風雲の如く   作:楠乃

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解約・再契約

 

 

 

 詩菜が倒れた時、二人に『ブツン』と衝撃が走った。

 特殊な契約をした二人。『八雲(やくも) (ゆかり)』と『彩目(あやめ)』である。

 

 

 

 

 

 

 八雲紫の方は、ちょうどスキマから出て新たに目を付けた妖怪の元へ向かう所だった。

 スキマが出た所からでは見難いが、雑木林の向こう側に力を持った強大な妖怪の一団が居た。彼等に向かって単身向かおうとしていたが、唐突に起きた謎の音に、歩を止めてしまう。

 

「……?」

 

 何かが切れた音がしたが身の近くにそんな音を出しそうな物はないし、罠やトラップという事も考えたがそれに気付けないという事はありえないと即座に判断する。だとすると余計に今の音が何なのかが分からない。

 音の大きさからして、林の向こうにいる妖怪達が気付かないというのもおかしい。今は自分自身の気配を遮断しているお蔭なのか気付かれてはいないが、衣擦れの音で気付かれてもおかしくない距離の筈なのだ。

 

 ならば私の内から聴こえてきた音、だとは分かるけど……音の出所は何処?

 考えても思い当たる節はない。このまま向こうにいる妖怪に話し掛けても良いのだけれど……何かおかしいわね。

 

 そう即座に考えてスキマを開き、その場から八雲紫は消え去った。

 スキマが閉じる瞬間、隙間から妖怪達が何かの気配に気付いた様子が見て取れたが、それよりも今は自分の異変に注意を払うべきだ。

 

 

 

 暗闇の中、手や眼が生えている不気味な空間内で、今の自分の状態を確認する。

 自己の確認。『八雲 紫』

 能力の確認。『境界を操る程度の能力』

 目的の確認。『幻想郷の設立』

 目的を支援する者達の確認。異常なし。

 目的を阻害する者達の確認。異常なし。

 近辺の確認。スキマ内に異常はなし。強いて言うならば眼と手が少しばかり挙動不審になっているが、恐らくは自分に影響されているだけだろう。

 遠方の確認。自宅、異常なし。

       白玉楼、異常なし。

       太陽の畑、異常なし。

       妖怪の山近辺、少し騒がしいが『いつもの事』。異常なし。

       海の向こうで気に掛けている所、異常なし。

 

 そこまで考え、やはり身の回りに何ら異常がない事に首をひねる。

 何か、何か違和感があるのだがそれが何なのか全く分からない。

 文字通り正体不明。霞でも掴もうとしている気分で──────

 

「……っ!?」

 

 正体不明、でようやく気付く。

 式神の事が、頭から完全に抜け切っていた。

 

 それどころか、式神という存在は居ない者と思い込んでいた自分に驚く。

 詩菜・志鳴徒という存在は居ないと思い込み、式神というものをこれから持とうとしている最中だと考えていた。と思っていた。

 

(いえ……『思わされていた』?)

 

 平常時の八雲紫ならまずありえない。錯乱や混乱の術を掛けられたとしても、境界を操る能力によって無意識に遮断している筈で、仮にそれを突破していても持ち前の妖力で解除・回復出来る筈なのだから。

 

 更に感情操作系の能力なら詩菜の能力で完全防御出来るという状態にしている筈、という事も思い出す。この事も彼女を思い出せなければ完全に忘れていたという事実にまた驚愕する。

 何らかの衝動として出る感情・衝撃は彼女の能力で操られないようにしている筈なのだった、と。

 

「詩菜に、何かが起きた?」

 

 式神関連。詩菜・志鳴徒との関係が急に薄れていっている。明らかに異常状態。

 先程の遠方の確認でも、『いつもの事』で違和感を覚えたのはそれが原因だった。

 妖怪の山が騒がしいのは詩菜が原因である事が多いというのを知っていたのに、詩菜の事をほぼ忘れていた癖に、それでも『いつもの事』だと思ってしまったから、違和感を感じていた。

 原因の解明の為にも、スキマを開いて山の麓にある彼女の家へと向かおうとして、

 

 

 

 根本的に、彼女との式神の関係『そのもの』が絶たれている事に、ようやく気付いた。

 

「っ、詩菜!?」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 彩目の方は、家から親も去って友人達の元へと向かう所だった。

 たまたま近辺に慧音達が着ている事を知り、久々に連れ立って旅をしようと考えていたのだ。

 

「待たせた。久し振り」

「久々だな」

「彩目も、相変わらずでかい身長だな」

「五月蠅い。気にしてるんだから放っておいてくれ」

「まぁまぁ」

 

 友人達と合流して自由気侭に歩き始める。それでも決して元来た道へと行こうとはしない。

 人が通るような小道ではない獣道、森の中を友人達と歩いて行く。

 

「それで何処に向かう? 彩目が決めて良い」

「ん? 慧音達はどうしていたんだ?」

「妖怪退治道中だ」

「じゃあそれでいいんじゃないか?」

「だそうだ慧音」

「……はぁ。お前等は仲が良いのか悪いのか」

「一緒に旅してる時点でそんなのは関係ないだろ」

「それはそうかもしれないが……」

 

『ブツン』

 

「っ!?」

「ん? どうした、彩目?」

「なにか感じたのか?」

 

 何か千切(ちぎ)れた音が辺りに響く。

 だがそう聴こえたのは彩目だけで、他の二人には何も聴こえていなかった。

 

「……なにか、音が聴こえなかったか? 太い紐が切れるような……そんな感じの音」

「そうか? 私は何も聴こえなかったぞ」

「私もだ」

 

 自分だけ? そう考えて何か原因が自分にあると思い、何か最近あったかと考える。

 半妖になった原因として詩菜があるのだから、彼女は八雲紫よりも早く結論に辿り着く事が出来た。言うなれば彩目という妖怪を造ったのが詩菜なのだから。

 

 

 

「……母さん?」

「っ!」

「それって、妖怪になった原因の妖怪か? 母親がどうかしたのか?」

 

 そこまで思い出し、一度も使った事のない呼び名で詩菜を呼んでしまう。

 無意識の内に飛び出た呼称に友人達が反応し、ハッとする。

 

 『此処には、彼女がいる』

 『彼女』に、母親殿を逢わせてはいけない。

 

「すまん、急用が出来た。旅はまた今度になりそうだ」

「……何か私達に出来る事はあるか? 力技で何とか出来る事なら私でも手伝えるし、私が何とか出来ないなら慧音に任せる事も出来るし」

「……」

 

 彼女はそこで、いつもなら手助けしようと言い出しそうな友人が、何も言わない事に違和感を覚えた。

 慧音の顔を見てその顔が深刻そうな顔だという事に気付き、慧音がなにか知っていると思い当たる。

 

 そして彼女は、内部事情を知っていると思われる慧音が踏み込もうとしないのを見て、あまり入り込むべきではないと思い至った。

 彩目からしてみれば、ありがたいが嬉しくない勘違いであった。

 

「いや、ありがたいがこれは私達の問題だ。すまないがまたこっちに来た時に旅に誘ってくれ。そのまま先へ進んでくれて構わない」

「……大丈夫か? 彩目」

「……ああ」

「まぁ、彩目がそう言うなら良いけど……何かあったら手助けするぞ?」

「ああ。すまないが、またな!」

 

 そう言って彩目は猛スピードで自宅へと戻っていった。それを見送る友人達。

 折角一堂に会する事が出来たのにという気持ちはあるが仕方無い。

 という気持ちの彼女。

 ……一体いつになったらあの二人の問題は解決出来るのだろうか。

 という気持ちの慧音。

 

 

 

「……慧音は、彩目の母親についてなにか知っているのか?」

「ああ……複雑だよ。彼女は」

 

 いや、正確には……複雑過ぎる(えにし)を持ってるよ。君達は。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 夢を、見ていた。と思う。

 内容については、思い出したくない。

 とりあえず復讐と自虐と、怨念が渦巻くトラウマの夢だ。それ以上は考えるのも嫌だ。

 

 結果的に言うと、天魔から伝え聞いた文の伝言は覚えているけれど、その後の吐くまでの途中を全く覚えていない。

 というか、吐いた事を天魔から聴いて初めて知ったという感じだ。言われて確かに吐いたかもしれない、という状態だ。

 

 

 

 そんな私は今現在、自分で舌を噛み切ってしまい、包帯で口元を覆った状態である。手当てにしては全くもって意味がないけどね。

 

 先程の夢を見たせいで、起きた瞬間に咄嗟に自殺しようとしたんだよね。能力を使用して自殺衝動を抑えるという考えすら沸かない内に噛み切っちゃった。

 お陰でまったく喋る事が出来ない。

 

「─────、──────」

「……何を言っておるのかは分からんが……取り敢えず大丈夫なのじゃな?」

「──」

 

 そう天魔に言われて頷くも、彼の顔はしかめっ面のままだ。

 腕も縛られ、因みに脚も縛られていたりする。柱とかには縛られてないから起き上がる事は出来るけど、全く何処の緊縛プレイだよ。

 そして顔に巻かれた包帯は、実際には猿轡を隠すという意味もあったりする。猿轡は再度舌を噛まないように、自殺防止用だとか。

 

 天魔さん。私が自殺し掛けたという事で急遽こんな事をしてくれた。実に有難迷惑。

 いやまぁ……心配してくれたって言うのはすっごい分かるんだけど、さ。

 それだけの心理的負担。トラウマを想起させてしまったっていう罪悪感もあるんだろう。

 

 ……悪いのは伝言を残した文でもないし、伝えた天魔でもない。トラウマを創った本人の私が悪いのだ。

 あの事件そのものを起こした、私がね。

 

 舌を噛み切った際の激痛で一瞬正常に戻れたから、今は能力を使って普段通りの気分になっているけど、実際あのままだったらヤバかった。

 

 

 

 まぁ、何にせよ今はちゃんとした状態なので大丈夫である。

 ……能力を使っているのも自分だし、平常かどうかの判断なんて本当は確かめる方法がないんだけどね。

 

 兎も角それでも天魔は私の事を信じ、取り敢えず腕に巻かれた包帯を取ってくれた。

 ぶっちゃけ竜巻を起こせばこんな手錠どうって事ないけどな。しないけど。

 

「……すまぬ」

「────」

 

 あ〜、もう、めんどくさい。

 なんとか能力で声を再現したい所だけど……如何せんどうなっているのか構造が分からないから再現のしようがない。

 何とかして誰かの身体で確認したい所だけど、ボディランゲージも縛られてたから出来なかったし、筆談しようにも筆とかが手元にない。

 

 それでも何とか天魔に紙と書く者が欲しいと伝える事に成功。

 

「……なるほど、筆談じゃな? 待っておれ」

 

 そう言いつつこちらを確認しながら道具を取りに行こうとする天魔。さっさと行けや。

 また自殺するかもとか思ってるのかもしれないけどさ。そんな事はしないって。何かまた予想外の事が起きない限り、ね。

 

 そういえば、今更にして気付いたけれど此処、私の部屋じゃないな。

 天狗の診療所か何かかしら……? と、考えた所で、

 衝撃を確認。

 

「……─、───!! ──!?」

「ッ、なんじゃ!?」

 

 天魔! 止まって!! と伝えたかった。

 結果としては私が叫んだ事で一気に私に近付いてくれたから良かったけど、喉とか口内には物凄い激痛が走っていた。痛い。あと天魔さん近いッス。顔がもう十cmあるかないかです。

 

 でまぁ、何故彼を止めたのかと言うと。

 

「詩菜!!」

「──」

 

 入り口から彩目が突進していたからだ。あのスピードだと正面衝突していただろう。多分。

 そこで、私の方でもようやく気付く。気付いた。

 

 彩目との契約が、一時的にではあるけど完全に途切れていた。

 

 言うなれば、彩目は一瞬かもしれないが半妖ではあるが、『何の半妖かは分からない』という状態になっていた時期があったのだ。

 鎌鼬という妖怪の血が流れている筈が、種族が分からないの妖怪の血が流れているという事実になっていた訳だ。

 

 ……恐らくは、私が自殺し掛けた影響だろうね。

 精神に重点が置かれている妖怪。『自殺した』という事実があるだけで、成功しなかったとしても一度は死ぬ事になるのだろう。

 

 だからか……紫との『式神の契約』も解けてるの。

 道理で感情を操る際に『境界を動かす』っていう手段を思い付けなかった訳だ。

 

「おい、大丈夫なのか!? 一体どうした!?」

「────、─────」

「っ、喋れないのか!? おい天魔どういう事だ!?」

 

 ああ、彩目があの天魔に敬語も使わず詰問している……。

 私の事でそこまで心配してくれるのは実にありがたいけど、流石に心配し過ぎられるのも困り者。

 

 ま、そういう事で、天魔に詰め寄っている彩目の服をちょいちょいと引っ張ってやる。

 

「いや、これは、じゃの……」

「天狗が、何かしたのか?」

 

 あ、いかん。酷い誤解が出来つつある。

 やばいと思って、一気に彩目を引っ張る。まぁ、それで彼女が私の上に倒れてきて非常に重いが……なんとか彩目の喉に手が届いた。

 

 まぁ、彩目の契約は紫の契約と違って、私が親だから元に戻せた。それが幸いした。

 悪い言い方だけど、私の方が上で命令出来るからね。

 

『日本語を五十音順に発言しろ』

 

「かっ!? なっ、何あいうえお、かきくけこ、さしすせそ、たちつてと、なにぬねの、はひふへほ、まみむめも、やゆよ、らりるれろ、わをん、がぎぐげご、だぢづでど、ばびぶべぼ、ぱぴぷぺぽ、つぁつぃつぅつぇつぉ、つゃつゅつょ何をする!?」

 

 ……うん、まぁ、傍から見て狂ったようにしか見えなかったろうね。今のは。

 ほらまぁ、天魔さんがドン引きしている。

 

 いや……その、仕方ないんだって。

 

「『これでようやく、ひや(しゃ)べれるようになった』ッ!?」

「……詩菜、なのか?」

 

 彩目の声帯を借りて、何とか私の口の代わりとして発声する。

 まぁ、私の地声とは程遠く、機械のような音質だけどこれは仕方が無い。これから慣れないとね。

 今の段階で彩目の声と、私が彼女から発生させた声は別物に聞こえる。区別は出来てるのが幸いだ。

 問題点としては、やはり彼女の喉に触れないといけない事かな。その所為で彩目に凄い低姿勢を取らせているのがアレだけど……。

 

「『まあ、しばらくのど、かりる、よ? あやめ』……了解した」

「……どうやら本当に詩菜のようじゃな」

「『や、しんぱいかけた。こちらこそごめん。てんま』」

「ワシがお主をそこまでやったのじゃから、謝るのはワシの方じゃろうに……申し訳ない」

 

 いや……ほら、そんな事言うと何が起こったのか理解出来てない彩目がまた怒るよ?

 それに彩目が急にやってきたものだから、この診療所? の周りも何だか騒がしいし……いや、元からか?

 

「やはり……天狗が何かやったのか?」

「む……」

「ッ、言え! 何をし『てんまは、あやのでんごんを、わたしにつたえただけ。もんだいがあ、たのは、わたしのほうだよあやめ』……本当にか」

 

 こっちを見て問い掛けてくる彩目。

 それに関しては笑い掛けながら首肯する。まぁ、口元は未だに包帯に巻かれてるから意味ないかもだけど。

 その顔に、どうやら渋々納得してくれた様子。まだ敵意は天魔の方に向いてはいるけど、事故だとは理解してくれたみたいだ。

 

 何はともあれ、出来れば早く紫と逢わなければ。

 今はまだ私の能力で感情の衝動と衝撃を抑えてるけれど、紫の境界を操る程の強い能力で抑えないと。じゃないとまた自殺しかねない。

 紫の方も、式神の契約が完全に途絶えてしまっているから向こうも気付いてないとおかしいと思うんだけど……いや、もしかして契約が途切れた時に私、何かしたか?

 

「『あやめ、けいやくがとぎれたときに、なにかわたしにかんすることでおかしなこと、なかつた?』……母親殿に関すると言われても、契約が途切れた事自体がおかしな事だろう。今だって喋れない事もおかしいじゃないか」

 

 ま、まぁ、確かにそうだけどね。

 

 ふむ……自殺した事で一回私は死んで、それで彩目や紫との契約が完全に途絶えた。

 けれど周りの天狗達からの認識と、私が神様としても存在していた事で、妖怪としてまた復活出来た……って感じかな。真相は。

 

「『じあ(じゃあ)、てんまは? わたしがおきたときで、なにか、ない?』」

「……そ、うじゃな……舌を噛み切った際に何かしらの衝動を感じなかった訳でもないが、恐らくそれはお主の能力とは関係ないじゃろう」

「──!?」

「何をしている……母親殿は」

 

 舌を噛み切ったと聴いて彩目が頭を叩いてきた。咄嗟に反応出来ずに衝撃反射も作用せず、普通に叩かれた。お陰で舌が強烈に痛い。

 どうやら彩目も『叩けた』という事実に驚いている様子。大抵は叩いても跳ね返すからね。親が叩かれている事に関しては何も言うまい。

 ……というか、そんな事よりも今の状態は、無意識に発動させていた筈の自動防御も今は薄くなっているという事だ。何気にやばい状況だよこれ。

 

 能力を上手く使用できない状態に、陥りつつあるという事。

 次もし意識を失って、能力を使おうと考えられない状態で妹紅の事を思い出したら、また咄嗟に自殺してしまう。

 そうでなくても、能力そのものを使用できなくてまた発狂に戻ってしまう可能性もある。今それを抑えている能力の(たが)が、いきなりぶっ飛ぶかもしれない。

 

 

 

「……『なににせよ、ゆかりを、さがしてきてくれない?』……八雲殿をか?」

「お主の異変に気付いたりはしておらぬのか?」

 

 気付いていたのなら……まぁ、何処かから私の事を見ているだろうね。

 とは言え、ほぼ一方的に式神の契約を切ったようなものだから、彼女なら心配ですぐ来てくれそうなものだけど……そこは私が自惚れてるだけかね。

 

 まぁ、今の私は彼女の式神でもないし境界を司る能力も使えない。単なる能力持ちの鎌鼬である。紫に逢いたくても逢いに行くのは難しい。

 そして使える筈の能力も、今じゃあ使えるかどうかっていう瀬戸際になりつつあるしね。

 

「『どうだろう。わたしからはたしかめようがない』……式神も取れているのか? 『うん』」

「探せといわれてもの……彼女も神出鬼没じゃからな」

「式神じゃなくなってるなら、連絡も出来ないだろうし……」

 

 

 

 ………………あ。

 

『初めからこうすれば良かった。馬鹿じゃないの私』

「うお!?」

「な、なんじゃ彩目。どうした?」

 

 娘との契約は一度途切れたものの、既に修復されているのである。

 家族間の念話なんて、簡単に出来るのだ。なんで思い付かなかったの私。馬鹿だろ。

 

 ……ま、まぁ、話せるのが彩目しか居ないし、声として出すには誰かの喉が必要なんだからこの声を操る技術は必要だったと思おう。うん。

 

『どちらにせよ、彩目としか会話出来ないんだからあんまり利点は多くないね。仕方無い』

『……声は出せなくても、念話だと元の声か。安心したよ』

 

 そう頭の中に声が響く。よしよし、念話自体は快調と。

 能力が不安定になってるから契約も不安定になってるかとも思ったけど、案外そうでもなかった。物理的な距離が近いからかね?

 

 

 

 まぁ、何にせよ紫を探さねば。

 境界を操れるのは彼女だけである。というか精神操作系の能力を持っている知り合いは彼女だけである。正確に言うなら牡丹も近いかもしれないけど、あれは再生しか出来ないからね。根本的な問題を動かす事は出来ない。

 後はトラウマの療法を知ってる永琳とかだけど、まず逢う事すら叶わないだろうし。

 今も能力を解除してしまえば自分がどんな行動に出るか分からない。能力で強制的に冷静状態にしてるようなものだから、こんなに落ち着いてられるだけだ。

 

 こうしているだけでも、能力の使用で休んでいるのに疲れてくる。

 リミットは……恐らく明日の朝かね。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 天魔は紫を探しに出掛け、彩目は隣で私を看ている。

 

 あれから半日以上も経っているが、妖怪の大賢者はまだ見付からない。

 と、いうか……。

 

「……──」

「ん、どうした?」

『いんや、なんでもない』

「? そうか。何か欲しい物でもあるか? 天狗に言ったら持ってきてくれると思うが」

『ん、じゃあ林檎』

「やっぱり何かあるんじゃないか……林檎な、了解」

 

 そう言って、彩目が部屋を出て行く。心配症の天魔と違い、どうやら私が何かしらの行動を起こすとは考えていないようだ。信頼してるのか忘れてるのか……まぁ、そんな事はどうでもいい。

 

 これ、紫。私を絶対見てるだろ。

 

 さっきから視線感じるし、音とか衝撃は天狗とか彩目以外で何も感じたりはしないけど、何となく違和感がある。

 この違和感が私の能力の異常じゃないと良いな、なんて思いつつもそもそと布団から抜け出して、少し離れた所にある机の上の紙と筆を手に取り、彼女に見せる為の文章を書いていく。声が出せないとこうも辛いものか。

 そんな事を思いつつ汚い字を書いていく。物理的に文字が汚ければ、内容も汚い言葉である。

 

『おいこら紫、さっさと出てこい』

 

 その紙を私の後ろに居る誰かさんに見せる。

 まぁ、これで出て来なかったら私の恥ずかしい勘違い。そろそろ時間制限も近付いてオワタという事ではあったけども……どうやらまだまだ勘は上手く働いているようで。

 

「あらあら、どうやらバレてたみたいね」

 

 スキマ妖怪は出てきてくれた。違和感も消えたので恐らく勘は正常通り働いている様子。

 彼女はいつものように胡散臭い風貌で、とりあえず安心した。

 それにしても返事の代わりにいちいち文章を書かないといけないというのはなんと面倒くさい事やら。

 

『関係があったからかね。スキマがあるって使えなくても何となく分かるようになったのかも』

「そう。何はともあれ式神をもう一度貼り付けるわよ?」

『大丈夫。契約内容は変えずにね?』

「ふふふ、分かってるわよ」

 

 鬼の屋敷でやった時も思った事ではあるが、やはり実感のない契約の時だこと。

 

『あ〜、テステス。こちら詩菜。念話、紫さん聴こえますか〜?』

『ええ、大丈夫よ』

『ん、よしよし』

 

 即座に境界の能力を使えるか確認。大丈夫そうなので自分の境界を操る。

 理性と狂気の境界を、理性側にかなり強く引っ張る。それと同時にトラウマの境界を操って反動そのものを小さくする。

 トラウマそのものの境界を壊して無くす事も出来るけど、あれは因果応報の出来事で覚えておくべき内容だ。

 今回みたいに誰かに迷惑掛けて振り返ってしまう事もあるかもしれないけど、忘れちゃいけない事だと思う。だから忘れない。

 

 これでなんとか精神状態は元の状態に戻った。いや肉体的にはまだ舌がちょん切った状態だけどね。それは今も神力やら妖力やらで回復してるし、その内に治るからいいか。

 

 

 

「……どうやら、かなり切羽詰まっていた状態だったようね」

『それならさっさと登場して欲しかったけどね』

「あらそうだったの? 分からなかったわ」

『どうだか……』

 

 感じていた違和感はどうも彩目が飛び込んできた時からあったような気もするけど……まぁ、彼女がすっとぼけているのならそういう事にしておこう。

 

 どうやらしばらくの間観察していた事と、今の彼女の能力使用で、どうやら私に何が起きたかを彼女は全て理解してしまったようだ。トラウマの内容もどうやら見えた様子。

 ……まぁ、別にいい。ヒトの傷を掘り返さない程度には紫と友人をやっている自負はある。

 

 狂気の衝動を抑えていたから実際に効果が現れていたのかは分からないけど、なんとなく自分の中から何らかの波が引いていくような気がする。

 それが完全に去っていったような感覚を再度確認し、私が私自身に掛けていた衝動衝撃封じの能力を解除する。

 

 ……ん、よし。とりあえず異常なし。

 思い出したくもないけど、これで妹紅の事を思い出しても……恐らくは、大丈夫な筈。

 

 

 

 そうして自分の右手をニギニギと閉じたり開いたりしていると、部屋の戸の向こうの廊下から彩目が歩いてくる音がする。

 ……というか、今気付いたけど紫も何気に私の能力使ってくれてるんだな。私と同じでどうやら音で気付いたみたいだし。

 

「林檎持ってきたぞ、って紫殿!?」

「あらあら、私を呼んでいたみたいだけどどうかしたのかしら? 用事はもう終わったわよ?」

『ああ、うん。私の方は大丈夫だから。もう探さなくても良いって天魔に伝えてくれる?』

 

 そんな私と紫の様子を見て、持っていた林檎を床へと落として深い溜息を付く彩目ちゃん。

 

「……どうしてこう、貴女方は神出鬼没でこちらの思うように行動してくれないんだ……」

「そう? 私は私の思うままに行動しているだけよ?」

『奇抜な事をすると皆驚くじゃん。あの顔が面白いから』

「……もうやだこの人達」

『妖怪だし』

「うっさい!」

 

 

 


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