メルランとこたつとバレンタイン
蕩ける甘さを目指しました

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一年で一番甘い夜

『じーーー…』

二人きりの部屋に唐突にそんな音が響く。

ここはとしあきの自室。

こたつを挟んで彼と相対するのは、毎度お馴染み騒霊メルラン・プリズムリバーである。

こたつの上には、今しがた開封されたばかりの(受け取れるまでに少々駆け引きがあった)彼女お手製のボンボンショコラが置かれている。

男の一人部屋にはまるで似合わない芳しいカカオの匂いが漂い、そこにほんのり混じった洋酒の香りも悩ましく…

そう今日はバレンタインデー、窓の外も徐々に夕闇に染まり始めたこれからの時間は

(選ばれし)(極一部の)(尋常ならざる幸運に恵まれた)男女にとっては一年で一番甘い夜となるのであろう。

 

『じーーーーーー…』

また聞こえた。今度は気持ち、先程より長めに。自分は何もしていないのだから、音の発生源は目の前の彼女ということになる。

彼女の顔を見つめる。やや垂れ目気味のぱっちりとした空色の瞳はこちらを見透かすように明るく、

柔らかな髪はふんわり軽やかにセットされ、こたつが少々熱すぎるのか白い頬はほんのりと紅く染まっている。

薄くルージュが引かれた艶やかな唇も見やるが、楽しい声を出す普段開きっぱなしの口は、今はぴったりと閉じられている。

きっと耳鳴りだろう。そう思うことにしてお手製チョコに再び手を伸ばす。

 

『じーーーじーーーじじーじーーー…』

やはり彼女の唇は微動だにせず閉じられたまま、しかし間違えようもない彼女の声だ。

このまま耳鳴りということにしてチョコを食べてしまっても良いが、一応今の音は君か、と尋ねてみる。

そうすると再び声が響いた。彼女の唇はやはり動かないまま。

『ふぉっふぉっふぉ、どうやら音の出処がわしじゃと気づいたようじゃな?』

なんだそのキャラ。

『ふふん、わたしくらいのベテラン騒霊ともなると、口を動かさずに声を出すことくらい朝飯前なのです!』

 

『それなら俺もできるぞ俺』

 

「え、なんでとしあき君も出来るの。…は!としあき君も実は騒霊だった…?」

驚きからつい素で普通に喋ってしまうメルラン。当然としあきは騒霊ではない、過去にとある理由で腹話術を習得しただけの普通の人間である。

「としあき君の意外な特技を知ってしまった…」

 

 

それでどうしたの、と尋ねる。

「え、何だっけ。…ああ、としあき君がチョコを食べる瞬間をしっかりこの眼に焼き付けようとしてただけだよ?」

そんなにじっくりと、しかもオノマトペ付きで見られていると食べにくいんだが。

そう苦言を呈すると彼女が突然叫んだ。

「はーいここで問題です! そのチョコちゃん達を作るのにどれくらい時間がかかったでしょーか!」

「ドゥルルルルル……ジャーン。正解は三日、なんと丸三日もかかっちゃいましたー! ぱちぱち」

「(まあ大半は材料集めにかかった時間だけど…)それなりの食べ方してもらえなきゃ、チョコちゃん達もメルランお姉さんも浮かばれないってもんでしょ?」

それを聞いて先程とは別の意味で食べ辛くなってしまう。

それなりの食べ方とは如何様な?

「…難しいことじゃないよ?」

「顔をよく見せて」

「お酒に漬けたサクランボとか甘苦いキャラメルとか、あと何だっけ…あ、ジャンバルジャン?っていうナッツを練ったやつとか…

 トドメにメルランお姉さんの気持ちが詰まったチョコレート、としあき君がどんな顔で食べてくれるか見たいの」

「あ、もちろんわたしの方を、もっと言えばわたしの目を見たまま食べてね? 

 食べ終わるまでに目を逸らしたり閉じちゃったりしたら、恐怖の罰ゲームだからね!」

そう言い終わると、再び口を閉じこちらを見つめてくる。もう己がチョコを口にするまでは目を逸らすつもりがなさそうだ。

頬が先程より紅く見えるのは、二人の体温で室温が上がってきたからか、それとも別の理由か。

 

 

観念してお手製チョコの方に手を伸ばす、言いつけどおりに、彼女を見つめたままで。

数種類あるチョコの中からどれを選ぶか一瞬迷うが、半ばやけくそな気持ちでハート型のものを選ぶ。

「あっ…」

ハートに指が触れた瞬間、メルランの身体がぴくんと跳ねる。

…まさか、三日間苦楽を共にしたチョコ達に感情移入してしまっているのだろうか?

 

 

それは面白い。

 

 

ハートを指の腹で撫でてみる。

彼女の閉じていた口が薄く開き浅い吐息が漏れ出てくる。

 

ハートを摘んで目の前に掲げ、その裏側に至るまでをじっくり観察してみる。

彼女は魅入られたように瞳を潤ませる。

 

ハートに息を吹きかけてみる。

彼女はくすぐったそうに身を捩り、その頬をより一層紅く染めている。

 

ハートに唇を触れさせたまま彼女を見つめてみる。

瞳が蕩けたように潤み、何かを期待するような眼差しでこちらを見つめ返してくる。

 

 

そこが限界だった。

 

 

鏡を見るまでもない。きっと己の頬も真っ赤に染まっているのだろう。

羞恥心を隠すように固く目蓋を閉じてハートを口の中に放り込む。

彼女は今、どんな表情でこちらを見つめているのだろう。

脳裏に様々な彼女の表情を浮かび上がらせながら、口の中で甘いハートが蕩けていく。

 

 

 

次に目を開いた時、彼女と視線を合わせられるかどうか。何と声をかけるべきか。

そして恐怖の罰ゲームとは一体。

悩みは尽きないが、ハートが溶けきるまでの一時、この甘さを楽しむのも悪くはないと思えた。

 

 

 

カカオと洋酒の香りに満ちた、一年で一番甘い夜がゆっくりと更けてゆく…

 


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