フラウに人生を狂わされる話   作:フラウすき

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悪夢への誘い

 

 窓を覗けば、遠くに見える島の灯りが少しずつ小さくなっていく。

 それ以外に光るものは何もなく、部屋が明るいせいで、窓に自分の顔が反射して見えた。

 これ以上覗いても何も見えるものがないと判断して、できるだけ意識を向けないようにしていた室内に意識を戻す。

 

「この部屋しかなかったけど、キャンセルが出てよかったね」

 

 そこには、つい昼間に出会ったばかりの女が次の島の資料を眺めていた。

 ○○とフラウはマフィアの下っ端を殴り倒したその足で宿に戻り、そのまま荷物を纏めて島を発ったのだった。

 夜間発の便は少なかったが、幸いキャンセルが出て一つだけ部屋を取ることができた。

 その結果がフラウとの同室であり、○○を落ち着きなくさせている現状だった。

 

「『一緒に逃げよう』なんて、お姉さん嬉しいなぁ」

 

「掘り返さないでくださいよ……」

 

 夜間出発の、平均よりは少しグレードの高い騎空挺の一室。

 ○○の資金に余裕はなく、情けないことにフラウに足りない分を出してもらうことでなんとか乗船することができていた。

 ホテルの一室のようなインテリアの配置と、スリッパでも足が少し沈むようなカーペットが非日常感を煽り、フラウの存在をより濃く○○に意識させる。

 幸いだったのは、個室に用意されたベッドがダブルではなくツインだったこと。

 広くはない個室の空間を最大限活かすため、片方は壁に接して、もう片方は人一人分程度の隙間を空けて設置されていた。

 

「ベッドはどっちがいい?私はどっちでもいいから、○○に決めてもらおうかな」

 

 まるで旅行気分で、気軽に言ってくれる。

 ○○としてはフラウを尊重した選択を取りたかったが、どちらでもいいと言われれば判断に困る。

 フラウは本当にどちらでも構わないのだろうと頭で理解していても、二重の綺麗な双眸に見つめられれば、男としての器を見定められているような気分になった。

 

「んー、こっちを貰います」

 

 ○○が選んだのは、入り口に近いベッド。

 壁に接して狭く感じるため、こちらの方が不便・窮屈だと考えて選んだ。

 

「じゃあ私はこっちだね!」

 

 ベッドスローがあるにもかかわらず、わざわざ靴を脱いで、ゆっくりとフラウが寝そべる。

 その脚が気になって凝視してしまい、慌てて悟られないよう他の場所に目を向けた。

 知ってか知らずか、フラウはそのまま言葉を続ける。

 

「ベッドを決めたら、そこが自分のテリトリーって感じがしない?」

 

「わかります。何人かで泊まるときなら余計にそう感じますね」

 

「だよね!」

 

 くだらない会話ですら、心も弾んでしまうような。

 甘い香りと雰囲気に当てられて、頭がゆるくなってしまうような。

 

「○○も横になろうよ、もう船の施設は全部閉まってるみたいだし、今日は疲れたでしょ?」

 

「まあ、そうですね」

 

 フラウが横になっているのを後目に起きているわけにもいかず、言われるがままベッドへ向かう。

 鞄から読みかけの小説を取り出して、眠くなるまでの相手として。

 

「……ふーん、まだ私が起きてるのに本読むんだ」

 

 ○○がベッドに位置取ってすぐだった。

 不意に、フラウが前のめりに○○のベッドに移ろうと動く。

 テリトリーを侵す行為に、友人同士であれば眉を顰めているところ。しかし、フラウが行えばそれは魅力に溢れた悪戯の予感に感じられた。

 期待と緊張で身体が固まって、蛇に睨まれた獲物の様に動けなくなる。

 

「な、何ですか」

 

 女豹のような姿勢でフラウが迫る。

 

 ぎし、ぎし、とフラウが動くたびにベッドが軋む。

 その緩やかなスプリングの伸縮と対照的に、○○の鼓動は加速していく。

 フラウは無言で、薄く笑みを湛えたまま。

 

「……ッ」

 

 本を取り落とし、ページがくしゃりと折れた。

 そんなことはもう気にならないほど、フラウは○○の傍まで近寄ってきていた。

 壁側を選んだのが仇になって、ベッドを降りて逃げることもできず。

 ただ茫然と、フラウが近付いてくるのを見ていることしかできなかった。

 

「よく眠れるようにしてあげる」

 

 伸ばされた両手が、○○の頬を包む。

 自分以外の人間に顔を触られる経験など、当然なく。ましてや異性になんて。

 フラウの垂れた髪が顔をくすぐる。

 熱い息がかかって、もうどうにかなってしまいそうだった。

 頬に赤くなることを感じて、悟られないことを願う。

 そんなことを考えていると、頬に当てられた両手がゆっくりと首元に動く。

 

 ごくり、と息を呑む。

 

「ふふ、全然警戒しないんだね」

 

 そう言って、フラウは()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 ぎゅ、と力強く、その見た目からは考えられない程の怪力で。

 

 パニックになった頭で咄嗟にフラウの両手を掴んで離そうと試みる。が、まるで機械に圧迫されているかのように動かない。

 表情は微笑みのまま、もがく○○に少しの抵抗を許すことなく絞めつけが強まっていく。

 惨めに足を動かしても、フラウの姿勢は崩れない。

 

 じたばたと、○○が暴れてベッドが軋む。

 しかし、それ以上の音を立てることはなく、密室での行為は外部に気付かれずに進んでいく。

 

(なん、で……)

 

 一滴ずつ水が滴り消えていくように、ゆっくりと、○○の意識は途切れた。

 




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