旅から帰ってきた。
とは言え……数日間空けてしまった家に帰るのも何となく居心地が悪い。具体的には彩目と顔を合わすのが気まずいのである。
いや、まぁ、今更こんな態度とか行いをしておいて何を言うか、みたいな話なのだけれど、そこは仕方ないのである。うん。
精神的に強い時もあれば、メンタルが弱小な時もある。それが私なのだ。いや、それも結局は威張ってどうなるのだという話に落ち着いてしまうのだけれども。
「やれやれ……む、やっぱり『やれやれ』が口癖になってるなぁ……」
そんな事を妖怪の山、それなりに大きい樹の上で寝転びながら呟く、わたくしでございます。詩菜でございます。海の海産物じゃあない。
ちょうどここからは訓練場で切磋琢磨している天狗達が見えている。
教官をしているのは鬼だ。別に鬼な教官ではない。鬼が教官をしているのであって、鬼教官という訳では……字面的には合ってるか
何はともあれ、鬼が天狗達に体術とか近接格闘術みたいなものを教えている。果たしてあの教え方で合っているのかは甚だ疑問である。
教える時に擬音を交えて教えるっていうネタは過去──いや、未来?──にもよくあったけど、本当にそうやる奴が居たとはねぇ……。
……何はともあれ、ここから見ている限り実力は本物のようだ。さっきから天狗達がポンポンと投げられている。教官は鬼の女の子だってのにねぇ。
なんていうか……知り合いっていうか、世界観そのものに女尊男卑が組み込まれてるのではないか、って感じだわな。こんなに女の力が強いと。紫とか勇儀とか幽香とか。
まぁ、どうでもいい事か。強い弱い云々については私は興味なしである。多分。
そうやって見ている内に、勇儀が乱入してきた。噂をすれば鬼が差す。
さっきからボコボコにされていた天狗達が更にボコボコにされていく。何してんのあの鬼。
そしてそれを見て止めようとしている鬼教官。なんだ優しいじゃないか鬼教官。逆属性って奴? どうでもいいけど。
「詩菜も乱入しないのかい?」
「私は今そんな気分じゃないんでね。そんな事を言う萃香こそ乱入してきたら?」
「むぅ……流石は詩菜というか、いきなり話し掛けても驚いてくれない」
「私を驚かしたかったら私の能力を根本から封じてからするんだね」
訓練場を見ている私の後ろから、萃香が話しかけてきた。見てはないけど恐らくは霧の状態なのだろう。
まぁ、気配をいくら疎にしようが鬼の威圧感っていうのは隠し切れないものだ。
……っていう持論を天魔に話したら、『お主の索敵能力が優れてるだけじゃろ』とにべもない真相を返されてしまったけどね。
「そういえば、ここんとこ姿を見なかったけど、何処かに出掛けてたの?」
「ん〜、ちょいと旅に出掛けてたね。親子で」
「おみやげは?」
「……はぁ」
わざわざ目の前で姿を表して、『おみやげは?』と訊いてくる鬼。うぜぇ。
うざいけど、おみやげを要求するであろうという事は予想済みなので実はあったりする。
スキマを開いて手だけ突っ込んでどれをあげようか悩みつつ探す。さーて、何を渡してやろうかな─っと。
「あ、変な物はいらないからね?」
「……」
つまらぬ。
▼▼▼▼▼▼
都で見付けた漆塗りの酒器を萃香に渡し、また訓練場を観察する事にする。
後ろではさっそく鬼がおみやげに酒を注いでいる。やっぱり呑むのか。
やれやれと溜め息を吐きながら、外界へと視界を落としてみる。
いつの間にやら鬼教官と勇儀の一対一になっている。どうしてそうなった。
周りでは天狗と鬼がそれを肴に宴会を始めている。どうしてこうなった。
そんな彼等に呆れつつ、四天王の勇儀と普通に戦えているあの鬼教官さんは中々の手練だな─とか、現実逃避じみた思考をしてみる。
勇儀の能力的に、鬼の中でもトップの腕力を持っていると思うんだけど……いやはや鬼の力というのも興味深いものだねぇ。
「で、乱入しないのかい?」
「何度言わすのさ……そんな気分じゃない」
「じゃあ、そんな気分にしてあげようか?」
そう言われて振り返ると、萃香が手をこちらへと向けて何か術式を発動させている。
それと同時に私の方でも勝手に術式が作動。結界が私の周囲へと現れる。
何かを
が、その術式は私の張る結界に阻まれてしまい、そのまま霧消していった。
「む、なんで結界を張ってるのさ」
「そりゃあ萃香みたいに精神操作をしようとする奴が居るかもしれないからねぇ」
私お手製の精神異常無効化結界である。私の能力と紫の能力が合わさって最強……とまでは行かないけど、それなりの強さはあるのである。
恐らく萃香が蒐めて私の方へと飛ばしたのは、戦闘意欲とか、そんな感じのテンションが跳ね上がるようなものなのだろう。それを私にあてて活性化させよう、って所かね。
まぁ、別に今ぐらいなら操られてもいいかな、という気分ではあるけどさ。
要はそれぐらいに鬱な気分ではあるという事。
そのまま寝転がったまま視線を萃香から外し、結界を意図的に解除する。
テンションを上げてもいいけど、それに使う労力の為のテンションがない。故に誰かが上げてくれるのならそれでいいや、という考え。
あ〜、我ながら嫌なヤツ。
「ん? 結界、解いちゃうのか?」
「そんな気分じゃないのよねぇ」
「……やれやれ」
そんな私の言葉に、萃香も諦めたのか私が寝転ぶ枝の、一つ上へと移動して寝転び始める。
ふははは、そんな風に出鼻を挫くのも私の思惑通り……なんて事はない。
「鬱な時のあんたは本当にからかえないねぇ」
「そりゃあ欝ですから」
「……何か違わない?」
「気にしない気にしない。それに……これでもまだ軽い方の欝だよ? 多分」
「まぁ、そんな冗談を交えてる辺りで分かってはいるけどさぁ」
他人の考えなんて一生理解出来ない、というのが私の本音だけどね。と萃香の言葉に返したくなったが自重。
これ以上嫌なヤツにはなりたくない。いやもうなってるけど。
会話が止まったと同時に、どうやら下での戦いも終わった様子。
予想通りというかなんというか、やはり鬼教官さんは四天王には勝てなかったようだ。
まぁ、天狗と鬼の戦の時に『大将同士の決闘』という名目で天魔と勇儀が戦ったのだから、その大将が下の鬼に負けてしまってはいけないだろう。うむ。
結局その鬼教官も混ざって酒の宴になってしまった様子。
訓練は一体何処に行ったんだ。
「宴会始まったね。私は行こうと思うけど、あんたはどうする?」
「ん〜……あんまり気が進まないねぇ」
「ま、そう言うと思ってたよ」
そう言うやいなや、腰から吊り下げていた瓢箪をこちらへと投げてきた。
咄嗟に頭を支えていた左手を動かして受け取る。うわ、重い。自分の頭が。
「何言ってるんだか……」
「自分の身体が重いのである。まる」
「本当に何言ってるのさ。ほら器だしな」
「やれやれ、あたしゃ鬼ほど酒は強くないんだよ?」
「それでも器は出そうとしているじゃないか」
身体を起こしつつそうなんだけどねぇと言って、スキマから萃香にあげた漆塗りの酒器とお揃いの器を取り出す。
瓢箪から自分の器へと酒を注ぎ、次に萃香の器に入れていく。
彼女に対して、『あの宴会に行こうと思ってたんじゃないの?』という、至極場違いな事を流石にこの雰囲気で言ったりはしない。
「やや、どうも」
「ん、瓢箪はもう返すよ」
「ラッパ飲みしてもいいんだよ?」
「あんたは私を殺す気か」
そんな軽口を言い合いつつ、共に酒器に口を付けて呑んでいく。
……うむ、やはり鬼の酒は身体に合わぬ。というか強すぎる。
▼▼▼▼▼▼
そんなこんなで、自宅へと帰ってきた。既に日は暮れている。
あの宴会はまだ終わってないが、私の酒に対する許容範囲の限界が来てしまったので先に
酒に呑まれてしまい、私は既に千鳥足である。
流石に意識だけは呑まれないように能力で発破を掛けているけど。それでもまぁ身体は正直という奴だ。
……あ〜、なんかイヤな物思い出したな。忘れる事にしておこう。
「ただいま、っと」
「……一体何処に行って、って酒の匂いが……」
「あー、まぁ、仕方ないよね。鬼だもの」
「そ、そうか……巻き込まれたのか?」
……なにやら、うまい感じで勘違いしてくれた様子。実にありがたい。
「とりあえず、何か飲み物……いや、水をちょうだいな」
「分かった」
下駄を脱ぎ、その際にちょっとバランスを崩しつつも居間へと向かう。
ちゃぶ台に脚がぶつかりそうになりながらも何とか進み、縁側へと出て足を外にだして座る。
「ふぃー……」
「宴会にでも巻き込まれたか?」
「ん、天狗達の訓練場を観察してたら何故か巻き込まれた」
「何があったんだ?」
「それは私が訊きたい」
いや、あの鍛錬から決闘、宴会へと繋がるっていうのが鬼の良さって訳なのかな?
それにしたって、初めの鍛錬という目的は一体何処に向かったのだろうか……あの鬼教官さんもガブ飲みしてたしな。
萃香は萃香で、最後まで私に付き合って呑んでいた。
私が帰路へ向かうと宴会の方へと飛んでいったけどね。空気を読む良い奴である。流石は密度を操る能力者……いや、関係ないか?
そんな事を考えつつ、彩目から水を受け取って飲み干す。
あ〜……ふぅ、うまい。
「で、何処に行ってたんだ?」
「……」
どうやら勘違いはしてくれなかった様子。残念。
まぁ……観念して色々と話そうかね。
「ちょいとヨシツネに逢ってきた」
「……文に止められていただろう?」
「まぁね。でもどうやら文とはすれ違いだったみたい。彼女には逢わなかったよ」
「そうか……後で余計に怒られそうだな」
そう溜め息を吐きつつ、隣に座る彩目。
……玄関では怒った様子だったけど、今は全然そんな雰囲気はない。
まぁ、呆れられているのは物凄い分かるけど。
「ん〜、どうだろうね? ヨシツネ曰く、文が行動する直前まで私が来る方角をずっと睨んでいたようだし、私が来たって事は気付いているでしょ」
「……余計に、怒られそうだな」
先程と似たような台詞を、更に情緒を込めて言う彩目さん。
まぁ、仕方ないだろう。仕方ないっていうか、そういうのを覚悟して行動した結果だ。分かっている。
これからヨシツネの死体が都へと送られて首実検される。別にもう彼に関する事に接するつもりはないから、何もしないけどね。
天狗の手によって生き長らえた妻と子は一体どうするか……むしろ、そっちの方が私としては心配だけどなぁ。
何はともあれ、文が山へと帰って来れば色々と分かるだろう。
それまでは、いつも通りに山で過ごす予定である。
「あ〜……彩目」
「……なんだ?」
「今から酔い潰れるから、運んどいて」
「は?」
「──────ZZZ……」
「……」
今投稿した直後に見直して思った。
自分の小説、『決着』っていうタイトル多いな。
……あとでちょいちょい変えておきます。