フラウに人生を狂わされる話 作:フラウすき
「この街はカマーセファミリーが仕切ってるって知ってるか?」
マフィアの下っ端は、まるで自分に正義があるかのように大仰に言う。
「その女とイイコトしてるらしいじゃねえかよぉ……なぁッ!」
ブォ、と丸太のような腕が振るわれた。
★
「なん……で……」
フラウを呆然と見つめながら、巨躯が倒れる。
「ふぅッ……!」
振り抜いた拳に残った打撃の感触を確かめながら息を吐き出す。
口内の血の味と、鈍く残る打撃を受けた痛み。
それから、こんな物騒さに似合わない晴れた空と美しい女。
「護衛として最低限の務めは果たせたかな」
ひとり呟いた。
○○自身、この街に滞在する間、マフィアと関わらないように努めてきた。
テリトリーを侵さないよう情報収集は欠かさなかったし、商人との取引も背後にマフィアがいないことを確認してから行っていた。
それが、フラウを連れた途端にこの有り様。
下っ端とはいえ、マフィアの構成員に手を出したのは事実。
夜が来る前に、この街を出なければいけなくなってしまっていた。
「ごめんね、私がいるといつもこうなって……」
そうやって曇ったフラウの表情には、これまでの経験がありありと浮かんで見えた。
――何度、男から下卑た視線を送られてきたのだろう。
――何度、女から嫉妬を向けられてきたのだろう。
フラウを愛おしく思う今の○○の気持ちでさえ、他の男と大差ないものだった。
そんな自分が慰めの言葉をかけるのが浅ましく思えて、喉の奥に言葉が詰まった。
「……」
ふたりの間に、見えない壁があるかのように感じた。
どうにも○○には、この壁を越えてフラウに届かせられる言葉がなかった。
この男と、○○の本質は同じ。
フラウの光に当てられて誘き寄せられた虫なのだ。
「折角お金も貯めてきたんでしょ……?本当に、ごめんなさい……」
額に手をやり、視線を落とすフラウ。
○○よりも高い背が、小さく見えた。
そして、目じりにきらりと雫がこぼれた。
――それを見た瞬間、○○は思わず手を伸ばしていた。
フラウの手を取って、宿に向かって駆けだしていた。
手を伸ばしてみれば、フラウとの間に見えない壁なんてなかった。
どんな動機でも、目の前のひとが泣いているのを見ていられなかった。
口から出たのは、逃避行の提案。
「逃げましょう、次の島に」
慰めの言葉は言えなかった。
言う資格がないと思った。
だから、代わりに手を取った。
「……!」
先導して走っていたから、フラウの表情は見えなかった。
見なかっただけなのかもしれない。
○○には、この行動が正しかったのかどうかわからない。
ただひとつ、確かな事実としてあったことは。
――宿に着くまで、手は離れなかった。