自宅なう。
……この『なう』も時代遅れ……いや、時代先取りし過ぎなのかな……?
まぁ、とりあえず時代錯誤に変わりはあるまい。うむ。
だとか、そんな無駄な戯れ言を考えつつ、彼女の話を聴いていく。
まぁ、彼女だとか意味もなくぼかしてみたが、何の事はない私の上司の話である。
いつもの事だけど、変に暗喩を入れたり難しい表現をしたりして紛らわしい話し方をするものだから、分かりにくいったらありゃしない
そんな分かりにくい上司の話を、簡単にまとめて要約すると。
『八雲紫が、新たな式神を手に入れた』である。
何でも私のような『縁の下の、何か良く解らない虫?』みたいなヘンテコな者ではなく、ちゃんと実力もあるし補佐にピッタリな従者を見付けたのだとか。
ふむ、となると私はお役御免って奴ですか?
ま、そんな役に立ってないしね─、などと自虐風に返してみると、
「そんな訳ないじゃない。いくら私でもそんなひどい事はしないわよ」
との事。
まぁ、何にせよ私に仕事仲間が増えるという報告らしい。
……何故そんな重大な事を報告されるまで気付かなかった私。
おかしい。何かおかしいぞ。根本的に紫が私に報告するっておかしくないか?
まぁ、お役御免になったらなったで何か悲しいし、それはそれで嬉しいっちゃあ嬉しいけどね。
「あらあら、そう……暇なのね?」
「まぁ……そうだけど……?」
……なんか、久々に紫の胡散臭げな笑みを見たような気が……。
つーか、何か物凄く嫌な予感がするんですけど……?
「フフフ……」
とか考えて逃亡を図ろうかと動いた瞬間に、スキマに落とされる。
むぅ……紫の能力を多少借りているから彼女の能力の発動に気付けるかと思っていたけど、そんな事はなかったぜ。
▼▼▼▼▼▼
いつ見ても、スキマの中は眼やら手やらが蠢いている。
私がいつも借りているスキマには、そういった『モノ』が蠢いていたりはしないから、こういうのは珍しいものを見る気分だ。
そしてその中に紫の私物かどうかは解らないけど、良く解らないシャレコウベや卓袱台やら箪笥やら注連縄やら酒やらが転がっている。
私は落ちているのに、物がそこらに転がっているとは変な表現だけど、実際に転がっている様にしか見えないのだから困る。
紫の思惑から逃げようと、境界を操ってスキマ内から逃亡しようとしても失敗。
どうやら私が紫の能力を使用する事を禁じたらしい。
そこまでするか、と叫んでやろうかとも思ったけど、どうせ言っても変わらないだろうチクショウ。
床もないのに(当たり前だけど)胡座をかき、腕組みをしながら憮然とした顔で落ちていく私。一体何のギャグ漫画の世界だ此処は。
そうしている内に、底から光が見えてきた。どうやらトンネルの出口らしい。
体感にして約数十秒。スキマの中は無駄に広大である。境界と境界の狭間だから当たり前なのかもしれないけど。
着地もちゃんと決めて百点満点。大地や私、周りに衝撃は響かず、音もなく地面に降り立つ。
顔を上げて見渡してみれば、どうやらここは何処かの草原。
地平線まで緑の絨毯が続いていたり、山の裾野から広がる山も見えていたり。おお、よい景色だこと。
……良い景色だけど、見た事のない景色。紫は一体何処に私の連れてきたのだろうか?
そうして見渡していると、とある方向に女の人が居た。
そこには美しい美女がいた。
金髪、金の瞳、獣の耳に……九つの尻尾。
「お前が、紫様の式神か?」
「……え?」
って事は……この妖怪が、紫の新たな式神?
「……『
「ふん……今は、『
Oh……
あろうことか、私の目の前に《日本三大妖怪》の一人、九尾の狐が現れるとは……。
そんな風に打ちひしがれていると、虚空から上司の声が響いてくる。
「貴女達は同じ式神よ? 仲良くしなさいね。ふふ……」
紫イィ!! 何でこんな大物を式神にしたのさ!?
ほら、明らかになんか私を見下した感じで見てくるじゃん!?
というかアンタはスキマ内から見てないで出てきやがれ!!
とか、心の中で罵倒をしていく間も話は進んでいく。
あれ? 私こんな汗っかきだったっけなぁ……?
「……紫様、本当にこの方が私を圧倒する事が出来る大妖怪なのですか?」
「紫ぃぃ!?」
「そう思うのなら、彼女を捕まえてみたらどうかしら? 絶対に、無理だと思うわよ?」
「ッ……分かりました!」
「いやいやいや!? 分からないでよ!? そこはさぁッとぉ!?」
とか考えてる暇もなく、右手の爪を伸ばして私に振るい始めてきた玉藻前さん。
バックステップで回避し、更なる爪による追い打ちも横に跳んで回避。
その回避も予期していたかのように弾幕が殺到してきたので、小刻みに地面を蹴って衝撃を操り、身を捩ってすり抜けていく。
すり抜けた先には藍の爪が待ち構えていたので、ちょうど避けた直後の弾幕に左手をぶつけ、その際の反動で思いっきり回避する。
私の『思いっきり』というのは能力を使って爆発的な威力で転がるので、もう石ころとかが刺さって痛いったらありゃしない。刺さってる刺さってる。
というか、弾幕にぶち当たった際の衝撃が元なので、左手があっという間に折れてしまった。
あんな威力の弾幕を、誰も居ないとはいえばらまいていたのか玉藻前。流石は日本三大妖怪。
……って、感心してる場合じゃない!!
吹き飛ぶ身体を調整して受身を巧く取りつつ、即座に立ち上がって藍さんの場所を確認する。
見ると先程の爪を奮った場所から、驚愕の視線で私を見ていた。
アレ? 私……何かした、っけ?
「……どんどん早くなっていくわね。貴女」
上空からの視線と声を感じて顔を上げると、そこにはさっきまで声しか届けてくれなかったアンチキショウが。
「何か言ったかしら?」
「……イイエ、ナニモ……」
いきなり扇子を向けられた。止めて!!
妖力を扇子の先に溜めないで! それ見るとトラウマの幽香のアレ思い出しちゃうから!!
「ふふふ……さぁ、藍!! さっさと捕まえなさい!!」
「分かっていますッ!!」
「なんで煽ってるのさ!?」
鬼ごっこ、再開。
玉藻前……いや、藍か。
藍さんが腕を振るうと、彼女の前に半透明で正方形の板が現れ始めた。板は次々と現れていく。
板には何かの術式が描かれているのが見える。私には真似出来ない程の複雑な術式だという事だけは読み取れた。
再度彼女が腕を振るい、板から私に向かって弾幕が放たれ始めた。
けれども、それらの弾幕の速度は予想していたよりも遅い。
追い詰められたりするような密度でもないから、まぁ、案外あっさりとすり抜けていく。
弾幕の中で避けていく、視界の端で藍が更に板が増やしていくのが見えた。どんどん弾幕の密度が濃くなっていく。
でもまぁ、数でごり押しなんて何百と経験しているので、これもあっさりと避ける。
これなら避けられない速攻で、範囲が異常な幽香のマスタースパークの方が断然鬼畜だっての。
「くっ……!」
「……ん?」
……ていうか、
何か……弾幕が、遅い?
私の目の前にいる妖怪は、確か二千年をも生きる大妖怪《玉藻前》ではないのか?
金毛白面九尾の狐、恐るべき妖孤な筈だ。
……なのに……どうしてこうも、弾幕が遅いように感じるのかしら?
「……貴女は、成長の速度は遅いのかも知れない。けれども、何処までも成長するタイプなのかも知れないわね……」
そんな紫の呟きが聴こえた。まぁ、紫自身は弾幕の中に居る私には聴こえないように呟いたつもりなのだろうけど。
つーか……え、ナニソレ? 今更そんなチート? いらないよ。もう充分だよ。うん。
「ほらほら! 二人とも早く戦っちゃいなさい♪」
「なんで!?」
くそぅ、毎度の事だけど紫には振り回されてばかりだなぁチクショウ!!
けど私だっていつも紫の事をからかってるから、おあいこな!!
我ながら何言ってるか分かんないけど!!
次々と藍さんは弾幕を展開してくる。
今更ながら、藍さんは霊力を使って弾幕を撃っているのに気付いた。
妖孤なんだから妖力で弾幕とか張っているのかと思ったけど、案外そうでもなかったみたいだ。
しかしなんでまた霊力で撃つんだろう?
というか、よーく見たら身体からも立ち上がっているんだよねぇ。霊力が。
となると根本的に使う力が違うとか? 案外妖怪でも頑張れば霊力が使えます……は流石にないと思うけど。
でも何で霊力を使えるんだろ?
戦闘中に余裕でこんな思考が出来ている辺り、本当に私は成長しているみたいである。
まぁ、弾幕の一発一発はさっきも体験したようにとんでもない威力になっているから、予断を許さない状況ではあるんだけどね。
……あ、霊力を使えるのは式神だから。とか?
いやでも私も一応は式神なんだし、それだったら私にも霊力が使える筈だと思う……どうだろ?
仮に私が霊力を使えたら、今の自覚した事で反応があったりする筈なんだけど……それもないしなぁ……?
うーむ、解らぬ。
まぁ、こういう時は大賢者に訊くに限る。
『という訳で質問だよ紫せんせー!!』
『……随分と余裕ね』
『うん、いやまぁ、避けるのは結構必死だけど、こんな自分が成長してるとは思わなかったよ……』
でもそれだったら弾幕撃てるような成長の仕方をして欲しかったなぁ!!
『で、何で藍さんは霊力を使えるの?』
『……後輩なのに、さん付けなの?』
『え? だって年上じゃん?』
『………………そう。じゃあ年上である私に付けないのは……どういう事かしら?』
あれ? なんか地雷踏んだ?
つーか、何でそんな所に食い付いたの!?
『あっ、後にして!? ね!? そんな事は後で良いから!!』
『……ふぅん? そんな事、ね……覚えてなさい』
あ……終わったかな?
こんな無駄な会話をしている間も弾幕は縦横無尽に飛び交っており、私はほぼ無傷で逃げ回っている。
いや、左手はもう使えないし、かすったりはしているから無傷っていうのは嘘だけど。
彼女も必死に弾幕を撃ったり攻撃してはいるんだけどね? 些か速さが足りないというか。なんというか。
とにかく、彼女の速度じゃあもしかすると天狗にすら追い付かないかも知れない。
爪を伸ばし、弾幕で追い詰め、尻尾を伸ばして槍のようにしたりしているんだけど、どれもこれも威力は申し分がないけど、根本的に遅すぎるのである。
私としては、移動にしか能力を使ってないし妖力神力も使ってないし、まだまだ余裕綽々なんだけど……。
藍さんが、もう限界みたいです。
まぁ……太陽の動きからして、六時間ぐらいかな? それぐらい弾幕を撃ち続けていたのだ。
私も私で持久力がヤバイような気もするけど、弾幕の威力を衰えさせずに六時間も撃ち続ける、その気力が凄いよ。ホント。
もう全身汗だらけだし、髪の毛も汗で濡れている程だ。良くやるよ。
私だったら勝てもしないし負けもしない戦いなんて、労力の無駄としか思えないので当然のように逃げているだろう。私は卑怯だからね。
あ、遂に膝から崩れちゃったか。
「試合終了、だね」
「……くそ」
むぅ……なんか、違う所で疲れた。
「どうかしら詩菜ちゃん? 貴女から見た藍は」
どう、って訊かれても……ねぇ……。
あとちゃん付けやめなさい。
「そうだねぇ。弾幕とかその他諸々の速ささえ鍛えれば最強じゃない? 使えない私が言うのもおかしいけどさ」
「……!」
……なんか、また怨まれそうな予感がプンプンするんですけど?
ああ、やだやだ。自己嫌悪。
「そうね。まぁ、そこは頭の良いこの子だから、自分でなんとか出来るでしょう」
あ、教育とか指導をしたりせずに、普通に放置なのね……。
流石紫さん。厳しいわぁ……。
立ち上がりつつ荒い息を吐きながら、此方を睨み付ける藍さん。
……あ~あ、なんかこうなる運命だったみたいね……ハァ……。
「さて……」
いきなり近寄ってきた紫さん。
「さぁ、詩菜ちゃーん? さっきはなんて言ったのかしらー?」
「おうふっ!? このヒトまだ覚えてたよッ!?」
緊急脱出!!
思いっきり跳ぶ!! 飛べないけど、跳ぶ!!
「逃がすかッ!!」
「怖い怖い!! 紫さんマジ怖い!!」
「今更『さん』を付けても意味無いわよ!!」
「ヒェイッ!? ごめんなさーい!!」
なんてまぁ、逃走劇もしばらく逃げ続ければ終わってしまうもの。
私の回避速度が上がるという事は、自動的に私のダッシュ力も上がるという事で。
あっさり……とまでは行かなかったけれど、紫の追跡を振り切る事が出来た。出来てしまった。
……なんだかなぁ。
さてさて、まぁ、戻りますか。
藍さんの元に。
謝る。っていうのもおかしいけど、同じ式神なんだし仲が悪いのはどうかと思う。
紫が何を考えてあんな発破を掛けるような事を言ったのかは分からないけど、彼女なりに仲良くして欲しい。互いに認めあって欲しいから、こんな事をしたのかも知れない。
戦闘をさせて、って考え方はおかしいと思うけどね。もっと他に良い方法があっただろうに。
そんな事を考えている間に、元の場所へと到着。
帰りもあっさり着いちゃったなぁ……見知らぬ土地で闇雲に跳び回ったんだけどな。
……さっきの紫の思惑が私の予想通りなら、何処かでこの様子を見ているに違いない。
念の為スキマは使わずに帰ってきたけど、今スキマを開けばこちらを観察している紫がいるかもなぁ……。
ま、そんな事はさておいて……どうしたものかなぁ。
彼女は、先程の戦闘で出来た岩に座って、どこか遠くを見ていた。
息が既に整っているのは分かるけど、表情は真後ろから察する事は出来ない。
やれやれ。嫌われた事は何回かあるけど、仲直りはあんまりした覚えがないからなぁ……。
色々と不安だ
「……藍、って、呼び捨てで呼んで良いのかな?」
「ッ……なんだ、お前か」
隣まで歩いていき、声を掛ける。
藍さんって呼び方は、今にして思えば何処と無く遠巻きにしている感じで、何かイヤになってきた。何となくだけど。
「……好きにしろ」
「ん。じゃあ藍って呼ぶね?」
「……」
返事がないのでそのまま話を続けさせて貰う。
とは言え、そんな積もる話がある訳でもないので、ただ単に思い付いた事を述べていくだけだけど。
「私は弾幕もロクに撃てないし、空も全く飛べなくてね、昔はそりゃあ大変だったよ。今でも妖力は無い方なんだけど、前はもっと酷かったさ。色々と馬鹿にされてきてねぇ。もう慣れてきちゃった感はあるけどさ」
「……」
「能力があるってだけで今まで生きてきたんだ。そりゃあ、今でも良く生きてるものだと自分でも思うね。大抵は逃げてきたし、今も逃げてる真っ最中だって言える」
「……」
「それでも生き残る為に頑張ってきた。お蔭で卑怯な事ばかり覚えてきたし、逃げるを最優先で生きていたら、いつの間にやら天狗すら抜かす程の速度まで辿り着いちまった。鎌鼬だってのにねぇ……」
「……」
「逃げてきたは良いけど、問題は根本的に解決してないのさ。それが今になって返って来たりしている。困ったもんだよ全く」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……え? それで話は終わりなのか!?」
「え? うん、そうだけど?」
そんな私の人生、ヒトに語って誰かのためになるようなものでもないしね。
私の話で学ぶ事があるのだとしたら、それは立派な『反面教師』というものだろうね。
「何なんだその中途半端な話は……」
「気にしない気にしない♪」
「……はぁ……」
ま、つまり、私が言いたい事はコレなのさ。
「紫様の事を宜しく御願い致します」
「……」
私じゃあ、彼女の本格的な補佐なんて出来ないからね。
紫と式神の関係も持って彼女の利益になる事なんて、精々が妖怪の山との関係性か私の能力ぐらいしかないって思ってるよ。能力に関しては私よりも扱いが上手いに違いない。
「……本当、何なんだお前?」
「ん、そういえば自己紹介してなかったね」
「いや、そういう事ではなくてな?」
「鎌鼬の『
「名前とかは聴いて、って神様!?」
妖怪九尾の百面相、つってね!
いやぁ、相手を驚かせるとかって、本当に楽しい事だよね!
『何やっているのよ貴女は……』
『おや、陰ながら式神達を見守っている紫様ではありませぬか』
『み、見守ってるって、何で分かるのよ!?』
『勘。あ、因みに藍にもこの念話は聴こえるようにしてあります』
『勘!? って何してくれてるのよ!?』
ほら、見れば藍も笑っているじゃないか。頬を引き攣らせるような感じで。
いやはや、仲が良い事は良き事かな。