風雲の如く   作:楠乃

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将棋は無理

 

 

 

 

 その日は、意味もなく天魔の家に寄り、何やかんやで将棋をしていた。

 ……まぁ、どう抗ってもこういったボードゲームでは彼に負けてしまうのだが。

 

 

 

「何でそんなに弱いのじゃ?」

「何でそんなに強いのよ?」

「……いや、お主、それなりに人の考えを盗み見るのは得意じゃろう?」

「それと将棋は違うでしょ」

「あぁ……いや、確かにそうかも知れぬが……」

 

 とか、話しながら将棋を進めていく。

 しっかし、どうすればこの局面を切り抜けられるのやら……。

 

「……納得いかんのだが」

「だから、そんな事言われましても……」

 

 天魔の六枚落ちで始めた試合が、いつの間にか私の六枚落ちになっている。何故だ。

 飛車角桂馬香車はすべて持っていた筈なのに、いつの間にかすべて天魔の元にある。何故なのだ。

 

「じゃから『十枚落ち』でやった方が良いのでは、と言ったのに……」

「いや、流石にそれは私の矜持が許さない」

「……『六枚落ち』でも十二分に酷いと思うのじゃが」

 

 歩だけで戦ったのに負けるとか、恥さらしにも程がある。

 

「……いや、じゃから、手加減している状態で……」

「むっ……じゃあここ!」

「………………」

 

 パチン、と良い音を立てて天魔の駒が一つ進む……ん?

 

 

 

 ………………あ、詰みだコレ。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 そんな事をしている内に夜になったので、今夜は天魔宅で食事をいただく事になった。

 まぁ、彩目も旅に出掛けているのでわざわざ自宅で一人きりの食事というのも寂しいものではあった。侘び寂びはあったかもしれないけど。

 

 しかしまぁ……いつ見ても天魔の家は見事なハーレムである。

 時は流れに流れ、前世から生まれ変わってもうすぐ千年。

 男性としても女性としても長く生きてきたからあんまり昔の感性を思い出す事もないけど、昔はこういうのを羨ましいとか思っていたのだから、我ながら何考えてんだか、という奴である。

 

 というか、ヘタしたらこのハーレムに自分も組み込まれていたかもしれないというのだから恐ろしい。

 ……彼もどうやら諦めてない様子だしね。実にやれやれである。

 

 

 

 そんな感じでお食事も終わり。用意された客間へと移動する。

 

 とは言えこのまま寝る気にもならず、障子を開けて縁側へと出て夜風を浴びる事にする。

 まぁ、わざわざ夜だからって寝るっていうのも変だしね。妖怪だから。

 

「……やはり寝ておらんのじゃな」

「そういう天魔こそ」

 

 恐らくは五時間ほどだろうか。色々と考えながら何を見るでもなくボーっとしていると、いつの間にやら私に掛かる声。

 返事をして横を見れみれば、ちょうど私の隣に腰掛ける天狗のお頭。天魔さん。

 

 まぁ、この家で私に話し掛けるのは精々天魔か、昔から天魔に付き添っていて私を知っている彼の嫁さんぐらいなんだけど……そう考えると中々に人数はいるのか。

 

 閑話休題。私の頭の中だけ。

 

 

 

「迂闊に寝るとね─この里の頭領が襲ってくる事があるからねー寝れないんだな─」

「な、なんのことじゃかなー」

 

 まぁ、そんな風に脂汗を流す天魔は放っておいて。

 

「ゴホン! エッフン!」

 

 ……そんなわざとらしすぎる咳をして空気を流す天魔は放っておいて。

 

 

 

 会話を元に戻すとしよう。

 今度こそ閑話休題。『それはともかく(閑話休題)』である。

 

 

 

「……珍しいの。お主がここに来るのは」

「だねぇ。最後に来たのは……文の騒動の時かな?」

「そう、じゃな……何年前じゃ?」

「ん〜……大体二百年ってとこかな」

 

 私よりも頭の回転速度は速いのだから、計算すれば私よりも早く答えが出るだろうに。

 とか思いつつ、律儀に答える私もどうかと思うけど。

 

 会話に出てきた文は、未だに帰って来ていない。

 人の世代で言えばもう五世代くらいは時間が流れている。ヨシツネの子孫を見守るとはいえ、彼の意志を継ごうという者はもう出ないだろうに。

 ……まぁ、彼女がヨシツネの子孫を見守っているかどうかなんて知らないけど。

 

 

 

「何の用事で、本当は来たのじゃ?」

「……はははっ、やだなぁ天魔さん。私にそんな事の理由を求めるのかい?」

「『そんな事』ではなかろう。昔からお主が我が家に来る時は何かしら騒動が起こっておるではないか」

「……そうかな?」

「そうじゃ」

 

 そこまで言われて指を下りながら数えてみる。

 ……うん、確かにそうかも。

 

 記憶に新しい文の件だってそうだし、彼の家に行った事で起きた騒動はかなりの数に上る筈だ。

 我ながら、疫病神かと思わなくもない。思わないけど。

 

 

 

「で、何の用事なんじゃ?」

「そんなに用事がないとダメかなぁ……いや、無いよ? 本当に」

 

 暇を持て余したから、彼の家に来ただけだ。これは本当の事だ。

 彩目も居ないし、文も居ないし、山の麓まで降りていって人里にお邪魔するのもなんだかだるいし、紫の所に行くと藍と喧嘩になるし、旅に出掛けるって気分でもないし。

 結果的に、親しい知り合いと呼べる天魔しか居ないなぁ、って事でお邪魔しただけ。

 ……そう考えると、何気に私。知り合いが少ないか……?

 

 いや、まぁ、別に勇儀や萃香の所だって選択肢としてはあったのだから、友人が少ないという結論にはならない筈だ。うん。

 彼女等の所に行くと、否応なしに喧嘩になりそうだから、選択肢として外しただけなんだけど。

 

 

 

 あ……やべ、幽香の事、今になって思い出した。選択肢として完全に忘れてた。

 ……彼女に勘付かれてないといいけど。

 

「まぁ、本当に暇だったから、知り合いの家に来ただけだよ?」

「……むぅ、怪しいのぅ」

「どんだけ君たちは私の事を策略家だと思っているのさ……」

 

 外人さんみたいに両の掌を上にあげ、やれやれとオーバーリアクションをしながら嘆息するわたくし。

 

 

 

 その時に……遠くの方から、風の塊が飛んできているのが分かった。

 けれどもその塊はまだまだ遠くだ。存在は感知できてもスピードやどのような形かは分からない。

 

 横目でチラリと天魔を見るも、彼はまだ気付いていない様子。

 ……うーむ、前に私の感知能力がずば抜けていると言ったのは天魔だったけど、彼の気付いていない様子を見ていると、これじゃあ否定は出来ないかなぁ、と思わざるをえない。

 

 

 

「策略家じゃろ。ほれ、鬼の一件もそうじゃろう? 突然出てきて鬼と天狗の大将戦をさせたではないか」

「……あれはあれで、突然乱入して場を乱したから出来たに過ぎないよ」

 

 混乱の中で無理矢理に押し進めたのだから、それを計画と言わない。

 そもそも大将戦自体もその場で思い付いた事だしね。策略とすらも言えない。

 

 というか、そんなに天魔は私を押しあげたいの?

 私を策士とか軍師にでもしたいの? 寧ろ私そういう戦略とかは苦手だよ?

 いや、まぁ、士気を跳ね上げる術とかは能力で出来るんだけどさ。

 

「どうしてそんなに理由を付けたがるかなぁ……」

「む……まぁ、お主が理由のない行動をよくする事も分かってはおるが……如何せん裏があるような気がしてな」

「なによ? 私が天魔に家に遊びに来ちゃいけないっての?」

「そういう訳ではないのじゃが……」

 

 ……なんだろう、この痴話喧嘩。

 というか、なにこの、傍から見ると微笑ましく見えるような会話。

 

 ああ……廊下の奥で耳を澄ましている白狼天狗が居る……多分、聴かれてるだろうなぁ。

 

 

 

「そんな女の子の好意を探っちゃいけませんよ」

「なんじゃ……それ」

「天魔に逢いに来ただけなのに、どうして喧嘩みたいな状態になってるのかなって事」

「……お主」

 

 後ろへと傾いた身体を両手で支え、溜め息を吐きながらそんな事を天魔に言った。

 直後に、天魔の顔が変わる。

 

 ……なんか、やな感じの顔に。

 

 

 

「もしかして、儂を誘っとるのか?」

 

「煩悩退散!!」

「ふごぉっ!?」

 

 即座に天魔の肩に思いっ切り右手を当てる。喰らえ肩パン。

 まったく、どうしてそっちの意味で色々と捉えちゃうかなこの変態は。

 

 気分がそれなりに削がれたので、このまま寝る事にする。

 やれやれである。まったく!

 

 

 

 まぁ、最後に私の仕事っぽい事はしておく事にしよう。

 戦略を立てるのは苦手だけど、参謀役というのはちょいと興味があるね。

 

 

 

「天魔、来客が来てるよ。(北西)のちょいと(西北西)寄りから来てる」

「ッ……な、んじゃと?」

 

 あれ、予想以上にダメージを与えすぎたか。まだ悶えてら。

 いつものように適当に殴ったんだけど……まぁ、いいか。

 

「そこの廊下の奥に隠れてる白狼天狗。方角はさっき言った通りだけど、その方向から妖怪が来てる。天魔に逢いたそうだからその方角の哨戒天狗に連絡を回しなさい」

「ぃえ!? はっ、あの、えっ!?」

 

 良い感じに混乱してるねぇ。

 顔を見てないから誰かは分からないけど、声からして新しく入ってきた天魔の嫁なのかな? まぁ、どうでもいいか。

 

「あ〜、盗み聞きの罪状に対する罰則は天魔に任せるから、連絡を早くしてね」

「うっ、すみません!」

「いいからいいから。さっさと連絡回しな。乾の戌よりの方角から緊急連絡を携えた天狗が天魔に逢いに来た。警戒を解いて迎えなさい」

「了解です!」

 

 廊下をドタドタと走る音。

 そんな音を立てたら皆が起きちゃ……起きてもいいか。

 それなりに大ニュースになるだろうしねぇ。

 

 

 

 天狗達が慌てて起き始める音があちらこちらから聴こえ始めた所で、縁側から立ち障子を開けて客間へと戻る。

 まだ天魔が縁側に居るから、障子は閉めないし寝ないけどね。

 

「のぅ、詩菜」

「なに?」

「やはりお主、儂の家に来たのは用事があったからじゃろ?」

「だから無いって。今回の事はたまたまだよ」

 

 寧ろ私だってここまでご都合主義に事が起きるかねぇ、という心情なのだ。

 私が怪しまれても困る。

 

 

 

「ほらほら、私なんかに構わず行った行った!」

「む、むぅ。分かったが……一体誰が来たのじゃ?」

 

 そろそろ天魔も感付いていてもおかしくはないと思ってたんだけど……あれ?

 ……ああ、そうか。とんでもないぐらいに風を纏っているから、私が異常に感知しちゃってただけなのかな? もしかして。

 

 まぁ、いいや。彼女が私に用があるのだとしたらここに来るだろうし。

 私としては特に彼女に用はない。あるとしたら……まぁ、ちょいちょい誤解を解く事くらいかなぁ。

 

 

 

「どうやら二百年ぶりに問題児が帰って来たみたいよ? 天狗の頭領としてちゃんと向き合わないと」

「っ! ……分かった」

 

 天魔は私の言葉にハッとして、返事も聞かずに飛び去った。物分かりが良くて実に助かる。

 

 さてさて、文が帰ってきた。

 明日の朝は一体どうなってるかねぇ。ふふん。

 

 

 


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