風雲の如く   作:楠乃

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身内騒ぎ

 

 

 

「おらぁっ!!」

「ぐっ!?」

 

 彩目が気合の籠った雄叫びを挙げ、文の羽団扇ごと彼女を弾き飛ばした。

 

 空中で何とか姿勢を立て直し、襲い掛かって来た彼女へと叫ぶ。

 ここ、天魔様の家の近くじゃあ皆に迷惑を掛けてしまう、そう考えて更に上空へと移動する。

 

「くっ、いきなり何なのよ彩目!?」

「……何かだって? 単なる恨みだよ!!」

 

 そう言って彼女は苦無(クナイ)を弾幕として撃って来ながら私の方へと接近してくる。

 羽団扇でそれらを叩き落としたり回避したりしながら、私は飛んで彼女から離れていく。

 

 

 

 ……彼女が私に対して怒っている事は予想が付いていた事だ。

 私が詩菜を伝言によって自殺へと追い込んだ事。

 

 当の本人が、物凄く自分の事を心配してくれて嬉しかったとも言っているし、彩目が何か私に対して何も思わなかったなんて事は有り得ない。

 だから今、彼女は私へと攻撃している。

 死に追いやった私へと、恨みを込めて。

 

 

 

 ……しょうがないでしょ。私が伝えた伝言で、詩菜がそんな事になるなんて思わなかったんだもの。

 でも、確かにこの状態、恨まれて攻撃されるような要因を作ったのは私が原因。

 

 そこまで考え、飛んで来る彩目へと防御しようと動いていた羽団扇が止まりかけ──────

 

 

 

 

 

 

「はい残念─」

「なっ!?」

 

 目の前に真っ黒い何かが現れ、彩目が吸い込まれていった。

 

「し、なさん?」

「そして貴女も、テレッテッテー」

「わぶっ!?」

 

 その何かが、彼女の使うスキマだと気付いて呆然としていた所を、後ろからその本人の蹴りによって、私もその中へと引き込まれていった。

 そういえば彩目さんが攻撃してきたせいで貴女が何処に移動しようとしていたのか、すっかり忘れていたけど……。

 

 どうしてこう、貴女は色々と空気を読んでるのか読んでないのか理解し難い行動をするのよ。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 体勢を立て直す暇もなく、背中から何かに衝突してようやく吹っ飛んでいた文が止まる。

 ショックでうずくまりそうになるが、周囲の確認と攻撃をしてきたあの二人の確認や自己の体調等を確かめる方が優先すべきと、顔を上げて見渡す。

 

 どうやら周囲は開けた大地のようだ。自分が衝突したのは、その開けた大地を囲むように生えていた大木だった。

 そして見渡す限りでは、彩目や詩菜の姿はない。

 

 大木にぶつかった際の衝撃もしばらく見回している間に治まってきた。

 手に持っていた羽団扇も吹き飛ばされてない。骨折した様子もないし怪我もそれほどない。

 

 動いても大丈夫、ね。

 そう結論づけて、とりあえず上空に出ようとフワリと浮いた所で、

 

 

 

 高速でこちらへと動く物体、それによって動く風を感知した。

 

「っ!!」

 

 前方上空へと転がるように飛び、後ろへと向いた時に相手の姿を確認する。

 確認しつつも体勢を動かし、相手に背中を見せないように更に回転しつつ、予想通りの相手へと声を掛ける。

 

「彩目、さんっ!」

「逃しはしない!!」

 

 文が回避行動を起こさなければ真っ二つにされていただろう位置に、彩目の創り出した刀が地面へと突き刺さっている。

 

 ……本当に殺す気なのね。

 そうとしか思えないような、攻撃の仕方だった。

 

 土に突き刺さった刀を捨てて、新たに刃物を創りだして彩目が再度突進してくる。

 棒の先に刀身が付いた薙刀のような武器を両手に持ち、自身の速度を乗せて素早く振ってくる。

 横薙ぎ、回転して逆袈裟斬り、上段からの振り下ろしに(フェイント)を加えた突き攻撃。

 どれもが、急所を狙ったものばかり。

 

 

 

「ッ……申し訳ないとは、思ってますっ」

「命乞いか?」

 

 攻撃を避けつつ、彩目へと声を掛けるも返ってくるのは辛辣な言葉。

 ……それも、当然よね。

 そう思いつつ彼女に言葉を返す。

 

 

 

 脳裏に掠めていた考え事は、先程の自分が防御を止めた瞬間に助けに来た、彼女の行動。

 

 

 

「命乞いですよ。私だってまだ死にたくはありませんッ!」

「ほお! ここに飛ばされる直前に諦めかけた奴がよく言う!!」

 

 やっぱり気付かれてたか……まぁ、当然かしら。

 

 足を狙った薙ぎ払いを上空へと一気に飛ぶ事で回避する。その上昇中に弾幕を生成して彩目へと撃っていく。

 これが彩目から攻撃され始めてから、文が取った初めての攻撃だった。

 先程までずっと防御をし続け、スキマを通ってからは回避しかしていない彼女からの初めての攻撃に、彩目も少しばかり慌てつつも回避し斬って打ち消していく。

 

 飛んで来る苦無は風で軌道を逸らし、逸らせる事が出来ないほどの大きな刃物は竜巻や羽団扇を使って弾いたり消し飛ばしていく。

 接近戦には持ち込ませない。この親子は近付かせたら一気に強くなる。

 

 

 

 さて、どうしましょうか。

 

 この親子は身内に関しては思い入れが特に強い。本当、流石は母娘って程に。

 親しい間柄の人には無防備になるし、関係性を守ろうとするのなら相手に攻撃してまでも守ろうとする。

 その二人が、どうしてこういう行動をしているのか。

 

 ……いえ、恐らく二人の行動は示し合わせた物ではないわね。

 とすると今攻撃をしてきている彼女の行動は……。

 詩菜の行動の理由もあるいは……?

 

 

 

 ふふふ、何となく読めてきたわよ。

 

 

 

「ッ……何を笑っている!!」

「あややや、これは失礼。色々と思考を巡らしていまして」

 

 そう、この感覚よ。

 相手の思考を先読みして何十手も先を越す、相手よりも早く先へと追い越すこの感覚。

 別にこれは貴女だけの特殊技能って訳じゃないのよ!

 

 

 

「先に、ちゃんと謝っておきます。彩目さん、貴女の母親を死に追いやったのは確かに私の伝言が原因です。申し訳ございません」

「っ、今更なにを!」

「確かにそうですね。話を訊いた所によると、武具を売っていた頃よりも前の話のようでしたから」

 

 普通に計算してみれば、もう一九〇年もの歳月が経っている。

 既に昔の事だと言えばその通りなのかもしれないが、目の前に居る彼女は未だにその時の事を褪せさせる事無く覚えていて、私へとぶつけてきている。

 

 そういえば、この母娘も出逢いは憎しみから始まったという話じゃなかったかしら?

 もしそうだとするならば、何百年も憎しみを持ち続ける事は彼女にとって、それほど苦じゃなかったのかもしれないわね……。

 ……いけない。これは今考えても無駄な事。

 

 

 

 そんな思考を現す事なく、彩目からの攻撃を避けていく。

 対話が繋がる度に彼女の撃つ苦無の数は増していき、どんどん弾幕とも言えるほどの量となっていく。

 

「それを今になってッ……」

「言い訳をするならば、私にとって『あの伝言』はそれほどの意味を持つものだとは知らなかったという事。それと、」

 

 詩菜さんからの、あの感謝の言葉があったから、ですかね。

 まぁ、それは言葉に出さず、思うだけに留めておく事にしましょう。

 

 

 

 続きを言わずに口を閉じ、その唇の端が笑みの形へと上がっていく。

 彩目は彼女のその笑みを見て、思わず鳥肌が立った。

 

 何か、マズイ。

 

 

 

 そう感じた直後に、文の身体から一気に風が巻き上がるのが見えた。それと同時に、前逢った時とは桁が違う妖力も沸き上がっている。

 

「ッ!?」

 

 直後に少しだけ文の羽団扇を握る腕に力が入ったのを見て、即座に左へと飛ぶ。

 

 予感は当たり、一気に上へと振り上げられた羽団扇から猛烈な暴風が生まれ、先程まで彩目が居た場所をすべてを吹き飛ばすような風が通り過ぎていく。

 そしてそのまま後ろにあった林を薙ぎ払っていった。

 

 明らかに、先程までの彼女とは何かが違う。

 後ろへと思わず振り返り、彼女の起こす竜巻の惨状を見てしまう。

 

「な……っ」

「……チッ、外しましたか」

 

 その声に、顔を真正面に向けて彼女を睨む。

 だがその彼女、文の方は言葉ではそう言いつつも、顔はまだ笑っていた……好戦的な笑みではあるが。

 

 彩目の顔へとその笑みを見せつつ、彼女は周囲を更に警戒していた。

 なにも敵は『一人(彩目だけ)』という訳ではない。

 

 

 

「まったく、貴女方はいつも私を振り回す」

「っそれに私は関係ないだろ! 私じゃなくて母親殿だろう!? なぜ私も入れる!」

「どうでしょうかねぇ。彩目さんにも関係がある時はいつも親子二人だったような気がしますけど?」

 

 文の言葉に言い返すと共に、創り出した大剣をいくつか投げてる。

 くるくると回転しながら飛んでいくその刃物の間を埋めるように苦無を投げるも、お得意の緩急を付けた動きですり抜け、羽団扇で苦無を打ち落としていく。

 

 潜り抜けた所を目指して進んで刀を振り下ろそうとするも、自らに風を纏って弾幕を弾き飛ばし、彩目から逃げるように突進してしまう。

 

「まぁ、別にいいんですよ。既に貴女達の考えや思惑に振り回されるのもいつもの事ですし、その事を面白いと考えている私も居ますからね。楽しんでいると言い換えても良い」

「だから、それがどうした!!」

 

 左手を上へ掲げながら飛び回る彩目。その手が通った後にはこれまた刀が空中で固定されたように浮かんでおり、バラバラのタイミングでそれらが文へと飛んでいく。

 その刀の柄頭にはこれまた鎖のようなものがついており、その先にはこれまた巨大な鎌が付いている。途中で鎌や鎖がぶつかっては更に複雑な軌道を描いて文へと飛んできている。

 二段構えの攻撃の最中にも彩目は苦無を連射してきており、周囲から見ればまさに猛攻という様子だった。

 

 しかし、その隙間があるとすら思えないような中を、天狗は飛び回っている。

 全くの無傷とは言えないが、弾幕の中を直撃せずにギリギリで避けきっていた。

 

 そんな中でも────本人も避ける事にかなり力を注いでいる中でも、彼女へと届けさせる為の声はあえて平静だと聴こえるように喋る。

 

「ですけどね、そろそろ私も振り回される側というのも飽きてきたのです」

「くっ……!」

 

 もはや彩目には声を返す余裕もない。たまに急激なカーブを描いて飛んでくる文の弾幕にも注意を払いつつ、それほどまでに彼女は本気で攻撃をしていた。

 

 意識的には、本気で攻撃していた。

 

 

 

「そろそろ茶番は終わりにしませんか?」

「誰がっ、茶番だ!!」

 

 しかし『茶番だ』と言う文の声には我慢できず、用意していた刃物を即座にすべて撃ち出し、その後を追い掛けるように文へと飛んで来る。それを見た文が竜巻や旋風などを撃つも、どれもこれも回避していく。

 

 飛んでいる間に彩目が両手の中で創り出したのは、青白い炎に包まれた刀。

 

 大きく振り被り、乱暴に振り下ろす。

 それだけで、ちょっとした巨木ほどの衝撃波が文へと飛んでいく。

 

 地面を削り、自分が撃った刃物類すらも弾き飛ばし、すべてを巻き込みつつ文の元へと襲い掛かる青白い衝撃波。

 それを見た文の顔には当然驚きの表情が浮かんでいる。

 

 だが表情の切り換わりよりも早く、天狗の思考能力は物事を考えていく。

 

 

 

「茶番は貴女に言った言葉ではない! そこ!!」

 

 一気にトップスピードになり、彩目の放った衝撃波をギリギリで掠めて、彩目の方へと飛ぶ。

 身体には圧縮されたように風が吹き荒れており、その風が先程の青白い斬撃をも削り取るほどの威力があった事を、彼女の後ろにある歪な形の衝撃波が語っている。

 

 

 

 咄嗟の事で行動出来ない彩目を────

 

 

 

 ────何もせずに横を通り過ぎ、

 

 

 

 飛んでいる間に腰へと添えて妖力を溜めていた羽団扇を、奥の林の方へと風と共に思い切り振る。

 

 その技によって、地面から遙か上空まで届くほどの大きな竜巻が射出された。

 自身の動きによるスピードも加わったそれは、色々なものを巻き込みつつ、林へと動いていく。

 

 木々が地面を離れて巻き込まれていく中、障害物が吹き飛ぶ事で視界が開けた森の奥に、

 

 大木の枝の上で幹を掴みながら、こちらを見ていた詩菜が居た。

 

 

 

「何でもかんでも思惑通りになるとは思わない事よっ、詩菜!!」

 

 その宣言と同時に振り上げていた羽団扇を彼女へと思い切り振り下ろす。

 それだけで竜巻は推進力を一気に得たかのように詩菜へと動いていく。

 

「……な〜んで私が悪役みたいな位置になってるんだろうかな〜……まぁ、いいか」

 

 

 

 それを見て、困ったような声で喋り、

 それでも、その顔は笑っている。

 

 身体を幹で支えている右腕とは逆の左腕を後ろの腰に回し、帯から扇子を抜くと同時に開いて竜巻へと風を送る。

 そこから鋭く圧縮された風の刃が文の竜巻に穴を開けて彼女の技を破る。

 

 竜巻が霧散し、更に開けた大地でまた勝負が始まる。

 

「来なよ。また存分に振り回してあげる」

「今度は負けないわよ。存分に掛かってきなさい!」

 

 

 







 月イチ更新になりかけてるなぁ……。
 いかんいかん、なんとかしなければ。

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