八月中旬。午前十時半。
……暑い。
遂に俺も夏バテかねぇ? 何はともあれ汗が止まらぬ。
この夏はやけに気温が高い。暑いったらありゃしない。ていうか暑すぎだチクショー。
「……うがぁー……」
こうやって溜め息(?)をついても誰も何か言ってくれない。
彩目はまた旅を始めたし、文は仕事、天魔は天狗の教育、紫は紫で色々とやっている。鬼や天狗は時たま問題を起こすがそれも大体は治まってきた感じである。
……こうも中二の夏休みみたいな生活をダラダラしているのは、山の中でも俺くらいであろう。いや別に中学二年生を批判しているつもりではないのだが。
……うにゃー……。
何故こうも暑いんだろうか?
あれか? 山か? 妖怪の山だからか?
ほぼ森の中に居るから、湿度が高過ぎて蒸し暑く感じるのか?
つーか、大木の中に住んでるからか?
……そろそろこの樹も駄目になってきているような気がする。
何にせよ、この樹・家は狭い。暑いし。彩目とか天魔とか、身長が異様にでかい奴が居るからかもしれないが、そう感じてしまう。俺だけだとそうは感じないしな。
そして冬は寒くはならないんだがなぁ……。
……引っ越しでもしようかね?
単にこの大木を加工して木材を造って、あとの建築は……まぁ、その道のヒトに頼めばいっか。
まぁ……それはどうでもいい事なのだ。
要するに、暑いし暇なのでまた旅に出るか。という事なのである。
うし!
そうと決まれば出掛ける準備をしましょうかねッ!
溜めていた水回り用の水を捨て、食糧はスキマに突っ込んで、っと!
後は……まぁ、特にないか? いつものように挨拶もなしにぶらりと出る旅だし。
腐りそうな物とかも処分したし、この家にそういうのは無いよな? あってもスキマに投げ込んだ筈だし……うし。
「あれ、お出掛け?」
「ん? なんだ、萃香か」
「他に誰だと思ったのさ?」
「仕事してない鬼」
「……」
丁度俺が家から出た時に、萃香が来訪した。と言っても姿は見えないので霧の状態になっているようだ。
……来訪したというか、霧になって漂っていたら俺の姿を見付けたとか、そんな感じだと思うけど。仕事云々は知らぬ、俺以外で誰かが注意するだろう。しなかったらその会社がダメだという事である。多分。
「また久々に旅に出ようかなって」
「へえ? そりゃあ大変だ! 急いで宴会の準備をしないと」
「お前は酒が呑みたいだけだろ……」
……大体、そんな豪勢な見送りは御免である。
詩菜の姿ならまだしも、志鳴徒の見送りには誰も来ないだろ。こんな髪の毛ボサボサの目付き悪いおっさんなんて。
……ていうか、何であんなに詩菜のファンが出来たんだ? それが一番分からん……性格悪いとしか言いようが無いのに。
いやまぁ、それを言ったら志鳴徒の姿である『今の自分』にそのまま返って来る訳だが。
まぁ、そんな事は置いといて、送別会なんて俺はいらないでござると、そういう事である。
「そっか。そりゃ残念」
「ま、帰ったら宴会でもしようや」
「お! 言ったね? 約束だよ!?」
「おう。なら帰ってきた時に俺が怒らないような教育を、部下達にちゃんとしとくんだな!」
「う……ま、まぁ! 善処するよ!」
……不安だ。
今から旅に出るというのに、旅から帰ってきた時の事を心配しないといけないとは……。
我が家の施錠を確認して、スキマを開いて身体を突っ込む。
……施錠というか、妖力での封印だけど。まぁ、大した力もない俺の封印だから、そこの萃香がその気になれば一瞬で解けるだろう。別に中にそんな大した物もないけどな。
「んじゃ! 行ってきな!!」
「おぅ。行ってくる」
ケラケラと笑う萃香の声に返事して、スキマを閉じた。
蒸し暑い山から、俺はまた旅に出た。
▼▼▼▼▼▼
季節は移ろい、日本列島は大分涼しくなったのではないだろうか?
まぁ、二ヶ月もあちこちをうろうろしていれば、そんな風に時間は流れるモノである。多分。多分って俺使いすぎじゃね? どうでもいいけど。
特に知り合いに逢う事もなく、旅をする毎日。
時たま紫からの連絡が来るだけで、何の目的も無い旅。その連絡自体も、どうでもいい雑談が殆ど。
閑話休題。
とある村に着いた。
海の近くにあるこの村は、特に海産物が有名らしい。まぁ……考えてみれば当たり前だが。
更にこの村は、噂によると『大陸から流れてくる様々なモノを取り扱った店』があるとの事。
『大陸』とは中国とかロシアとか、つまりアジア大陸の事だ。
つまり、この村には異文化を取り扱う店がある。という事だ。
この時代にしては相当に珍しい筈だ。多分。
歴史は疎いからよく思い出せないが、十一世紀にそういう店を開いていたら即座に上から叩かれるんじゃないか? というか捕まるんじゃないのか? つーか処刑されるんじゃね?
……まぁ、噂になってもまだ店が続いている辺り、黙認されてるのかね?
考えるだけで行動せず、どうでもいいけどと考える辺り、俺は無精者。
その里に入り、しばらく歩いていると店が見えてきた。
この小さな村には似つかわしくない、かなり大きな店舗だ。
もしかしたら現代に良くあるようなそこらのコンビニよりも実は大きゲフンゲフン!!
……まぁ、つまり、かなりでかいのである。
この時代にしては、だが。
その建物の入口に誰かが居た。
赤くて長い髪の毛、日本人離れした顔立ちと髪の毛、大陸の民族風の衣装……こちらを睨む眼差し。
「妖怪が、この村に何の用ですか?」
……アララ、バレテーラ。通りで里に入ってからここに来るまでの間、誰も居ないと思ったら、避難してた訳か。
んん? それにしたって妖力は抑えてる筈なんだがなぁ?
しかも『妖怪』って事は気付かれたのに『神様』って事は気付かれないこの謎。
……単に力の量の差とか? いやいや、妖力も少ないんだからあんまり関係無いような気もする。妖力よりも神力の方が大きいとかもないし。
まぁ、そんなどうでもいい事は置いといて、
「観光だが何か?」
「……。嘘でしょう」
今の間は何なんだ。
等と思っていると、彼女が構えた。
……やれやれ、いつもの如く敵対ですか?
いやはや……しかも、その手のプロかね? こりゃあ。
「村に害する妖怪をここで見逃す訳にはいきません。ここから去りなさい」
「いやはや、妖怪は人間に害するモノと決め付けられても困る。そんな事を言ったら大陸の更に向こう側に居る妖精とかはどうなんだと俺は説明を求めたいが、まぁ、今はその時じゃないのでそういう疑問は慎もうではないかこのぅ。さてさて話を元に戻すが、今日は気分が良いから人間側に立とうかと思っていたのである。まぁ、アンタにゃそんな事関係ないかもしれないが、しかしてアンタがそんな風に言うんじゃあ余計に誤解が増えていく。いやしかし何分俺は天の邪鬼な気質だからダメ! 絶対! とか言われると余計にアレコレしたくなってしまう。悪戯心って言う奴かね? そんな所も案外妖精と似ているかも知れぬ。いやまぁ、兎に角妖精の話は置いておこう。言い出したのは俺かもしれないが。で、まぁ、この性格はあまりよろしくないという結論になった訳だが、そんな事は自分自身も分かってはいるが、性格だから変えられない訳であって、もしかしたら変える気がないだけなのかもしれないが、閑話休題つまるところ結局は」
……ふぅ……。
いやー、長いセリフっていうのはキツイ。でも言い切った後の相手のポカーンとした顔を見るのはそれよりも面白い物である。まる。
「戦えば良いのかな?」
結局何が言いたいんだコイツ、という視線を無視して構える。
相手に対して半身になり、足は微妙に曲げ、その状態で固めて重心を安定させる。
左手は顎の近くに引き寄せて、右手はゆったりと相手の方向に伸ばす。
完全に自己流なのでスキだらけであろう。まぁ、そこも誘いと勘違いしてくれれば最高。
「……その構え、この国の武道。ですか?」
「いんやぁ、自己流さ。アンタは向こうの大陸での武芸でも習ってるのかい?」
「! ……ええ。私の故郷の武術を、少しばかり」
「……ホントに少しなのかねぇ」
見た感じ、カンフーっぽい、いやまぁ、詳しく知らないのでそれっぽいというしか無いのだが。
まぁ、仮にカンフーだとして、中国武術というのは前世で何度か見た事はあるが、ここまで圧迫するような迫力がある使い手は、見た事がない。
というかそういうのは大体が映画なので見た事ないに等しい訳だが。
彼女の後ろに何やら朧気に龍すら見えるような気がする。気がするだけである。多分。
……ん? もしかして、妖力?
「お前さん……実は妖怪か?」
「──せいッ!!」
シカトされた。悲しくなってきた。
……まぁ、そんなアホみたいな世迷い言は放っておいて。
彼女はどうやら『本物の達人』という奴らしく、単純に強い。何が『少しばかり』だよ。
攻撃一つ一つが綺麗で素早く威力も高い。傷付ける事に躊躇いもないし、隙なんてありゃしない。
しかし素早い、とは言っても、俺からすればまだまだ遅い。
コレならばまだしも幽香の方が恐ろしい。アイツは異常だと思う。まる。
おっと。こんな事を考えてると幽香にぬっ殺されてしまう。
……やけに勘が鋭いからな……無駄に。
さてさて、こんな考えを暢気にしているという事は、それだけ余裕があると言う事だ。
俺は攻撃をしていない。避けているだけである。
にも関わらず、彼女は息が荒れ始めている。
攻撃は避けられるというのは体勢が崩れるし、体力を大量に奪っていくという。
それを数分間とはいえ、ずっと繰り返している彼女は既に相当疲れている筈なのだ。
……実際、攻撃のペースはそれほど変わってはいないのだが。
「おらおら! 動きが鈍ってるぜ!!」
「くっ……!」
そんな挑発すらする余裕がある。実際には鈍ってない。
しかし、しかしだ。というか、鈍ってない『どころか』なのだが、
名も知らぬこの格闘家の凄い所は、既に俺の速度に追い付き掛けている。という所だ。
始まった時は、俺も余裕で背後を取れていたにも関わらず、今では地味に攻撃が掠り始めている。
戦いの中で成長するったって、限度があるだろうよ……。
……っと!
油断大敵。拳がかすって頬から血が流れている。
いやはや、これならなまじ避けるもんじゃあないなぁ……。
これなら『衝撃反射』の方が出血なんかしないし、圧倒的に楽なんだが……、
……ネタを披露するみたいでイヤだな。
まぁ……どっちにしろ、押し切られたらアウトだけどな。
「やれやれ、どうしたもんかねッ! っと!」
「ッ……全然当たらないッ……!」
「当たりたくねぇから当然だろ」
……しかしまぁ、体力あるねぇ。オジサンはもう精神的にぐったり来たよ。
なんてまぁ、戯れ事を考えつつも彼女の攻撃を避ける。
またかすり傷が増えた。今度は右の二の腕。
やはり俺の行動を先読みする技術が長けている事と、単純に彼女の眼が、俺の速度にだんだんと慣れてきたのだろう。そうやってどんどん狙いは的確になっていく。
しかしまぁ、これだけ暴れても誰一人家から覗き込んだり、何事だ!? とか言わないって、何かおかしくないか?
太陽が燦々と照り付ける中で俺等は攻防を繰り広げている訳であって、何も怪異の時間である真夜中とかに戦っている訳ではない。
なのに一つも影が見えたり物音がしたりする様子もない。
明らかに、何かがおかしい。
そんな事を考えていると、唐突に攻撃が止まり彼女は後ろへと下がって呼吸を整えようとしている。
そして会話を振ってきた。話しながら体調を整えようって事かね。
「よそ見できるほど私の相手は簡単、って訳ですか?」
「……いんや、そういう訳じゃあないんだが……まぁ、余所見したのは謝ろう」
頭を下げずに謝り、更にこう言い放つ。
それに、飽きたから終わらそうぜ?
「ッ……!! 飽きたって何ですか!?」
「こういう事♪」
遂に俺から攻撃をする。
ダッシュで懐に潜り込む。そして鳩尾に拳を捩じ込もうとしたが……。
……そういえば、こいつ。反射速度もめきめき上がってたんだった。
容易く避けられ、すぐさま距離をとられてしまう。
いきなり俺の行動パターンが変わったせいか、何やら戸惑いの表情を見せつつ、後ろへと下がって受身の体勢。
しかしまぁ……あの至近距離で良く避けたものだ。
それなりに真面目な速度で近寄って攻撃しようと思ったんだがなぁ。いやはや、素晴らしい才能の持ち主だ事。
「……ま、格好良く決めたつもりがあっさりハズれた訳だが」
「私を見くびって貰っては困ります。これでも百何年は生きてますからね。妖力の差から見ても分かるでしょう?」
……ああ、やっぱり俺は年下に見られてるのね。おらぁ四百七十は生きとるわい。
いや……もう慣れたし良いよ。別に怒ったりはしないさ。今更だしさぁ……はは。
訂正する気もおきないのでそのまま放っておく。直すのもめんどくなったわチクショー。
「……ま、さっさと倒れなされ」
「? ……なッ!?」
空間を圧縮。《ゼロシフト》発動。
まず彼女には突風が襲い掛かる。眼も開けられず、妖怪の怪力を持っていても吹き飛ばされそうな強風。
しかして、突風よりも早く俺は既に背後に居る訳である。根本的に突風を起こしたのは俺だしな。
……とは言え、その突風も普通は耐えきれるものじゃあ無いと思うが……まぁ、いい。
「……あ……ふ………………」
『ツン』っとうなじを突いただけでも衝撃というモノは発生する。
その衝撃を俺が操って、気絶するほどの物理ダメージを彼女に与える。
結果。バタンキュー! っと彼女は地面に倒れた。
勝利の栄光を手にするのは志鳴徒なり!! なんつってね。
あー、くだらね。
「おばちゃん! 団子もう一個!!」
「あいよ!」
戦闘が終わり、気絶した名も知らぬ妖怪を近くの家の壁に立て掛けて、
俺は呑気にオヤツの時間である。団子ウマー。
はてさて、あれほど人気が無かったこの村。何故あれほどまでに人間が居なかったのか。
答えは簡単だった。漁でみーんな海に行っていたのである。
そして今居る甘味処は、戦闘をしていた場所の正反対の方向にあったというオチ。道中にあったのに気付けなかった俺も阿呆である。
どうやら海岸沿いにある村に良くありそうな話『女性は海に入ってはいけない』というのは、眉唾物なのかもしれない。
確かに良く良く考えてみれば、海女さんとかは矛盾しているなぁ。と思った。
となると、『山に女性は入ってはならない』というのも、案外嘘っぱちなのかもしれぬ。
例えば、村紗とか、聖とか、文とか。いや村紗は海か。海なのに山? うん?
……いや、でもあれは妖怪だからオッケーなのか? うーむ、分からん。
あ、でもそう考えてみると、妖怪というか人外になったからこそ文とか聖は山に住めるようになったのか? いやまぁ、文は元々烏だったらしいけどさ。
「あ、おばちゃん。団子も一つ」
「……アンタ、ちゃんとお金を払ってくれるんだろうね?」
「ほいよ。モグモグ」
何か食い逃げと勘違いされた。失礼な。
俺はそこいらのボンクラ妖怪とは違うのだ。多分。
金はちゃんと持っているぞ? 殺した奴から奪った金じゃなくて、働いて稼いだお金である。そこら辺の血塗れのお金と稼いだお金は分別してるしな。なんとなく。
稼ぎ元は妖怪退治、恨みによる仕返し、暗殺、陰陽術、等々。
「……まいど」
どうやら納得してくれた様子。良かった良かった。
「ッ見付けたわよ!!」
「やかましい」
三十二本目の団子を食べていると、先程の格闘家がやってきた。
元気に暴れまわっているようで、当て身や気絶の後遺症とかは無いようだ。良かったねー。後遺症がないようにしたから当たり前だとは思うけど。
だがしかし、日も暮れかけているとはいえ、仮にもここは食堂である。
いやまぁ、甘味処だから、食事をする場所だと言い換えよう。
「あろう事か、女性で大人であるアンタが食事をする場所で暴れてどうするよ?」
「うっ!? っ、すみません……」
「うむ」
団子ウマー。
「……じゃなくて! じゃなくてですね!?」
五月蝿いのでさっさと結論を言ってやる事にする。
久々に弄りがいのある娘だなぁ。逆に弄られる紫とか幽香とは大違いだよ。お姉ちゃん達マジパない。
「安心しろ。この村に一切の危害は加えない。加えてない。しばらくここで仕事でもしようかと思ってるしな。お客を傷付けちゃあ商売人として失格だし」
「……はい?」
「しっかし異文化を取り扱う店とやらは存外面白くなかった。なかったが中々に興味深い奴も見付けたし、一石二鳥で頑張ろうかねぇ?」
興味深い、とは目の前のこの格闘妖怪少女の事である。
あの格闘家。詳しく知らない俺が言っても何の信憑性もないが、こいつの使う『技』というのは人間が出来るレベルではない。
妖怪の身体能力を持っていたとしても、生半可な努力では出来ない。出来る訳がないと思う。
それこそ、『生まれてからずっと功夫を続けている』という訳でもない限り。
「……良くやるよ」
「はい?」
「いんや」
四十本目の団子を食い終わって席を立つ。
料金をちゃんと払って店の外に出る。もう辺りは真っ暗である。妖怪の時間だね─。
「ちょ、ちょっと!?」
まだ追っ掛けてくる。しつこい女は嫌われるぜ?
逆に、詩菜は淡泊すぎだ、とか言われたがな!!
閑話休題。そんな事はどうでもいいのである。詩菜に変化する予定もないし。
「んだよ。もう結論は話しただろ?」
「……本当に、危害を加えないのね?」
「まぁ、そこらは信じてくれ、としか言えねぇからなぁ」
「……」
見ず知らずの妖怪。しかもそいつは自分を倒した妖怪、ってのを信頼するのは流石に無理がある。
「……ま、今更ながら自己紹介をさせていただく。大体の奴には『中立妖怪』と呼ばれる『
「大体の奴って……私は『
「うむ、以後よろしくな♪」
「……」
迷惑げな顔をしているが、握手や自己紹介には普通に応じている辺り、中々に礼儀正しいのかも知れない。
まぁ、仲良く出来れば良いなぁ。ハハハ。