風雲の如く   作:楠乃

98 / 267
幻想郷

 

 

 

 遂に、《幻想郷》が出来る。

 

 妖怪の山、人里、霧の湖、太陽の畑など、それなりの範囲を含む大結界を張り、外の世界と幻想郷を分けるそうだ。

 その名も、《博麗大結界》

 紫の考えてる事は予想はつくけど……恐らく幻想郷は妖怪の避難所のような形にしようとしているのだろう。

 『私』が居た現代、二十一世紀は妖怪なんぞ信じられておらず、そういった神様も信仰が足りず、どんどん消え失せてしまう。だからそういったヒト、モノ、それらの避難所とするのかも知れない。

 

 とは言え、あくまで今言った事は私の予想なんだけどね。

 あの天才の考えを理解するには、私のような狂人の脳みそじゃあ足りんよ。

 

 

 

 何はともあれ、八雲紫の妖怪達を守る一大プロジェクトである。

 私がやるべき事は沢山ある。

 

 

 

 やる事は沢山ある。

 だが……今は、それは特に問題じゃあない。問題なのは私の個人的な事柄の方だ。

 

 

 

「……で、何でまた私を呼び出したりしたんだ? 別に同じ家に住む同士、毎日顔を合わしている訳だから今更こんな風に呼び出すってのは……」

「ちょいとね。私なりに決着的なものをつけようと思ってさ? 話があるんだ」

「そうか……分かった」

 

 既に彩目だけではなく、私が『この事』を話している人物も居る。

 居間に正座している私に、私の言う事に何か思う事があったのか────いや、思ってくれないと寧ろ困る訳だけど、彩目はきっちり私の向かいの席に、正座で座ってくれた。

 身長差という不倶戴天の敵が、私を彩目へと見上げさせる事になるのだが……まぁ、今はそれを置いておく。置いておこう。

 実にどうでもいい事だ。

 

 それに彩目を呼び出したのも、どうでもいい理由ではない、ちゃんと理由があるのだから。

 

「私、旅に出ようかと思ってます。つーか出ます」

「………………。……はい?」

 

 まぁ、ちゃんとした理由であっても、実行する事柄そのものは茶化すような事柄かもしれないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────さぁ、始めるわよ」

 

 紫、藍、そして私と、人間を守る人間側の使者とやらが神社に立っている。

 この神社が結界の基点となり、幻想郷を包む大結界を発生させるのだとか。

 やっぱ紫はとんでもない力の持ち主だとつくづく思った。うん。

 

 さてさて、この神社に住む博麗とやらが人間を守るそうなのだが、出来るのかね?

 いや、まぁ、この霊力の量だけみたら、誰だって逃げ出すかも知れないけど、と思う。

 実際に彼女が戦った所を見た事がないものだから、霊力だけがあって実際に運用出来なかった諏訪子の所の巫女さんを思い出すんだよねぇ……まぁ、もう千年以上も前の話だけど。

 話すって間柄でもないし、遠くから見るだけなんだけど何となく彼女から睨まれているというか、嫌われているというか……。

 どうしてこう仲間内には嫌われている体質なのかねぇ私……いやまぁ、私の行いがほとんどの原因なんだろうけど。

 

 

 

 まぁ、そんな事を考えたのもいつしか大分前の事。数時間前の事なんてどうでもいいのである。

 その博麗の巫女が神社の前で舞を踊り、紫は鳥居の上で印を結んでいる。

 藍は結界の外側、真後ろにある階段から、幻想郷の完成を妨害しようとしている者共を撃退中。

 私は結界の内側で、藍が逃した攻撃を防いでいる。

 

 とは言え、藍が優秀なお陰で私の仕事はそれほどない。

 弓矢とか物理的な物なら暴風で曲げるし、術式とかならそのまま神様の力で弾くだけ。

 いつもなら避けに徹している攻撃であろうとも、この時ばかりは我が身を盾にしてでも防がないといけないから、ちょいと辛いかなって所だ。

 

「おっと!」

「!! ──〜〜〜〜」

 

 考え事をしている間に私が展開していた暴風を切り抜けて、巫女の元へと矢が飛んできた。

 ()の部分に御札が張ってあるのが見えた。どうやら人間の方も馬鹿じゃなく、御札を張って供物って事で弓を引いて神前の結界を抜けてきたのかね。

 まぁ、幻想郷を守る予定の神じゃなくて、かなり下位の神である『風雨と旅の神(わたし)』が張った結界だから簡単に抜けれたんだろうなぁ。

 

 とかまぁ、飛んで来る矢を前にして、私も呑気に考察しているという訳でもない。

 巫女へとまっすぐに飛んできていた矢を、左手を犠牲にしつつ守ってからの考え事だ。

 掌から矢を乱暴に引き抜きつつ、血痕が巫女の方に飛んでない事を確認してからまた防衛へと戻る。

 まぁ、今は神力『全開(・・)』妖力『全閉(・・)』で全身清らかだって言ってもおかしくはないんだけど、元は妖怪だし血を嫌うのが神様というものだ。

 私の掌を貫通する矢を見て、驚いたり身を竦めたりはしていたけども、詠唱自体は止まってない辺りは流石の巫女、と言った所なのかな?

 

 鳥居を見上げてみればこれまた炎弾が紫の元へ飛んできている。今度は妖力を凝らして神域に耐えれるようにしたのか。

 やれやれ、炎で風を無効化ですか。人間も妖怪も、ムキになっている奴の発想力にゃ驚くってなもんだなぁ!

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで、飛んできた炎弾を竜巻で地に落としたり飛んできた御札を爪で切り裂いたりしていると、いつの間にやら雨が降ってきていた。

 天候的には私にとって有利に働く場ではある。風を動かせば雲が動き暗雲になるってね。

 

 暴風も勢いを増し、夜に近付けば近付くほどに妖怪の力が増していく。それは藍の防衛力も増すという意味でもあるし、私の地の力も増すという事だ。

 さっきみたいに体を張って巫女や紫を守るといった事をしなくても、ほとんどが風で吹き飛んでいく。それでも飛んでくるモノは飛んでくるけれど、それも今度は私の肉体で受け止めれば良いだけの話という訳だ。

 

 藍も入口の方で猛威を振るっているようで、はじめは聴こえなかった筈の粉砕音が今では聴こえ始めている。あとで階段を直すのは壊した彼女だろうから何も言わないし指摘しないけどね。

 私は全身は傷だらけ。彼女達から弓矢を生身で防御したり、炎弾や術から守ったりすれば当然とも言える傷ではある。

 まぁ、そんな事はどうでもいい。私の傷よりも今は彼女達や結界の術式の方が大事だ。

 

 嵐の中で左腕を伸ばし、下から上へとクイッと掌を返してやれば、上空で流れていた地に落とそうとする風が瞬時に真上へと吹き上がる。

 上を向いた掌を人差し指だけを伸ばした形にし、グルグルと渦を巻くように動かせば吹き上げる風は渦を巻くつむじ風に変わる。

 くるくると回る指を止めて、今度は中指を弾いて立たせて、そして一気に開いて強く握る。

 

 敵が撃つ弾幕はそれだけで進行方向を変えられ、風に飛ばされて何処かへと飛んでいき、直後に猛烈な勢いで吹き飛んでいく。

 何処かというのは、私達にとってどうでもいい方向という意味で、それは勿論撃って来た本人に対しての方向だ。

 人を呪わば穴二つ。そして最後に主と共に圧縮されて粉砕されていく。

 神霊も力の方向性が違えば祟られると言うけど、この場に力を込めているのは果たして誰だったかな? 今君臨して、そして君臨されるモノはなんという存在だったかしらね?

 

 

 

 まぁ、そんな事をしていたり考えたりしている内に、いつの間にやら飛んでくる攻撃も少なくなってきていた。

 大雨は依然として降っているけれども、場を仕切っていた力が増してきたのだろう。受けた傷が痛むのかと思っていたら、どうやら地の力────つまり妖怪という存在そのものが滅されつつあるようで、ジリジリと肌が痛む。周囲の様子も何となく神々しい。

 

 つまりは、そろそろ時間という訳だ。

 上位の神が来て、下位の神(わたし)が取り込まれたり浄化されたりしない内に、神域内から去らないとね。

 巫女を跳び越え、神社を跳び越え、結界の中から跳び出て行く。

 未だ完成していない幻想郷から飛び出し、外の世界へと。

 

 

 

 

 

 

「よっと、どうだいそっちは?」

「……見ての通りだ」

 

 予定通りに藍の横へと降り立ち、話し掛けてみるも返ってくるのはつれない返事。

 やっぱりなんか嫌われてるなぁとか思いつつ、階段の下を見てみる。

 眼下には何処(どこ)彼処(かしこ)も敵だらけ。

 悪意を剥き出しにしている人間や妖怪や、魑魅魍魎に武士共。

 

「やれやれ、妖怪を守らせない為に攻撃する人間と、それを奪おうとする妖怪か。今この場では一蓮托生している癖にどうして長い間仲良く出来ないかねぇ?」

「……妖怪は妖怪で、人間は人間だ。根本的に相容れないモノだからだろう」

 

 そんな私の呟きに、藍が言葉を返す。

 藍が返した答えを聞く限り、藍も何やら紫の考えを根本的に理解しきってないのかなぁ、と思わなくもない……まぁ、私も理解しているとは言い難いかもしれないけど。

 

「それは違うでしょ? いや、あってるかもしれないけど、根本的に相容れないからこそ仲良くなるってもんじゃない?」

「お前が大分前に鬼へと言った事か? 『他者は違うからこそ理解しづらく、理解しづらいからこそ理解するのが面白い』、だったか?」

「……あ〜、あの時の事は忘れてほしいかな〜、なんて……まぁ、大体意味は似ているけどさ」

 

 随分と嫌な事を思い出させてくれる。やっぱり藍は意地悪である。辛辣とも言える。ヒトの事は言えないけど。

 

 雑談している私達の様子を隙と見たのか、一人の若武者が弓を引き矢を放ってきた。

 狙いは私達の向こう。私が入ってきた結界の入り口を狙ったらしく、随分と高い位置を狙っている。

 ま、確かに私が入ってきた所は私が出入りした事で『結界のほつれ』が出来ているだろうけれど、そんな簡単に邪魔を許す私達ではない。

 飛んでいる破魔矢に暴風が叩き付けられ、方向が逸れて落ちてきた破魔矢が張っている呪符ごと狐火で燃えていく。

 

「何はともあれ、今この場では何も通させないけどね」

「それについては同意する。何一つとして通さん」

 

 敵に相対している私達は、どちらも傷だらけ。

 私は両腕共に二度は矢が貫通しているし、藍も九本ある尻尾が幾つかが焦げて火傷して幾つかが血に染まっているように見える。

 けれども私達はまだまだ戦えるし、寧ろ負ける気は一つもない。負ける予感もない。

 

「さてさて、大賢者の式神って奴の力を、幻想郷を守ってくれる神様にみせつけてやりますか?」

「目の前の奴らにもな。その眼にしかと焼き付けて、そして誰にも伝えることなく終われ」

 

 やだ、藍ねえさんカッコ良すぎ………………厨二乙……。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

「……終わった?」

「そのよう……だな」

 

 全面戦争が始まって数十分すれば、背後の結界が固まったのが分かった。物理的な攻撃も呪術的な攻撃も大抵は弾けるほどの結界に昇華した。

 それと同時に、念話で紫から『敵を殲滅せよ』という指示も来た。声は非常に疲れている印象を受けた。

 主様から殲滅せよと承ったが、けれども諦める事のない妄執を持った敵というのは非常にしぶとい物で、更にそこから一時間ほども掛かった。

 

 紫は疲労困憊、博麗の巫女は巫女だからこそ幻想郷の外に出す訳には行かず、その他の力ある妖怪も同義で出す訳にはいかない。

 襲ってくる敵を倒せるのは私達しか居ない訳だが、まぁ、なんとかそれも終わった。

 誰も居らず、地に伏せ血に染まる骸が散らばる神社を前に、鳥居に寄り掛かる私とその上の鳥居で周囲を見渡す藍。

 神社の向こうに幻想郷はあるけども、結界によってその事実を認知する事は出来ない。

 

 結界の向こうを認知する事はできず、結界そのものすら認知もできず、存在すらもいつの間にか忘れられ、そして自身を忘れられた者だけが結界を越えられる。

 なんともまぁ、高度すぎる結界だ。いつの間にそんな常識と非常識を分ける結界を張ったのかは知らないけど、二重の結界が良くもまぁ、ここまで上手く作用していると思う。

 私じゃ理屈が理解出来ても実行出来なければ計算すらも出来そうにないね。私じゃ作れても物理的な結界しか作れないから、まぁ、当たり前っちゃあ当たり前か。

 

 今私は神社を見ているが、神々しさとか何らかの力とか、何も感覚がない。

 見て、感じているのは、ただの神社がそこにあるというだけ。

 そういう凄い結界だとは思うけど、向こうから何も感じないから、何も感じない。

 

 

 

 そんな事を考えていると、上から藍が降りてきた。

 

「戻るか。ここ数日は敵襲が多いだろうし、『中』で休める内に休んだ方が良いだろう」

「まぁ、ね」

「……なんだ? 何か文句でもあるのか?」

「いや、そういう訳じゃないけど……どうしてそう敵対するような意味合いで捉えるかな……」

 

 彼女の言葉につい苦笑を漏らしつつ、存外藍も鈍くないなぁ、と思い直す。

 

 敵に備えなければいけない。それは確かにそうだ。

 我が主の紫様は幻想郷を守る結界の為に力を何割も割いている。その削られて残った力に身体を合わせなければならないから、今は動けない。

 結界もそこまで万能じゃない。襲われたらいつかは破られてしまう。その為に動ける私達が此処にいて、完全に安定するまで守っている。

 

 紫に敵対する者が襲ってこなくなるまで────言うなれば、完全に外の世界から幻想郷が忘れ去られるまで。

 それまで私達は、この場を守らなければならない。

 

 

 

 しかぁし、そんなまどろっこしい事をする、私だと思っているのかね?

 

 

 

「さてさて、与えられた計算式がなければ答えを導けない、そして与えられた計算式しか答えを導けない、そんな式神に対して偏見を持つ私が式である『八雲 藍』に問題を出してあげましょう。先輩風を吹かす私が命ずる」

「……はい?」

 

 うむ、流石の式神(スーパーコンピューター)も、愚者の思考までは読み取る事が出来なかったか。やーい、ザマーミロ。

 

 鳥居の下で私と藍が向かい合っている。

 神社や階段は先程の戦闘の余波で酷い有様だ。後で整備しろと言われるかもしれないが、もはや神や力持つ者が宿っていない神社を整備しても、意味がないと思う。

 地図の上からはこの辺りの地形が無いものとされ、私達はその範囲のギリギリ外で話している。

 

「いまいち私の実態を掴みきれていない藍でも分かるような問題を出すから安心してね」

「……いや、そもそも何故お前が私に問題を出す? 今でなければいけない事なのか?」

「当たり前じゃん。敵を殲滅して、そして紫もこちらに意識を割いていない。今だけさ」

 

 おっと、問題出す前にヒントを出してしまった。いかんねぇ……♪

 

 

 

「さぁてそろそろ問題が始まります! 正解すればもれなく紫様に報告する『義務』が発生! 回答者は見事答えを見い出す事が出来るのかな!?」

「ちょっと待て! お前は何を────!?」

 

 能力で藍から衝撃()を消し去った。

 これだけ彼女と近ければ、周囲の空気に直接能力を付与して音を奪う事も出来る。そして私からの衝撃だけは届くという実に卑怯な技である。

 急に自分の声が聴こえなくなった事に驚き、喉を触って調子を確かめる藍だけど、彼女には何もしていないから確かめる必要は無いんだけどねぇ?

 まぁまぁ、彼女が私に対して攻撃する可能性がないとも言い切れない。というか時間を掛ければ掛けるほど高まるだろうし、さっさと次に行こう!!

 

 

 

「問題です!!」

 

「今ここに、妖怪を守る場が完成しました! 名前は《幻想郷》と言います!」

 

「しかし妖怪が存在するには『恐怖』という素が必要です! これは誰から搾取すればいいのでしょうか!?」

 

「んん〜、回答者からは『人間だろう? 何を当然の事を言っているのだこの馬鹿は』という声が聴こえてきそうな表情と口の動きです! いやはや、司会者に対して辛辣ですね〜、当然でしょうがね!!」

 

「では次の問題!! 回答者から『おい一問だけではなかったのか!?』という声が聞こえてきそうですが聴こえないので無視しま〜す!」

 

「今の幻想郷はどう見ても妖怪側が圧倒的に勝っています! まぁ、人間以外を妖怪と判断するならの話ですけどね。いやまぁ、そこら辺の問答は今は置いておきましょう!」

 

「人間と妖怪を天秤に掛けてみれば一目瞭然で妖怪側に落ちるでしょう! 当然のように妖怪が勝つ!」

 

「この状態を何と言うかお分かりですか? 『人間が妖怪に飼われている』と言うのですよ」

 

「そんな均衡がいつまでも続きますかね? 紫様よりも……人間と接近した事のある『玉藻前(たまものまえ)』なら、よくお分かりではないですか?」

 

「まぁ、何にせよ問題は出しましょう。『人間と共に存在は出来ても共に生きていない今この状況』」

 

「果たしてこの状態。『共存共栄』と言うのかな?」

 

 

 

 いやまぁ、敵対しないというのは性質上無理だけどね。敵対するからこそ生きていける関係だ。紫の考える未来像は、共存共栄と言う四字熟語に当てはまる物ではないかもしれない。

 『共存共栄』の意味は使われている漢字通り、『二つ以上のものが互いに敵対する事なく助け合って生存し、共に栄える事』だからね。妖怪と人間じゃあ絶対に無理だ。

 けれども紫の考えは、敵対してながらも共に生きるという物だ。そういう物の筈だと私は考えている。

 

 故に私はこう思う。紫の考える未来像において、今のこの『幻想郷』はあまりにも理想から遠い。

 遠いどころか、むしろ『私』が住んでいた現代よりも、理想像から遠いように思う。名前負けをしていて、それでは『幻想』ですらないと思う。

 

 

 

 だからこそ、今この場で私は『とある選択』をしようと思う。

 

 組んでいた両腕から右手を出し、指をパチリと鳴らす。

 藍の周囲の空気に掛けていた能力を解除し、彼女からの回答を訊こうとしよう。

 周りから感じていた何かが無くなったのに気付いたのか、藍は抑えていた喉から手を離しながら辺りを見回しながらも、私へと睨んでくる。

 

 

「……何が言いたい」

「ふふん♪」

 

 個人的な意見として、藍にはキツイ顔というのが合っていると思う。

 いや、笑顔が似合うとかそういう類の『似合う』という意味ではなく、私が思う彼女の像として、睨むというキツイ顔がしっくり来るという事だ。

 とは言えいつも喧嘩しているという訳ではないし、彼女からも近寄ろうとしている雰囲気があるのは感じているから本人にも言えないし、誰にも言えない事で思っちゃいけない事だとは思うけどね。

 

 私達はこれぐらいの関係が、個人的には一番良いんじゃないかと思っている。

 彼女には悪いとは思うし仲良くないと言うのは辛いものがあるのだけれど、やはりこの緊迫した状態が良いんじゃなかろうかと思う。

 

 

 

「答えを訊こうか。今の『幻想郷』は果たして人間にとって良いものであるかどうか」

「……詩菜。お前は何だ? 紫様に対して謀反でも考えているのか?」

「まさか。私は一応友人を大切にする方だよ? 大切に出来ないって事もあるんだけどね」

 

 大分前の文が帰ってきた時の、勇儀とかとの騒動とかがまさにそれなんだよね……まぁ、それは置いといて。

 

「問題の答えを訊いてないよ? 与えられた命令を着実にこなす式神さん?」

「……」

 

 ギリッ、と音がなりそうな感じで歯を噛みしめる藍。

 おやおやそんな事をすると綺麗な顔も台無しですよと思わなくもないけど、まぁ、そんな顔をさせたのも私だからそんな事を言う資格はないかな〜と………………んん??

 

 

 

 ……。

 

 

 

 そう考えた所で、組んでいた両腕を解いて、左手の拳で頭を叩く。

 ガッ!! という音が辺りに響き、藍もそれに眼を丸くしている。

 いや〜、狐につままれるではなく狐をつままれて私スゴイヒト!!

 

 まぁ、そんな事はどうでもいい。

 ま〜た思考が外れそうになった。ダメダメ。この癖はなんとかしないとな。

 

 

 

「いや、ごめんね。いま物凄く酷い事をしようとしてた」

「……何の事だ? 『問題』の事か?」

「それもあるけど、それじゃない。実行してはないから、気にしなくていいよ」

 

 殴った部分が痛むが、仕方ない。能力で防御せずに肉体そのものの力で殴ったから。紙装甲の私は防御よりも攻撃の方が勝ってるものね。

 痛む頭を殴った手で擦りつつ、視線はまだ藍から外さない。

 

 決めた事はやらないとね。

 狂気に染まってる時に決めた事ならともかく、正常時に葛藤して決めた事ならちゃんとやるべきだろう。

 

 

 

「まぁ、いいや。問題は答えなくて良いよ」

「何だ……いいのか?」

「良いの良いの。藍が今正解しなくてもこの事は主に話すだろうし、話さなくても伝える準備は既にしてあるしね」

「……どういう事だ? お前は……」

 

 紫様よりもお前の言う事は時たま良く分からない事がある。

 そんな言葉が聴こえたような気がしたけど、まぁ、そんな衝撃音は捉えてないから私の空耳だろう。もしくは私が藍の表情から察しただけかな。

 

 何はともあれ、伝えたい事は伝えた。

 伝えきれない部分は、計算式を与えられた()が何とかしてくれるだろう。

 それが出来なかったとするなら、それはソフトの問題かそれともハードの問題か……どちらにせよ藍に問題があるのではと思う。

 それとも私が根本的に狂った計算式しか出せない式神(人格)なのかしらね……ハハ♪

 

 

 

「さて、そろそろ行こうとするかね」

 

 そう言って、私は階段を降りていく。

 もう階段とは言えないほどボロボロに破壊されているけれども、その坂を降りていくと私を追い越し跳び越え立ち向かう人物が居た。

 まぁ、どう考えてもどう見ても、八雲藍である。

 

「……何処に行くつもりだ?」

「おやおや、もう解答が出たの? ちょいと早くないかい?」

「茶化すな。分かったぞ……お前、逃げるつもりだな?」

「大正解♪」

 

 拍手しようとした所で、いきなり藍が飛び出してきた。

 まぁ、予想は既にしてあったし自前の能力もあるので別に驚きはしない。

 

 私を掴もうとする右手を上へと弾き、もう片方の襲ってきている左手を今度は上から叩く。

 それだけで宙に跳ぶ私を狙って藍も狐火を放つが、そもそもまだ暴風雨は止んでいないこの状況で、その攻撃は悪手だと思うんだな。まぁ、風雨は使わないけど。

 

 狐火を下駄で蹴り飛ばし、ダメージをそのまま衝撃として受け止め変換し、更に跳躍して階段下まで降りる。

 一気に右脚の指が骨折していく音が聞こえたけど、まぁ、さっきの戦争でも似たような怪我を負ったし、ある意味慣れてはいる。あまり慣れちゃいけないと思うけど。

 

「大丈夫だよ。確かに逃げるけど、業務は怠らない」

「そういう問題ではないだろうが!!」

 

 そう言いながら着地して即座に扇子を抜き放ちながら振り返る。

 私の扇子は藍の首元に、私の首元には藍の爪が、

 両者ともに突き付けられている。

 

 更に体格差と、藍の尻尾が全て私を狙っているという点もあるけどね。それはどうでもいいだろう。

 

 

 

「貴様、この幻想郷が面白く無い。それだけで逃げるつもりだな?」

「ご名答」

「……そして、命じられている幻想郷を拒む者を粛清するというのをやりながら、私達から逃げていくつもりだ」

「どうぞ続けて」

「………………そして、紫様が望んだ幻想郷に、今の幻想郷が近付くまでここには帰ってこないつもりだろう?」

「そこまで当てられちゃあ司会者としては駄目ってなもんだね。イテ」

 

 茶化したら首に爪を刺されてしまった。

 

 イカンね……さっきので自分の狂気は抑えたかと思っていたが、存外簡単には収まらないもんだ。

 

「……実際さ。実際には紫の式神を形式上やっているけど、

 あんまり役に立ってない感じだよね? 私さ。

 まぁ……こんな事をするのも単なるいじけただけ、

 そんな部分もある事にはあるんだけどさ?

 契約も本当の所は信頼の上で成り立っているだけで……、

 紫に有効活用してもらっている所は私が持つ独自の能力だけ、

 そんな風に考えている『私』も居てさ?

 嫌な奴になってると思うんだ。やっぱり、

 で……思うだけ……ってのが特に私の嫌な所だろう、ってね」

 

 さっき、藍に向けてしている態度とか、今のこの現状とか……本当ね。どうしようもないね。

 

「だからまぁ、ある意味私は旅に出たいんだ。修行の旅だよ」

 

 その為に、今から私は逃げようとしているんだ。

 

 

 

 後悔を活かす。その為に旅に出る。

 今までみたいな風来の旅じゃなく、目的のある旅路。

 

 勇儀の時のように、彩目の時のように、文の時のように、妹紅の時のように、

 あの時のようにならないように、自身を戒める為の旅に出たい。

 

「その為には、今の私には《幻想郷》なんて必要ないんだよ」

「……だから命令を無視して、逃げると言うのか?」

「藍は完全に式神だから、そこら辺は分からないかもね」

「何を、ッ……? ──────

「でもそういう部分は私的には良いと思うよ? 好ましいね。私の(しょう)には合わないだろうけど」

 

 そっと、藍が気付けない程度にゆっくりと扇子を進める。

 そして、彼女の首に触れた際の衝撃を私の能力で最大限に増幅してやる。

 不安だったけれども、なんとか上手くいって藍の意識を弾き飛ばせた。

 

 そのまま倒れてきた藍を抱きしめる。体格差ととある部分が私の精神を逆なでするがどうでもいい。

 とりあえず完璧に意識を奪えている事を確認し、跳躍して神社へと戻る。

 彼女は地の妖怪の部分も強いし、憑いた式神も強力だ。この雨で式神そのものは剥がれていないけれど、このまま水に触れ続ける事で式神が外れるという事もあるかもしれない。

 そのまま神社内の一室に寝かして、私は旅立つとしよう。

 

 藍のその真面目な部分は、私が彼女に感じる最も好きな部分の一つでもある。

 彼女なら私の言えないような部分でも正義感に則って────正義感はおかしいか────式神特有の必ず答えを導いてしまう性に則って、暴いて言葉にするだろう。

 それならそれでいい。恥ずかしいかもしれないが気分的には物凄く楽だ。

 願わくは、紫に私の言いたい事が全て伝わってくれる事を。

 願わくは──私の今回の旅路でちゃんと『答え』が得られる事を。

 願わくは──────私が満足して死んでしまう前に紫の夢が実現して形になる事を。

 

 願わくは………………。

 

 

 







 過去編、完!!
 もう九十八話ですよ。過去にどれだけ時間費やしてんだよって、ねぇ?(自虐)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。