ラインハルト様が皇女殿下二人とイチャイチャする話 作:川崎忍ノ介
惑星エル・ファシルのそこそこ名の知れたリゾート地にて、旧世紀のラブコメよろしく激甘空間を形成するバカップルが二組。そしてそこに紛れ込んだ親子とも兄妹とも言い難いなんともちぐはぐな三人組が一組。
無論三人組とはヤン、ユリアンそしてヤンの副官であるフレデリカ・グリーンヒル嬢である。
フレデリカとユリアンはいい。美男美女であるから水着姿が十分に絵になる。だが、一方のヤンはといえばひいき目に見て引率の教師、といった風情だった。でなければ従僕の類。
警備の名のもとに視界の外から双眼鏡でその様子を見つめるローゼンリッターの面々であった。
「久しぶりに要塞から離れて海に遊びに行けるーーーって、能天気に浮かれていた時期もありました」
「気持ちはわかるが何も考えるな。ひたすら任務に没頭して、この恨み辛みは襲撃者が現れた時に全てぶつけてやればいい」
装甲服こそ身に付けてはいないが、重装備に身を包んだ血涙を流しかねない表情のライナー・ブルームハルト中佐と、片や能面のような表情で銃を構えて直立するカスパー・リンツ大佐である。
「俺たち、あの奇麗どころに囲まれて鼻の下伸ばしてる兄さん二人にいいようにしてやられたんだよなぁ……」
「だから、何も言うな考えるな無の境地だ、ブルームハルト。そもそも、こんなんでもあの国家元首なんぞを護衛するよりもはるかにましだってもんだろが」
あの二人が帝国の実権を握ってから、かつての故国もかなり風通しがよくなったことを聞いていた。もし、自分たちがいたころに彼らが居たならば、自分たちがこうして同盟に身を寄せることもなかったのであろうか。二人とも、口にはしなかったが同じ思いを抱いていた。
二人は、大きなため息を一つ吐くと再び周囲を警戒するのだった。
ラインハルトとヤンの会談は数時間にも及んだ。そこで自由惑星同盟の歴史の闇に潜む地球教について話を聞かされたヤンは、部屋を出てきたとき片手はこめかみに当てられ、もう片方の手は腹の上に当てられて何やら頭痛と胃痛を堪えるかのような表情であったという。
至急集められた幕僚陣には、ラインハルト一行がエル・ファシルの景勝地への数週間の滞在を希望していることのみを伝え、警備総責任者にキャゼルヌ少将、実行部隊責任者としてシェーンコップ少将を任命すると足早に自室へと籠ってしまったのだった。
ヤンとしては洗いざらい幕僚たちに打ち明けてしまいたかった。だが、誰が信者で、どこに信者の耳があるかもわからない状況で、『自分たちが気づいてしまった』ことを、万が一にも敵に悟らせるわけにはいかなかったのだ。
誰よりも信頼するユリアンとフレデリカにすら語らずにいたことが、事の重大さを表していた。
無論、一晩考え続けていくらか心が落ち着いたのか、翌朝には二人にだけは打ち明けたのだが。
「なるほど。翌日ユリアン君が深刻な顔をしてヤン提督を同行させてほしいと頼みに来たのはそのような事情があったのですね。『提督に気分転換をさせてほしい』と」
「はは……まったく、保護者に似ずよくできた子ですよ」
はしゃぐ女性陣に振り回され続け、いささかならず疲れたラインハルト、キルヒアイス、ヤンの男三人はトロピカルジュースを飲みながら雑談に興じていた。
「まあ、あまり考えすぎないことだ。教団中枢メンバーの割り出しはルビンスキーにやらせている。あちらの情報に基づいてこちらは武力を提供すればよいのだ」
ラインハルトの口からルビンスキーの名が出た瞬間、ヤンの表情はわずかに曇った。
「そんな顔をするな、ヤン提督。あの男の地球教に対する憎悪は本物だ。地球教を相手にしている限り、奴は頼もしい味方だ」
『では、そのあとは?』ヤンは、その当然の疑問を口にしなかった。この二人がそのことを考えないはずがない。
地球教を駆逐することは、簡単ではないが実現可能だろう。だが、その後のルビンスキーとラインハルトの宇宙の覇権を巡る戦いは、ひどく凄惨なものになるのではないか、とヤンは思うのだ。
ルビンスキーは明確な武力を持たない。であるならば闇に潜むしかなく、それだけに多くの軍人以外の血を流すことになるのではないか。
一方、ラインハルトにとっては若干事情が異なる。一皮むけて人生に余裕を得た彼は、ルビンスキーの為人を好ましいものと思っていた。
なぜだか、奇妙なほどに『馬が合った』のだ。ヤンが心配するほど酷いことにはなるまい、と確信していた。
「いずれヤン提督にもルビンスキーと会ってもらおう。俺の忠告としては、それまでに大いに遊び、余裕を持つことだな。奴に言わせれば『人生とは楽しむもの』だそうだ」
「ははは……イゼルローンのような辺境にいては、それもなかなか……」
ラインハルトのからかうような忠告に、苦笑を返すヤンであった。
ラインハルトの忠告を受け入れたわけではないにせよ、要塞に帰ったらほんの少しだけフレデリカとの関係を進めてみよう、と思うヤンであった。決してラインハルトとキルヒアイスのバカップル時空に当てられたわけではない。
「ラインハルト様っ! こちらのビーチでは水上バイクの貸し出しをやっているそうですっ。二人で乗ってみませんか?」
「サビーネ、ずるい! 私だってラインハルト様と二人乗りしたいです!」
何やら三対三に分かれてビーチバレーに興じていたらしい彼女たちが勝負がついたのかこちらに向かって駆けてきていた。先頭を駆け、息を切らせてラインハルトに訴えかけるのはエリザベートとサビーネの二人。
「慌てるな、エリザベート、サビーネ。ここのマリーナは四人乗りの水上バイクを貸し出しているそうだ。それに乗って―――そうだな、あそこに見えるあの島まで行ってみようか。キルヒアイス、ヤン提督、卿らもそれぞれ二人乗りと三人乗りを借りるがいい」
「はい、ラインハルト様。お供します」
ラインハルトの言葉に、微笑を浮かべて答えるキルヒアイス。だが、ヤンはといえばいくらか強張った笑みを浮かべていた。
『首から下は不要の男』との異名を誇るヤンである。車の運転くらいならばともかく水上バイクなど、乗ったこともなければ操縦できる自信も皆無である。
こちらを見つめて、『私にお任せください』とばかりにウインクしてくるフレデリカが、ヤンには女神のように思えたのだった。