風雲の如く   作:楠乃

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天狗騒ぎ

 

 

 

 

 文が山へと到着して見たものは、連絡を受けていない筈の自分の仲間────天狗達が整列して待っていた情景だった。

 上空を飛んでいるから分かるが、もう太陽が出始めようとしている時間だ。

 妖怪が活動を始めるような時分ではない。むしろ誰も居ない時間帯を狙って帰ってきた筈なのに、何故か同族の天狗だけが活動している。

 

 ……怪しい。

 それが彼女が帰ってきて初めに思った事だった。帰ってきたという実感よりも早く、それを感じてしまった。

 

 

 

 十中八九、彼女達は自分に用があるのだろうと考え、速度を落とし代表らしき白狼天狗の前で止まる。

 予想通り向こうから声が掛けられる。

 

「射命丸様ですね? 天魔様がお待ちです。こちらへとついてきてください」

「……大丈夫です。案内してもらわなくてもちゃんと向かうわ」

「しかし……」

 

 内容についても、彼女達が見えた時点で思い付いていた予想の一つではあった。

 自分の存在を誰かが素早く察知したのだろう。その情報を素早く天魔に渡して哨戒天狗を用意するとなると……それなりに上の地位を持っている者になる。

 

 そこまで考え、どうせ考えても無駄かと思い直し行動を再開する。

 天狗達を飛び越え、山の奥へと高速で向かう。彼女達に付き合っていると余計な人物にまで遭いそうだわ、などと考えつつ。

 

 後ろから『速い……』と呟く声が微かに聴こえた。思い返せば文が見た事のない天狗も居たような気がする。

 その声に彼女は小さく苦笑しつつ、元々の目的地である天魔の自宅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

「──射命丸(しゃめいまる)(あや)。任務から帰還致しました」

「うむ」

 

 天魔の自宅へと帰ってきた。

 この屋敷へと到着した時も、天狗達が文を待っていた。

 その顔ぶれの中には見知った顔も幾つかあった……そのどれもが自分より階級が上の者ばかりではあったが。

 やはり動いているのは上位の役人ばかり……。

 

 

 

 まぁ、そんな事は今は置いておく事にしましょう。と思考の隅で文は考える。

 

 

 

 問題は──────天魔との間にある、この何とも形容しがたい空気だ。

 

「……」

「……」

 

 実に会話がない。

 それもその筈。一応は任務という肩書きで里から出て帰ってきたのだが、実際には人間に付き合っていた為に報告するような事は何一つない。

 寧ろ、彼女としては話したくない。と言うのが本音だ。

 天魔の方も名目上は任務を与えた立場であるが故に、何かしら報告を受けなければ面目を保てないというものがあった。

 

 

 

「……それで、射命丸よ」

「はい」

「あ~……なんじゃ。今回の任務で得られたモノはあったか?」

「得られた物、ですか?」

「何と言うべきかの……そう、()の者に付き添い、何か感じ、得たモノは何かあったか?」

 

 ようやく天魔が口を開かせて、言葉として出てきたのはそんな文章だった。

 

 天魔が『任務』の内容を知っている部分は『才能のある人間に付き添う』と言った部分だけ。

 そうして任務を受けて文が山を去ったのが、二百年も前の話。

 それほど長く生きている人間など、それはもう人間ではない。

 

 天魔だってその事に気付いているだろう。

 文はそこまでその人間をやめた人間に付き従ったのか。それとも人間のまま死んでそれから百数年もの間、彼女は一体何をしていたのか。

 そこまで詳しい事を天魔は知らない。

 だからこそ、この天狗の大将はその事を訊こうとしているのではないか?

 

 そこまで素早く考え、顔には決して出さずに口を開いてどういった意図でその質問をしたのかを、天魔に気付かせないように探ろうと口を開く。

 

 

 

 そうしようとした所で、天魔から更に声が掛かる。

 

「ああ、そこまで詳しい事は話さなくても良いぞ? お主に取っても話したくない事があるじゃろうしな」

「……は、あ?」

 

「じゃから、お主が『思った事』で良い。

 何かを経験してこんな事を学んだとか、そういう事ではなく、

 今、旅の数々を全て振り返ってお主は何を思い、何を考える?

 それを儂に教えておくれ。どうだったんじゃ?」

 あっさり見抜かれた。隠したつもりだったのに。

 簡単に見抜き、笑いながらそう言ってくる天魔様にはやはり敵わないと再認識し、苦笑しながら彼女は口を開く。

 そうして出てくるのは、ようやく出て来た本音の言葉。

 

 

 

「────人間というものは、何とも儚いものですね。今回の事でよく分かったような気がします」

「……そうじゃな」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間、会話を続けていく内に太陽は完全に上がってしまった。

 山の麓の人里では人間たちが行動を開始し始める時間となり、人間と似たような生活をしている妖怪も起き始めていく。

 

「む、もうこんな時間か。お主もしばらくの間、ゆっくりと休むが良いじゃろう」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 少なくとも、この時の文の気分はそれなりに良かった。

 旅の先で起こった出来事を詳しく話す事は出来ないとは言え、胸の内にあった思いを出す事は出来たからだ。多少はスッキリとした気分ではあった。

 

 

 

 部屋を出て、数百年ぶりの我が家へと向かおうとした文に、天魔からの声が届くまでは。

 

 

 

「……そうじゃ。訊き忘れていた事があったの」

「はい、なんでしょう?」

 

「お主。儂に詩菜へと『何』を伝えさせたのじゃ?」

「……?」

 

 疑問の表情で天魔へと振り返る。質問の意味が分からない。

 いや、訊きたい事は分かる。恐らくは念押ししておいた『伝言』の事だろう。

 

 伝えて欲しいのは、昔の弟子のような関係には私はならないという事。

 貴方のように恨みあって別れてしまう、そんな間柄には絶対にならないから。

 心配して逢いに来たりとか、からかいに来たりとか、そういう事はせずに気にしないで欲しい。

 どうでもいいとか、いつものように言ってそっとしておいて欲しい。

 そういう意味を込めて伝えたつもりだ。多少はきつい言い方になったかもしれないが。

 

『来るな。私は貴女と違う。貴女と弟子の関係の様には、ならないから』

 

 まぁ、それでも彼女は来たけどね、と呆れながらも思い返し、そこで更に疑問が深まる。

 

 

 

 それならば何故、天魔様の顔は先程よりもずっと険しいのだろうか。

 

「そのままの意味です。私の元へと来ないで欲しい。放っておいてくださいという意味です」

「じゃろうな。当時伝言を受け取った際にもそのような雰囲気じゃったしの……ふん」

「……どういう事ですか? 詩菜さんも最期は私達の所に来てましたし、結局私の伝言も無視したのではないのですか?」

「……」

 

 文の言葉を聴き、天魔は何も返事を返そうとせずに目蓋を閉じた。身体の力を抜いて後ろの柱へともたれかかった。

 それと同時に彼の口から出てくる深い溜息。

 

「……なるほどな。詩菜が問題があったのは自分の方じゃとは言っておったが、そういう事じゃったのか」

「よく、分からないのですが……?」

 

 彼女に何かあった……いや、私からの伝言で、彼女に何かがあった?

 しかもその何かは、天魔が心配するような大きな事件だった?

 

 

 

「一体何があったのです?」

「……つしかけた」

「はい?」

 

 

 

「詩菜が、自殺し掛けたのじゃよ。お主の伝言を聴いた直後にの」

 

 

 

「……は……?」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 廊下を歩きながら、文は先程天魔と話していた会話の内容を思い返していた。

 

『あ奴はお主の伝言を訊いた直後に嘔吐・気絶して、そこから起きた直後に舌を噛み切って自殺したのじゃ』

 

『その自殺の所為かの。八雲との契約が切れたとかも話しておった……会話から察するに、彩目とも契約が解除されていたようじゃが』

 

 そんなまさか。彼女が自殺なんて、思い浮かべる事が出来ない。

 いや、確かに欝の時の詩菜は何かとんでもない事をやらかしそうな不安定さはあったものの、そこまで行動するとは思えなかった。

 むしろ彼女の言う『欝』なんて、行動しようにも意志が沸かずに意識が暴走しているみたいな状態じゃないの。自分を殺そうとする行動を取る意思なんて起きそうに見えないわよ。

 そもそもそんな事まで予想して伝言を残せとか言う方が無理よ。天魔様だってそこまでは言わなかったけど。

 

 最終的に愚痴も混ざりかけたような、そんな思考が頭の中をグルグルと回っていく。

 

 屋敷の廊下を進んでいくと、時たま天狗と擦れ違う。

 時には知り合いだったり、上司だったり、全く見た事がない知らない天狗だったりする。

 その中には文に声を掛けた者も居たが、それらを全て無視して彼女は奥の客間へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 そして彼女の居る客間の前へと到着した。

 ふすまへと手を伸ばした所で、動きが止まる。

 

 彼女に、私は何と声を掛ければいい?

 

 言いたい事はある。何で来るなと言ったのに、最期の時にだけ来たのか。とか。

 私の伝言で、どうしてそこまで。とか。まぁ、これは言うべき事じゃないかもしれないけど。

 あと何で武器をあんた達二人で売っていたのよ、とか。

 

 

 

「天魔に何を言われたかは知らないけど、おかえり」

「あぁ、うん……ってえ!?」

 

 そんな私の思惑なんか無視して、普通に戸を開けてくるのが彼女だ。

 

 ──という事を今、身に沁みて思い知った。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

「ああ、舌を噛み切った話? 別に、そんな気にしてないよ。色々と思い至った事はあるけど」

 

 そしてこれだ。自分が自殺しかけたというのに、そんなに気にしてないという返答だ。

 自分でやった事なのに、さも自分がやった事じゃないかのように喋る。

 

 

 

 ……正直に言えば、気味が悪い。

 自分の事ですら自分自身と扱ってないようで、まるで自身の事を『傀儡』としてしか見れていないようで──

 

 

 

「ちょっと、文? 聴いてる?」

「……あやややや」

「あの……前から思ってたんだけどさ? それ本当に口癖?」

「口癖ですよ。人聞きの悪い」

「……人聞き、悪い……?」

 

 危ない危ない、また思考を読まれる所だった。

 天狗同士で思考の読み合いならまだしも、彼女も普通に読んでくるからとんでもない。

 しかもこの人の思考は飛んでいるから読みづらい。読みにくいったらありゃしない。

 

 ……とか考えているから読まれるのだって、そういえばこの前言ってたなぁ。

 

 客間から出て縁側に座る彼女の横姿を見ながら、私は先程の言葉から会話を拾って続ける事にした。

 思考を読まれたりしないように、読む暇を与えないように。

 

「それで、思い至った事ってなんですか?」

「ん? ん〜……あんまりねぇ、ヒトに話すような事でもないんだけど、さ」

「……話したくない、と?」

「いや、そういう訳でもないんだけど……」

 

 そう言って、頭を少しばかり掻きながら苦笑いしつつ話し始めた。

 辛い話なのに話し始めて、そして結局辛くなる。

 ……これも、何処かで既視感がある光景だ。いつか見たような、風景。

 

 

 

「舌を噛み切ってからね、旅に出たんだよ。彩目と二人で」

「……もしかして」

「そう、その時に色々と武器を作ってたんだけどね。いやまぁ、それはどうでもいいんだけど」

 

 私としてはどうでもよくない事柄ですけどね。

 と突っ込みたくなったが、彼女の喋る内容を一先ず聴く事にした。

 

「で、その旅に出る原因というのが自殺というのにあってだね。私がそんな情緒不安定で彩目との縁も一時は切れていたのに、それが戻ったからすぐ元通り、って言うのが怖い。なんて娘に言われちゃってさ」

 

「………………」

 

 

 

 正直に言おう。

 ここまで彼女達に私の伝言が影響を与えていたとは思わなかった。

 もしかすると、私の一言で彼女達の関係がめちゃくちゃになっていたかもしれなかった。

 

 天魔様からも『八雲との契約が切れた』とも聴いていたけど、それはそれで繋がりが切れてもあの二人ならまた契約をどうせするだろうとも考えていた。

 

 だけど、親子の縁が一時的にとは言え切れた。なんて。

 

 そんなの、貴女が笑って私に言うことじゃないでしょ……!!

 

 

 

 

 

 

「良かったな、って思ったよ」

「……は?」

 

 良かった? なにが……?

 もう、この人の頭の中はよく分かんないのよ……!

 

 

 

 混乱していく頭の中、いつの間にか足元へと向いていた顔を何とか上げて、隣に座る詩菜の顔を見た。

 先程までと打って変わって────その顔はとても嬉しそうだった。

 

「いやさ。元は私への恨み返しだった彩目との関係も、

 今じゃ立派に親子だって言えるような間柄になったんだな、って思えてさ」

 

「例え何かがあって繋がりが切れたとしても、彩目は私の所に来てくれた。

 それが凄い嬉しかったんだ。それはどうやら紫もそうだったみたくてさ」

 

「『怖い。けれど嫌っちゃいない』ってのが一番心に響いたね。

 今まで嫌われてきた反動からか知らないけど、近付いて来ているっていう実感が、嬉しかった」

 

「……正直に言えば、あの伝言については文に感謝している事もあるんだ。

 人からは『そんな事かよ』なんて言われる内容でも、気付かせてくれた事にね」

 

 

 

「だから、ありがとう」

 

 そう言って、彼女は立ち上がって私へと礼をしてくる。

 

 ……そんな事をされるほど、私は良い行動をしていない。

 むしろ、私は彼女にあまり良くない事を思い出させて、あまつさえ自殺未遂までさせたのだ。

 幾らその行動をやった本人が自分の意志じゃなさそうに話そうとも、未遂が起きたのは事実だ。

 

「……私は、礼をされるような事はしてませんよ」

「うん、周りはそう思うだろうね。だから……」

 

 詩菜はそのまま縁側から降りて外へと歩き出す。

 彼女の歩調は何処かへと出掛けて行きそうな雰囲気なので、慌てて私も立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 刹那、殺気を感じた方向へと羽団扇をかざし、『刃物』を防御する。

 

「ッ……彩目、さんっ!?」

「待っていたぞ。文!!」

 

 

 







 イイハナシダナー
 ……で終わると思ったかい?

 そんな感じでこの小説は捻くれています。

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