だいぶ投稿遅れました。すみません……。
しかしもうすぐ話と話がつながりますので、一ヶ月に一話のペースは改善できると……思います。はい。多分……。
地面に尻餅をついている私の目の前で、詩菜は悠々と勇儀さんの拳を受け止めていた。
空中で振り被り、更に彼女の体重も加わった筈のその拳は通常よりも重い筈なのに、詩菜が受け止めてからはその動きが完全に殺されたように見える程に、勇儀さんの行動は止まっている。
いや、受け止めた直後は完全に殺していたのかもしれないけど、更にその後から発生した力は、詩菜の能力上は受け止められていない筈。
現に空中から地面へと降りつつも勇儀さんは拳に力を入れっぱなしだし、詩菜も受け止めた直後は力を止めてみせたけれど、今はズリズリと押されつつある。
彼女は『力の長期押し合い』だったら負けてしまう。『力の超短期押し合い』なら敵無しかもしれないけど。
「興味が湧いたから戦ってみようって話なんでしょ? それならもうちょっと事前に話しておくとか、そういう事はないの?」
「それじゃあ準備されちまうだろう? 素の状態での全力ってのがソイツの実力ってもんだろ」
「まぁ、それについては賛成だけどさぁ……」
そんな風に、日頃の日常会話でもしているかのようなお気楽な口調で話している二人。
けれども詩菜は先程よりも確実に押されているし、始めは片手で防いでいた勇儀さんの拳を、今では両手で抑えている。
このままじゃ確実に彼女は吹き飛ばされる!
地べたにへたり込んだままで、私こそ何をしてるのよ!
腰を上げて、土を払う間もなく勇儀さんと詩菜の元へと突っ込む。
手にある羽団扇を振って、詩菜を助けようとして、
「おんやぁ、たかだか烏天狗風情が師匠を助ける為に上司に攻撃をするかい?」
後ろから、今度は萃香さんの声が聴こえた。
彼女に声を掛けられるまで移動や存在に気付かなかったのは仕方ないと思いましょう。彼女は自身に能力を掛けて疎に出来ますから。
でも、彼女の声で私の身体が止まったのは確かな事。
「ッ!」
久しく忘れていた事。
天狗と鬼では、地位的に鬼の方が勝っており、
その上下関係は滅多な事では揺るがない。
二人の元へと向かっていた身体は急激に止まり、身体中から汗が流れ始めている。
忘れていたその道理が私へとのしかかってくる。
止まった私を傍目に、勇儀さんはどんどん詩菜を圧していく。
それを見ている私の横では、萃香さんがただいたずらをしているかのように……悪い言い方をすれば誰かを嘲笑うかのような笑みで、そんな二人の様子を見ている。
思うように動けず、棒立ちのまま思考すらも止まっていた私に声が掛かる。
それと同時に萃香さんに襲い掛かる、一つの刀。
「文!!」
「ッ、彩目!?」
「おや、あんたも戦いたくなったかい?」
彼女、彩目の作った刃物は、彼女が手に持って戦っている限り、いつも能力によって『更新』されている。
その為に常時刃物は研ぎ澄まされたようになっていて、切れ味はいつも素晴らしいと詩菜から聴いた事がある。
そんな彩目の大太刀を、萃香さんは何の躊躇いもなく右手の手錠で受け止めた。
斬り裂かれて壊れるとか、
生身の部分で受け止めたらとか、そういう事を一切考えていないかのように、
そんな事はありえないと初めから思っているかのように、当然の事のように受け止め、
そして事実、その手錠は彩目の斬撃に対して完全に耐えている。
身長差で言えば二倍も差があろうかというのに、彼女は勇儀さんよりも大きいのに、完全に攻撃を受け止めて、二人が競り合っている。
やはり鬼は強いですね……敵わない。
そんな事をぼんやりと考えて、
「文! しっかりしろ! 今この鬼達は上下関係なんて気にしてない!」
彩目のその台詞で一気に頭が覚醒した。
……そうよ。萃香さんが『上司に攻撃をするのか?』なんて言っていたけど、始めに攻撃してきたのは向こうからだし、戦いを始めようとしていたのも向こうからじゃないの。
勇儀さんも始めに言っていた事もある。『楽しみだよ』と。
鬼達は何が楽しみでここに来たの? それも私が初めに答えを出していた事。
二人は『戦いを求めて』ここに来たのよ。
私が詩菜の弟子だったから。彩目が彼女の娘という立場だったから。その親である詩菜は彼女達鬼を一度だけでも倒した者だから。
天魔様に言われてという仮初めの命令ではあったけど、二百年も山から旅立っていて諸国を巡って様々な人と触れ合い、人間同士の戦争というのを見てきた。
天狗の中なら空を飛ぶ速度は誰にだって負けないという自負がある。風を操る術も同じくだ。
期待を裏切って欲しくないのは誰? そしてこの茶番を仕組んだのは誰? その誰かが今一番望んでいる事は何?
そこまでを一瞬で考えると、もう身体にのしかかっていた重荷はもう無かった。
「まだまだ力が足りないねっ!」
「ぐっ!?」
萃香さんが腕を振り払い、彩目を吹き飛ばす。
あの身体からは想像出来ない程の膂力で彩目の刀が弾き飛ばされ、彼女の身体が無防備になる。
そんな隙を鬼が見逃す訳もなく、振り払った手とは逆の左腕を振り回して、その先に付いている黄色の球体が彩目に振るわれる。
それを今度は私が羽団扇を使って弾く。
全力で真っ向から打ち合えば当然吹き飛ばされてしまうけれど、方向を変えるぐらいなら出来る!
腕力で鬼に勝とうだなんて、馬鹿みたいな考えだけれども、少なくとも真っ向勝負じゃない限りは私だって競り合える!
「お? どうした烏天狗。歯向かうのかい?」
「歯向かうも何も、私は友人を守っただけに過ぎませんよ」
「……へえ。じゃあどうしてその羽団扇を私に向けたままなの?」
分かりきっている癖に。
『それ』を望んでいるのはそちら側でしょうに。
「いいですよ。あなた方が見たがっている私の力。見せてあげます!!」
敵わなければ、申し訳ありませんと言うしか他にないのですけれどね。
そう叫び、鬼に向かって羽団扇を振るう。それだけで強い風が辺りへと流れていく。
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文がやる気になってくれたのは嬉しい事実ではあるけども、どちらかと言うとこっちの手伝いをして欲しいなぁ……。
そんな情けない事を考えつつ、勇儀との押し合いに全力を出している私、詩菜であった。
「どうやらやる気になってくれたようだねえ。嬉しいよ」
「それならもうちょっと私に対しても手加減とかしてくれないかなぁ?」
そんな事を言いつつも、地面に跡を残しつつ下がっていく私はとうとう大木の根元まで圧されてしまい、勇儀の拳でメシメシと押し潰されかけている。
両手を拳と身体の間に挟んで何とか留めようとはしているけども、単純な圧力では私の能力ではどうしようもないために、筋肉やら骨やらが悲鳴を挙げている音が聴こえる。
「単純なぶつかり合いだとあたしが負けちまうじゃないか」
「勝つ為には手段を選ばないって訳?」
そう皮肉を返した瞬間に背後の大木に身体がめり込み、両手の指の骨が逝った。
やれやれ、こんな冗談すら通じないとは。
「ああ……確かにその通りだけどアンタに言われると腹が立つねえ」
「鬼なら誰に言われても腹が立つだろうに……」
ボソッと返した所で肋骨の骨もメキリと音がした。
いかんいかん。これはヤバイ。どうも皮肉屋になってるな私。
身体と勇儀の圧力だけで宙に浮いている私。
そんな宙ぶらりんの右脚を動かして、思い切り樹に叩き付ける。
「ッッ!?」
衝撃を最大限にまで高める事で威力がありえないほどになり、蹴った部分を中心に大きな空洞が出来た。
その大きく空いてしまった穴には私が押し付けられていた部分も破壊されており、それによって勇儀から掛けられていた圧力も一時なくなった。
しかし、空中にいる私は行動する事がほぼ出来ない。私はここに居る妖怪達のように飛べたりは出来ないし、衝撃を何かに与えなければ跳ぶ事も出来ない。
周囲には足場となるような物もなくて、おが屑ぐらいしか私の周りにはない。地面までも先程の衝撃で消し飛んだので落下するまでにも時間が掛かる。
あと数秒。地面に付くまでの時間までに勇儀が何もしないとは到底考えにくい。
「逃さないよ!!」
落ちていく私へと、勇儀が叫んで拳を振るう。
けれども彼女は私の元へと飛ばずに、その位置で腕は私がいる方向へと振っただけ。
彼女の拳が届く範囲に私は居ないんだけど……?
とか、そんな事を考えている私に、勇儀の振るった腕から力が集まり、物体となったものが襲い掛かって来た。
今までに何度も見た事がある物だけど、あの勇儀が使うシーンというのは見た事がない。
中心に力が集まっているのか白く光っており、それらを抑えているのかその周りに張ってある薄い膜。
そのような物が、勇儀が何度も振る腕から大量に、私へと飛んで来ている。
「弾幕!?」
「萃香からアンタの弱点は聴いてたんだよ!!」
当然避ける事が出来ない私は、勇儀のその弾幕に対して防御という手段を取るしか無い。しかも弾幕という物理以外の攻撃ではろくに弾けも出来やしない。
根本的に私は避ける事に特化し過ぎた紙装甲なんだっての!!
「ぐっッ!」
「させるか!!」
それでも、一度だけでも弾に触れてしまえば、こちらのものではある。
触れて破裂した弾からの衝撃を操ってしまえば、この宙に浮いている状態からは逃げられるし、弾幕の中から脱出する事も出来る。
けれどもそう簡単にさせてはくれないのがこの鬼、星熊勇儀さんだ。
私が恐らく逃げる方向へとレーザーらしき物体は飛ばし、逃げ場所をなくすという頭脳プレイらしきものまで使ってきた。
周囲はレーザーと大玉で囲まれている。目の前にある大玉の衝撃で逃げようとする頃には、包囲は完全なものとなっているだろう。
どんだけアンタ私に勝ちたいのよと思う反面、アンタこの時代にレーザーらしきものを飛ばすって時代錯誤にも程があるでしょうがと叫びたい半分。
まぁ、つまりはむちゃくちゃ驚いている私がそこにはいた。
けれども私を驚かそうとするにはまだまだだ。能力的な意味も含めて、ね!
「そ、りゃっ!!」
目の前へと迫っていた、勇儀が最初に飛ばした弾幕へと伸ばしていた腕を引っ込め、
『その弾幕を斬り裂くように飛んできた刀』の峰の部分を叩いて、真上へと跳ね上がる。
その際に刀を勇儀の所へと弾き飛ばすのも忘れない。まぁ、私が上へと跳ぶ衝撃を優先的に操ったから、速度も出ないだろうし避けられるだろうとは思うけど。
「なっ!? ッッ!!」
「もういっちょ!!」
予想通りに刀は避けられたけれども、もう安全圏へと来る事が出来た。
私が跳ね上がった場所は、そこは『木々の幹』だ。
何故そこにと思うかもしれないが、元々私が衝撃によって壊したのは木々の根元部分だけだ。そこから地面も巻き込んで色々と吹き飛ばしたのだから。上に吹き飛べば木々の枝があるのは至極当然の事。
幹を今度は平手で叩く。その際の衝撃を加工して真上へと跳ね上がる。それを繰り返して樹を登って枝へと辿り着く。
まぁ……この樹はもう根っこが完全にやられてしまい、治す事も出来ずに腐っていくだけだろう。それだけ根っこがやられていても、まだ自立出来る程の逞しい樹だ。素晴らしい。
「いやはや、まさに妖怪の山ならではの素晴らしい生命力の樹だこと」
そんな呑気な感想を言いつつ、枝へ登って幹に手を添えながら身体を支えて下を見てみる。
勇儀は宙を飛んでこちらへと来ている。萃香は彩目と文と戦っている。
念話が一瞬で会話を終える事が出来るもので本当に良かった。そうでなかったら勇儀が警戒していない彩目の方から刀が飛んでくるなんて、誰も予想出来ないタイミングで実行出来るからね。
いや〜、さっきまでの文との喧嘩も忘れて、こちらの頼みを瞬時に理解して実行してくれる辺り、本当に素晴らしい娘だこと。私にはもったいないねぇ。はははは。
「……ちょこまかと逃げやがって」
「言っておくけど、あのままじゃ私は圧殺されてたよ?」
「嘘だね。樹に足をぶつけて衝撃を得なくても、あたしに直接ぶつける事で衝撃を得る方法も逢った筈だ」
おや、そんな所まで見抜かれるなんて。
確かに勇儀に直接衝撃を与えて脱出する方法もあったのは事実だ。それどころか彼女に致命的なダメージを与えて、勇儀だけこの場から引かせる事も一応は出来た。まぁ、一発じゃあ引かせる事は出来ないと思うけどね。
けれども、そんな事はしない。
「アンタはいつまで逃げ続けるんだ?」
「……私はいつまでも逃げ続けるよ? そんな事、昔から続けている事だし、今更ァッと!」
「あたしはアンタのそこが一番嫌いだよ!!」
私が喋っている途中で、勇儀は躊躇なくレーザーを撃って来た。
慌てて身体を回転させて軸を狙った熱線を避ける。それに伴って枝から足を踏み外し、樹の幹に沿って落ちていく。
当然、私は自分が落ちる事も作戦の中。
勇儀が私を追い掛けて空を飛び回り、弾幕を撃ちまくる事も予想の内。
ハッハッハ、甘い甘い♪
「今度こそアンタのその部分を叩き直してやる!!」