「………………私、は……」
私は今、何をしようとしていた?
「詩菜……?」
誰かが私の名前を呟いたかもしれない。
そんな事すらもうまく考えられずに、頭の中は非常にゆっくりと回転している。
私は、今から何を起こそうとしていた?
私は、今から何を壊そうとしていた?
衝撃を一点に集め、圧縮し、封をして更に威力を高めて、
それを解き放つ事で、私は何をこの地にもたらそうとしていた?
今日、朝に文に語った事は何なんだよ。
良かったって? 近くなった関係に嬉しいと感じたんだっけ?
それを、わざわざ何故語った直後の自分が、何でぶち壊そうとしているんだよ。
馬鹿じゃねぇの? 何したいんだよ。
「ぁ、ぅっ……」
無意識にうめき声を出してしまい、その事を意識した瞬間に一気に思考が動き出す。
気分が高揚していたからって、何もあれほど勇儀を挑発しなくても良かったのに。
どれだけ気分が昂ったり落ち込んだりしても、どの意見も私の意見に変わりはないけど、それを含めて勇儀に説明する事だって出来ただろうに。
さっきまで文と彩目を仲直りさせるためのやり方だって、まだ他にやり方もあっただろうって言った勇儀にだって、私もそう思ったってちゃんと返してやれば良かったんだ。
それを私は、自分が決めた事だから押し通すとか良く分からない意地を張って。
本当に、自分で何がしたいんだ。
自分で良かったと思えた事を守ろうとして、良かったと思えるように出来たであろう眼の前の事を無茶苦茶にしてどうするんだ。
私は本当に、どうしようもない。
どうにも、救いようがない、阿呆だ。
上にかざしている右手を、そのまま振り下ろして、
何もかも放り出して叫びたい。逃げ出したい。
けれども、それをしてしまえば今度は本当にすべてが終わる。
「……ッ、はぁ……」
張り詰めていた呼吸を何とか平生状態に戻そうと深く息を吐き、身体中の力を抜く。
そのまま崩れ落ちて、手の中にある珠をそのまま落としてしまいそうになるけど、そこまでは力を抜かずに適度に落ち着く。
今回の事は100%、私の落ち度の所為なんだから。最後まで責任を持つべきだ。
目の前にスキマを開く。
大きさはそれほど大きくもなく、拳が一つ入るか入らないかぐらいの大きさの入り口を開き、その中へあの『珠』を入れる。
スキマを開いた事で目の前の五人、いや、四人か。
彩目、勇儀、萃香、文が身構えたのが見えた。それだけで更に苦しくなる。
その彼女達の上で飛んでいる天魔は、まだ状況について気付いておらずにまだ分かってない顔をしているけど、現状について詳しく知ってしまったら……きっと私に幻滅するだろうな。
まぁ……それも私がやらかした事の一つだろう。
開いたスキマの上に右手を動かし、開いて珠を落とす。
スキマの先は何処にも通じていない。この先ずっと異次元に封印するつもりだ。
……あれの使い道はその内、紫が見つけてくれるだろう。私はもう金輪際ああいうのに触れないし、創らない方が良いんだから。
完全にスキマ内に落ち、入り口を閉めて封印した所で、今度こそ全身の力を抜く。
そのまま抜きすぎて、樹のてっぺんで座り込んでしまったけど……まぁ、どうでもいい。
もうこちらには攻撃の意思はないし、何もかも受け入れてやろうじゃないか。
「……参った。参ったって言うか、やり過ぎた。ごめんなさい」
諸手を挙げて、降参だ。そんなふざけた真似はしないけど。
そう言った、そんな私に彩目が近付いて来た。
「やり過ぎた。ごめんなさい」
そう言う母親殿、詩菜の眼は先程よりもずっと落ち着いていて、紅く染まっていた瞳は黒に近付いた色に戻っていた。
彼女の顔に後悔の色が出ていて、それを見てホッとしたのも本音だが、そんな事を考えている場合ではないだろうと思い直して母親殿の元へと飛ぶ。
手に持った刃物は消さず。言い方は悪いが、警戒は十全にしつつ、詩菜の所へ。
向かってくる私に対して、母親殿は辛い顔をするも決して視線は外そうとしない。
胡座をかいて両手は足の上で組んで、見た感じでは不遜な雰囲気を受けるけれど……、
「……」
「詩菜」
「……私が悪かったよ」
しおらしくしている母親殿は、何と言うかいつもとは全く異なる反応を私に見せてくる。
欝状態の詩菜でもなく、平常時の詩菜でもなく、躁状態の詩菜でもない、母親殿。そんな風に謝ってくる彼女は、私が知る母親殿ではないとすら思ってしまう。
けれどもやはり先程の荒れようを考えると……どうも受け入れがたいと感じてしまう。
「勇儀の言う通りだよ。趣旨がズレてたんだ。どうも暴走癖が付いてしまっている」
「……」
「何が、良かったんだか……直ってないのは私の方じゃないか」
彼女はそう言って両手で目元を抑え、深々を溜め息を吐いた。
▼▼▼▼▼▼
それからは何事も無く、事態の収拾へと全員が動き出した。
紫の手によって動かされた天魔を見付けようと天狗達が動き出し、結果的に破壊の痕を山の妖怪全体で直す事になったので目に見える傷跡はそれほど残っては居ない。
けれども現場に居た、私と五人。
文、彩目、勇儀、萃香、天魔。
それぞれの間に微妙な間が出来たのは、誰が見ても分かってしまっていた。
「どうしたもんかね……」
「……どうも出来ぬじゃろ。何か起こらぬ限り」
あの場で何をやったのか、何を起こしたのか。
そういうのも含めて冷静になって振り返れるほどの時間が過ぎた。まぁ、具体的に言うと数週間なんだけど。
私と天魔は、今のようにあの事で会話を交わすぐらいにはなっている。
私の醜態を見てないというのが、大きいとは思うけどね。
彩目と文は以前と変わりないように見える。天魔と彩目、文と天魔も変わってない様子だ。
結果的に私が行った仲直りをさせるための行動は、上手く行ったみたいだ。
……全くもって笑えないけれど。
私と彩目は……まぁ、正直に言うとそれほど会話がない。
共に生活しているし、何かがあれば助け合っているけども何処かぎこちない。まるで文が居ない時に自殺し掛けた時のような間柄に戻ってしまった感じだ。
文と私はそれほど変わりない。初めの方は私が遠慮してしまっていた感じだったけれども、向こうからのアプローチ──というか押し売り業者のような怒涛の会話──があったからこそ、何となく元に戻れたように思う。
鬼達と私に関しては全く接点がない。今の所では彼女達を見掛けた事もない。
向こうから避けているとは考えにくいんだけど……何か起きたか、それともそれほど嫌われたか。
「最近勇儀や萃香を見てないけど……そういう事かね?」
「儂は仕事上それなりに顔を合わすが……」
「……そういう事だった、か」
まぁ……仕方ないと言えば、仕方ない。
けれども悔しいとは思う。悔しいというよりかは悲しい、かな。
私は壁に寄り掛かって、天魔は机の上にある書類に向かっている。そんな事をしながら会話そのものを疎かにしていない辺りが主人公らしいスペックだなとか思いつつ、腕を組んで少し溜め息を吐く。
もうそろそろ紫達の一大プロジェクトがあるから、今の状況を早めに何とかしないといけないと思うんだけど……。
「やれやれ、どうしたものかねぇ……」
「まずは話すしかないのでは?」
「……それで彩目はどうにか出来たとして、鬼には逢えてすらないんだよ?」
「お主の得意な不意打ちでもすれば良いではないか」
「相変わらず私の評価が何処かおかしくない?」
「人の振り見て」
「我が振り直せ……ね」
そう言って人のを見て簡単に癖を直す事が出来るのならば誰しもが後悔しないよね、とは思うものの、そんな事を言う資格は私には無いかなぁ、と思わなくもない。
なあなあで全てが流せればねぇ……大江山、鬼退治とか式神の時は流せれた感じなんだけどねぇ。
……ま、ここでうじうじ話し合っているだけじゃ、解決しないか。
ここで留まって鬼達を待つっていう方法もあるけど、恐らく向こうも察して此処には来ないと思うし。
待っていても意味はないだろう。勘だけど。
「それじゃあ帰るよ。彩目とは取り敢えず日頃の会話を目指してグダグダと話してみる」
「やる気が一切感じられないのじゃが……」
「それはないよ。そう見せてるだけさ」
「……そうか」
無駄に天魔を煙に巻きつつ、自宅へと帰る事にする。
もうそろそろ忙しくなるからなぁ……色々と準備せにゃ。