風雲の如く   作:楠乃

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使う者

 

 

 

「『(いたち)(づか)』……ね」

「何か不満でもある?」

「いやその、何と言うか……珍しく真っ当な名だな、と」

「おっしゃ、そこに直れ。この刀初めての錆にしてくれる」

「おわっあ!? そう言いつつ後ろから斬り掛かるな!? あと言っている事が無茶苦茶だ!!」

「あっ、あんたの事を信じてたからやったのよッ! 言わせないでよ馬鹿ぁ!」

「何でそんな赤面しているんだ……?」

 

 やはりツンデレはこの時代に通用しない。がっかりである。しょんぼり侍。

 

 しっかし、私ってそんなネーミングセンス悪いか……? 

 いや……悪いか。『志鳴徒(しなと)』なんて完全に当て字だし。天魔が名付けた詩菜に後付したようなものだし。

 

 まぁ、そんな朝のどうでもいい茶番は使い切った茶葉のようにゴミ箱にポイしつつ、

 

 閑話休題。

 

 

 

 前回とは全く違う路頭で、今度は詩菜の私と彩目がこれまた刀を売っている。

 

「はいはい、刀売ってるよ」

「前回よりも更に呼び掛けが酷くなっている……」

「あーあー。きーこーえーなーいー」

「……」

 

 そんな感じで、今日もまた刀のバラ売りである。

 私達の売る『鼬塚』という刀は、大体が太刀である。

 国宝指定名称とやらに従うのならば、『太刀 銘鼬塚 附黒漆太刀拵』って所かね。まぁ、そんな物凄い刀って訳でもないし、変に知識があるよという事をアピールしなくてもいい訳だが。誰に言ってんの私。

 とは言え、銘を考えてまで造ったオリジナルの太刀である。

 鋭さは勿論の事、日本刀として優れた名刀の数々であると、ここにある刀はすべてそう言える自信がある。創造した彩目からも太鼓判は既に押されている。流石に斬鉄剣と比べたりはしないけど。

 

 まぁ……それでも見た目からして子供の私と、喋れば女である事が分かる彩目が宣伝している。売っているのが刀ともなれば舐められるのも当然であり、

 

「おう、嬢ちゃん、この刀を抜いて試してみてもいいか? ゲヘヘ」

「おうよぉ! あんまり子供を泣かすなよぉ?」

「あったりめぇだろ? がははは!」

「……」

「……」

 

 とまぁ、こういう感じでまさにチンピラが商売の邪魔をしてきたりする。

 さてさて、どうしたものかね。いやまぁ、こいつらを処分する事自体は確定しているんだけどね。

 

 ふむ。

 

 ……そうだ。宣伝も兼ねるかね。

 

「そういえば、どれが一番鋭かったっけ?」

「はぁ……そうだな。お前の足元にある赤い紐で下緒(さげお)が結んである奴かな」

「お? なんだそれを売ってくれるのか?」

 

 溜め息を履いて、足元の刀を指さす彩目。確かに他のと比べて珍しく装飾されてる。

 

 それにしても……何も言わず、念話でも会話をせずともこちらの思惑を読み取ってくれる彩目ちゃん素敵。

 まぁ、予想外に読み取られる事も多くなってきたような気がしないでもないけど、気にしない気にしない!!

 

 下駄で地面を踏み付け、その衝撃を操ってその刀だけを宙へと吹き飛ばし、目の前に来た所で掴み取る。傍から見れば独りでに太刀が飛び跳ねたように見えるだろう。

 太刀というものはとても重くて大体が二キロを超えるのが普通だ。

 そんな重い物を少女が振り回したりするのは中々に難しく、見た目子供の私が扱える筈がない訳だが。

 

 まぁ、そこは妖怪って事で、余裕で振り回して挑発。

 

「ほら、試し切りしてあげるよ。アンタが着けてるそのなまくら刀を叩き斬ってあげる」

「……っ、ふん。お嬢さんが随分と舐めたマネをしてくれるじゃねぇか。死んでも後悔するなよ?」

「死んで、しかも後悔も出来ない。それはアンタさ」

 

 売り言葉に買い言葉。挑発に挑発返し。

 彩目に売り場を任せて道の真ん中へと出る。喧嘩を売ってきた武士の横を通り過ぎ、適度な距離の所で振り返って抜刀の構えを取る。とはいえ柄と鞘に掌を添えただけみたいな感じだけど。

 どうでもいいけど、力んだ格好の居合というのは寧ろ太刀が抜けなくなるんだけどねー。

 さてさて、振り返るまでに後ろからあの侍が斬り掛かるとか考えたけども、案外なかった。まだ侍の心というのを持っていたのかね?

 

 通りの真ん中で相対する甲冑を着た武士と、もう防具どころか平民ですらもっとマシな格好だろうという服装の私。

 まぁ、どう見ても私の負けが確定しているような勝負であろう。体格から装備、性別まですべてが負けていると評論されそうな状況である。

 

 鞘から刀を抜き、普通に正眼に構える。まぁ、私は彩目と違って刀をまともに扱った事がないから、構え方なんて出鱈目だけどね。

 武士の方も私の構え方を見てどうやらあっさりと見抜いたようで、挑発に多少怒っていた顔があっさりと嘲笑に変わっていく。

 

「おい、なんだよその構えは? あれだけ挑発しておいて、その無様な構えは?」

「ん〜? いやぁ、アンタにまともに構える必要なんて無いかなぁって」

「……いい加減にその口、閉じろよ」

「やだね。私は口から生まれたといっても過言じゃないんでね。あ、いや別にアンタに言っても仕方ないか。すまんね」

 

 とは言え相手の神経を逆撫でする言葉遣いなら私の得意分野だし、別に馬鹿にされても当然の状態なのでなんとも思わない。

 いやまぁ、なんとも思わないは流石に言い過ぎか。気にならないようにしているってのが一番近いかな。とは言え、どうでもいい事だ。

 

「斬る」

 

 能力を使わずに挑発の文句を並べてみたけど、案外あっさりと引っかかった。

 相手も刀を抜いて、大上段から振り下ろしてきた。頭が戦いの思考に染まっているのか、さっきの態度とは全然違う顔が覗き見える。

 

 慌てず対処し、刀の横っ腹で受け止める。そこで一気に周りの観衆からどよめきが出る。

 何に驚いたんだろうと考えるも、考えずにでも答えが出た。私が真っ当に受け止めたからか。

 大男の全力の振り下ろしをまともに耐え、それで尚且つその体勢を維持しているからだ。

 

「ぐっ、ぎぎ!!」

 

 目の前の武士は必死に力を入れているからか顔が真っ赤である。対して私はニヤニヤと笑いながら鍔迫り合いを続けている。とは言え押されてジリジリと後ろに下がってはいるけどね。

 

 いやはや、なんだろう。面白く感じてきた。

 こういう態度が更に相手を怒らせると分かっていても、興奮するこの気分は抑えられないなぁ。ふふ。

 

 刀身に顔を近付け、相手の武士にだけ見えるように少しだけ自分に掛けていた術を解除する。

 

「ふふん、誰に喧嘩を吹っ掛けたか。分かってくれたかな?」

「ッッ!? お前、よ」

「遅いよ」

 

 銀色の鍔迫り合いの向こうに見えた、少女の真っ赤な瞳。ってね。

 驚愕している間に、奴の刀を押し返して弾く。

 因みに今まで能力は一回も使っていない。すべて妖怪の力だけである。

 

 弾き返して相手が尻餅をつく。あれ、そんなに力を込めたつもりはなかったんだけどな。

 それと同時に、周りから一斉に歓声が湧き上がる。そんなにこいつの評判は悪いのかと邪推してみる。

 

「て、てめぇ……!」

「おやおやどうしたのさ? 私を斬るんじゃなかったの?」

 

 既に眼には術を掛け直しているため、普通に黒目が見えている筈だ。

 それでも一瞬でも見てしまった武士には、私が妖怪だという事がバレてしまっているだろう。

 

 これで奴が私の正体をバラしても良し。今度は『妖怪が打つ刀』で売り出す。

 これで奴が私の前から逃げても良し。商売を邪魔する奴が居なくなる。

 これで奴がまだ私と戦おうとしても良し。今度は本当に刀の切れ味を試す。

 

「さぁ、どうするよ?」

「……ちっ、妖怪風情が。退治してやるぜ」

「ほぉ。どうやって? さっきみたいにあしらわれるとか思わないの?」

 

 とか言ってみるけど、実力的に勝負すれば怪しいだろう。さっきに鍔迫り合いだって少しずつだけども押されていたんだし。

 

 腕力で言えば私の負け。刀の腕でも私の負け。

 能力を使わなければ、私が勝つのは難しいというのが実情。まぁ、別に使わない理由もないんだけどね。

 

 ま、ここまで来ればアイツがどういう対処をするのかも大体が分かってくる。というかコイツつくづく分り易い奴だな。

 

「みんな! コイツ妖怪だぞ!!」

「なっ!?」

「妖怪が打った刀、か。どこかで聴いたような話だな」

「そんな事を言っている場合か!! 祟られるぞ!!」

 

「……やれやれ」

 

 彩目の溜め息がまた聴こえたけども、まぁ、気にしない。

 当の本人は私とグルだと見られ、刀を向けられて入るが腰の太刀を抜く気配はない。その内斬り掛かられると思うが、その時は彼女なら何とかするだろう。どれだけ他力本願なんだ私。

 

 ま、まぁ、ここからが私の能力の、本領発揮である。

 何十本もの刀身が、私を斬ろうと構えられていく。いいねぇ、この一対多数の囲まれた感じ。ここから相手の意表をついていくのが一番楽しいかもね。

 

「あらあら。参ったねぇ、これじゃあ商売出来ないや。どうしたものかね」

「うるせぇ!! 今すぐ叩ききってやる!!」

 

 勢い勇んでいきなり飛び出す被害者一号。

 見え見えの刀の軌道をあっさりと避け、衝撃を使って瞬間移動。というか高速移動。

 刀の柄で喉元を殴って悶絶した瞬間に手刀でうなじを叩いて気絶させる。ちょろいちょろい。

 

「人の話は訊くもんだよ? まぁ、私は妖怪だけどさ」

 

 そう言って、偽装の為の術式を完全に解く。これでもう妖力は身体中から溢れ出てるし眼は真っ赤である。神力は相変わらず抑えてるけど。

 

「っ、本物の妖怪か……!」

「なんだあの物の怪、正体が分からん」

「鵺か?」

「いや、あれは大分前の話だぞ」

「分からんものはすべて叩き斬れば良かろう」

 

 どうやら良い感じに勘違いしてくれた様子。別にそんな正体不明の妖怪って訳でも無いんだけどねぇ。トラツグミの声で鳴く訳でもないし、そもそも鳴かないし。

 

 さてさてこれからがお仕事だ。

 能力発動。『私の言葉に衝撃を受けろ』擬似言霊使いってな!

 

 

 

「見ての通り、私は妖怪だ。種族としては鎌鼬に当たる」

 

「今は人間と同じように生活をしているけど、最近は刀作りに凝っていてね。今ここにある刀は私達一族が造ったものだ」

 

「ところで鎌鼬という妖怪を知っているかな? 姿を見せずに斬り裂く妖怪で、斬られた者は斬られた事すら気付かないという妖怪だ」

 

「今アンタたちの前にあるこの刀は、そんな鎌鼬の刀なんだな」

 

「さて、アンタらはこの鋭さにどうするかな?」

 

「生き残れれば刀を売ろう。実力で打ち勝てば差し上げよう。それだけの傑作・名刀だという自信はある」

 

「しかし私から逃げれずに斬られてしまったり、打ち負けてしまえば……それはこの刀に合う実力の持ち主でないという事だ。妖怪の糧となるがいい」

 

「今ここで私へと刃を向けている武士(もののふ)共よ。掛かってくるが良い」

 

 

 

 口上を言い終え、太刀を抜いている武士の心の内にある『戦闘意欲』を衝撃として焚き上げる。

 私の言霊が響き終わり、辺りに一切の音が聞こえなくなったのを確認し、持ち上げた左脚の下駄を試合開始の合図として、思い切り地面を踏み締める。

 『ダンッ』という音と衝撃が、この通りを駆け抜けた直後に、鬨の声が響き渡る。

 

「「「うおおおおおおぉ!!」」」

 

 

 

 能力を使用して高速移動をしながら、取り敢えずは武士の様子を観察する。

 どいつもこいつも長い太刀を使用している為に、一斉に襲い掛かる事が出来ない。同士討ちを恐れているからだ。それにたまたま立ち寄った武士も居るだろうから連携もあまり上手くない。

 戦っている場所も問題だ。町の中の通りというのは十数人が戦う場所ではない。どー考えても狭すぎる。

 

 少しずつ広い所へと誘導しつつ、武士の鑑定もしていく。

 高速移動して全員から一度は斬り掛かかられるという、言葉にするとドMかとしか突っ込めない行動をしていく。無論全部回避しているけどね!

 

 そんな感じで全員の選考も終わり、広場へと移動完了。

 まぁ、いつの間にか戦闘に乱入している奴も居るし、検非違使が来るのも問題だろう。

 ……ってか、居たわ。警察もとい検非違使。

 とはいえ武士としての実力が確かならば太刀を売るのも(やぶさ)かではない、つってね。

 

「さて、そろそろこちらからも攻撃してくよ!!」

「っ、やり返せ!!」

「退治じゃ退治じゃ!」

「何だこれは!? おい、お前等説明しろ!!」

 

 ん〜、良い感じにカオスだなぁ。はは。

 

 真後ろという死角から振り下ろされた斬撃を回転しながら避け、地面スレスレで構えを元に戻そうとした所を上から峰を踏み付けジャンプする。

 更にそいつの兜を踏み付けて大きく跳ぶ。着地したのは後ろで構えて野次だけ飛ばしていた奴。

 

「で、言葉だけの君は帰ってくださいな」

「……は?」

 

 私がいきなり目の前に出た事に驚き硬直し、更に私からの言葉で目が点となる彼。

 移動中に接近して隙を見せたにも関わらず、攻撃すらせずに連携を一気に崩し、周りから非難の視線をちょいちょい浴びてる君に渡す太刀は、一つも御座いません。

 

 話し掛けたにも関わらず、能力を使用していないにも関わらず、彼は茫然自失のままで攻撃してこない。あれだけ野次を飛ばしていたくせにね。

 そのままで居ると、後ろから別の武士が攻撃してきたのでやれやれと溜め息を吐いて行動を再開する。

 

 カッ、と下駄を鳴らして瞬時に彼の背後へと移動。見失っている内に太刀を差し込み、そのまま一気に上へと斬り裂く。

 兜は二つに割れ。右耳は空へと飛んだ。血飛沫が実に綺麗である。

 

「いっ、がぁぁぁ!?」

「五月蠅い。せめて攻撃すれば審査したものを、それすらしないのは武士として失格だし、刀を持つ資格すらない」

 

 そう言っている間にも刀を落として両手で傷跡を抑える武士。

 いんや……武士じゃないから人間でいいか。

 

 地面へと落ちた自分の耳と兜を見て、彼はようやく痛みの原因が分かった様子。

 それで怒って攻撃すればまだ良い物を、尻餅をつきながら私へと振り返って涙目で謝り後退していく。情けないったらありゃしない。

 

 あんまりにも情けないので、落ちている刀の峰を蹴る。

 衝撃を操って刀身の方向や刀の跳ぶ先を変更し、その人間の右肩へと刺さらせる。

 恐らく威力的に骨が粉微塵になっているだろうから、これで武士を辞めてくれるとありがたい。いや、別にありがたくも何もないけど。

 

「ひぃいやぁぁぁ!?」

「やれやれ……人間ってあんな奴ばっか?」

「……そんな訳あるか」

「お前を退治する奴があんな腑抜けだと思うなよ!!」

 

 どうやら周りの武士も同じ事を考えていた様子。鼬塚の太刀は坊ちゃまにあげるような装飾メインの刀ではないのである。

 ま、今のが今現在の武士全体の姿だとは私も思っちゃいない。

 

「呆れさせないでよ? 武士(もののふ)

「なめんな妖怪」

「退治してやるぜ!!」

 

 

 







 これら一連の話を投稿するに当って、刀や太刀・刀剣に関する事を調べまくったのは言うまでもない。

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