風雲の如く   作:楠乃

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モムノフ《もののふ》

 

 

 

 根本的にだ。

 根本的に、私に長い太刀というのは合わないのである。

 日頃から扇子を使ってる事からも分かるのに、何で私は太刀を使っちゃったのかなぁ?

 

 

 

 ……と、考えてみるも時既に遅し。

 パキンと音がして、遂に刀が折れる。

 相手の刀が。

 

「なっ!?」

「まぁ……折れてしまったのだからまた今度買いにきてね! って喋ってんのに何後ろから斬り掛かって来てんだコラ!!」

「……口調。気を付けろよ」

 

 とまぁ、そんな乱戦状態でも彩目の苦言は拾ってしまうのだがそんな事はどうでもいい。

 

 先程のように、衝撃を上手く操れずに不運で相手の刀を折ってしまう事もあったが……まぁ、それはそれで置いといて彼等の選別は大体が終わった。

 見込みがない奴は腑抜けた坊ちゃんの時のように狙って退場させたし、武士として刀の価値を引き出せる実力がないと私が判断出来た奴も、次々と帰ってもらった。

 今現在、私と斬り合っている奴は全員それなりの実力があって、今後生き残れると私が勘で判断した者達ばかりである。

 

 

 

 そこで、話は冒頭へと戻る。

 分かりやすく言えば、こいつらは剣の腕だけでは到底倒す事の出来ない武士なのだ。

 

「ッ、っと!!」

 

 ほら。今も相手の切先が私の頬を斬り裂き、髪の毛が何本か落ちていく。

 既に結構な時間も経ってしまい、連携も当初よりかなり精密になっている。私は既に攻撃する暇もなく回避に徹している状態だ。

 

 頬の血を拭う暇もなく、しゃがみ込んで斬撃を避ける。そのまま右拳で地面を叩き付けて異様な格好で背後へと跳ぶ。

 武士共の足元や斬撃を擦り抜けて何とか着地、すぐさま振り下ろされてきた刀をこれまた下駄で地面を叩いた衝動を操作し、ありえない速度でバク転しながらこれまた回避。

 着地して一気に距離を取る。その移動も既に見切られているのか、すぐに間合いを詰められて斬撃が迫ってくる。

 顔を仰け反らせ、喉元の頸動脈を狙った斬り裂きを避け、刃を返している間に反撃しようとするも今度は違う相手から突きが迫ってきたので、太刀の峰で何とか防いで避ける。

 

 私の身長だと刃の先を地面に向けると、土に刺さって埋まるかもしれないという恐れがある。それを回避する為には無理に武器を動かして防がねばならない。志鳴徒に変化すればよかったよ。

 お陰で行動が遅れるわ隙が大きくなるわで非常に危うい。とは言え十数人を数人に減らしたのだから頑張った方だと自分を褒めてやりたい。しないけど。

 

 突きを右の方向へと逸らせてしまうと左半身がガラ空きとなり、当然のようにそこを狙われる。

 左斜め前から飛んで来る袈裟斬りの攻撃。左斜め後ろからはまた振り下ろしが迫ってきてる音がする。

 こんな時に時間差攻撃は勘弁して欲しい。いや、別にさっきから何度もあったけどさ。

 左半身を仲間に狙わせる為に、突きをしてから私に鍔迫り合い持ち掛けるコイツもコイツだし。

 

 鍔迫り合いしている太刀を握っていた両手の内、左手だけ外して峰を手刀で叩く。一瞬だけ圧されて体勢が崩れるけど予想の範囲内。

 その手刀と太刀のぶつかる衝撃を操って一気に自分の身体ごと吹き飛ばし、それで何とか時間差攻撃を回避する。

 これまた地面を着地する際の衝撃を操り、すぐさま立ち上がって武士達に相対する。そこでようやく一息付ける時間が出来た。

 

 何度も斬り裂かれて多少ヤバイ衣装になりつつあるが、大きな傷は特に無い。出血の跡が結構あるけどね。

 呼吸は別に戦えないほど荒れている訳ではないけど、ちょっと乱れている。何だか久々だなこの感覚。

 それにしても、一番最新である筈の頬の傷がもう既に治っている事には我ながら苦笑してしまう。いくら浅い傷だって言っても、戦闘中に完治はないでしょうに。

 

 

 

「いやぁ……流石に辛いねぇ。ここまで来ると全員を相手するのも大変だ。生き残った者が強いって格言は正解なのかもね」

 

 因みに一番初めに喧嘩を吹っかけてきたり絡んできた奴等はとっくの昔に倒れている。

 ザマァと言う他に無い。簡単に喧嘩を売って来る奴は弱い。これが真理である。例外はいつでもあるけどね。幽香とか。

 ま、アイツは喧嘩売ってきたからウチの武器は渡してやんないっていう、意味不明な意地もあったので御退場仕って頂いたのですけどねー。

 

 何はともあれ、ここにいる武士は全員強い。

 

「……いや、妖怪とはいえアンタも中々だと思うぜ?」

「怪しげな移動をしたり不思議な吹き飛び方をしていたが、俺らに使う事なく剣だけでまだ戦ってるしな」

「騙す事なく、そしてこちらと真面目に勝負してくる妖怪なんて珍しすぎるわ」

「まぁ、私も妖怪の中じゃ異端なんでね」

 

 騙す事なく勝負するといえば鬼だけど……ま、最近はもう見なくなっているのかな?

 こんな風に話しているだけで息が整っていく。相変わらずな私の回復力に呆れもするが、いつもの事だ。これからも頼っていくだろうしね。

 

 また飛び出そうして戦ってやろうかとも考えたけども、これ以上選別しても無駄かと思い、構えていた太刀を下ろす。

 

 何時の時代も、人間ってのは素晴らしいものだ。

 肉体が軟弱な人間とはいえ精神が立派な奴が居れば鍛え抜かれた肉体を持ってして退治する奴も居る。

 身体と精神が全くダメな奴が居れば、共に妖怪並みの人間も居る。非常に面白いね。

 

 ま、何はともあれ、私の仕事をそろそろ終わりにさせよう。

 

 

 

「いやー、降参降参。これ以上はこの太刀だと勝てる気がしないし、約束通りに太刀を譲ろうではないか」

「……」

 

 スキマを開いて鞘を拾って元の場所へと刃を仕舞う。その太刀はスキマを通って彩目の前へと戻る。

 傍目から見れば異空間をも操る妖怪だとも見えるんだろうなぁ、とか考えながら、まだ抜き身の刀をこちらへと見せている武士共を見返す。

 

「……と、言っても納得しないよねぇ?」

「当たり前だろ」

「妖怪は退治されるべき存在だぜ」

「まぁ、当たり前だよねぇ」

 

 そう言って、後ろの帯にずっと仕舞っていた扇子を取り出す。大体私の武器はこの扇子だってのに、何を無理して私は太刀を使っていたのだろうか……ああ、『鼬塚』の試し切りだったっけ。

 

 太刀を捨てて扇子を構える私。傍から見れば馬鹿な女の子にしか見えないのだろうが、武士達には既に妖怪だとバレている。

 だからか妖力が微妙に増幅されていくのを感じる。妖怪を構成すると言っても良い、食糧である『(おそ)れ』だ。

 その向かい合っている武士達からの畏れが、さっきの戦いよりも更に多く供給され始めている。

 

 簡単に言ってしまえば、私が刀を捨てて扇子という異様な物を構えたので、向こうも恐怖心が出てきたという訳だ。

 ま、それを言及してやって動揺させれば彼等を倒す事はいくらか簡単になるだろうけど……それは面白そうだけど面白くないなぁ。

 

 

 

『彩目、逃走の準備』

『ようやくか。既にこっちでも喧嘩の影響でか何本か売れてるぞ。そこらはどうする?』

『売れ残りがどれくらいある?』

『太刀は十本、短刀は四本、薙刀は売り切れた。十四本が残った』

『そっか。まぁ、五十ある内で売り切れのある品が出たのなら、良い方かな』

 

 彩目と念話を交わし、逃走の算段をつける。因みに今の会話は一秒も経ってない。素晴らしきは念話である。

 

 騙す事はあっても約束を守る妖怪、それが私である。多分。恐らくは。

 目の前に居る武士共は八人。周囲には野次馬共。

 後から来た検非違使やらそういうのも混じってるけど、私が調べて確証が持てるのはその内六人だった筈。

 太刀を全員に配るのは余裕。あとはどう渡すか、だけどね。

 

 まぁ、私と戦った奴は何やかんやで私を信じている所もあると思うし、うだうだ迷わずにちゃちゃっと渡しますかね。

 

「さて、私についてこれるかな?」

「ッ、おおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 はてさて、そんな事件も終わって自宅に帰宅。

 

 武士共にはちゃんと渡す物は渡している。

 約束だし? ……とは言え全員が気絶した後に、彼等の帯に太刀を結んだだけなんだけどね。

 ちゃちゃっと渡す? さあな、何の事だ? 分からないな……。

 

 まぁ、彼等があの刀を捨ててしまえばそれまでだし、彼等が捨てた後でまた私達と出遭ってしまったとしても、恐らく『鼬塚』の刀は渡さないだろう。

 

 何はともあれ、此処らでの商売は終わりである。あんな騒動を起こしちゃうと完全にマークされて身動き出来ないだろうし、そろそろ自宅周辺も捜索され始めてるしね。

 こちらへと向かって探しまわる足音が聴こえてるしね……見付かっちゃうのも時間の問題だ。

 

「そろそろ撤退だね」

「だろうな。アレだけの騒ぎを起こしたのだから」

「いいじゃん。自分の造った武器が後世に残るって事は、彩目の技術が認められてるって事だよ?」

「……それを強要させたのはお前だがな」

「まったく、ああ言えばこう言う」

「母親殿にそれだけは言われたくないぞ!?」

 

 そんな感じの会話を交わしながら朝食を食べ終え、屋敷の掃除を開始する。

 とは言え、荷物をスキマへと放り投げるだけだとも言える作業なので、それほど苦でもないし時間も掛からないのだが。

 私は主に家事関係の荷物をスキマへと乱暴に投げ、彩目は主に商売道具系の物をスキマへと置いていく。

 

 まぁ、紫のスキマとは違って、私の使うスキマは気味の悪い眼や手が生えてない。

 とはいえ、それでも無限に広がる真っ暗な闇というのは中々に怖いと思うのだが、彩目は特に何も感じずに中へと入って荷物を運んでいく。

 

 ……私は管理しているからそういった思いを感じるのは不自然だとして、彩目が違和感を感じてないのは何だかなぁ、と思わなくもない。

 とは言え、この気分は恐らく『彩目がスキマに対して驚いたり気味悪がったりしないのがつまんない』という、ガキかと自分でも突っ込みたくなるような思いから来ていると思われるので、まぁ、別にどうという訳ではないのだが。

 

 本人が気にしていないのなら、私が何か言うのはおかしいのかね。

 そんな事を考えつつ荷物をスキマに入れていると、あっという間に引越しが終わった。いやまぁ、引越し先が未定だから完了はしてない訳なんだけど。

 

「さてさて、何処に向かおうかね?」

「……私に訊くのか?」

「それは『いつもお前が勝手に決めてるだろ』という意味が含まれた皮肉かい?」

「まぁ……そうだ」

「実に良く分かっているじゃないか」

「……」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

「……」

「どうした師匠」

「まだ師匠と呼びますか貴方は」

「実際に師匠だろう。それに近くに誰も居ないのだから、こうして私の前に姿を出しているのだろう?」

「それはそうなんですけどね……」

「それで、どうした師匠? 師匠にしては珍しく眉をひそめているようだが」

「……いえ、私の言う事を聴かない者達が、私の周りには随分多いなぁ……と」

「へぇ……師匠にも師匠が居たのか」

「……どうして、こう……隠している事があっさりと分かるのですか、貴方達は」

「師匠が分り易すぎるのだ」

「貴方達が鋭すぎるんでしょうが……」

 

 

 


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