位置からでも、妖怪の大軍が視認できる。
……どうやら、大戦はもう始まっているみたいだ。間に合わなかったかね。
「……ふふ、成る程ね。貴方だったのね」
「……ッ!? この力……!?」
「……そんな」
「オラッ! どうした萃香!?」
「予想よりもかなり速く下りてきたんだ……! 途中で何度も『加速』して!!」
実力者の何人かは、彼の存在に気付いた。
だが、そんな存在に気付かない中途半端な実力を持った連中ほど、中心で戦っている。
そんな戦場のど真ん中に、雲よりも高い場所から飛来してきたロケットは、遂に着弾した。
着弾の『衝撃』は兵どもを転がし吹き飛ばした。
それでも衝撃波は収まらず、双方の陣営まで暴風が行き届いた。
後ろでこそこそしている貧弱な妖怪達はそれで吹き飛ばされ、堂々としていた大将達は何が起きたのか、じっと煙幕の向こうに目を凝らす。
戦争は一時中断された。
「……やっぱ、あの高さは無謀だったかね。やれやれ」
粉塵が薄れ、中からそう言って出てくる男が一人。
足元には衝撃によって穴を開いており、何十もの罅が四方八方へと伸びている。
無論、その男とは志鳴徒である。
「ようやく来おったか!!」
「やぁ天魔君。残念だが、協力はしないが手助けに来たぜよ」
「……何じゃと?」
志鳴徒の考えは、出来得る限りの共存、である。
この『妖怪の山』は、紫の幻想郷の為のキーポイントとなる。それは紫からも訊いているし、志鳴徒も理解している。
一大勢力となるこの山。鬼と天狗が仲違いしているこの状況は、本当は紫にとってかなり危ない状況の筈だ。
それにも拘らず、当の本人は焦らず慌てず詩菜に発破をかけさせて来ていた。
その辺りが、紫が『妖怪の大賢者』と呼ばれている所以なのかも知れない。胡散臭い、境界さえ掴ませない性格の一端。
まぁ、そんな事は志鳴徒にとってはどうでもいいのである。
「天狗の救済、参ったもんだよ。ホント」
「おい!? どういう事なのじゃ!? ちゃんと説明せぬか!!」
「あ~、解ってるよ。ハァ……」
ころころ気分が変わるのはいつもの事。
どうしてあんな約束をしたのだろうか。等と思いつつ、鬼に近付く。
「よぉ、そこの鬼ども」
「……何だ貴様? 天狗じゃないようだが……?」
「ん、あいつ等の助っ人みたいなもんだ」
「へぇ。そんなほっそい腕で鬼を圧倒しようってのか?」
「試してみるか? かかって来いよ」
鬼を挑発し、代表らしき鬼が志鳴徒の前に立った。
身長差で言えば、志鳴徒の倍はありそうな、大きな鬼。
「おいおい。良いのか小僧? 捻り潰してやろうか?」
「それはこっちの台詞だ。来いよ」
「……ふん、天狗と同じように俺等を騙そうったって、そうは行かねぇぞォォ!!」
脚を高く上げ思いっきり地面に振り下ろす。
震脚で地面が激しく揺れ、志鳴徒もたたらを踏む。
そこへ大きく振り被った右手を強烈に振り下ろす。
「……やれやれ。何かと思ったら結局、力技かい」
「なっ!?」
思いっきり振り下ろした筈の右手は、いとも簡単に止められた。
しゃがんだままの姿勢で、左手を上げて鬼の拳を掌で簡単に受け止めている。
「残念でした。また来週。つってな」
そのまま掴んだ右手首を思いっきり引き込み、驚愕で動けない鬼の脚を蹴り飛ばした石で弾き飛ばし、完全に体勢を崩す。
倒れてきた鬼の鳩尾を更に掌で打ち上げ、そこから背負い投げの要領で鬼を地面に叩き付ける。
無論『衝撃』も操り、ダメージを中まで浸透させて与える。
「グアァァッッ……!?」
「完璧に肋骨が折れたな。しかも肺に刺さってる。うごかねぇ方が良いぜ?」
「く、そっ……!」
「さてさて、どうしたもんかね……」
実際の所、志鳴徒に良い考えは無い。
天狗の手助けはしたい。だが鬼だけを倒すのも紫の手前、出来ない。
「……強制的に仲良くさせる方法は無いものか……」
「おい」
「ああ? ……何だ、天魔か」
「お主、何をしに来たのだ」
「……ホント、何をしに来たんだかな」
助けに来た筈なのに……な。
「……」
「なぁ……どうすれば、良いと思う?」
「儂に訊いてどうする……」
「ま、そうなんだよなぁ……」
鬼は見知らぬ乱入者があっさりと仲間を倒した事に驚き、動きが止まっており、天狗は天狗で天魔の知り合いのアイツは誰だ? という話でざわめいている。
「……ああ~……めんどくせぇ」
「は?」
「もう良いからさ? 大将同士で決闘して、それで上下を決めちまえよ。それなら簡単だろ」
「……お主、本当に何をしに来たのじゃ……」
「天狗の手助け」
「……どの口がそんな事を言うておるのだ…」
「この口だゼ!」
「……」
そんなチャラい言葉を言いつつ、鬼の陣営へと歩いていく志鳴徒。それに着いて行く天魔。
鬼の集団は自然と開けて行き、中から現れたのが鬼側の大将の二人。
勇儀と萃香である。
「お前らが、鬼の大将だよな? いやまぁ、知ってるんだけどな」
「……ああ。面識はない筈だけど、貴様は誰だ?」
「天狗の……何だ?」
「じゃから……儂に訊いてどうする……」
「まぁ、天狗の味方をしてる志鳴徒。って者だ」
「志鳴徒……か」
勇儀は『志鳴徒』と聴いて、何か一瞬思い出しかけた。
しかし思い出せなかった。なにせ志鳴徒よりもその後の変化した姿の方が良く逢っているし、多く戦っているからだ。
「それで、何の用だ」
「この戦。さっさと終わらせないか?」
「……なんだと?」
双方が納得しないと、この戦争は解決しない。
志鳴徒が考え付いたのは、大将が納得すれば良い。という短絡的な考え。
「具体的には、大将同士の決闘。死なない範囲での仕合だ」
「……なんだいそりゃ、詰まらないねぇ」
「じゃあ、その間、俺が暇な奴等と戦おう」
「「……はい?」」
鬼の二人がキョトンとしている間にどんどん話を進める。
話をこちらのペースに乗せる事が出来た。内心で悪役のようにニヤリと笑いながら、次々と話を進めていく。
「んじゃ、勝った奴が山の頂点、負けた種族が下になる。だからと言って下の種族を蔑ろにするのは駄目。形としては、今の天狗社会を基本にして鬼もこの構造体に従って貰う。上下関係はキチンとしなくちゃいけないけど、下だからといって不当に扱うのは無し。今から天魔と勇儀が別の場所で戦う。その間、暇な奴はその試合を観戦してるか、もしくは俺と戦うか」
「……ちょ、ちょっと!?」
「んじゃ、大将の天魔と勇儀を別の場所に送る。位置を確認したら戦闘を開始してくれ」
「おう、了解した」
「おい!? 無視するなァ、がっ!?」
殴り掛かって来た勇儀を受け止め弾き、先程鬼にかけたような脚払いをかけて倒す。
倒れた所を狙い、元から発動一歩手前まで来ていたスキマを開き、勇儀を落とす。
「御武運願ってるぜ、天魔」
「うむ」
「スキマ!? スキマって『アイツ』の固有の能力じゃ……!?」
勇儀が何か叫んでいるが、無視して二人ともスキマに放り込む。
スキマが閉じ、残ったのは、
大将の命令で傍観している天狗と、
大将があっという間に何処かへ転送されて呆然としている鬼、
それと中立のように立っている志鳴徒のみ。
「あいつ等が戦っているのは、この山の反対側だ。興味があるなら向かうんだな」
「……! そうか……お前は……!!」
残った萃香が遂に志鳴徒の正体を暴き出した。
だが、時既に遅し。大将の方では既に戦いを始めたのか、轟音が山の向こう側から聴こえ始めた。
「お前ッ……詩菜か!」
「大正解。でもまぁ、ここで詩菜に変化するのはやばいからこの姿でいるんだがな」
「ッ……くそ、志鳴徒の姿で出てきた時に何故気付けなかった……!」
「やっぱりテメェも、天狗と同じように騙すんだな……!!」
「何を今更、昔討伐隊としてきた時もおんなじ感じで来ただろうに」
ヘラヘラと笑いながら、言葉を返す志鳴徒。
鬼が彼を認めているのは、彼(彼女)が自分の利益の為だけに変化をしないから、そして彼女(彼)はそれを力で押し通す事が出来るからである。
しかし、それもまた『他人の力を操った、卑怯な技なんだけどね』とヘラヘラ笑いながらそう言うのだろう。
「……さて、鬼の皆さんや」
残った俺達で、どう遊ぶ?
ニヤリ、と志鳴徒が笑い、意図を理解した萃香を初めにどんどん鬼達へ笑みが広がっていく。
「そりゃあ勿論……」
「ケンカ……だろ?」
「「はっはっはっはっは!!」」
「かかってこいやァ!!」
「勇儀の代わりに、今お前をぶちのめす!!」
「「「おぉぉららぁぁあぁぁぁぁ!!」」」