風雲の如く   作:楠乃

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伝説?

 

 

 

 数日が経って、私は自宅へとようやく戻った。

 今日になるまであの診療所に居た訳は、私が睡眠を取ったり無防備な状態で、以前のような自殺そのものがまた起こしたりしないか、という事を天狗達が信じられるまで彼等に監視されていたのである。

 

 まぁ、私が自宅に戻ってきたという事はそんな事が起きなかったという事の証左でもある訳であって、紫の能力のお陰でトラウマ想起は無くなったという事である。

 

 とはいえ、無理矢理に思い出そうとすれば胸が痛いし、嫌な衝動に駆られるという事はいつだって起こり得るんだけどね。

 そう言った反応に無意識に従わないようにした、ってだけ。心的外傷後ストレス障害そのものを治した訳じゃない。治す気もない。

 これはいつまでも覚えておくものだと私は思っている。

 例えそれが他人から見て私を縛り苦しませている物にしか見えなくとも、ね。

 

 

 

 

 

 

『やれやれ、ようやく帰って来れた』

「……傷そのものは治ってないけどな」

『私の回復力知ってるからでしょ。ほら、そんなに天魔を責めない。私は気にしてないって言ってるでしょ?』

「……」

 

 そんなこんなで彩目と共に自宅に帰ってきた訳だが、どうも彩目はまだ天魔を敵対視しているらしい。

 いくら私が、舌を噛み切ったのは私が勝手に自傷してしまったもので天魔は何も関係ないと言っても、彼女は信じない。

 いや、信じないはおかしいか。何というか……根本たる原因を知ってしまったが故に信じる事が出来ないというか……まぁ、それなら彩目が文に関して憎んでないのが変だなと思うけど。

 分からないねぇ……誰かの精神ってのは。

 そういうのを操る能力を持ってるけど、分かんないね。

 

 

 

 ま、そんな鬱な話は置いておこう。

 自殺衝動は恐らく無い。能力も回復した。紫や彩目との契約云々も解消して再契約出来た。

 恐らくはハッピーエンドである。感情とかの問題はあるかもしれないけどね。

 

『ほいよ〜、彩目さんや飯でござんす』

「母親殿が食べられないのに、私が食べても……」

『ほらほら、また鬱になってる。んもう、そこが彩目の悪いとこだなぁ』

 

 夕食を作り、彩目へと渡す。私の分はない。

 紫と再契約した時もそうだったけど、考えてみれば私、林檎貰っても食べれないんだよね。

 舌がないし喉も未だにピリピリしてるし、包帯巻いてるし。まぁ、猿轡は流石にもうないけどね。

 

 だからと言って、彩目がそこまで遠慮するのもなぁ、と私は思う。

 

『おら、喰わないんだったら私が無理やり食わさせるぞ。ほれ、アーン。親として初めてのアーン』

「……なんで」

『ん?』

「なんでそこまで元気なんだ……? いや、元気なのは良いんだ。良い事なんだが……」

「……」

 

 どうやら、彩目も物凄く葛藤していたようだ。

 気付けないとは、随分な失態。

 

「自殺し掛けて、能力が戻ってきたから、もう、いつもの状態に戻ったってのも分かる……けど」

『けど?』

「………………いつも通りなのが、怖い」

「……」

 

 そう言って肩に両手を回して自分を抱きしめる彩目。何となく震えているように見えなくもない。

 私が怖い、怖いねぇ……。

 

 ……まぁ、怖い、か。

 こうして客観的に自分を見ても、まぁ、怖いだろう。

 能力とかがあるこの世界じゃあまだマシだろうけど、人間だった頃の現代だったら更に恐怖の対象になるだろう。

 学年に一人は居そうな、『いつキレるか分からない大人しい子』と言った感じかね。私は。とは言え何度か実際に言われた事のある呼び名だけど。

 ん〜、文の伝言が予想外過ぎて衝撃封じをする事すら頭に思い浮かばなかったし、今回の事は本当に予想外過ぎた。ってまぁ、今更だし振り返っても仕方のない事だけど。

 

『まぁ、ね。そりゃあ怖いだろうさ』

「ちっ違うんだ。私は詩菜の事を嫌っちゃいない」

『ふふ、それは知ってるよ。そうじゃなかったら誰が幾夜も私の寝ている所を看る事が出来るのさ』

「っ……」

 

 気付いてないだろうって? 馬鹿言っちゃあいかん。衝撃音で周囲に誰が来たか位、擬似結界を張らないと旅なんてしてられないよ。

 

 とは言え、別に天狗集落の内だし、襲われる可能性なんて無いと思っていたけどね。

 だから時たま目が醒めた時に周囲を調べたら、彩目が居たのに気付いただけなんだけど……そこはまぁ、嘘も方便って事で。

 

『彩目が本気で私を心配しているのも分かってる。彩目との契約が一時的に途絶えて、私とキミの関係が完全に無くなった筈なのに、私の元へ来てくれたからね。疑うのも馬鹿馬鹿しい』

「……」

『でも、私が怖いっていうのも納得出来る。錯乱した私を彩目は見てないと思うけど、情緒不安定だった筈の私がこうも普通に動いているからね』

 

 その理論だと、天魔が一番私を怖く思っているって事になるけど……まぁ、だから猿轡をしたり腕を縛ったりしたんだろう。

 それかもしくは、彼が本気で私を信じてくれているからか。どんだけアイツ私の事好きなんだ。

 

 

 

 んー、さてさて……どうするかね。

 彩目自身に慣れてもらうしか無い、んだよなぁ……。

 しかして、私自身そんな恐れられかけている彼女に近くに居るというのも、何となく嫌だ。

 

 私が旅に出て彼女から逃げるという選択肢もあるけど、優しい彼女は『喋る事も出来ないのに動きまわるのか?』とか、『また暴走して、その時に一人だったらどうする?』とか言うだろう。

 その心配はあながち間違ってないし、当事者の私だって可能性が無いとは言い切れない。

 

 ふむ……。

 

 

 

 

 

 

『そうだ、旅に出よう』

「……は?」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで旅に出た。

 暴走した時に、一人だった場合どうする?

 答えは『彩目と共に旅すれば良い』だ。

 それならば、彩目も旅する内に私に慣れるし、もし私が暴走しても私を止める実力が彩目にはある。

 

「……相変わらず、凄い飛躍した思考をする奴だ」

『褒め言葉として受け取ろう』

「はぁ……」

 

 

 

 娘と二人旅。

 どこの広告だよと思わなくもないけど、これはこれで楽しい。

 まぁ、私は喋る事が出来ないので、他人に対する『口』はすべて彩目に任せっきりだけどね。

 

「それで? 結局私達は何処に向かってるんだ?」

 

 山道を二人、歩いた時に彼女が質問してきた。

 既に妖怪の山からは遠く離れている。実際にはまず始めにスキマで全然違う所から出て、そこから旅を再開したからまぁ、当然至極の事。

 

『鞍馬山だよ』

「……用があるのは天狗、か?」

『どっちかって言うと、文かな。逢う気はあんまりないけど』

「?」

 

 彼女からの伝言。『来るな』という命令にも似たようなメッセージ。

 その言いつけには反しているけども、私達が向かっているのは彼女が始めは任務で向かったという『鞍馬山』である。

 

「逢う気はないのに用はあるのか?」 

『天魔に伝えられて失神したっていう伝言。アレが文からの伝言』

「ッ、あれって文からだったのか!?」

 

 あれ、文に対して怒ってないのはおかしいと思っていたけど、実際には聴こえてないとか覚えてないとか、そう言う理由だったのかな?

 

 ……まぁ、いいや。期せずして墓穴掘っちゃった感じだけど。

 

『手出しするなって言われちゃったしね。何かする気はないけど、様子見はしておこうかなって感じ。彩目も文に何か手出ししないようにね。したら私泣いて無理やり止めるよ?』

「……了解。それにしても……様子見しただけでも怒りそうなものだが」

『そうかな?』

 

 私としては、彼女に言った通り手出しする気はない。

 まぁ、彼女が目を付けたという人物に死ぬ間際の状態で話したりはするかもしれないけど。せいぜいしようかと思う事はそれぐらいだ。手を加えて何かしようとする気はない。

 

 とは言え、実際に文がいなくなってから数年経っているくらいだし、もうこの山には居ないだろうとは思う。

 それでもこの山に派遣されている、他の天狗は居るだろうしね。そっちの方達と話でもしようかと。事情についても天魔より詳しいだろうし。

 

 

 

 そんな風に会話しつつ、峠のてっぺんに到着。

 ここから山を見る事も可能っちゃあ可能。だけども鞍馬山に行く為にはまず峠を降りてまた登らないと。

 まぁ、別に妖怪だし疲れはしないからどうって事ないけど。

 

『ん……向こうから人間が来る』

「……」

 

 まぁ、私達は傍目から見ると、

 口元に包帯を巻いた、明らかに山登りとはいえない服装の少女。詩菜。

 身長が異様にでかい、刀を持った女性。彩目。

 という異常な面子なので、人間と擦れ違うとどうも警戒されてしまう。いやまぁ、妖怪もだけど。

 

 なので、こう言った向かいから来る人にはどことなく意識してしまう。

 妖怪だと見切られて切りかかって来る奴もいるし、急遽道を引き返して逃げる奴もいる。どちらにせよこちらとしては居心地が悪い。

 私だけなら兎も角ねぇ。彩目はちょいと異様すぎる。

 

『私としては山の下の村に住んじゃえば良いのにと、思わなくもない』

『いきなり何の話だ?』

『ん、考え事』

『……だろうな』

 

 とか念話で会話している内に、ようやく人間の姿が見えてきた。

 白い肌。武士の鎧。刀。あらあらどこかで見た事のある身なりだ事。

 

『……ふぅん?』

『こんな所を一人の武士が歩いている……? 戦乱の世なのにか?』

 

 まぁ、彩目の言う事も間違いじゃあない。

 もうすぐ戦乱の時代だ。歴史に疎いからあんまり覚えてないけど、そろそろ鎌倉時代の幕開けだった筈。

 

 私が言いたいのはそちらではない。まぁ、この峠には異様な姿だという事は賛成だけど。

 なるほどねぇ……どこかで見た事ある訳だ。

 

『……ほんと、この世界何でもありだな』

『何の事だ?』

『いんや……ま、山へ向かうとしよ』

「……?」

 

 別に言うべき事でもないだろうと考え、そしてその武者の横を通り過ぎる。

 

 通り過ぎて、一メートル距離が空いた所でその武者の歩が止まった。

 

 強い殺気が武者から私達に向けられて、その殺気に反応して彩目が刀を抜く。

 武者も刀を抜いて、さながらガンマンの決闘のように振り向きざまに刀が擦れ違おうとして、

 

『落ち着きなさいな二人共』

「「ッ!?」」

 

 二人共地面に転がす。私である。

 彼等は凄い驚愕していた。そりゃあ刀を抜いた瞬間には二人共地面に倒れていたから当然である。

 

 その驚愕の感情を操って、しばらく衝撃で胸を打たれてろとばかりに放心状態にしてやる。彩目も、この武者もね。

 

『やれやれ。手を出すなと言われてたのにこれだよ。最先(さいさき)悪すぎ。やんなっちゃう』

「……」

 

 と、彩目に語っても返事はなし。まぁ、それぐらいは放心してくれないと困る。また能力が不安定になったかと思っちゃうわ。

 そのまま呆然としている彩目をスキマに落とし、武者には手持ちの財布から幾らかのお金をそっと渡して、そのまま私もスキマへと飛び込む。

 まぁ、金銭を渡しただけなら関与じゃあるまい。突然の遭遇は勘弁して欲しい。ありゃ事故だ。うん。

 

 ……という言い訳が、文に通用するといいなぁ。

 

 

 


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